上 下
24 / 44

電話越しの

しおりを挟む
 翌日の月曜日、生田は出勤だったがいつもよりも早く自宅を出た。
 須藤が出勤する時間を狙って待ち伏せをするつもりだったからだ。

「おはようございます」
「あれ? なんですか。こんなところで。嫌だなぁ」
 須藤は最初の頃の卑屈さは微塵もなく、憎悪を隠さない様子で居丈高になっている。
「例の件は片付いたんですか?」
「例の件? なんのことですか?」
「須藤さんの浮気の件です」
「は? ……あー、久世さんと連絡が取れないので……」
 須藤は、そんなことがあったなぁと言った顔でそら笑いをした。
「名刺には仕事用の番号しかなかったはずですから、プライベートの番号にかけてみましょうか?」
「え? いやー、いまさら……でもそうですね。はっきりとさせた方がいい。お願いします」

 生田は頷いて、スマホを操作した。
 留守番電話に切り替わるまでコールを鳴らしたが、久世は出なかった。
 それに気がついた須藤が言った。
「だめだったようですね。まぁいいですよ。別に」
「いいとはどういうことですか? もううちへは来ないということですか?」
「えっ? いやぁ、そうですね。また改めてお話しましょう。今日のところはほら、仕事ですから」

 ビルへと向かう人の波が二人をかき分けるようにして流れている。横を通りかかる人たちがジロジロと憚りもなく二人を見ていた。

 その人の波で気づいて時計を見ると、生田も出勤時間が迫っていたため職場へ向かうことにした。


 生田が就業を終えて会社を出た瞬間に、見計らったようにスマホが振動した。
 久世からの着信だった。

「やあ、透。元気? 忙しいようだね」
 久世が声を出す前に生田が先に挨拶をした。追い返して以来だというのに、生田はそのときのテンションを保っているかのように棘のある声をわざと聞かせた。
『……どうした?』
 対して久世は、怒りは既に冷めて気まずさだけが残っているといった様子で、遠慮がちに応えた。
「須藤って覚えてる? みどりのマンションで会ったみどりの元彼っぽいやつ」
『……ああ』
「そいつがあれから毎日家に来るんだ。邪魔で仕方がない。そいつの話によると、みどりと別れた理由の張本人が透といたところを見たと言うんだ。……本当か?」
 そこで少し間があった。
「透?」
『……そうだ。あの後偶然会った』
「ということは、あのいけ好かない透の婚約者が、その須藤の浮気相手だったのか?」
『……わからない。櫻田さんに聞いても説明してくれない』
「透じゃ聞き出せないだろう。あの女が相手ならなおさらだ」
『……どうして欲しいんだ』
「そうだな……あの女を僕の前に連れてきてくれるのが一番だが、会いたくないし面倒だ。なんとかして聞き出してくれないか?」
『……わかった』
「……できる? 既に親しい様子だったから、あれから仲を深めているとかで今度は簡単かな?」
『あの日以来会ってはいない』

 生田はそれを聞いて、少し冷静になった。
 みどりと須藤の仲を裂こうとすること以外頭になかった生田は、喧嘩別れをした久世に聞くことはできないと考えていたはずが、それを忘れるほどの怒りに駆られて電話をかけた。
 それが、声を聞いた途端に久世への想いが蘇り、みどりと須藤のことが急にどうでもよくなった。代わりに瑞稀に対する嫉妬と久世への苛立ちが同時に襲ったので、怒りの理由に変化がないように見えたのだが、二人が会っていないと聞いて、嫉妬するそのものの理由が霧散したので急激に怒りが冷めたのだ。

「会ってないのか?」
『雅紀に言ったはずだ。親が決めた相手というだけで、俺は全く関心がない。向こうから会いには来るが、俺は話したくもないし顔を見たくもない。どうでもいい存在だ』
「そう、なん、だ……」
 生田は久世の言葉で落ち着きを取り戻した。

「じゃあ結婚しない?」
『……何度も言っているが……』
「わかったわかった」
 生田は笑い声をあげた。
「うーん、そっか。……そうなんだ。ごめんな。その、追い返して。また嫉妬してしまったみたいだ。あれから透は何してた? ……大丈夫だった? 本当にごめん」
 生田は待ったが、久世はすぐには答えなかった。

