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しおりを挟む帝国貴族学園――
今朝の夢の事が気掛かりで、エリーナは朝から浮かない顔をしていた。
「エリーナ様、おはようございます」
そこにちょうど現れたのは、転生者となったラミエス伯爵令嬢だった。
ルアナ嬢!ちょうど良かった。もしかしたら、私が知らないだけで、記憶を取り戻す予兆のようなものがあるのかもしれないわ!
「ルアナ様、おはよう」
エリーナは、いつとのように微笑んで挨拶をすると、周りを少し気にするように見たあと、ルアナに少し近付いて小さく「少し聞きたいことがあるの」と言って、ルアナと人気がない庭園の一角にやってきた。
「前世の記憶を思い出す兆候ですか?」
エリーナに聞かれて、ルアナは少し驚いた顔になった後、記憶を遡るように考え込んだ。
「ええ。例えば、数日前に変わった夢を見たとか。そんな事はなかった?」
もし、ルアナも記憶を思い出す前に断片的な夢を見ていたのなら、私も近々全てを思い出す事になるのかもしれない。でも、もし違うのなら、やっぱりただの思い過ごしの可能性が高いわよね。
「いいえ、私は彼に会った瞬間に前世の記憶が頭の中を駆け巡りました。それまでに、前世に関わるような記憶を思い出したり夢に見た事もありませんでしたよ」
「そう、なの……」
「でも、転生者の方って皆さんそうですよね?」
「え、ええ。そう聞くわね」
やっぱり今まで、こんな部分的に思い出したなんて話しは聞いたことがない……。きっと、身近な人達が転生者になってしまったから、それに影響されたんだわ。だから……――
「あれは、やっぱりただの夢だったって事よ」
ルアナと別れて、一人庭園に残っていたエリーナは、すっかり自分一人だと思いこんで考えていた事を声に出していた。すると……
「ん?何が夢だったんだ?」
「ルドルフ!」
一人だと思っていた庭園には、いつの間にかルドルフがいた。
「エリーナ、何か、悩んでるのか?さっきから呼んでるのに、気が付かないし、ずっと難しい顔をしていたぞ」
ルドルフは、エリーナの手を取ると心配そうに顔を覗き込んできた。
ルドルフの心配そうな顔とは逆に、ルアナの話を聞いて昨日の夢が前世の記憶ではないと思い直して気が楽になったエリーナは、ルドルフの心配そうな表情にクスリと笑った。
「昨日、変な夢を見てしまってから、ちょっと気分が落ち込んでただけよ。でも、もう平気!朝からルドルフの顔を見たら、そんなの吹き飛んでしまったわ」
エリーナがいつものように笑うと、ルドルフも安心したように硬かった表情を和らげた。
「そうか。それは良かった。今日は授業をサボってエリーナに付いていようと考えたが、必要なさそうだな」
そう言うとルドルフは、私の手を取って自身の肘に誘導する。
どうやら、教室まで送っていってくれるようだ。
エリーナは、クスリと笑うと
「過保護ねぇ」
とクスクス笑いながら、ルドルフと共に歩き始めた。
「それくらいエリーナの事が大事なんだよ。それで、変な夢ってどんな夢だったんだ?」
エリーナは、夢を思い出して少し口を尖らせた。
「それが、私の胸にグサッと短剣が刺さっている夢で、妙にリアルで、前世の記憶かと勘違いしちゃうくらいで、怖かっ、た……」
私の話に、さっきまでにこやかだったルドルフの表情が一気に強張っていた。
「どうしたの?」
するとルドルフは、サッと俯いて
「ほ、他には何か見たのか?」
と聞いてきた。
「え?えーと……、私の周りは火事になっていて、倒れている私を、誰かが抱きかかえていたわ」
「だ、誰かって……?」
明らかに様子のおかしいルドルフを、エリーナは怪訝な顔で見つめた。
「よく分からなかったわ。だから、夢なのよ。前世の事を思い出したのなら、もっと一気に色々と思い出すっていうじゃない?ルアナ嬢やリヴァイ先生の話しに影響されて、変な夢を見てしまっただけよ?」
エリーナがルドルフの表情を伺うように見上げると、ルドルフはいつものようにパッと笑顔を見せた。
「そうだよな。ただの夢だよな。いや、すまない。エリーナが転生者になったのかと少し焦ってしまった」
ルドルフは、頭をかいてハハッと笑った。
「もう、急に深刻な顔をするから驚いたじゃない。それに、いつも言っているけど、前世を思い出したって私のルドルフへの想いは変わらないんだから」
エリーナがそう言うと、ルドルフがガバッと思い切りエリーナを抱きしめるから、エリーナはバランスを崩しそうになる。
「キャッ!もう危ないじゃない」
「すまない!でも何度言われても嬉しいんだから仕方がない!」
「もう……」
ルドルフに抱きしめられて、エリーナは安堵の笑みを浮かべていた。
そして、ルドルフはそんなエリーナを抱き締める腕をさらに強くして、切なく唇を噛み締めたのだった――
そんな二人から少し離れた校舎の陰――
スラリと伸びた長身の男は、鋭いグリーンの瞳で二人の様子を伺っていた。
「フフッ……。そんな事言ってられるのも今の内さ」
男はニヒルな笑みを浮かべると人差し指で眼鏡を押し上げた――
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