31 / 44
夢だと
しおりを挟む
夜明け頃、カーテンの隙間から差し込む朝陽がちょうど生田の目元を照らした。
生田はその眩しさで目が覚めた。すると背中に心地よい温かさと懐かしい匂いを同時に感じた。息をひそめると、一定の感覚で刻む呼吸音が背後から聞こえてくる。
こうやって目覚めた日は何度となくあった。それを思い出した。
生田の知らない間に、久世が後ろから抱きついてそのまま眠ってしまったことを。
生田は久世を起こさないように慎重に寝返りを打った。久世の方へ向くように、久世の手をそっと支えて身体の向きを変えた。
久世の寝顔を見る。生田は嬉しかった。
配慮して別々のベッドに寝たというのに、久世の方から来てくれた。
怒っていないのか、許してくれたのか、癖で来てくれたのか。どんな理由でも嬉しい。
生田は静かに久世の首元に近づいて、久世の匂いをかぐ。好きな相手の匂いは胸いっぱい吸い込んでも足りないほど香しい。
そして、おそるおそる久世の髪に触れた。ゆっくりと撫でる。
生田はいつもの癖でそのままキスをしようとした。しかし寸前で思い留まる。
透はいつも他者からの欲望を、意思を確認されないまま強引に押し付けられている。櫻田の一件は追い打ちだ。一度目は事故のようなものだったみたいだが、櫻田のやったことは作為的なものだ。犯罪だろう。透が何も言わないから触れないようにしているが、許されることではない。
透は自分からは何もしない受け身なタイプだから、みんな透に甘えてしまう。
僕もそうだ。透の意思を確認することは少ない。喜んでくれるし賛成もしてくれるから、聞くこともせずに押し付ける。透は僕のことを好きだから、僕が望むならと受け入れてくれるだけだ。透も望んでいたことなのかはわからない。
透の優しさに甘えていた。
透は僕の怒りも、嫉妬も、不満も、全部受け止めてくれた。反論することなく、怒りもせずに受け入れてくれた。
もうやめたい。透に甘えて押し付けるようなことはもうやめにしたい。透の望むことをしたい。
僕がキスをすることを、透が望んでいるのかわからない。ベッドへ来てくれたけど、それも僕を喜ばせるためかもしれない。今まで手に取るように感じていたことも、電話で喧嘩したあとからわからなくなった。
生田は考えるほどに不安になり、ベッドからも下りてしまおうかと考えた。
久世が添えていた手を自分の身体から離して、久世とは反対の方向へ寝返りを打った。そこでベッドから下りようか、部屋から出ようか、いっそ西園寺邸からも、東京からも逃げようかと考え始めた。
そのとき、再び背中にぬくもりを感じた。今度はそっと触れるのではなく、力がこめられていた。抱きしめられたのだ。
「雅紀……」
久世にしては珍しく甘えた声で呼びかけられた。生田ですら数えるほどしか聞いたことのない声だ。
「夢でもいい……」
そしてさらにギュッと手に力が入った。生田は身動きができない。力が入っているからではなく、久世の言い方から寝言だと考えて顔を赤くしたからだ。
「……透」
生田は堪らなくなって、久世を起こそうとした。久世の意図を聞きたい。意思を、本音を知りたいと思ったのだ。呼びかけながら、自分の身体に巻き付いている久世の手を優しく揺すった。
久世は半覚醒したようで力を緩めた。生田はようやく寝返りを打てるようになり、久世の方を向いた。
「透、おはよう」生田は微笑を浮かべて久世を見た。
久世は半分眠っているような様子で、目がうっすらと開いたがまた閉じる。
「……夢だ。でも嬉しい。……雅紀がいる」
「いるよ。もうどこにも行かないよ」久世の髪を優しく撫でる。
「雅紀……もう消えないでくれ」
「うん。側にいるよ。愛してるよ透」
久世はその言葉ではっきりと目を開いた。驚いたような表情を浮かべながら、目の前にいる生田をまじまじと見た。
「雅紀?」
今度はいつもの冷静な低い声だ。
「……おはよう、透」
生田は再び笑顔で言う。
「あれ?……なんで? どこだ、ここ……」
久世は起き上がって部屋を見渡す。
「西園寺さんの家だ」
生田も起き上がる。
「えっ? 俺がなんで……なぜ雅紀がここに……」
「覚えてない? 僕は昨夜からいる」
「……夢ではなかったのか」
「夢だと思ってたんだ? 寝てたの? カクテル作ってるときも?」
「……ああ、あれも現実だったのか。そうだ。雅紀がいて、嬉しくて、喜ぶ顔が見たくて……」
「僕が喜ぶと思ったんだ?」
「……雅紀が喜ぶことならなんでもしたい」
生田は久世の表情を見て、これを本気じゃないというなら何も信じられないと言えるほどの真剣さに心を打たれた。
本当に好きでいてくれているんだと改めて実感できて、嬉しさで死にそうだった。
「透、キスしていい?」
生田は、言葉にする気恥ずかしさから照れながらそう聞いた。
