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来訪者は
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生田はしばらく怒っていたので、久世はベランダで煙草を吸う生田を放置して、朝食の後片付けをしたりシーツを洗濯したりと近寄らずにいた。
放っておけば次第にクールダウンするだろう。
それにしても須藤の印象は強烈だった。煮えきらずおどおどとしていたかと思えば、夫でありお腹の子の父親である雅紀に向かって『婚姻届は僕が提出しますよ』などと宣ったのだ。
生田は須藤に対して怒りを覚えていたようだが、それは嫉妬によるものなのか、須藤の挑戦的な態度に対するものなのか、久世には読み取れなかった。
それよりも久世はこう考えてしまって、喜ぶ気持ちを抑えられなかった。
本当に須藤のプロポーズを木ノ瀬さんが一旦受けていたのなら、二人は愛し合っているのかもしれない。もし復縁したら、雅紀は木ノ瀬さんと結婚しないかもしれない。
「……みどりのところへ行かなくてはならなくなった」
生田がスマホを操作しながらベランダから戻ってきて、ダイニングテーブルに腰を下ろした。
「……何時だ?」
久世もそれに倣って椅子に座る。
「11時。病院がここから車で20分くらいだから、そろそろ準備する」
久世は答えに詰まった。
「……透、仕事は?」
生田がおずおずと聞いたが、久世は表情を硬くして答えなかったため、生田は続けて言った。
「あの……すぐ戻るから、……待っててくれる?」
久世は、帰って欲しいと言われると思って身構えていたが、それを聞いてホッとした顔になる。
「今日は日曜で休みだ。……居てもいいならここにいたい」
久世の返事を聞いて、生田も笑顔になった。
生田が準備をして出ていくと、久世は何をするでもなくソファに座り、部屋を見渡した。
東京でこの広さのマンションなら相当な金額だろうけど、青森でなら一般的なのだろうか。
築浅で、2LDKのマンションには、バルコニーと言えるほどの広さのベランダもあり、角に位置するためリビングには二面も窓がある。
キッチンはアイランド型で、リビングダイニングは20畳ほどもあるだろうか。
元々みどりが一人暮らしをしていたわりには、家族で住むことを想定していたような広さだった。
まさか須藤と暮らしていたのでは……いや、雅紀が木ノ瀬さんと過ごしていた時期に送ったことがある。その時から既に関係を持っていたとは思えない。
久世は考えながら、チェックをしていなかったスマホを開く。
瑞稀からの着信とLINEが山のようにあったが、深夜2時頃にぷっつりと途切れている。寝たのだろうか?
西園寺からの着信もあった。それは二回ほどで、直前は30分前のものだった。
その時インターホンが鳴った。
久世は家主が不在のときに出るわけにはいかないと思って無視を決め込む。宅配便なら宅配ボックスを利用するだろうし、出ない方が無難だと、そう考えたときにもう一度鳴った。
それでも無視をしているとさらに鳴ったため、気になった久世はモニターを見に行った。
そこにはなんと瑞稀の姿があった。
なぜここに!?
なぜ俺の居場所がわかった? なぜこの場所を知っている!
久世が反応に迷っていると、モニターから瑞稀の姿が消えた。
その2分後、今度は玄関のインターホンが鳴る。
入居者と一緒に自動ドアを入ってきたのだろうか。
久世は再び無視をしていたが、間断なく鳴り続けるので、諦めてドアを開けた。
「透さん!」
瑞稀は満面の笑みで久世に抱きついた。
「会いたかった!」
久世は瑞稀を
離そうとするが、瑞稀は離れない。
「なぜここにいるんですか?」
「透さんに会いに来たの」
「帰ってください」
「わざわざここまで来た婚約者に、言う台詞?」
玄関を開けたまま、通路でそんなやり取りをしていると、二つ隣の住人がドアを開けて通路へ出てきた。
久世はそれに気がついて、仕方なしにと瑞希を部屋へ入れた。
瑞稀はニコニコと上機嫌な様子で、招きを受けた。
入るなり瑞稀が部屋を見渡しながら言う。
「喉が渇いたなぁ」
「……勝手にはできません」
「少しくらいいいじゃない。洗えばわからないでしょ」
久世が無視をしていると、久世の前に来て覗き見るように瑞稀は言った。
「元彼の彼女のマンションに泊まるなんて、そんなのバレたらヤバくない?」
瑞稀はニヤリと悪巧みでもしているような笑みを浮かべた。
面倒になった久世は、流されやすい性格も手伝って抵抗を諦めた。瑞稀をソファに座らせたあと、キッチンへ向かう。
この優柔不断さを嫌悪しながらも、久世は相手の期待に背いたり、願いを退けたりすることができない。口論したり反論することも苦手だ。この受け身の姿勢は母譲りか、と考えながらも、この場はなんとかしなければならないと決意を固めた。
「ここが愛の巣なのね。狭いけど悪くない。私たちの部屋はどこにする? 透さんの仕事場に近い方がいいわよね。霞が関? マンションなんて近くにあるのかしら」
