その溺愛は行き場を彷徨う

海野幻創

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一週間

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 夜が明ける頃、さすがに興奮が疲労へと変わった久世と晶は、西園寺の用意したそれぞれの寝室に下がった。
 久世は出勤しなければならなかったため、一時間ほどの睡眠だけで西園寺邸を後にした。
 仕事が終わって外へ出ても、昨日の今日ではさすがにベンツは停まっていなかった。
 久世は寝不足で疲弊していたが、自邸へ帰れば瑞希のことで父親に呼び出されるかもしれないと思うと、共通の趣味を持つ晶と話している方がよっぽどいいと思えて、クラブBootlegへと向かうことにした。

 晶も久世を待っていた様子で、久世が来るやいなや手招きをして、バッグから取り出したBlu-rayやら書籍やらをテーブルに並べ始めた。
 それらは昨夜盛り上がっていた映画の希少ディスクと関連書籍で、久世は目にした瞬間に顔をほころばせ、今朝から時間の経過がなかったかのように晶との会話を再開した。

 マモルがウィスキーのボトルと炭酸水の入ったピッチャーを手に入室したとき、これまで見たことがないほどに親しげに盛り上がっている二人を見て、意表を突かれた驚きでしばらく立ち尽くした。
 マモルは、ミキとのことで管を巻くであろう晶を慰める覚悟をしてきたので、ミキのことなど頭にないような楽しげな晶を見て拍子抜けした。
 そして、媚薬入の錠剤を飲んだ時以外は無表情でほとんど口をきかない久世が、ニコニコと弾けんばかりの笑顔で喋りまくっている様子には面食らうほどだった。

 二人の輪に入れず、マモルは酒を飲みスマホを見て煙草をふかすしかやることがなかった。

「なんだ?」
 西園寺も部屋に入るなり、驚いて立ち止まった。
「悠輔、来てくれて嬉しいよ。誰も相手にしてくれない」
 マモルが安堵した様子で肩をすくめた。
「ああ、そういや昨夜も盛り上がっていたようだったな」
「えっ? 何? この二人が?」
「……俺は知らんが、同じ趣味なんだろ」
「ああ、そういうことか」
 マモルはようやく納得した。

 それからの三日間、マモルは同じシーンを繰り返し見ることになり、飽き飽きして個室に顔を出さなくなった。

 久世が晶と話すためにクラブへ通いだして四日目になると、その個室は久世と晶の独占状態になっていた。

「そう言えば、部屋のどこかにあった」
 晶が斜め上に視線を動かしながら呟いた。
「本当か? 俺は見てみたい。探してくれないか」
「いいけど、どこにあるかわからない。探すのが面倒だ」
「どんな状態なんだ」
「え? いや、あんまり自宅にはいないから」
「DVDは保存状態によっては劣化してしまう」
「うん、でも増えていく一方だから整理するのが面倒で。あ、ラングのドイツ時代とかもあるよ」
「……希少なものを……」
 久世は堪らなくなって言った。
「自宅へ行ってはだめか?」
 晶は一瞬驚いた表情を見せたが、微笑を浮かべて答えた。
「いいけど。マジで汚いよ」
「俺に片付けさせてくれ」
「は?」


 久世は山科邸へと訪れた。婚約者であるため快く招き入れられたが、山科夫妻は食事に呼ばれていたため不在だった。
 早速晶の部屋へと向かう。久世は晶の部屋を見た瞬間に、その荒れた様子に不快感を覚えつつも、それと同時に意欲が滾った。片付け魔である久世のスイッチが入ったのだ。

 晶が目を丸くしている前で、久世はテキパキと散乱したものを分類し始めた。晶が久世に嘱まれて家政婦に掃除道具を用意してもらっている間に、みるみる物が仕分けられて床が見え始めていく。久世は晶に、その仕分けたものの中で不要なものは袋に入れるように伝えて晶はそれに従った。ほとんどが衣服で、その包装紙やショッパーが散乱していただけで、残りは化粧品やディスク、書籍類だったため、見た目から想像する以上の時間はかからなかった。
 衣類のほとんどが不要なものだったため、必要なものはクローゼットに整頓し、不要なものとショッパー類をまとめて部屋から出すと、すっきりとした空間になった。
 久世は晶と相談して収納するための書棚をネットで購入し、明日にでも届くからこの順番で並べるようにと紙に図を書いて説明をした。

 ようやく落ち着いた頃には三時間が経過していた。久世は晶が持ってこさせたブランデーを手にしながら、片付け途中から目に入り、ときめいていてやまなかった希少ディスクたちを眺め始めた。
 晶も一緒になって一枚一枚手に取りながら、その希少さと入手経路を語りつつ、どんな映画だったかなどの感想を話しながら、久世と二人で盛り上がった。

 二人は夜が明けるまで話し込み、そのままソファで眠り込んでしまった。
 起きた時には既に昼を過ぎていて、運ばれてきた食事を共に取りながら再び会話に華を咲かせた。


 趣味というものは恐ろしいものである。
 一人でのめり込んでいくものだが、時折その孤独に耐えられなくなるときがある。誰かとこの面白さを共有したい、この興奮を言葉にして誰かに訴えたい、そういう身勝手な欲が出てしまう。
 久世はそれに10年以上も耐えた。外国の、しかもハリウッドではなく非英語圏で、それも多くは古典で白黒のものすら好む久世は、映画好きと言っても自分の嗜好はかなり偏っていると自覚していたため、聞いても知りもしなければ面白くもない話など誰も聞く耳は持つまいと考えて、語る機会など一生来ないと思っていた。
 
 晶はSNSで共通の趣味を持つ相手との交流はあったようだが、リアルで出会ったのは初めてのことらしい。ネットを介した交流と、実際に面と向かって会話をできることは別次元だと言って、晶も久世に出会えたことを喜んでいた。

 二人は時を忘れて盛り上がり、婚約者である二人が何日も共に引きこもっているなどと、周りから誤解されてもおかしくないことに気が回らず、仲を深めていった。

 その日も晶の部屋に泊まり、翌日曜日も休日だった久世は、今が何日で何時なのかも頭になく、飲食を挟むだけで延々と晶と喋り続けていた。

 しかしその日曜日の夜、晶はとうとう映画とは関係のない話を切り出した。

「透と結婚したら楽しいかもしれない」
「……こうやって過ごすのか」
「うん。悪くない。互いに飽きても映画は山のようにある。好みが同じだから話題は尽きないだろう」
「……そうかもしれない」

 二人はその時改めて、互いが婚約者であることを意識した。

 しかし晶は言う。
「透はどうか知らないけど、私はそれなりに性欲がある。私は両方いけるし、透はネコにしておくにはもったいないものを持ってるけど、女を相手にしないんだろ? 私は会話だけでは不満だ。そろそろ遊びたい」

 久世は晶の言葉を聞いて納得した様子で立ち上がった。
「わかった」

 晶はそれを受けて笑顔を浮かべると、久世の前でも気にしない様子で着替えながら聞いた。
「帰る?」
「……帰ったら父に何を言われるか」
「……じゃあ一緒にBに行こう」
 久世は仕方がない、といった表情で了承した。
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