悪を狩る獣たち(1次小説版)

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2章:頼み人の人生

第23話 山本香澄(8)

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 屋上に通じるドアの前まできて、ノブを握った。

 ……鍵が、かかっていた。
 外から施錠されている。

 ……徹底してるわね。

 私は、次の手を考えた。

 ドアを叩いても、そもそも内緒の会話なのだから、応じてくれるとは思えない。
 だったら……

 屋上の下の階は、大ホールになってて。ベランダがあった。

 社員集会、大会議で使う大ホールだ。

 で、ベランダは屋上と距離的には相当近い。
 そこで大声を出せば、屋上に伝わるかも……

 私は階段を降り、大ホールに入った。
 誰も居ない。

 集会も、大会議も予定されてないらしい。

 ベランダへの窓を見る……

 都合がいいことに、ひとつ、開いてて

 そこから、課長の声が聞こえた気がした。

 ……居る! 

 私はベランダに出た。
 ベランダに出ると、確信した。

 ここの真上に、課長が居る! 

 声がはっきり聞こえたから

 根鳥課長! 

 そう、いいかけたが

「うん……ありがとうな。害虫退治2匹、助かったわ」

「おかげさんで、イケそうだよ。ヤレたし。まぁ、キスは拒否されたのが引っかかるけど、時間の問題だろ」

「避妊……? もちろんしたよ。今、孕ませたらどっちの子かわかんないじゃん」

「ああ、無論スゲー高いのを準備したさ。だから彼女の腹がでかくなったら、今は確実に害虫の子」

「そんときは、また、よろしくな。もつべきものは友達だよなー。結婚式には来てくれな」

 え……? 

 害虫……? 2匹……? 
 避妊……? ……やれた? ……結婚? 

 声をあげる直前に聞こえてきた言葉に。
 真実が、見えてしまった。


 気が付いたら、家に戻っていた。

 そして、二人の祭壇の前で座っていた。

 あの事故、事故じゃ無かったんだ……
 やったのは、根鳥課長。
 誰かに頼んで、二人を殺したんだ……

 私を、ひとりにするために。
 そして、自分の妻にするために。

 あいつは、二人の仇だったんだ……

 二人の仇のくせに、ぬけぬけとこの家に上がり込んで、この祭壇に手を合わせて……

 心ではほくそえんでいたに違いない。

 ……許せない……

 そして……

 私は、そんな相手に、知らなかったこととは言え、抱かれてしまった……。

 ああ……

 あああああああああ!!!! 

 頭を抱えて叫んでいた。
 こんなの、絶対許されない!! 

 夫と娘を殺した相手と、交わるなんて!! 

 二人が……二人が私を責めている!! 
 ごめんなさい、ごめんなさいいいいいいいい

 死んで! 死んでお詫びしなくっちゃ!! 

 台所に飛んだ。
 そして、包丁立てから柳刃包丁を取り出した。

 家で肉を切るときに使う、切れ味が特に鋭い逸品だ。
 堺の職人が作った、日本刀を思わせる高級品。

 これなら頸動脈を一気に切れる! 

 荒い息で私は包丁の刃を首筋に当てた。

 涙がポロポロ溢れてくる。

 私は、死ななければならない。
 許されない裏切りをしてしまったから。

 でも……

 あの男は、私が死んでも、目当ての女が勝手に死んだ。畜生、くらいしか思わないんだろうな。
 で、また別の女を探すに違いない。

 何の反省も、後悔もすることなく。
 下劣な欲望で、私の家族を壊しておいて。

 ……そんなの、もっと許せない。

 でも……

 あんなわけのわからない事故で人を殺せる人間が、あの男の仲間なんだ。
 私なんか、どうあがいても返り討ちだ。

 聞いたことを警察で証言しても、証言だけで逮捕できるほど、世の中甘くない。

 打つ手、無いじゃない……!! 

 悔しい……悔しいよ……! 

 台所の床にペタンと尻を落とし。
 カラン、と包丁を投げ出して。

 私は顔を手で覆って泣き出した。

 夫と娘の仇も討てず、このまま死ぬしかない自分……

 こんなの、絶対におかしい! 
 誰か、誰か助けて……!! 

 そのとき。

『……その恨み、本物か?』

 声が、いきなり聞こえてきた。

 え……? 

 周囲を見回す。

 居た。

 二人の祭壇の上に。
 黒い、靄のようなものが。

『山本香澄……その恨み、本物かと聞いている……』

 靄のようなものには、顔がついていた。
 靄で出来た口で、私にそう語り掛けた。

 ……そういえば、寝る前に都市伝説でも見ようと思って。
 サイト巡りしていたら、読んだことがあった。

 地獄に通じるほどに深い憎悪を抱いた人間は、魔界とこの世を繋げて、魔物を呼び出すことがある、って。
 魔物は、対価を要求し、対価と引き換えにその恨みを晴らす、そういう噂。
 馬鹿な噂、そう思っていた。そんなことあるわけないって。

 あれ、本当だったの……? 

 こんなの、相手絶対人間じゃない……! 

 私は状況を把握し、心を決めた。
 靄に歩み寄って、答えた。

「はい。本物です。……夫と子供の仇をとってくれるんですか?」

 この魔物に、お願いしようと。

『ならば、対価を出せ』

 魔物は、言ってきた。

 来た。
 やっぱり、本当なんだ……

「はい。命ですか? ならばここで今首を……」

『違う』

 え? 

『……金だ。いくらでもいい。ただし、本気を感じない場合は、この話は、無しだ』

 金? 
 お金でいいの? 

 お金なら、いくらでも出すわ!! 

 だって、こんなのいくらあっても幸せは買えないじゃない!! 

 全く躊躇いは無かった。

 澄子の学費と、私たちの老後のために、貯金していたお金。

 通帳を差し出した。
 印鑑と一緒に。

「……1500万円あります。これで、お願いします」

『その恨み、承知した。確かに承った』

 靄は消えた。
 通帳と、印鑑と一緒に。
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