瑞稀は一人でベラベラと喋り続けている。
久世は、淹れたコーヒーをローテーブルに置いて、瑞稀とは別のソファに腰を下ろす。
「……帰ってください」
「嫌よ」
「……なぜ来たんですか? どうしてこのマンションを知っているんですか?」
「透さんのことならなんでも知ってるわ。生田さんでしょ? 透さんの前の恋人」
瑞稀はそこで久世の反応を待ったが、知らんぷりして顔を背けているので、そのまま続ける。
「透さんこそ帰ったほうがいいよ。彼女にバレたくないでしょ? 一緒に帰りましょうよ」
「……家主を待っています」
「待つ必要ないよ。別れてるんでしょ?」
久世はため息を漏らすだけだ。
「元彼は結婚するんでしょ? 居ても意味ないじゃない」
久世は瑞稀を睨んだ。
「ああ、その目。素敵! もっとその目で睨んで欲しい」
瑞稀は言いながら、久世のいるソファへ来て、肩を擦り寄せた。
「ねえ、透さん、一緒に帰りましょう」
瑞稀がよくやる、相手の心を掴むために研究を重ねたとでもいうような上目遣いで久世を覗き込む。
そもそもなぜ婚約者がこんなところにまで来たのか。自分も招かざる客であるのに、家主が不在の時に全くの他人までもが上がり込んでしまうなんて、なぜこんなことになってしまったのか。
久世はそう混乱しながらも、周りが自分と生田のことを当然のように話しているばかりか、事情も把握していることにも薄気味悪さを感じていた。
擦り寄ってくる瑞希から久世が離れようとしていると、玄関のドアが開く音がした。
久世はハッとする。
生田がみどりの入院している病院へ向かってから一時間ほどが経っていた。
「透?」
廊下へ通じるドアから生田が顔を覗かせた。
そして瑞稀の姿を見つけると、緊張した様子で身体を強張らせた。
それを見た久世は慌てて立ち上がり、生田の元へ駆け寄った。そして生田の両腕を掴んで、廊下へと後退させる。
「……東京の知り合いなんだ。玄関口でわめくから、入れてしまった。申し訳ない」
「は? 透の? なんでここにいるの」
「俺もわからない。突然来たんだ。なぜここを知っているのか、なぜ俺が来ているとわかったのかも、何もわからない」
「……知り合いってどういう知り合い?」
「婚約者です」
いつの間にか瑞稀も廊下へ来ていて、ハッキリとした口調で生田を見据えてそう言った。
その時、生田の顔色が変わったのを見て、久世はハッとした。
この二人は相性が悪いかもしれない。
口論になったら止められるだろうか。
そう考えながらも、もしそうなってしまった場合はなんとか止めなければ、と覚悟をした。
放っておけば次第にクールダウンするだろう。
それにしても須藤の印象は強烈だった。煮えきらずおどおどとしていたかと思えば、夫でありお腹の子の父親である雅紀に向かって『婚姻届は僕が提出しますよ』などと宣ったのだ。
生田は須藤に対して怒りを覚えていたようだが、それは嫉妬によるものなのか、須藤の挑戦的な態度に対するものなのか、久世には読み取れなかった。
それよりも久世はこう考えてしまって、喜ぶ気持ちを抑えられなかった。
本当に須藤のプロポーズを木ノ瀬さんが一旦受けていたのなら、二人は愛し合っているのかもしれない。もし復縁したら、雅紀は木ノ瀬さんと結婚しないかもしれない。
「……みどりのところへ行かなくてはならなくなった」
生田がスマホを操作しながらベランダから戻ってきて、ダイニングテーブルに腰を下ろした。
「……何時だ?」
久世もそれに倣って椅子に座る。
「11時。病院がここから車で20分くらいだから、そろそろ準備する」
久世は答えに詰まった。
「……透、仕事は?」
生田がおずおずと聞いたが、久世は表情を硬くして答えなかったため、生田は続けて言った。
「あの……すぐ戻るから、……待っててくれる?」
久世は、帰って欲しいと言われると思って身構えていたが、それを聞いてホッとした顔になる。
「今日は日曜で休みだ。……居てもいいならここにいたい」
久世の返事を聞いて、生田も笑顔になった。
生田が準備をして出ていくと、久世は何をするでもなくソファに座り、部屋を見渡した。
東京でこの広さのマンションなら相当な金額だろうけど、青森でなら一般的なのだろうか。
築浅で、2LDKのマンションには、バルコニーと言えるほどの広さのベランダもあり、角に位置するためリビングには二面も窓がある。
キッチンはアイランド型で、リビングダイニングは20畳ほどもあるだろうか。
元々みどりが一人暮らしをしていたわりには、家族で住むことを想定していたような広さだった。
まさか須藤と暮らしていたのでは……いや、雅紀が木ノ瀬さんと過ごしていた時期に送ったことがある。その時から既に関係を持っていたとは思えない。
久世は考えながら、チェックをしていなかったスマホを開く。
瑞稀からの着信とLINEが山のようにあったが、深夜2時頃にぷっつりと途切れている。寝たのだろうか?
