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同僚の
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生田がお茶を出そうとすると、須藤がすぐに帰るからと、それを辞去したので、三人はソファに腰を下ろした。
須藤が緊張した様子で、話を切り出した。
「生田さんは、みどりさんの旦那さんでいらっしゃるのですか?」
「えっ、はい。そうなりますね」
「……ではお腹の子の……」
「はい」
須藤は落ち着かない様子で黙り込んだ。
生田と久世はわけがわからず、須藤の言葉を待っている。
「すみません、みどりさんの身体は大丈夫なんでしょうか」
「はい。もう臨月なのですが、血圧が高くなってしまって、安静にして様子を見なければならなくなりました。自宅よりは病院の方が安心なので、それで入院しております」
「はあ。それは大丈夫ということなんでしょうか」
「えっ? 大丈夫だと思いますけど……」
また無言である。
「須藤さんは、みどりと同僚ということですが……」
生田が須藤の訪問の理由を聞こうとする。
「えっ! いや、あー、何も聞いていらっしゃらないのですね。あ、そうですか。……そう、ですよね。当然だ」
須藤は一人でそら笑いをした。
「……もしかして、もっと親しいご関係でいらっしゃるとか……」
生田がおずおずと聞いた。
「えっ! いやぁ、なんというか……」
須藤の言い淀む樣子は肯定と同じだ。
「それはどういった……」
「えっ! いやぁ……」
「……お付き合いされていたのですか?」
「えへへ。そんな……」
須藤の煮えきらない様子に、生田はだんだんとイライラしてきた。
それに気がついた久世が、普段ならば絶対にしないが、このままではいけないと奮い立った。
「すみません、私は無関係の者ですが、敢えて入らせていただきます。須藤さんは、木ノ瀬さんとお付き合いがあったことは否定されていらっしゃらないですね。雅紀は、浮気を疑っているわけではありません。ただ含みのない質問として、お話を伺いたいだけなのです」
「いやぁ、その……」
まだ言い淀んでいる須藤に、生田は声を荒げた。
「何をしに来たんですか? こちらが伺っても何もご説明してくださらない。みどりと同僚だと言っておられましたが、入院していることを知っていて、なぜこの自宅の方へ来たんですか?」
その物言いに須藤は慄いたが、それで喝が入ったのか、今度はちゃんと答えた。
「すみません。みどりにもこういう優柔不断な態度はやめろとよく言われておりました。いや、こんなことを旦那さんに言うなんて怒られます。あ、いや……。あ、それでですね、えーっと、なんだっけ? あ、そうそう、みどりにプロポーズをして、受けてもらえたのですが、その、婚約破棄になったのが先月なのですね。ですからまだ愛しておりまして、それで心配になったわけです」
生田と久世は驚きすぎて言葉を失った。
生田は改めてこの須藤を観察した。
なんの変哲もない普通のサラリーマンだ。30手前か、自分や久世よりも年上に見える。中肉中背で、スーツも量販店で売っているような地味なものだし、これといった特徴もない普通のアラサー男性だ。
自分を高く見るわけではないが、みどりと並んで遜色はないとは思っている。それに比べると、みどりと須藤は親戚の叔父と姪という関係に見える。
この男がプロポーズをして、みどりがそれを受けたのか? 他の男の子供を身籠っているのに?
生田は須藤の言葉をすぐには信じられなかった。
「驚きますよね。いや、驚かれましたよ。……生田さんのしてらっしゃるそのお顔、他にも何十と見ましたからね。ははは。しかしですね、愛情という点では負けていないと思うんですよ。……生田さんに」
おどおどとしていたはずの須藤に、いきなり挑戦的なことを言われて、生田はさらに追い打ちをかけるように驚かされた。
「いや、でも僕はお腹の子の父親ですよ」
「ええ、ですから負けないと言っているわけです。だって、一度捨てていらっしゃるでしょう?」
「は? いや、だって嘘をつかれましたからね」
「いやいや、それでも愛していたら別れないでしょ? 妊娠していなかったから、じゃあ別れるって、それって捨てているのと同じじゃないですか」
生田は驚きすぎて言葉を返せない。
久世はハラハラした気持ちで二人のやり取りを見守っている。
「それじゃあ、須藤さんとはなぜ婚約破棄になったんですか? 僕が来たときにはもう別れていらっしゃったようですけど」
少しずつ生田の声が怒気を帯びている。
「それを突かれると弱いんですけどね。いわゆる飲んだ席でのハニートラップというやつですよ。もちろん二人きりにすらなっていません。ちょっとキスした程度で。でもみどりは許してくれませんでした。激怒して、聞く耳も持たない」
生田はまた驚いた。
みどりがキスをしたくらいで激怒!? そんな女じゃない。みどり違いなんじゃないか?
