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「俺は雅紀とだけはごめんだ。絶対に無理だ。俺がここまで思うのは相当だぞ。わかっているのか雅紀」
「知るか。僕の方こそごめんだ。疑われただけでも心外だ」
「三人でだって無理だ。透とヤるときは別々にしてもらう」
「悠輔が透の相手になる日は二度と来ない。僕が許すと思っているのか? バカだな」
「お前の許可は要らない」
 生田は鼻で笑う。
「透の許可さえもらえないね」
「俺は許可をもらったことはない」
「じゃあ強姦だったんだな、全部」
 西園寺はとうとう諦めた。立ち上がり、先ほどと同じように広縁の方へ向かって行って煙草を吸い始めた。
 平静な表情はそのままだが、言い返さないところを見ると癇に障ったらしい。

 生田のお影で疑いが晴れた久世は、今や二人の仲の良さに微笑ましさすら覚えたが、内容はこちらこそ心外な話題で、いつもネタにされているのかと思うと面白くはなかった。

「ここに俺の親父と晶の親父が来ている」
「えっ?」
 西園寺のいきなりの言葉に、久世は思わず大きな声をあげた。
「静かにしろ。隣で寝ている」
「はあ?」
 またもや大声で反応してしまう。
 西園寺に呆れた生田は、代わりに説明を引き受けた。
「悠輔黙れ。順序通りに話せよ。透が驚くのも無理はない」
「あーあー、好きにしろ。酒を飲みたくなってきた」
「ダメだ! もう少し待て」
「お前に指図されたくないな」
 またもややり合い始めた二人を制するように久世が割って入る。
「続きを話して欲しい」
「そうだな、ごめん。あのな、西園寺議員と山科氏は……その……同じ部屋に泊まっているんだ」
 久世は再び声をあげそうになったが、なんとかそれを堪えた。
「つまりデキているわけだ。それももう四十年近くもな」西園寺が割って入る。
 久世は大きく目を見開いた。
 生田は続ける。
「そう、それで、その証拠写真を撮りに来たんだ。ここは防犯がしっかりしているからかなり難しい。だから悠輔が来る必要があった」
「雅紀はなぜ……」久世が言う。
「うん、僕は別件だ。透のお父さんも泊まっている」
「はあ?」
 久世は今度は堪えられなかった。一番大きな声が出た。

 その時個室の襖が開き、中から晶が浴衣姿で現れた。
「うるさい。眠れない」
 眩しさで目を薄めながら晶が言う。
「ごめん。透が来たんだ」
 生田が申し訳なさそうに苦笑を浮かべて答えた。
「えっ? 透? どうして?」
 久世がいると知って目が覚めたようで、晶は驚いた顔で久世を見た。

 久世は何が何やらわからず苛立った。生田も西園寺のことを言えないくらいに説明が下手くそだ。

 生田と西園寺が合間に口論を挟む中でなんとか事情を聞きだして、三人が蓼科にいる理由を半分は飲み込むことができた。

 西園寺議員と山科氏は大学時代に同じゼミにいた同窓生で、その頃から関係を持ち始め、もう六十に届こうという年齢で未だに愛し合っている。妻に隠れ、スキャンダルを恐れ、密会するときにはわざわざこの蓼科まで足を運んでいるという。
 西園寺は、父が息子の嗜好に気がついたときの反応で、父もまた同性愛者であることに気がついた。最初は母も母で若いツバメがいるようだしと気にも留めていなかった。晶との結婚話を持ち出してきたときの山科氏と父の親しげな様子を見て、これまでただの同窓生であり友人だと思っていた西園寺は、父の想い人が誰なのかわかった。
 それでも、親父も純愛しているんだ程度に捉えていただけだが、久世が晶との結婚を未だに受け入れず、生田との愛が想像以上に深いものだったことを知って、それをネタにすれば婚約破棄の一助になるのではと考えついた。
 生田に打ち明けて相談し、マモルと晶に協力をしてもらって、今日のこの日を迎えたのだと言う。
 隠し事のできない久世に話せば、証拠を掴むどころの話ではないため今まで隠していたと説明した。

