その溺愛は行き場を彷徨う

海野幻創

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クラブBootleg

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 西園寺の部屋に案内されると思っていたが、車は邸宅を通り過ぎて離れの方へ向かった。
 新築のようなその離れは、ガレージが建物の一部となっていて、外観はまるで車の展示場のようだ。
 建物に通じる部分は全面ガラス張りで、車庫から室内を見ることができる。車をガレージに入庫すると、そのガラスのうちのドアになっているところから、西園寺は入っていった。晶も勝手知ったるといった態度で迷うことなく後を追う。
 久世はずらりと並んだ高級車に目を奪われながらも、遅れて二人を追いかけた。


「二階に客間がある。そこを使え。着替えや必要なものはそれぞれ持ってきてもらうように。食事と酒以外は何も出さないからな」
 西園寺がバーカウンターで何やら酒を吟味しながら言った。

 晶はそうそうに一人掛けソファに腰を落ち着けて、煙草を吸っている。
「何時に行く?」
 晶は白い絹のワンピースのままだ。あの黒い革の上下は置いてきたのだろうか?

「……そうだな。夕食を済ませてからにするか?」
「何時?」
「うーん、腹減ってるか?」
「別に」
「俺もだ。透は?」

 座るでもなしに、壁に寄りかかって二人を眺めていた久世は、いきなり声をかけられて反応が遅れた。

「何を突っ立ってる。座れ。いや、まずこれを飲め」
 西園寺がウォッカのソーダ割を差し出した。
 久世は言われて西園寺の元へ向かう。
 受け取ると、西園寺が自分のグラスを久世のグラスにカツンと鳴らした。

 久世は一口すする。強い。ソーダで割っているのに、先程ロックで飲んだブランデーよりもアルコールが強かった。

「全部飲め。夜に備えろ」

 西園寺のその言葉の真意はわからなかったが、生田のことを考えて参っていた久世は、言われるがままに飲み干した。
 西園寺はそれを見て笑みを大きくすると、今度はウォッカだけを並々と注いだ。
「それ飲んだら少しはシャキッとするだろ。晶は?」

「……夕食を摂るの?」
「ああ、そうだった。透は?」
「……いていない」
「じゃあ、行ってから考えるか?」
 それを聞いて、晶は立ち上がった。
「バスルームを借りる」
「着替えは?」
「ある」
 それだけ言って、晶はバスルームへと消えた。

「無愛想だろ? シラフの時だけだ。酔うと面白い」
 西園寺がいつもの含みのあるニヤニヤとした笑顔を久世に向けて言った。

 久世は返事の代わりにウォッカを飲み干した。
 飲んだ瞬間に頭にガツンとくる。頭をハンマーか何かで叩かれたようだ。目の前がチカチカとして、倒れそうになる。
「おっと……」
 西園寺が久世を支える。
「効くだろ? もっと飲め。お前は酔ってから行ったほうがいい」
 西園寺は言いながら、再びウォッカをグラスに注いでいる。

「……どこへ行く?」
「クラブだ」
 西園寺はそう言うと、自分もグラスを開けた。




 三人は西園寺家の使用人が運転するベンツに乗って、新宿の方へと向かった。
 晶は再び衣装を変えていて、今度は薄い紫のTシャツと革のショートパンツに黒のロングブーツを身に付けている。身体にピタッとフィットしているその姿は、細身ながらも女性的なシルエットが露わに出ている。
 久世の着替えは間に合わなかったため、西園寺の弟の服を借りることになった。西園寺は久世よりも背が高く、身体も筋肉質のため、同じく鍛えている久世でもさすがにサイズが合わない。黒のサマースーツに紺色のシャツだった。
 西園寺の弟はイギリスに留学している大学生で、久世はまだ中学生だった頃の姿しか記憶に残っていない。いつの間にか自分が着てもちょうどいいサイズを着る大人になっていたのかと、時の経過に感慨深い気持ちになった。

 到着したのは、新宿駅からだいぶ離れた場所にある商店街の一角で、こんなところにナイトクラブがあるようには見えない。
 降車して歩き始めた西園寺と晶を追うと、二人は建物の隙間にある、黒くて細長い木製のドアの前で立ち止まった。
 ここが目的地でなければ、昼でも目に留めないような何の変哲もない地味なドアで、周りに灯りひとつなく、ただ商店街にある街灯の光で薄っすらと輪郭が見えているだけだ。

 西園寺がポケットから取り出したカードのようなものを、そのドアの中心部にかざす。すると小さくカチッと音がして、ドアが数センチ動いた。
 取っ手と言えるのかわからないような、ドアに申し訳程度に付いている突起を西園寺は無視して、ドア自体に手をかけてそれを開く。

 中はブラックライトに照らされて、壁一面に落書きというのかアートというのか、様々なものが描かれている中に、下へと続く階段があった。
 二人は当然のように階段を下りていく。久世はこういった隠されたクラブのような場所へ来たのは初めてだった。5年前まで西園寺と付き合っていたときも、普通のバーやクラブはあったが、こういった場所に連れて来られたことはなかった。

