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 今から500年前……帝国アヴィリアスが、世界に力を示し始めた頃、帝国アヴィリアスに隣接する小国、リザハ王国とスマラ王国は隣同士という事もあり友好関係を築いていた。
 そんな両国は、近隣諸国に対抗する為、国を統合しようと話し合いを始めた。しかし、どちらが主導権を握るかで話し合いが拗れると、仲の良かった両国は互いの国を支配しようと、争いに発展した。
 そして、国同士の争いは、多くの国民の犠牲を生んだのだった。
 家族や恋人と引き裂かれ、悲しみに暮れる人々は、それでも信じていた。自分達の魂は、来世に繋がっていて、再び巡り会えるのだと――

 そして、時は巡り500年前、無念にも引き裂かれた魂達は再び巡り会う事となった。ただ……人々の無念は、愛する者への執着からか前世の記憶を呼び起こす事となる。
 前世の記憶を手にした者を、人々は転生者と呼んだ。そして、転生者らは、現世こそは愛する者と結ばれる事を強く望むのだった――

 ◇

 ――ここは、アヴィリアス帝国の首都にある帝国の貴族の子息子女が通う帝国貴族学園

 きらめくブロンドの髪に目鼻立ちの整った美しい容姿。教壇に立つ教師を見つめる薄紫の瞳は、どこか儚げで憂いを帯びている。
 ヴィルター公爵家の令嬢エリーナ・ヴィルターは、帝国貴族学園の淑女クラスに通う3年生である。

「アヴィリアス帝国は、500年前に争いを激化させていたリザハ王国とスマラ王国の争いを制圧し、両国はアヴィリアス帝国に吸収されました。リザハ王国とスマラ王国の国民達は、いつまでも続く戦争に憤っていた為、戦争を終わらせてくれたアヴィリアス帝国を大いに歓迎しました。そして、リザハ国王とスマラ国王を制圧する為の指揮をとっていたのが、当時帝国の皇太子であったルヴェルフ・アヴィリアス皇子で――」

 エリーナは、もう何十回と聞いたアヴィリアス帝国の歴史を話すリヴァイ・サンラス先生の口元を、ボーッと眺めていた。

 今日の先生、口紅の色濃いわね。チークもあんなに濃くしちゃって。それ以上に、ドレスのスリットが空きすぎていて、逆に下品に見えると思うのだけれど……、あの淑女の品位に厳しいリヴァイ先生がどうしてしまったのかしら?

 エリーナは、外見が明らかにいつもと違うリヴァイ先生が気になって、授業の話は上の空であった。

「エリーナ様!エリーナ・ヴィルター様!!」

 気が付けば、私の名を呼ぶ濃い化粧をした先生の顔が、間近に迫っていた。

「……はい。なんでしょう?リヴァイ先生」

 エリーナは、内心驚きつつも、それは表に出さずにニコリと微笑み返した。

「エリーナ様。私の話をちゃんと聞いておりましたの!?今、私はとても大事な話をしておりましたのよ!」

 いつもより、濃いアイメイクで更に眼力が強くなったリヴァイ先生に睨まれて、エリーナは少しだけ肩を震わせた。

「……ええ。聞いていましたよ。500年前にアヴィリアス帝国のルヴェルフ皇太子が、戦争に苦しむリザハ王国とスマラ王国の民を救ったというお話は、今までに何十回も……」

 エリーナが、取り繕うように笑いながら、そう答えると、エリーナの答えに教師は一つ頷いた。

「それも確かに大事なお話ではあるのですけれど、今日の授業の要点は、そこではありませんわ!」

 そう言うと先生はクルリと向きを変えて、生徒たちを見渡すと、教室に響く声でこう言った。

「前世からの運命!悲運を乗り越えて再び巡り合った愛する者との再会!その奇跡と感動をこの身を持って体験したという事を私は、貴方達に伝えたいのです!」

「……」

 両手を振り上げ熱弁するリヴァイ先生の後ろ姿を、エリーナは冷めた表情で見つめていた。

 先生の派手な格好の原因は、前世の想い人と出会って転生者になったからなのね……

 そう。今、このアヴィリアス帝国では、次々に前世の記憶に目覚める者が現れているのだ。その者たちは、転生者と呼ばれている。
 なぜ、こんな事になっているのかといえば、原因は500年前のリザハ王国とスマラ王国の争いのようなのだ。前世の記憶を手にした転生者は、決まって500年前の戦争に巻き込まれていた者達であった。そして、その者たちは、愛する人と引き離された者で、無念を抱いて死んでいき、そして、今の時代に生まれ変わっているようなのだ。

 しかも、なぜか恋愛絡みでの転生者が多くを占めている。愛する人と、共に生きる事が出来なかった恋人や夫婦が、現世で再び出会えたなんて、なんてロマンチックな事だろうと思うかもしれない。しかし、実際はそう良い話ばかりではないのだ――

「私は、昨日、街に行った時に、出会ったのよ。彼を見た瞬間、当時の記憶がまざまざと蘇ったわ!彼もすぐに私に気が付いて、駆け寄って、私を強く抱きしめてくれたの!」

 頬を染めて、クネクネとしながらそう話すリヴァイ先生は、完全に乙女の顔になっている。転生者のロマンチックな恋の話に憧れている令嬢は少なくないので、転生者となり前世の想い人と再会したリヴァイ先生に、生徒から盛大な拍手を送られていた。

 いつもカッチリとしたドレスを着て、淑女クラスの中でも、礼儀作法に特に厳しい教師として評判だったリヴァイ先生でも、一夜にしてこんなに変わってしまうのね。
 これは、サンラス男爵家では、大騒ぎでしょうね……

 エリーナは、リヴァイ先生の嫁ぎ先、サンラス男爵家の事を思い、苦い顔になった。

 思い出したのが、独身の男女ならまだ問題ない。平民と貴族という身分の違いで揉める事もあるが、それよりも悲惨なのが、どちらか、または両方が既に結婚している場合だ。前世の相手と一緒になりたいと大騒ぎし、簡単に離婚など認められない貴族同士では、仮面夫婦として過ごすしかなくなったり、最悪の場合は、家出をしてしまうケースもあるらしい。

 無念だったのは分かるけど、どうしてみんな今側にいる人を大切にしようって思わないのかしら。
 もし……私が前世を思い出したとしても、ルドルフへの思いが変わるなんてあり得ないわ……

 ルドルフとは、エリーナの婚約者であり、この国の皇太子であるルドルフ・アヴィリアス皇子殿下の事である。
 エリーナの事をとても大切にしてくれる誠実で優しいルドルフの事を、エリーナは心から慕っていた。
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