その溺愛は行き場を彷徨う

海野幻創

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地獄が

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 久世はそれからの二週間、地獄のような日々を送った。

 自邸を出た後に瑞希と食事へ行くと、翌日もと無理やり約束をさせられたことを始めとして、目まぐるしく散々にも振り回されていた。
 翌日出勤すると、西園寺議員から、西園寺邸から逃げ出したばかりか、自邸へと戻って別の令嬢と食事をしていたと叱責され、次に息子から逃げ出したらただでは置かないと凄まれた。
 早速西園寺からかかってきた電話で、西園寺からも同様に怒鳴られた上に、今夜もしクラブへ来なければ、生田の元へ行ってやると脅され、約束せざるを得なくなる。職場を出ると、いつものクラウンではなくベンツが停まっていて、瑞希が笑顔で「お待ちしおりました」と言って、無理やり車に引きずりこまれたばかりか、食事が終わってまた明日もと言う瑞稀を断ろうとすると、久世の父と祖父の名をチラつかせて脅かしてくる。その後クラブへ赴くと西園寺は不在で、晶とヒサシと飲むことになり、電話をすると明日は行くから必ず来いという。
 その一日が再び同じように翌日も繰り返され、さらにその翌日もと、二週間毎日同じコースだったのだ。

 久世は疲弊して、心身ともに参っていた。

 瑞希の強引さは西園寺以上で、物理的にも離さないから厄介だった。側にいるときは久世の腕を掴んだままで、相手が女性だから無理やり振り払うわけにもいかないし、強い声を出そうものなら大声で泣き出す始末で手に負えない。
 久世は腫れ物を扱うように瑞希に接しなければならなかった。

 二週間経った日に、久世は意を決して迎えのベンツには乗らなかった。
 既に久世家のクラウンは迎えにも来なくなっていたので、歩いてタクシーを見つけると、追いかけてくるベンツも瑞希の声も無視して飛び乗った。

 街中で令嬢を無碍にすることに配慮して、これまで瑞稀に抗いきれずにベンツに乗っていたが、遠慮などせず早くこうすれば良かったのだと、ため息をついた。
 久世は、明日は休日だったことにも思い至り、このまま逃げてしまおうと思いついた。
 運転手に、金はあるから適当に高速に乗ってくれと伝えて、シートに背を預けた。

 このまま青森まで行くという考えが頭をよぎったが、行ってもどうすることもできもないし、運転手にも悪いと思って、その考えを振り払った。

 しかし一度思いついてしまうと、それが頭にこびりついて離れない。
 ここ二週間、次々と襲い来る事態に対処するだけで精一杯だった久世は、車内で一人になり落ち着くことができて、こんな自由は久々だと解放感に胸が躍った。
 それと同時に、二週間前にした決意に対する疑問が次々と浮かんできた。

 結婚をするからと俺の元を去った雅紀と、二度と会わないようにしようと決めて、忘れようとしていた。
 しかし、それをして何になる? 以前も同じようなことがあったが、その決意に意味はあったか?
 別れたからと言って、顔を見るくらい悪くないだろう? 雅紀は会いたくないと言ったかもしれないが、俺は言っていない。思ってもいない。
 俺は会えるだけでいい。少しでも顔を見れるだけで満足できる。

 溜まっていた鬱憤が噴き出したかのように、生田に会いたいという欲求が、久世の頭を支配した。
 その欲望が理性を押しとどめ、会わなければ落ち着くことができないとまで思い始めた。

 久世は疲労と精神的なストレスで、抑えつけていた理性が吹き飛んでしまった。

 会いに行かなければならないと、そう熱に浮かされたように、早く青森へ行かなければと、そう急かされてでもいるかのように気持ちがはやった。

 久世はタクシーの運転手に、空港へ向かうように告げて、着の身着のまま青森へと向かうことにした。

 まだ最終の便があったため、空港へ着くとそれに飛び乗った。

 飛行機の中でも興奮は冷めやらず、思い立ったときのまま、頭のネジが外れたような状態だった。
 空港へ着くと、すぐにタクシーに乗ってみどりのマンションへ向かう。

 が、直前で急に怖気づいた。
 コンビニを探してそこへ向かってもらう。
 駐車場で待っててもらって、コンビニでウイスキーを買い、レジを済ませて店の外ですぐに一気飲みした。

 とてもシラフでいられない。
 直前で我に返った久世は、興奮していた頭が冷めてしまった。

 また熱くしなければ、とても青森に居られない。もう最終便もない。朝になるまでうろつかなくてはならないのだ。

 そう考えて酒を煽り、ふらふらとした足取りでタクシーへ戻った。乗り込もうとして、ふとコンビニの方へ視線を向けたその時、久世は祈ったことのない神に感謝をした。


 久世の視線の先にいたのは、コンビニに向かって歩いている生田の姿だった。

 偶然というには、ここはみどりのマンションから最も近いコンビニなので、可能性の高い話ではあるが、それでもここで会えるとは考えていなかった。

 久世は慌てて運転手に料金を支払って、タクシーから下りた。
 
 歩いてくる生田の方へ、ゆっくりと近づいていく。

 生田はスマホを見ながら歩いていて、久世の存在には気がつかない。

 久世はあと5メートルというところでまた怖気づいた。

 立ち止まり、眼の前を通り過ぎていく生田を目で追った。


 一目見ることはできた。
 それで満足だと自分で言っていたではないか。
 会えば苦しむだけだ。
 一目見れたのだから、これでもう思い残すことはない。

 そう考ようとした。
 何度も何度も心の中で繰り返しそう考えた。


 雅紀と出会った頃から、俺は何も成長していない。いつも思いついたまま飛んできて、来てから遅れて怖気づく。どうしようかと戸惑っているだけで、雅紀が気づいて声をかけてくれるのをただ待っているだけだ。

「透?」

 こんな風に……

 久世はハッとして、その声の方へ顔を向けた。

 生田と目が合った。
 生田は近づいてくる。

 久世は泣きそうになった。それを懸命にこらえた。

「雅紀……」
 生田は目の前で歩みを止めた。久世の大好きな笑顔を向けている。

「どうした? いつも突然だね」
 生田は驚いた目をしたあと、笑みを大きくした。

 ああ、もうだめだ。泣いてしまう。

 久世は涙を隠そうとしてうつむいた。

 生田が久世の腕に優しく触れた。

「透、おいで」

 そう言って、久世の手を取った。
 そしてその手を握ったまま、マンションの方へ歩き出した。

 久世はそのままついていく。

 マンションのオートロックを開けて、自動ドアをくぐる。
 久世はそこで躊躇ためらった。生田の顔を見る。生田は穏やかな笑みを浮かべている。

「大丈夫。みどりはいないから」

 久世は身勝手にもその言葉でホッとした。なぜみどりがいないのかも聞かず、頷いただけだ。
 生田は笑顔のまま、再び久世の手を引いてエレベーターに乗る。

 部屋に入った途端に、生田は久世を抱きしめた。
 そのまま何も言わずにキスをして、また抱きしめる。これ以上近づけないというほどに身体を寄せ合い、互いの体温を混ぜようとでもするかのように深く、きつく抱き合った。

 互いに何も言わないが、相手が何を求めているのかはわかった。
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