「証拠写真なんてどうやって撮るんだ?」
 防犯はもちろん、守秘義務があるのだから宿泊場所も調べられないだろう、当然の疑問を久世が口にした。
「俺が親父の息子だということは知られている。従業員が知っているかはわからんが、母が危篤だなんだと騒げば出てくるだろう。それで部屋はわかる」
 晶は再び寝に行った。残りの三人は晶に気を使って広縁に移動をして椅子に座っている。
「すぐに帰るかもしれない」久世が言う。
「帰らん。二人は一月ひとつきと空けずに会っている。今回は二月ふたつき以上空いているし、今夜来たばかりだ。俺と話して危篤が嘘だとわかるようにするから、絶対に帰らない」
「どうやって部屋を調べるんだ? 後をつけるのか?」
「そこまで言わなくてもいいだろ」
「櫻田さんの運転手はどうした?」
 久世はずっと気になっていたことをこのタイミングでぶつけた。
 西園寺は突然話題が変わって一瞬反応に詰まったが、すぐに応えた。
「お前は知らなくていい」
 久世が反応を返す前に生田が割って入る。
「透はまともな倫理観を持っているから、知らない方がいい。僕たちはそんなものないから」
 久世は面食らった。一瞬運転手のことを案じたが、本当に一瞬だけだった。別にどうでもいい。久世も大した倫理観など持っていない。

「お前がいるのは構わんが、何もやることはないし、むしろ櫻田のことを考えると厄介だ」
 西園寺が煙草をもみ消しながら言う。
「悠輔と晶がいる理由はわかったが、雅紀はなぜここにいる。俺の父親も泊まっているとはどういうことだ」
 西園寺の言葉から、話がこれで終わりそうになって久世は焦った。まだ疑問はたくさん残っている。
「雅紀は……」
 西園寺が口を開いたとき、スマホの振動音が響いた。
 久世のスマホだった。
 画面を見ると知らない番号だ。久世は西園寺と生田の顔を見る。
「こんな時間だ。あの女じゃないのか?」
 西園寺の言葉に生田も同意したような表情で頷いた。
 久世も同じことを考えたので、受話ボタンを押して耳に当てた。
「はい」
『透さん、どこにいるの? まさか帰った? 広田がいないんだけど』
「……母屋に来ています」
『どうして?』
「別に」
『帰るの? 帰らないでよ! どうしてよ!』
 瑞希が大声を出している。それがスピーカーから漏れ聞こえているようで、西園寺も生田も顔をしかめた。
「今から戻ります。だから横になってください」
『いや! 透さんが戻るまで眠れない!』
 そう言ったあと、瑞希は泣き出した。
 久世はうんざりした表情で通話を切った。

「……戻った方が良い」
 生田が心配そうな表情で言ったが、久世は応えない。久世も戻るべきだと思ったが、生田に会えたのに瑞希の元へ戻るのは嫌だった。
「戻れ親指姫。後でツバメが助けに行く」
 西園寺がいつもの愉快げな笑みで励ますように言った。
 久世は大きなため息をついて、華風の間を後にした。

 母屋まで生田がついてきてくれた。
「透、大丈夫。もう少しの我慢だ」
 そう言って久世を抱きしめた。

 生田は東京へ帰ってきてから落ち着いていた様子を見せている。青森で会ったときとは別人のように、常に微笑を浮かべているほどだ。今もそうだった。久世は瑞希との出来事の核心部分はまだ話していない。今日のことも、話を聞きたくて自分から車に乗り込んだことや、エコー写真をちらつかされたことも話していなかった。
 生田は、瑞希との話は簡単にケリがつくと考えているのだろう。晶との婚約話が解消できる可能性に向かっているので落ち着いている。
 久世にとっては逆だった。瑞希との婚約話の方が厄介だ。それどころか最早不可能な状況と言っていい。
 それを話す勇気がなかった。まだ話したくない。言葉にしたくない。自分でも整理ができず他人事のように感じているのに、生田にどんな顔をして説明すればいいのかわからなかった。
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