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第一章 アシルヴィ山頂に咲く魔法の花
3.オーヴェルニュ邸
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アレクサンドルは、オーヴェルニュ邸の玄関を入ってすぐ隣の応接室に運び込まれていて、長椅子の上に横たえられていた。
その周りに三人ほどの女中なのか執事なのか、2、30代の男女が立っていて、すぐ真横に齢70は超えているであろう老人がアレクサンドルを覗き込むようにしていた。
「ムッシュー・ドパルデュー!」
「ああ、オーベルニュ辺境伯様」
こちらへ振り向いた老人は、シャルルの姿に目をとめた瞬間に悲痛に顔を歪めた。それだけで、次の言葉を待たずともアレクサンドルの容態が芳しくないことがわかった。
「アレクサンドル様は生きておられます。しかし、眠り続けております」
愛息子の側に跪いたシャルルが、不思議そうに老人を見上げる。
「あんなことがあったんだから、そんなにすぐには目覚めないだろう。命の危険はないのか?」
「……はい。すぐに死に至るような傷や不良は見当たりません。ですが、気づけの香を当てても、湿らせた綿でお顔を拭っても目覚めないのです。失礼なことと存じましたが、大声を出したり、お身体を揺すってみたりもいたしました。ですが、何をしてもまったく反応がないのです」
シャルルの顔色がみるみるうちに青ざめる。
「それは……どういうことだ?」
「つまり、生きてはおられますがお目覚めになられない。眠り続けたままということです」
シャルルは今言われた言葉をどう受け止めればいいのかわからない様子で愕然とし、アレクサンドルの手を握った。
フレデリックは部屋の入口付近に立ったままで入室を遠慮していたのだが、会話を耳にしたらじっとしていることができなくなり、アレクサンドルの元へ歩み寄った。
アレクサンドルの姿を見ると、確かにただ眠っているようにしか見えない。胸は呼吸をして静かに上下しているし、頬もこども特有の赤みが差し、肌のツヤもいい。
観察をしながら老人の言葉を反芻し、碧斗として生きていたころの知識から、あることを思いつく。
「植物状態ということか?」
フレデリックとしての知識から、碧斗の世界にあったような医療技術がこの世界にないことを知っいる。しかし、農奴は学校に通わないため、フレデリックは知らないだけで何かしらの治療法はあるかもしれない。
「何か打つ手はないんですか?」
今の言葉でシャルルがハッと気がついたように肩を震わせ、老人に顔を向ける。
「資金はいくらでもあるし、人手が必要ならかき集める。アレクサンドルを助けるためなら何でもするから教えて欲しい」
シャルルの必死な様子に対して、老人は断固とした口調で返した。
「どんな手を使っても無駄でしょう。方法があるとすれば、魔法の花を使うことくらいです」
フレデリックは、何を言い出したのかと脱力した。
魔法などこの世にあるはずがない。
「……魔法の花とは?」
しかしフレデリックとは違って、シャルルは純真無垢な少年のような顔で老人に問うた。
「アシルヴィという山をご存知でいらっしゃいますか?」
「ああ、知っている。南方の端にある、我が国で最も高い山だろう?」
「はい。あの頂上に咲いているそうです」
「何がだ?」
「その、魔法の花でございます」
「なぜそんなことを知っている? アシルヴィは誰も登ることができないという話だが」
「はい。あの高さに加えて、生物が通れるような道もない険しさですから、人間はおろか獣でも避ける山です」
「そんな山の頂上に咲いていると、誰が言ったのだ?」
「誰というのは存じませんが、文献に残っております。実際に目にしたという話が伝わっているのです。そのように、どこに咲いているか場所は不確定ではございますが、存在自体は事実であります。というのも魔術師はその花から魔力を経ているそうですから」
「魔術師? ジェラールか?」
「メルガル様がどのようになされているのかは存じません。私はお会いしたことはありませんので。ですが、他国の魔術師が著した本は何冊も拝読しております」
「そうか。その花を使えばアレクサンドルを治すことができるのか?」
「おそらくは。その著書によりますと、魔法の花は万能の薬になるもので、生物が死んでさえいなければ、どんな病をもたちどころに治すことができるとありました」
「ほう。それが事実で、その花が実在しているのなら、アレクサンドルは治るかもしれないな」
シャルルはその話で満足した様子で、ムッシュー・ドパルデューを下がらせたが、フレデリックは不満だった。
魔法の花の存在など、そんな信憑性のない話だけで納得して医者を下がらせるなんてあり得ないと思って憤慨した。
「オーヴェルニュ辺境伯様、別の医師はいらっしゃらないのですか?」
「うちはあのムッシュー・ドパルデューに任せているが……どうした? 今の話では不満か?」
こちらへ振り向いたシャルルは、目が合ってなぜか微笑を浮かべた。
それを見て、フレデリックは独断で行動を起こすことを決めた。
──シャルルに任せていたらアレクサンドルはいつまでも眠ったままだ。
すぐにでも行動に移そうとシャルルに挨拶をして邸を出ていくことにした。
「別の医師を探してまいります」
「待ちなさい。行くにしても、着替えをして、食事を済ませてからでも遅くない」
「そんな暇はありません」
「しかしアレクサンドルは生きている。身体は温かいし、呼吸もしている。焦っては無駄なことをするだけだ」
