夢三夜

あおさのみそしる

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第二夜ー CrazyWaterLily ー

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こんな夢を見た。

こんな夢を見た。


どぷん。

ねっとりとした音。

漂う腐臭。

爪の中まで入り込む泥。

生温かい。

荒い息遣いはまぎれもなく自分のもの。

頭の中で反芻されるささやき。

―――睡蓮の眠り、睡蓮の涙、睡蓮の姿、睡蓮の種、

熱にうかされたように、目の前がぐるぐると廻る。
何も考えれない。
何も考えれないまま、沼に足を踏み入れた。
誰かに命令されてあったかのように、自然と自分の両手が沼の泥の中へ。
暗闇の中、唯一白く淡い光を放つのは、一輪の睡蓮。
睡蓮の下。根元が見たくて、掘った。
根源にあるものが急激に狂おしいほど見たくなった。
指先に重たくまとわりつく赤黒い泥。
だけど柔らかくて、温かい。
泥が温度を持っている。
温かい、母の胎内のような。
その温かい泥を、いつまでもいつまでも掘り進んだ。
異臭が鼻をつく。
自分の荒い呼吸音だけが、聴覚を支配している。
ふいに、泥の中、白い石に這う睡蓮の根を見つけた。
根を見つけた。しかし、尚も自分の指は泥を掻き毟る。
白い石の周りの泥を、丁寧に掘り進む。
次第に姿を現す、それ。
指を、泥の中から引き抜いた。
心地よい泥の温度が離れ、吹きぬけた風が汗にまみれた自分の体の温度を奪う。
脱力して赤黒い塊の中に座ったまま、それを見下ろす。
白い石だと思ったそれは、女の額だった。
沼の底から現れた女の顔が、無表情にこちらを見ている。
柔らかい泥の中に埋もれた顔は、先ほどの睡蓮同様、淡く白い輝きを持っている。
異様な輝きを。

―――ああ、そうか。

暗く寂しい沼に、一輪だけ美しく咲く睡蓮。
自分はその根源がどうしようもなく見たかった。
いいや、違う。根源が見たかったんじゃない。
泥に埋まる女の顔。死んでいるというには、あまりにもその瞳に宿る光が強すぎた。
彼女はじっとこちらを見据えている。
指にこびり付いた泥は乾いてしまった。
手を伸ばし、泥の中、女の額から伸びる睡蓮の根を傷付けぬよう、そっと女の顔を手のひらで包み込む。
温かい。
女は、なおもこちらを見ているだけである。
まるで、観察しているように。
なぜ邪魔をするの?と問い掛けるように。
自分の口端が吊りあがるのが分かった。
顔を近づけ、女の顔に頬ずりをした。

―――ああ、そうだ、見たかったんじゃない。自分は、どうしようもなく、


    この睡蓮が欲しかったんだ。


                   ∽



――――――くすくすくすくす……
誰かが軽やかに笑っている。鈴の音を転がすような、涼しい声。
僕は溜息をついた。またか。
「何で笑うの」
――――――だってお兄さまったら、可笑しいんですもの。くすくすくす……
荒れ果てた廃病院の屋上に僕は立っている。空は青く、雲も浮かんでいる。
だが太陽はどこを見まわしても見つからない。
いつもそれで気がつく、ああ、これは夢なのだと。
「僕はいつまで君と遊んでいればいいの」
――――――あら、もう飽きてしまったの?いやね、まだ夜明けまで充分な時間があるのに。
嘘だ。夜明けなんて、この人はそんなこと気にしない。無責任に、僕の意識を奪う。
「もうこりごりだ。僕を帰してくれ」
――――――だーめ、お兄さまがあたくしを思い出してくれるまで離さないわ。
「だから、君なんて知らない。僕の妹は美沙乃一人だ」
――――――それよ。その言葉を抹消したいの。だから、これでも頑張っているのよ?
「何で、頑張るんだよ。君は誰だ。教えてくれたら思い出すかもしれないのに、何で遠まわしで手のかかる方法を使うんだ、何で、あんなものを見せる」
――――――あれは大事なことなのよ?お兄さまが思っているより、ずうっと。ずーっと、ね。

「……おにいちゃん…」

ふいに後ろから、か細い声がした。
振り向くと、小さな女の子と背の高い女が立っていた。二人は手を繋いでいる。
二人の後ろに広がる空が、やけに蒼い。

「おにいちゃん……」

女の子が口を開いた。よく知っている。この声は、

「み、さの……」

どういうことだ。なぜあの人はこうもことごとくルールを破る。

「おにいちゃん」

僕の妹の手を握る女が、無表情にこちらを見ている。その顔に既視感を感じた。
どこかで……。
女が口を開いた。声は、美沙乃の声だった。



「おにいちゃん、あたしの睡蓮、返して」




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