 その少しの間で生田は気がついた。出会って一年にも満たないが、人生で最も深く愛した相手だ。久世のことは手に取るようにわかる。
 久世の言い淀んだ様子から、自分には言えないことをしていたのだと気がついた。

『……確かに落ち込んだ。あれからは何もしていない。仕事があったので出勤していた、それだけだ』
「……透、僕のことをなめるなよ。嘘だなそれは」
『……嘘ではない』
「あのさ、透の嘘って僕じゃなくてもバレバレだよ。もっと気を張って生きたほうがいい」
 生田は怒気のはらんだ声で、嘲け笑うように言った。

 久世も生田の怒りに気がついて、動揺した声で応える。
『……雅紀。本当だ。俺は一人で……』
「うん、誰と?」
 久世は答えない。
「誰といたんだよ? 男か? それとも女か? あの女じゃないことはわかるよ。だったらこんな反応はしない。別のやつだ。誰だよ!」
 生田は燃え上がる嫉妬を隠すことをやめた。

『……雅紀の考えるような相手ではない。関係は……違うんだ。本当に何もない……俺の記憶の限りでは……そう、あの時も向こうからだから俺ではない……だから……』
「なんだ? 何を言っているんだ? どういうことだ? 透は本当に嘘をつけないな。僕に言いにくいことがたくさんあるようじゃないか!」
『本当なんだ。趣味が同じで、ただ話していただけで』
「誰と?」
『山科さんとだ』
「山科、何? 男?」
『……晶さんだ』
 生田は舌打ちした。
「どっちとも取れる名前だな! 話していただけってなんだよ? それなら言えないことはないだろう? 俺の記憶では何もないってどういう意味だ? 記憶がないだけで何かはあったということか?」
『俺からは何もしていない』
 生田は笑った。おかしくもないのに笑うしかないという笑いだ。
「つまり、同じ趣味でたくさん喋る相手でありながら、記憶をなくすほど身体でも付き合いのある相手ということだな?」
『違う!』
「俺からは何もしていないって、それでも結局ヤッたってことだろ?」
『そうでは……』
 久世は否定の言葉を言えずに途中でとめた。

 生田はその反応に堪らなくなって涙が出そうだった。まさか本当に、自分の知らないところで久世が誰かに触れられているとは。そんなことは考えたくなかった。知りたくなかった。それなのに、突きつけられてしまったのだ。

「透、いい加減マシな嘘をつけよ! 僕のことが好きならバレない嘘をついてくれ!」
 生田は悲鳴に近い声でそう叫んだ。
『……雅紀だって木ノ瀬さんがいる』
 生田は激昂した。
「ああ、またそれだ! 前と同じだな」
 二人は出会ってから付き合う以前に、生田はみどりと、久世は西園寺と関係を持っていて、互いに嫉妬して同じように口論したことがあった。
「ちなみに言うけどな、僕はみどりとは何もしていない。キスすらおざなりにするくらいだ。別れて以来まともに手も触れてないんだ!」
『……それでも結婚はするんだろう?』
「ああ、そうだ。それなら透だってそうだろ? 透にその気がなくても政略結婚なんだろ?」
『……櫻田さんとはしない』

 生田はそれを聞いて、その言葉の意味を飲み込むまで時間を要した。

「なんだよ……『櫻田さんとは』って。『とは』ってなんだ? もしかして、御曹司である久世秘書官には他にも婚約者がいらっしゃるとでも言うのですか?」
 言いながら結論づいて、それに自分で激昂した。
『……晶とも、結婚する気は……』
「あきらぁ?」
 生田は嫉妬が許容量を超えて目の前が真っ暗になった。

 他人と親しくなることのできない久世は、余程の仲でなければ下の名前で呼ぶことはない。その久世が生田も知らない人間の名前を親しげに呼んだのだ。

「……わかった。わかったよ透」
 生田は怒りが臨界点を突破して、逆に冷静な声になっている。
「その山科晶嬢は……女だろ? 婚約者なんだから。その晶と言う女とは会話が止まらないほど趣味があって、透からは手を出していないが、結婚前から既に身体の関係もあって、あの櫻田とは違って好意を抱いていると、それで間違いないな?」
 一語一句間違いがなかったため、久世は何も答えられなかった。

「……その沈黙で十分だ」

 そう言って、生田は通話を切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785

処理中です...