なぜそんなに余裕なのかと頭に血が上り、招かれて無断で出ていくことは失礼だと承知していたものの、止める声も聞かずにフレデリックは邸を駆け出ていった。
その周りに三人ほどの女中なのか執事なのか、2、30代の男女が立っていて、すぐ真横に齢70は超えているであろう老人がアレクサンドルを覗き込むようにしていた。
「ムッシュー・ドパルデュー!」
「ああ、オーベルニュ辺境伯様」
こちらへ振り向いた老人は、シャルルの姿に目をとめた瞬間に悲痛に顔を歪めた。それだけで、次の言葉を待たずともアレクサンドルの容態が芳しくないことがわかった。
「アレクサンドル様は生きておられます。しかし、眠り続けております」
愛息子の側に跪いたシャルルが、不思議そうに老人を見上げる。
「あんなことがあったんだから、そんなにすぐには目覚めないだろう。命の危険はないのか?」
「……はい。すぐに死に至るような傷や不良は見当たりません。ですが、気づけの香を当てても、湿らせた綿でお顔を拭っても目覚めないのです。失礼なことと存じましたが、大声を出したり、お身体を揺すってみたりもいたしました。ですが、何をしてもまったく反応がないのです」
シャルルの顔色がみるみるうちに青ざめる。
「それは……どういうことだ?」
「つまり、生きてはおられますがお目覚めになられない。眠り続けたままということです」
シャルルは今言われた言葉をどう受け止めればいいのかわからない様子で愕然とし、アレクサンドルの手を握った。
フレデリックは部屋の入口付近に立ったままで入室を遠慮していたのだが、会話を耳にしたらじっとしていることができなくなり、アレクサンドルの元へ歩み寄った。
アレクサンドルの姿を見ると、確かにただ眠っているようにしか見えない。胸は呼吸をして静かに上下しているし、頬もこども特有の赤みが差し、肌のツヤもいい。
観察をしながら老人の言葉を反芻し、碧斗として生きていたころの知識から、あることを思いつく。
「植物状態ということか?」
フレデリックとしての知識から、碧斗の世界にあったような医療技術がこの世界にないことを知っいる。しかし、農奴は学校に通わないため、フレデリックは知らないだけで何かしらの治療法はあるかもしれない。
「何か打つ手はないんですか?」
今の言葉でシャルルがハッと気がついたように肩を震わせ、老人に顔を向ける。
「資金はいくらでもあるし、人手が必要ならかき集める。アレクサンドルを助けるためなら何でもするから教えて欲しい」
シャルルの必死な様子に対して、老人は断固とした口調で返した。
「どんな手を使っても無駄でしょう。方法があるとすれば、魔法の花を使うことくらいです」
フレデリックは、何を言い出したのかと脱力した。
魔法などこの世にあるはずがない。
「……魔法の花とは?」
しかしフレデリックとは違って、シャルルは純真無垢な少年のような顔で老人に問うた。
「アシルヴィという山をご存知でいらっしゃいますか?」
「ああ、知っている。南方の端にある、我が国で最も高い山だろう?」
「はい。あの頂上に咲いているそうです」
「何がだ?」
「その、魔法の花でございます」
「なぜそんなことを知っている? アシルヴィは誰も登ることができないという話だが」
「はい。あの高さに加えて、生物が通れるような道もない険しさですから、人間はおろか獣でも避ける山です」
「そんな山の頂上に咲いていると、誰が言ったのだ?」
「誰というのは存じませんが、文献に残っております。実際に目にしたという話が伝わっているのです。そのように、どこに咲いているか場所は不確定ではございますが、存在自体は事実であります。というのも魔術師はその花から魔力を経ているそうですから」
「魔術師? ジェラールか?」
「メルガル様がどのようになされているのかは存じません。私はお会いしたことはありませんので。ですが、他国の魔術師が著した本は何冊も拝読しております」
「そうか。その花を使えばアレクサンドルを治すことができるのか?」
「おそらくは。その著書によりますと、魔法の花は万能の薬になるもので、生物が死んでさえいなければ、どんな病をもたちどころに治すことができるとありました」
「ほう。それが事実で、その花が実在しているのなら、アレクサンドルは治るかもしれないな」
シャルルはその話で満足した様子で、ムッシュー・ドパルデューを下がらせたが、フレデリックは不満だった。
魔法の花の存在など、そんな信憑性のない話だけで納得して医者を下がらせるなんてあり得ないと思って憤慨した。
「オーヴェルニュ辺境伯様、別の医師はいらっしゃらないのですか?」
「うちはあのムッシュー・ドパルデューに任せているが……どうした? 今の話では不満か?」
こちらへ振り向いたシャルルは、目が合ってなぜか微笑を浮かべた。
それを見て、フレデリックは独断で行動を起こすことを決めた。
──シャルルに任せていたらアレクサンドルはいつまでも眠ったままだ。
すぐにでも行動に移そうとシャルルに挨拶をして邸を出ていくことにした。
「別の医師を探してまいります」
「待ちなさい。行くにしても、着替えをして、食事を済ませてからでも遅くない」
「そんな暇はありません」
「しかしアレクサンドルは生きている。身体は温かいし、呼吸もしている。焦っては無駄なことをするだけだ」
なぜそんなに余裕なのかと頭に血が上り、招かれて無断で出ていくことは失礼だと承知していたものの、止める声も聞かずにフレデリックは邸を駆け出ていった。
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