西園寺からの着信もあった。それは二回ほどで、直前は30分前のものだった。
その時インターホンが鳴った。
久世は家主が不在のときに出るわけにはいかないと思って無視を決め込む。宅配便なら宅配ボックスを利用するだろうし、出ない方が無難だと、そう考えたときにもう一度鳴った。
それでも無視をしているとさらに鳴ったため、気になった久世はモニターを見に行った。
そこにはなんと瑞稀の姿があった。
なぜここに!?
なぜ俺の居場所がわかった? なぜこの場所を知っている!
久世が反応に迷っていると、モニターから瑞稀の姿が消えた。
その2分後、今度は玄関のインターホンが鳴る。
入居者と一緒に自動ドアを入ってきたのだろうか。
久世は再び無視をしていたが、間断なく鳴り続けるので、諦めてドアを開けた。
「透さん!」
瑞稀は満面の笑みで久世に抱きついた。
「会いたかった!」
久世は瑞稀を
離そうとするが、瑞稀は離れない。
「なぜここにいるんですか?」
「透さんに会いに来たの」
「帰ってください」
「わざわざここまで来た婚約者に、言う台詞?」
玄関を開けたまま、通路でそんなやり取りをしていると、二つ隣の住人がドアを開けて通路へ出てきた。
久世はそれに気がついて、仕方なしにと瑞希を部屋へ入れた。
瑞稀はニコニコと上機嫌な様子で、招きを受けた。
入るなり瑞稀が部屋を見渡しながら言う。
「喉が渇いたなぁ」
「……勝手にはできません」
「少しくらいいいじゃない。洗えばわからないでしょ」
久世が無視をしていると、久世の前に来て覗き見るように瑞稀は言った。
「元彼の彼女のマンションに泊まるなんて、そんなのバレたらヤバくない?」
瑞稀はニヤリと悪巧みでもしているような笑みを浮かべた。
面倒になった久世は、流されやすい性格も手伝って抵抗を諦めた。瑞稀をソファに座らせたあと、キッチンへ向かう。
この優柔不断さを嫌悪しながらも、久世は相手の期待に背いたり、願いを退けたりすることができない。口論したり反論することも苦手だ。この受け身の姿勢は母譲りか、と考えながらも、この場はなんとかしなければならないと決意を固めた。
「ここが愛の巣なのね。狭いけど悪くない。私たちの部屋はどこにする? 透さんの仕事場に近い方がいいわよね。霞が関? マンションなんて近くにあるのかしら」
瑞稀は一人でベラベラと喋り続けている。
久世は、淹れたコーヒーをローテーブルに置いて、瑞稀とは別のソファに腰を下ろす。
「……帰ってください」
「嫌よ」
「……なぜ来たんですか? どうしてこのマンションを知っているんですか?」
「透さんのことならなんでも知ってるわ。生田さんでしょ? 透さんの前の恋人」
瑞稀はそこで久世の反応を待ったが、知らんぷりして顔を背けているので、そのまま続ける。
「透さんこそ帰ったほうがいいよ。彼女にバレたくないでしょ? 一緒に帰りましょうよ」
「……家主を待っています」
「待つ必要ないよ。別れてるんでしょ?」
久世はため息を漏らすだけだ。
「元彼は結婚するんでしょ? 居ても意味ないじゃない」
久世は瑞稀を睨んだ。
「ああ、その目。素敵! もっとその目で睨んで欲しい」
瑞稀は言いながら、久世のいるソファへ来て、肩を擦り寄せた。
「ねえ、透さん、一緒に帰りましょう」
瑞稀がよくやる、相手の心を掴むために研究を重ねたとでもいうような上目遣いで久世を覗き込む。
そもそもなぜ婚約者がこんなところにまで来たのか。自分も招かざる客であるのに、家主が不在の時に全くの他人までもが上がり込んでしまうなんて、なぜこんなことになってしまったのか。
久世はそう混乱しながらも、周りが自分と生田のことを当然のように話しているばかりか、事情も把握していることにも薄気味悪さを感じていた。
擦り寄ってくる瑞希から久世が離れようとしていると、玄関のドアが開く音がした。
久世はハッとする。
生田がみどりの入院している病院へ向かってから一時間ほどが経っていた。
「透?」
廊下へ通じるドアから生田が顔を覗かせた。
そして瑞稀の姿を見つけると、緊張した様子で身体を強張らせた。
それを見た久世は慌てて立ち上がり、生田の元へ駆け寄った。そして生田の両腕を掴んで、廊下へと後退させる。
「……東京の知り合いなんだ。玄関口でわめくから、入れてしまった。申し訳ない」
「は? 透の? なんでここにいるの」
「俺もわからない。突然来たんだ。なぜここを知っているのか、なぜ俺が来ているとわかったのかも、何もわからない」
「……知り合いってどういう知り合い?」
「婚約者です」
いつの間にか瑞稀も廊下へ来ていて、ハッキリとした口調で生田を見据えてそう言った。
その時、生田の顔色が変わったのを見て、久世はハッとした。
この二人は相性が悪いかもしれない。
口論になったら止められるだろうか。
そう考えながらも、もしそうなってしまった場合はなんとか止めなければ、と覚悟をした。
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