「ヤキモチ焼きでね。……でしょう?」
須藤は、生田の反応を見て、生田がヤキモチなど焼かれたことがないのだと確信して、勝ち誇ったような顔で言った。
生田は嫌悪で顔を歪めた。
惚れた女の夫なのだから、相手にして面白くないのはわかるが、それにしても態度が失礼過ぎないか?
なんなんだこいつ。
久世は生田の顔を見て限界だと感じて、再び割って入る。
「須藤さん、お話は理解しました。木ノ瀬さんは入院されていますが、大丈夫なようですから、ご安心いただけたと思います。今日のところはこれ以上お話しすることはないように思いますが」
「……そうですね。また夕方お伺いします。私は仕事を抜け出してきておりまして、今はあまり時間がありませんので」
須藤はそう言って立ち上がった。
「夕方?」
生田が苛々とした様子を隠さずに言う。
玄関へ向かいかけていた須藤が立ち止まって振り向いた。
「……生田さん、婚姻届は出しましたか?……出していないようですね。そのお顔では。そうですか。いや、予想通りです。あなたはみどりが宿している子の父親でありながら、未だにみどりと結婚する意思がない。僕は実の父親ではないけれど、子の父親になる覚悟もあるし、なによりみどりを愛している。みどりとの婚姻届は僕が提出しますよ」
須藤はそう言うと、返事も待たずに急ぎ足で部屋を出ていった。
生田は怒りで震えている。
「何あいつ……大嫌いだ、あーいうやつ」
久世は生田のその様子を見て、笑ってはいけないのに可笑しくなってしまって、それがバレないようにと顔を背けた。
須藤が緊張した様子で、話を切り出した。
「生田さんは、みどりさんの旦那さんでいらっしゃるのですか?」
「えっ、はい。そうなりますね」
「……ではお腹の子の……」
「はい」
須藤は落ち着かない様子で黙り込んだ。
生田と久世はわけがわからず、須藤の言葉を待っている。
「すみません、みどりさんの身体は大丈夫なんでしょうか」
「はい。もう臨月なのですが、血圧が高くなってしまって、安静にして様子を見なければならなくなりました。自宅よりは病院の方が安心なので、それで入院しております」
「はあ。それは大丈夫ということなんでしょうか」
「えっ? 大丈夫だと思いますけど……」
また無言である。
「須藤さんは、みどりと同僚ということですが……」
生田が須藤の訪問の理由を聞こうとする。
「えっ! いや、あー、何も聞いていらっしゃらないのですね。あ、そうですか。……そう、ですよね。当然だ」
須藤は一人でそら笑いをした。
「……もしかして、もっと親しいご関係でいらっしゃるとか……」
生田がおずおずと聞いた。
「えっ! いやぁ、なんというか……」
須藤の言い淀む樣子は肯定と同じだ。
「それはどういった……」
「えっ! いやぁ……」
「……お付き合いされていたのですか?」
「えへへ。そんな……」
須藤の煮えきらない様子に、生田はだんだんとイライラしてきた。
それに気がついた久世が、普段ならば絶対にしないが、このままではいけないと奮い立った。
「すみません、私は無関係の者ですが、敢えて入らせていただきます。須藤さんは、木ノ瀬さんとお付き合いがあったことは否定されていらっしゃらないですね。雅紀は、浮気を疑っているわけではありません。ただ含みのない質問として、お話を伺いたいだけなのです」
「いやぁ、その……」
まだ言い淀んでいる須藤に、生田は声を荒げた。
「何をしに来たんですか? こちらが伺っても何もご説明してくださらない。みどりと同僚だと言っておられましたが、入院していることを知っていて、なぜこの自宅の方へ来たんですか?」
その物言いに須藤は慄いたが、それで喝が入ったのか、今度はちゃんと答えた。
「すみません。みどりにもこういう優柔不断な態度はやめろとよく言われておりました。いや、こんなことを旦那さんに言うなんて怒られます。あ、いや……。あ、それでですね、えーっと、なんだっけ? あ、そうそう、みどりにプロポーズをして、受けてもらえたのですが、その、婚約破棄になったのが先月なのですね。ですからまだ愛しておりまして、それで心配になったわけです」
生田と久世は驚きすぎて言葉を失った。
生田は改めてこの須藤を観察した。
なんの変哲もない普通のサラリーマンだ。30手前か、自分や久世よりも年上に見える。中肉中背で、スーツも量販店で売っているような地味なものだし、これといった特徴もない普通のアラサー男性だ。
自分を高く見るわけではないが、みどりと並んで遜色はないとは思っている。それに比べると、みどりと須藤は親戚の叔父と姪という関係に見える。
この男がプロポーズをして、みどりがそれを受けたのか? 他の男の子供を身籠っているのに?