久世は初めてのその問いに不思議がりながらも、顔を赤くして応えた。言葉ではなく、行動で。
久世が生田の首に手を回し、自分から生田にキスをした。
生田は敢えて何もしなかった。久世のするがままに任せた。
初めてしたみたいだった。でも嬉しかった。
生田は久世の想いをちゃんと感じることができた。
「透、ごめん。僕が悪かった。全部僕が悪い。電話でのことも、何も言わずに勝手に消えたことも、来てくれたのに追い返したことも、出て行けと言ったことも、全部謝りたい。本当にごめん」
久世は反応に困ったのか、生田を見たまま静止した。
「……怒ってる?」
生田は反応を伺うように聞いた。
久世は少し間を空けてから答えた。
「……怒ってた。が、今は怒っていない。ただ嬉しい。夢で雅紀に会えて嬉しかった。青森にいるはずなのに俊介のアパートに来て、側にいてくれた。夢だと思った」
「うん。夢じゃない。僕はいるよ」
「なぜ東京にいる?」
「……西園寺さんが来たんだ……青森に」
久世は予想外の返答に目を見開いた。
生田は思わず笑い声をもらす。
「……だろ? 僕も驚いた。それで、一緒にみどりと須藤のところへ行って、僕とみどりの婚姻届を破って……いや、まだ破ってないけど、持っては来た。それで、もう青森へは戻らない」
「……どういうことだ?」
「それは……」
その時、ノックの音がした。
久世と生田がドアの方へ振り向くと、ドアは既に開いていて、開けられたドアに寄りかかっている西園寺が、ノックで合図を送っていた。
「お二人さん、ルームサービスはしない。下りて来い」
時計を見ると六時だった。
その視線に気がついた西園寺が言う。
「愛を確かめ合うのも結構だが、マンションに戻ってからにしろ。目障りだ」
そう言ってドアを開けたまま部屋を出ていった。
西園寺が消えた後、二人は再び向かい合って目を合わせた。
「……仕事へ行かなくては」
「ああ、そうだね」
「雅紀は……」
「マンションで待ってるよ」
そう言って生田は微笑んだ。
久世は堪らなくなり、生田に抱きついて再びキスをした。
一度すると大胆だなと生田は驚きながらも、それは嬉しい驚きだった。
生田はその眩しさで目が覚めた。すると背中に心地よい温かさと懐かしい匂いを同時に感じた。息をひそめると、一定の感覚で刻む呼吸音が背後から聞こえてくる。
こうやって目覚めた日は何度となくあった。それを思い出した。
生田の知らない間に、久世が後ろから抱きついてそのまま眠ってしまったことを。
生田は久世を起こさないように慎重に寝返りを打った。久世の方へ向くように、久世の手をそっと支えて身体の向きを変えた。
久世の寝顔を見る。生田は嬉しかった。
配慮して別々のベッドに寝たというのに、久世の方から来てくれた。
怒っていないのか、許してくれたのか、癖で来てくれたのか。どんな理由でも嬉しい。
生田は静かに久世の首元に近づいて、久世の匂いをかぐ。好きな相手の匂いは胸いっぱい吸い込んでも足りないほど香しい。
そして、おそるおそる久世の髪に触れた。ゆっくりと撫でる。
生田はいつもの癖でそのままキスをしようとした。しかし寸前で思い留まる。
透はいつも他者からの欲望を、意思を確認されないまま強引に押し付けられている。櫻田の一件は追い打ちだ。一度目は事故のようなものだったみたいだが、櫻田のやったことは作為的なものだ。犯罪だろう。透が何も言わないから触れないようにしているが、許されることではない。
透は自分からは何もしない受け身なタイプだから、みんな透に甘えてしまう。
僕もそうだ。透の意思を確認することは少ない。喜んでくれるし賛成もしてくれるから、聞くこともせずに押し付ける。透は僕のことを好きだから、僕が望むならと受け入れてくれるだけだ。透も望んでいたことなのかはわからない。
透の優しさに甘えていた。
透は僕の怒りも、嫉妬も、不満も、全部受け止めてくれた。反論することなく、怒りもせずに受け入れてくれた。
もうやめたい。透に甘えて押し付けるようなことはもうやめにしたい。透の望むことをしたい。
僕がキスをすることを、透が望んでいるのかわからない。ベッドへ来てくれたけど、それも僕を喜ばせるためかもしれない。今まで手に取るように感じていたことも、電話で喧嘩したあとからわからなくなった。
生田は考えるほどに不安になり、ベッドからも下りてしまおうかと考えた。
久世が添えていた手を自分の身体から離して、久世とは反対の方向へ寝返りを打った。そこでベッドから下りようか、部屋から出ようか、いっそ西園寺邸からも、東京からも逃げようかと考え始めた。
そのとき、再び背中にぬくもりを感じた。今度はそっと触れるのではなく、力がこめられていた。抱きしめられたのだ。
「雅紀……」
久世にしては珍しく甘えた声で呼びかけられた。生田ですら数えるほどしか聞いたことのない声だ。