 下りていくと、ビートを刻む重低音がドアから漏れ聞こえているばかりか、ドンドンと振動まで響いている。ドアを開けると、いわゆるクラブの名にふさわしく、色とりどりの照明の中、何十人もが自由に身体を動かしている。

 西園寺はその人達の間を縫うようにしてバーカウンターまで行くと、指を三本立てて見せるだけで何も言わず、そのまま奥の方へと歩みを進めた。
 地下とは思えないほど広い店内の奥はステージになっていて、綺羅びやかな衣装を身に着けた女性が数人ほど、身体をくねらせて踊っている。
 そのステージの横に、左右に三つずつ扉があった。
 西園寺は迷うことなくその一つを選び、ノックもせずに中に入っていく。

 中には男性が二人座っていた。久世よりも若いか、同じくらいの年齢に見える。一人が煙草を吸っている。

 部屋は十畳ほどの広さがあり、思ったよりも広い。深々と座れる三人掛けのソファが二つL字型に並んでいて、その前にガラス製のテーブルが鎮座している。そこには数本の酒瓶と何個かのグラス、鉄製の灰皿に錠剤の入ったピルケースと、煙草が置かれていた。
 床はダンスフロアと同じ黒のタイルが敷き詰められ、壁は赤紫色のベルベットのカーテンが全面にかけられている。その向こうに何があるのかはわからない。

「ああ、悠輔、晶」
 一人が笑顔で片手をあげた。
「マモル、それは消せ」
「ああ、もしかして前の男? あの噂の?」
 マモルと呼ばれた男は煙草を灰皿でもみ消しながら、ニヤニヤとした笑みで久世を見た。

「ミキは?」
 ソファの一つに腰を下ろした晶は、そう聞きながら煙草に火をつける。
「ミキは残業中~」
 マモルではない方の男性が横に座った晶にそう言うと、晶は舌打ちをした。
「仕事なんてやめればいいのに」
「食っていけなくなる。晶にいつ飽きられるかわかんないんだから」
「そういうことを言うな」
 晶はじろりと睨んだ。

 空いているソファに西園寺は腰を下ろして、紹介をする。
「透だ。こいつはマモル、こっちはヒサシ」
 名を呼ばれて、それぞれ手をあげて応えた。
「透、座れ。こいつらも同じだ。ここは何をしてもいい場所、というか、むしろする場所だ」
 久世はおずおずと、西園寺の隣に腰を下ろした。すると西園寺は久世に耳打ちした。
「失恋はこういうところで癒やすもんだ」

 久世はこの場の空気に圧倒されて、一瞬忘れかけていた生田のことを思い出した。

 こんなところでこんなことに時間を費やしている場合ではない。青森へ行かねばならない。
 会えなくても、本当に雅紀がいるのかどうかを確認したい。少しでも元気な顔を見たい。
 早くここを出て空港へ向かおう。

 久世はそう考えて立ち上がろうとした、その腕を左に座っていた西園寺が右手で掴んだ。

「透、親父が帰ってくるまでは我慢しろ」
 西園寺は笑顔でそう言ったが、目は威圧するように久世を見据えている。
「なぜだ」
「……俺の親父が気づかないとでも思ってるのか? 自分の秘書官が誰と住んでいるのか。最初は首相の孫だから、すっぱ抜かれても首相の傷になるだけだと思って放っておくつもりだったようだが、ホテルでのことでわかっただろ? そうじゃなくなったってことだ」

 マモルが酒の入ったグラスを渡してきた。
 久世は差し出されるがままにそれを受け取る。

 西園寺は煙草に火をつけると言った。
「今すぐ青森へは行くな。生田くんの居場所と、去った理由がわかって安心できただろ? ジタバタと動き回るのはやめろ。とりあえず俺と晶といるんだ」

 久世は言い返す言葉が見つからず、雰囲気にも呑まれて、受け取ったその酒を一気に煽った。

「ああ、いける口だね」
 マモルはそう言ってまた注いだ。
「ねえ悠輔、彼とは別れてるんでしょ?」

「そうだが、今こいつは傷心でな。新しい男はまだどうかな?」
 西園寺が煙草を持った指で久世を指しながら答えた。
「ええ! こんなに可愛いのに。見た瞬間に気に入ったよ」
「そうだろ? 俺が育てた」
「この子を振るなんて信じられないな」
「……その話はするな」
「おお、マジで悠輔のお気に入りなんだ! じゃあ僕は今度でいいよ。隣も空いてるし、そっち使ってもいいよ」

「だめだ」
 話を聞いていたのか、スマホを操作していた晶が割って言った。

「おいおい、ミキはまだあと二時間は来ないと思うよ。遠いんだから」
「……迎えに行く」
「だめだ。離れるな。女を迎えに行くなんて絶対にだめだ」
 西園寺が言う。
 晶はため息をつくと、酒を一気に飲み干した。
「つまんない。踊ってくる」
 晶が出ていくと、ヒサシも後を追った。

「じゃあ、僕も踊ってくるよ。悠輔、あれはいいんだろ?」
「あ? まさか……あぁ……マモル」
 西園寺は驚いた表情のあと項垂れた。

 久世はそれを最後に記憶が途切れた。
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