生田は須藤の言葉をすぐには信じられなかった。
「驚きますよね。いや、驚かれましたよ。……生田さんのしてらっしゃるそのお顔、他にも何十と見ましたからね。ははは。しかしですね、愛情という点では負けていないと思うんですよ。……生田さんに」
おどおどとしていたはずの須藤に、いきなり挑戦的なことを言われて、生田はさらに追い打ちをかけるように驚かされた。
「いや、でも僕はお腹の子の父親ですよ」
「ええ、ですから負けないと言っているわけです。だって、一度捨てていらっしゃるでしょう?」
「は? いや、だって嘘をつかれましたからね」
「いやいや、それでも愛していたら別れないでしょ? 妊娠していなかったから、じゃあ別れるって、それって捨てているのと同じじゃないですか」
生田は驚きすぎて言葉を返せない。
久世はハラハラした気持ちで二人のやり取りを見守っている。
「それじゃあ、須藤さんとはなぜ婚約破棄になったんですか? 僕が来たときにはもう別れていらっしゃったようですけど」
少しずつ生田の声が怒気を帯びている。
「それを突かれると弱いんですけどね。いわゆる飲んだ席でのハニートラップというやつですよ。もちろん二人きりにすらなっていません。ちょっとキスした程度で。でもみどりは許してくれませんでした。激怒して、聞く耳も持たない」
生田はまた驚いた。
みどりがキスをしたくらいで激怒!? そんな女じゃない。みどり違いなんじゃないか?
「ヤキモチ焼きでね。……でしょう?」
須藤は、生田の反応を見て、生田がヤキモチなど焼かれたことがないのだと確信して、勝ち誇ったような顔で言った。
生田は嫌悪で顔を歪めた。
惚れた女の夫なのだから、相手にして面白くないのはわかるが、それにしても態度が失礼過ぎないか?
なんなんだこいつ。
久世は生田の顔を見て限界だと感じて、再び割って入る。
「須藤さん、お話は理解しました。木ノ瀬さんは入院されていますが、大丈夫なようですから、ご安心いただけたと思います。今日のところはこれ以上お話しすることはないように思いますが」
「……そうですね。また夕方お伺いします。私は仕事を抜け出してきておりまして、今はあまり時間がありませんので」
須藤はそう言って立ち上がった。
「夕方?」
生田が苛々とした様子を隠さずに言う。
玄関へ向かいかけていた須藤が立ち止まって振り向いた。
「……生田さん、婚姻届は出しましたか?……出していないようですね。そのお顔では。そうですか。いや、予想通りです。あなたはみどりが宿している子の父親でありながら、未だにみどりと結婚する意思がない。僕は実の父親ではないけれど、子の父親になる覚悟もあるし、なによりみどりを愛している。みどりとの婚姻届は僕が提出しますよ」
須藤はそう言うと、返事も待たずに急ぎ足で部屋を出ていった。
生田は怒りで震えている。
「何あいつ……大嫌いだ、あーいうやつ」
久世は生田のその様子を見て、笑ってはいけないのに可笑しくなってしまって、それがバレないようにと顔を背けた。
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