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第18話
しおりを挟む王宮の舞踏会が開催される数週間前のリタラ港町――
「はっ!」
マルケルの剣が勢いよく、トウダの剣を弾く。
その勢いに押されたトウダが、よろめくとマルケルはトウダ目掛けて、剣を振り下ろした。
「ま、参った」
尻餅をついたトウダの横、ギリギリをマルケルの剣が迫っていた。
マルケルは剣を鞘に収めると、座り込んでいたトウダに手を差し出す。
「いや、お前この一ヶ月で見違えたな」
トウダが驚いたように言った。
「そうですね。自分でも、そう思います」
マルケルは、家を出て自分がいかに恵まれた環境にいたのかを身に沁みて痛感していたのだった。そして、絶対に強くならなければと心に強く誓っていた――
◇
それは、ホスタイ伯爵の部下を撃退した日から、数日してボッカさんに閉店したガバス食堂に連れて行かれた日の事だった――
マルケルとボッカ、そしてガバスが同じテーブルに座るとレイラが飲み物を皆に配って少し離れた所でそのテーブルの様子を伺っていた。
少し緊張した面持ちの二人に、マルケルは自身の身元がバレたのかと内心緊張していた。
「なあ、マルケル。お前って何処か良い所の坊っちゃんじゃないのか?」
ウリオス侯爵の令息とバレたわけでは無さそうだ。だが、文字の読み書きや計算が出来るのならそう思われても仕方がない。
「……もし、そうだとしたら、俺はここを去った方が良いですよね?」
普通に考えれば、ウリオス侯爵家の息子が逃亡しただなんて、ウリオス家に泥を塗ったのだから、そんな奴が商売をしてるロッキン商会にいれば、厄介事に巻き込まれるかもしれないと思われるだろう。俺だって良くしてくれたボッカさん達に迷惑を掛けたくない。
俺は恐恐とボッカさんを見た。
「いや、そうじゃない。むしろ、力を借りたいくらいだ。だが、もしお前が貴族の息子だっていうなら、俺達がやろうとしている事に巻き込んでいいのか分からねぇ」
「ロッキン商会の仕事をですか?それなら、大きな問題はないと思いますが……」
すると、ボッカとガバスが顔を見合わせた後、ボッカは言った。
「ここからの話は俺等の命にも関わってくる。だから、正直に答えて欲しい。お前の身元は?ヴァロワ侯爵とは何か関係があるのか?」
マルケルは、少し悩んだ後に答えた。
「俺は……ウリオス家の……、ウリオス侯爵の息子マルケルです」
「ウリオス侯爵の!?」
俺の答えに二人は驚いていた。ただ、レイラだけは、少し驚きはしていたが、何処か納得したような顔をしていて、やっぱり彼女は貴族令嬢で、何処かで会った事があったのかもしれないと思った。
「待て待て!ウリオス侯爵って一人息子だったよな!?」
ボッカさんが慌てた様子でいった。
「ええ。そうです。その一人息子です」
と言うとボッカさんが「うーん?」と首を傾げて唸りだした。
すると隣にいたガバスさんが代わりに話し出す。
「なあ、ここいらは港町だから、王宮での話もよく入ってくるんだが、少し前にアンドレス王子の護衛騎士にウリオス侯爵の嫡男が就任したって聞いたんだが……」
「それは、きっとウリオス家の兵士を養子にして、アンドレス王子の護衛騎士にしたんだと思います。皆んな俺より強いから……」
マルケルは、悔しそうに唇を噛み締めた。
「いや、駄目だろ!?だって王族の護衛騎士はウリオス家の嫡男がなるって決まってんだろ!?もし、仮に養子がなったんなら、その事がもっと噂になってるだろ?そもそも……、お前の事だって……、ウリオス家の息子が護衛騎士にならなかったって噂になんなきゃ変じゃねーか?」
とボッカが言った。
「確かに……」
俺は置き手紙で兵士を養子にして護衛騎士にしてくれと書いてきたが、実際にそれをしたなら、その事が話題にならないはずがない……。じゃあ、誰も養子になってないって事か?それなら――
「誰がアンドレス王子の護衛騎士になったんだ?」
ボソリといったマルケルの言葉にレイラが控え目に言った。
「あの……、マルケル様には……、よく似た双子のお姉様がいらっしゃいますよね?」
レイラの言葉にマルケルは目を見開いた。
「え……、まさか……」
ジワリと背筋に汗が吹き出す。
マリベルが俺の代わりに護衛騎士に!?
しかし、次の瞬間、何故かその事がストンと腑に落ちた。
「あ、有り得そうだ」
「え!?マルケルなんだ!?なにが有り得そうなんだ!?」
ボッカが凄い食いつきで聞いてきた。
「多分……、俺の代わりに俺の双子の姉マリベルが、俺として護衛騎士になったんじゃないかと……」
「はあ!?」
ボッカさんとガバスさんが二人して驚愕した。
「いや、いや、いくら双子の姉で顔が似てたって、お嬢様じゃあ護衛騎士なんて務まらないだろ?すぐにバレちまうよ!?そうなったら、ウリオス侯爵家はヤバいんじゃないのか!?」
「あー、確かにバレたら不味いんですけど、護衛騎士は務まると思います。なんと言ってもマリベルは俺より剣の腕も立つんで」
とマルケルは頬をかいた。
「だからって女の身でいつまでもお前の代わりなんて出来ないだろう」
ガバスさんの言葉にマルケルは小さく頷いて眉根を寄せた。
その通りだ。女の身で護衛騎士なんていくらマリベルが強くたって、危険な事な事をさせてしまった。
今更ながら俺は、なんて馬鹿な事をしてしまったんだろうと頭を抱えた。
「マルケル、お前がウリオス家から逃げ出した理由は分かんねぇけど、その尻拭いをお前の姉貴がしてるって事だろ!?お前、それで良いのか!?」
「ボッカさん……」
その通りだ。わかってる。でも、俺にはアンドレス王子を守れる力なんてないんだよ!!
マルケルは両手拳を強く握って、自分の力の無さに悔しさを噛み締めていた。
そして、幼い頃からいつも一緒に剣術の稽古に付き合ってくれていたマリベルが頭を過る。
本当はアンドレス王子が好きなのに、意地を張っているマリベルの顔を思い出して、悲しくなった。
ああ、そうだ。マリベルは俺の代わりをしている限り、アンドレス王子に本当の自分の姿を見せる事も出来ないんだ……。
すると、ツカツカとレイラがマルケルの前にやって来て、マルケルの両頬をバチンと自身の手で思い切り挟んだ。
あまりの音に、ボッカとガバスが戦いた。
「何を悩んでいるのですか!?マリベル様をこれ以上危険に晒さないで!!マリベル様を助けられるのは、マルケル様だけなんですよ!!」
レイラは涙を流しながらもしっかりとマルケルを見ていた。
そんなレイラの瞳は、マルケルのウジウジしていた気持ちに覆い被さり、マルケルを奮い立たせた――
「……ボッカさん。俺、ウリオス家に戻ります」
「ああ。だが、その前に、お前に話したい事がある」
「え?」
「元々は、今日、その話をしたくてここに連れてきたんだよ。お前がウリオス家に戻るんならなおさら、聞いといた方がいい。いや、ぜひウリオス侯爵家の人間に聞いてもらいたい話だ」
ボッカは、そう言うとゴソゴソと大量の書類の束を出して、真剣な表情でマルケルに話をし始めた――
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