「夢でもいい……」
そしてさらにギュッと手に力が入った。生田は身動きができない。力が入っているからではなく、久世の言い方から寝言だと考えて顔を赤くしたからだ。
「……透」
生田は堪らなくなって、久世を起こそうとした。久世の意図を聞きたい。意思を、本音を知りたいと思ったのだ。呼びかけながら、自分の身体に巻き付いている久世の手を優しく揺すった。
久世は半覚醒したようで力を緩めた。生田はようやく寝返りを打てるようになり、久世の方を向いた。
「透、おはよう」生田は微笑を浮かべて久世を見た。
久世は半分眠っているような様子で、目がうっすらと開いたがまた閉じる。
「……夢だ。でも嬉しい。……雅紀がいる」
「いるよ。もうどこにも行かないよ」久世の髪を優しく撫でる。
「雅紀……もう消えないでくれ」
「うん。側にいるよ。愛してるよ透」
久世はその言葉ではっきりと目を開いた。驚いたような表情を浮かべながら、目の前にいる生田をまじまじと見た。
「雅紀?」
今度はいつもの冷静な低い声だ。
「……おはよう、透」
生田は再び笑顔で言う。
「あれ?……なんで? どこだ、ここ……」
久世は起き上がって部屋を見渡す。
「西園寺さんの家だ」
生田も起き上がる。
「えっ? 俺がなんで……なぜ雅紀がここに……」
「覚えてない? 僕は昨夜からいる」
「……夢ではなかったのか」
「夢だと思ってたんだ? 寝てたの? カクテル作ってるときも?」
「……ああ、あれも現実だったのか。そうだ。雅紀がいて、嬉しくて、喜ぶ顔が見たくて……」
「僕が喜ぶと思ったんだ?」
「……雅紀が喜ぶことならなんでもしたい」
生田は久世の表情を見て、これを本気じゃないというなら何も信じられないと言えるほどの真剣さに心を打たれた。
本当に好きでいてくれているんだと改めて実感できて、嬉しさで死にそうだった。
「透、キスしていい?」
生田は、言葉にする気恥ずかしさから照れながらそう聞いた。
久世は初めてのその問いに不思議がりながらも、顔を赤くして応えた。言葉ではなく、行動で。
久世が生田の首に手を回し、自分から生田にキスをした。
生田は敢えて何もしなかった。久世のするがままに任せた。
初めてしたみたいだった。でも嬉しかった。
生田は久世の想いをちゃんと感じることができた。
「透、ごめん。僕が悪かった。全部僕が悪い。電話でのことも、何も言わずに勝手に消えたことも、来てくれたのに追い返したことも、出て行けと言ったことも、全部謝りたい。本当にごめん」
久世は反応に困ったのか、生田を見たまま静止した。
「……怒ってる?」
生田は反応を伺うように聞いた。
久世は少し間を空けてから答えた。
「……怒ってた。が、今は怒っていない。ただ嬉しい。夢で雅紀に会えて嬉しかった。青森にいるはずなのに俊介のアパートに来て、側にいてくれた。夢だと思った」
「うん。夢じゃない。僕はいるよ」
「なぜ東京にいる?」
「……西園寺さんが来たんだ……青森に」
久世は予想外の返答に目を見開いた。
生田は思わず笑い声をもらす。
「……だろ? 僕も驚いた。それで、一緒にみどりと須藤のところへ行って、僕とみどりの婚姻届を破って……いや、まだ破ってないけど、持っては来た。それで、もう青森へは戻らない」
「……どういうことだ?」
「それは……」
その時、ノックの音がした。
久世と生田がドアの方へ振り向くと、ドアは既に開いていて、開けられたドアに寄りかかっている西園寺が、ノックで合図を送っていた。
「お二人さん、ルームサービスはしない。下りて来い」
時計を見ると六時だった。
その視線に気がついた西園寺が言う。
「愛を確かめ合うのも結構だが、マンションに戻ってからにしろ。目障りだ」
そう言ってドアを開けたまま部屋を出ていった。
西園寺が消えた後、二人は再び向かい合って目を合わせた。
「……仕事へ行かなくては」
「ああ、そうだね」
「雅紀は……」
「マンションで待ってるよ」
そう言って生田は微笑んだ。
久世は堪らなくなり、生田に抱きついて再びキスをした。
一度すると大胆だなと生田は驚きながらも、それは嬉しい驚きだった。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)
みづき
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。
そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。
けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。
始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる