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天国が
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二度とこんな朝を迎えることはないと思った。
目を覚ますと透がいる。すやすやと眠る、愛する男の穏やかな寝顔を独占する喜びを、また味わうことができるとは思わなかった。
生田は久世のこと以外は何も考えないようにして、今のこの幸せを噛み締めていた。
見ているだけでニヤけてしまう。思い出すだけで悶えてしまう。また透と会えて、声を聞くことができて、触れ合うことができたのだ。
生田は寝ている久世にキスをした。
いつもこうやって起こしていた。目覚ましよりも15分早く。
朝、透を昂らせることが好きだ。僕を感じて一日を始めて欲しい。日中離れている時も、朝のことを思い出して僕を想って欲しい。
できるなら僕のことだけを考えていて欲しい。透の全ては僕のものだと思いたい。
頭の中も身体も、声も心も全て、僕のものだ。
そう考えながら、毎朝こうやって当たり前のように幸福を味わっていた。
生田は再びキスをした。今度は軽くではなく味わうやつだ。久世も目覚めて応えてくる。舌を吸い、唇をついばむ生田に応えて、久世は生田の髪を撫でる。
生田はそのまま久世の身体にも吸い付いていく。
ああ、透。この身体が好きだ。
僕は透の身体じゃなきゃダメなんだ。
生田は久世の全てを味わい尽くそうと、キスで全身を愛撫していく。一つ一つ丁寧に、抜かりがないようにゆっくりと、細かいところまで。
久世がそれに反応するたびに生田は笑みをこぼす。
自分のキスで感じる久世が愛しくてたまらない。
久世を見た瞬間に、久世以外の全てが生田の頭の中から消え去った。
みどりの両親から聞いてすぐに、みどりと結婚すること、生まれてくる子の父となることを決め、久世とは誕生日の日を最後に二度と会わないと心に誓った。
青森まで来てくれた時も、会いたくて堪らない気持ちを抑えて、会わずにいられた自分の理性に誇らしささえ感じた。
御曹司である透とはどちらにせよ長くは続かないだろう。別れる日は遠くないはずだ。いつかは諦めなければならないのだから、ただそれが早まっただけだ。
僅かな日々だったけど、こんなにも人を愛することができた。その相手から自分も愛されていたことを一生の思い出として、大切に胸に秘めておこう。
その思い出だけで、残りの人生お釣りがくるほどだ。
透と再び会うことがあっても、昔の知人として、軽く挨拶をする程度の仲になれたらいい。
久世とのことはそう考えて、妻と子を想う一人の男として生きようと、前向きに気持ちを切り替えようとしていた。
その矢先である。
心に決めた誓いも、前向きな決意も、愛する男を目にした瞬間に綺麗さっぱり吹き飛んだ。
久世に会えたことが嬉しくて、ただ彼の側に近寄りたい、彼に触れたいと、それしか頭に浮かばなかった。
その他のことは、みどりのことも子供のことも、久世とは別れていたことも、二度と会わないと決めたことも、何も浮かばなかった。
今こうやって、愛する男に触れている。相手もそれに応えて喜んでくれている。
生田は今のこの瞬間は、久世のこと以外に何も考えたくなかった。
二人で一緒にシャワーを浴びる。今度はじゃれ合うような愛撫をして、何度もキスをした。
幸せだった。
これで最後だと思うと切なくて、考えないようにしていてもそれが頭をよぎって今にも泣きたくなる。
一秒一秒が希少な宝石のようで、失いたくないのに過ぎていく。
シャワーを出すと、生田は涙を堪えるのを止めて、流れるままに任せた。
久世が気づいていたかはわからない。久世も泣いていたかもしれない。
体を拭いたときには二人とも落ち着いていた。
「お腹空いてる?」
キッチンでエプロンをつけながら生田が聞いた。
「……その姿を見ると空くな」
生田は笑った。
「じゃあ、ちょっと待ってて。30分もかからない。あ、でも掃除はしないで」
久世は笑いながらも、笑えなかった。
みどりの住む部屋を久世が掃除するわけにはいかない、それを冗談にできなかったからだ。
料理が完成して、久しぶりに二人で食卓を囲んだ。
久世は時折喉を通らない様子だったが、生田も同じ気持ちだった。
生田はみどりの話をしていない。久世が気になっていることはわかっていた。いつまでこうしていられるのかと案じていることも。
生田がとうとうその話を切り出そうとしたそのとき、インターホンの音が鳴り響いた。
二人は身体を強張らせた。
もう一度鳴る。
生田は立ち上がり、モニターのある場所へ向かう。
画面に映っていたのは男性だった。知らない顔だ。宅配便かと思ったが、スーツを着ているのはおかしい。生田がここへ来てから、男性の訪問客は一人もなかった。みどりにも父親以外に男性の親類はいないはずだ。
「はい」
生田が応答する。
「すみません、あの、木ノ瀬さんのお宅でしょうか?」
「そうですが」
「私は須藤と申します。あの、みどりさんの職場の同僚で……」
「はい……」
みどりの同僚に会ったのは初めてだった。話を聞いたりはしていたが、女性の同僚の話ばかりで、男性については聞いたことがない。須藤という名前も知らなかった。
「あの、みどりは……あ、みどりさんは、入院されていると伺って……」
「はい、そうです。ですが、たいしたことではありません……あの、もしよければどうぞ」
生田はそう言って、オートロックを解除した。
久世の方を振り向いたが、久世も近くで聞いていたので説明はせずに、肩をすくめてみせただけだ。
久世が聞く。
「知っているのか?」
「いや、知らない。名前も初めて聞いた」
話していると、玄関のインターホンが鳴った。
生田が迎えに出る。
おずおずとした様子で須藤がリビングへと入ってきた。
生田が自己紹介と共に、友人だと言って久世を紹介する。
須藤は、須藤疾風と名乗った。
目を覚ますと透がいる。すやすやと眠る、愛する男の穏やかな寝顔を独占する喜びを、また味わうことができるとは思わなかった。
生田は久世のこと以外は何も考えないようにして、今のこの幸せを噛み締めていた。
見ているだけでニヤけてしまう。思い出すだけで悶えてしまう。また透と会えて、声を聞くことができて、触れ合うことができたのだ。
生田は寝ている久世にキスをした。
いつもこうやって起こしていた。目覚ましよりも15分早く。
朝、透を昂らせることが好きだ。僕を感じて一日を始めて欲しい。日中離れている時も、朝のことを思い出して僕を想って欲しい。
できるなら僕のことだけを考えていて欲しい。透の全ては僕のものだと思いたい。
頭の中も身体も、声も心も全て、僕のものだ。
そう考えながら、毎朝こうやって当たり前のように幸福を味わっていた。
生田は再びキスをした。今度は軽くではなく味わうやつだ。久世も目覚めて応えてくる。舌を吸い、唇をついばむ生田に応えて、久世は生田の髪を撫でる。
生田はそのまま久世の身体にも吸い付いていく。
ああ、透。この身体が好きだ。
僕は透の身体じゃなきゃダメなんだ。
生田は久世の全てを味わい尽くそうと、キスで全身を愛撫していく。一つ一つ丁寧に、抜かりがないようにゆっくりと、細かいところまで。
久世がそれに反応するたびに生田は笑みをこぼす。
自分のキスで感じる久世が愛しくてたまらない。
久世を見た瞬間に、久世以外の全てが生田の頭の中から消え去った。
みどりの両親から聞いてすぐに、みどりと結婚すること、生まれてくる子の父となることを決め、久世とは誕生日の日を最後に二度と会わないと心に誓った。
青森まで来てくれた時も、会いたくて堪らない気持ちを抑えて、会わずにいられた自分の理性に誇らしささえ感じた。
御曹司である透とはどちらにせよ長くは続かないだろう。別れる日は遠くないはずだ。いつかは諦めなければならないのだから、ただそれが早まっただけだ。
僅かな日々だったけど、こんなにも人を愛することができた。その相手から自分も愛されていたことを一生の思い出として、大切に胸に秘めておこう。
その思い出だけで、残りの人生お釣りがくるほどだ。
透と再び会うことがあっても、昔の知人として、軽く挨拶をする程度の仲になれたらいい。
久世とのことはそう考えて、妻と子を想う一人の男として生きようと、前向きに気持ちを切り替えようとしていた。
その矢先である。
心に決めた誓いも、前向きな決意も、愛する男を目にした瞬間に綺麗さっぱり吹き飛んだ。
久世に会えたことが嬉しくて、ただ彼の側に近寄りたい、彼に触れたいと、それしか頭に浮かばなかった。
その他のことは、みどりのことも子供のことも、久世とは別れていたことも、二度と会わないと決めたことも、何も浮かばなかった。
今こうやって、愛する男に触れている。相手もそれに応えて喜んでくれている。
生田は今のこの瞬間は、久世のこと以外に何も考えたくなかった。
二人で一緒にシャワーを浴びる。今度はじゃれ合うような愛撫をして、何度もキスをした。
幸せだった。
これで最後だと思うと切なくて、考えないようにしていてもそれが頭をよぎって今にも泣きたくなる。
一秒一秒が希少な宝石のようで、失いたくないのに過ぎていく。
シャワーを出すと、生田は涙を堪えるのを止めて、流れるままに任せた。
久世が気づいていたかはわからない。久世も泣いていたかもしれない。
体を拭いたときには二人とも落ち着いていた。
「お腹空いてる?」
キッチンでエプロンをつけながら生田が聞いた。
「……その姿を見ると空くな」
生田は笑った。
「じゃあ、ちょっと待ってて。30分もかからない。あ、でも掃除はしないで」
久世は笑いながらも、笑えなかった。
みどりの住む部屋を久世が掃除するわけにはいかない、それを冗談にできなかったからだ。
料理が完成して、久しぶりに二人で食卓を囲んだ。
久世は時折喉を通らない様子だったが、生田も同じ気持ちだった。
生田はみどりの話をしていない。久世が気になっていることはわかっていた。いつまでこうしていられるのかと案じていることも。
生田がとうとうその話を切り出そうとしたそのとき、インターホンの音が鳴り響いた。
二人は身体を強張らせた。
もう一度鳴る。
生田は立ち上がり、モニターのある場所へ向かう。
画面に映っていたのは男性だった。知らない顔だ。宅配便かと思ったが、スーツを着ているのはおかしい。生田がここへ来てから、男性の訪問客は一人もなかった。みどりにも父親以外に男性の親類はいないはずだ。
「はい」
生田が応答する。
「すみません、あの、木ノ瀬さんのお宅でしょうか?」
「そうですが」
「私は須藤と申します。あの、みどりさんの職場の同僚で……」
「はい……」
みどりの同僚に会ったのは初めてだった。話を聞いたりはしていたが、女性の同僚の話ばかりで、男性については聞いたことがない。須藤という名前も知らなかった。
「あの、みどりは……あ、みどりさんは、入院されていると伺って……」
「はい、そうです。ですが、たいしたことではありません……あの、もしよければどうぞ」
生田はそう言って、オートロックを解除した。
久世の方を振り向いたが、久世も近くで聞いていたので説明はせずに、肩をすくめてみせただけだ。
久世が聞く。
「知っているのか?」
「いや、知らない。名前も初めて聞いた」
話していると、玄関のインターホンが鳴った。
生田が迎えに出る。
おずおずとした様子で須藤がリビングへと入ってきた。
生田が自己紹介と共に、友人だと言って久世を紹介する。
須藤は、須藤疾風と名乗った。
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