その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

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21.二度目の愛してる

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 とはいえ蓼科くんだりまでやってきたその目的を、まずは果たさなければならない。
 久世と晶の婚約を破談にするため、西園寺が考え出した作戦は二つあった。神代氏の息子への婚約を勧めることが一つ、もう一つは恫喝するという違法手段だ。
 晶の父である山科氏は、西園寺の父とは同じ大学の出身で、以来30年以上付き合いを続けている。西園寺と晶が生まれながらに許嫁の関係だったのもその友情ゆえだ。二人の仲の良さは、名家の跡継ぎにしては珍しいと有名なのだそうだが、実のところは本命同士だったというわけである。
 
「もう十分だろう」
 
 西園寺から声をかけられて、どっと脱力した。
 AVでもないのに、まったくそそられない中年男性の行為を注視していなければならなかったのである。この30分は、地獄ともいえる時間だった。
 実の息子である西園寺のほうは、顔色を変えるどころか、普段どおり冷静な様子だった。凄いというかさすがというか、媚薬をつくるだけあって神経が尋常ではないのかもしれない。
 
「データは保存できたから、これでいつバレようが構わない」
「てことは、回収しないんですか?」
「明日子飼いにやらせる。とりあえず酒だ」
 伸びをした西園寺は、くわえ煙草で冷蔵庫へと向かっていった。
「もうないよ」
 しかし八乙女の無情な一言に、喜び勇んだ足が止まってしまう。
「全部飲んだのか?」
「あんな程度しか入れてないなんて、宿泊客をなめてるよね。別に持ってきてもらえばいいじゃん。お腹も空いたし、もうバレてもいいんでしょ?」
 
 だとしてもこんな短時間で飲み尽くすなよ。
 おそらく西園寺はイラッとしたのだろうけど、王に逆らうには無視するしかないとご教授してくれたように、舌打ちだけの抵抗で母屋へと繋がる電話機のほうへ向かっていった。

 かすかに憐れみを感じつつも、数分待てば済む話なのだからと、声はかけずに久世の元へ行くことにした。
 目的を済ませたとなれば、やつらに関わっている場合ではない。
 そっとガラス戸を開けると、椅子に腰掛けた久世が、スマホを片手に庭園を眺めていた。

「もう終わったよ」
 
 彼に近づきながら、やれやれといった態度で言ってみる。
 
「……なんであんなことをしたんだ?」

 彼は目を合わせようともせずに問いかけてきた。
 八乙女から先に言われてしまったことだが、自分の口からも改めて打ち明けるべきだろう。

「目的は婚約破棄のためだ」
「婚約破棄? 晶との婚約は破談になるのにか?」
「うん。でも念の為の保険だ」
 答えると、彼は大きくため息をついた。
「……そんなことのために」
 そしてスマホを持っている手を、ぎりぎりと音がしそうなほど握りしめた。
 八乙女が言っていたように嫉妬なのだろうか。いや、まさか……そんなはずはない。そう思うものの、だとしてこの怒りの理由は他に検討がつかない。

「透、ごめん」
 
 謝罪の言葉をなげかけながら久世の前にまできてひざまづく。そして、力の限り握りしめているスマホごと彼の手に触れた。

「西園寺さんとのことなんだけど、透が盛られたっていう薬を飲んだんだ」
 
 彼の目がこちらに向いた。眉間には皺が寄っている。
 
「なんでそんなことまでしてるんだ?」
「うん。そそのかされたなんて言ったら責任逃れだけど、先に服用した二人から、こんなレベルじゃ透は意識を失うはずがないって言われて、頭にきて……」
「……つまり、俺のせいで」
「いや、違うよ。疑っていたわけじゃなくて……信じたかったから、僕の意思で飲んだんだ」
 彼の眉間の皺がさらに深くなる。
「その容量が、少しばかり過剰だったわけなんだけど」

 そう切り出して、七錠も服用してしまったことを打ち明けた。三時間近く意識を失ったあと、遅れて媚薬効果が出たことも。
 すると久世は「ああ」と納得した様子を見せた。
 
「俺は、目が覚めたあとすぐに逃げ出したから」
「てことは、あの状態のときは一人だったってこと?」
「そうだ。自宅はまずいと考えてホテルへ行った」
 
 脱力するほどほっとした。彼に嘘はないと信じていたものの、覚醒した後の効力をどう処理したのかは気にかかっていた。
 ホテルへ逃げ込むくらいは確かに可能であるはずだ。経験しているからこそ、そこに嘘がないとわかるし、疑念を抱く余地もないわけである。

「じゃあ雅紀はそのとき悠輔と八乙女さんといたのか……」
「……そう」

 理解できるというなら、久世のほうも同様である。薬によって、どれほど理性が押し負けたのかを、その身で味わっているのだから。
 覚悟を決めて、二人に襲いかかってしまったこと、そして逃げるようにして一人きりになったことを、すべて事細かに説明した。
 
「だから、僕も浮気したことになる」

 説明の間、久世は驚いた素振りもなくいつも通り落ち着いていた。それは既に別れているから今更動じる必要もないということなのか、その程度ならとほっとしたからなのか、見た限りでは判別できない。
 
「……それは俺が判断することではない」
「え?」
「雅紀がどう判断するかだ」
「透じゃなくて? 僕のほうなの?」

 彼は「ああ」と肯定するだけで、押し黙ってしまった。
 なぜこちらの判断に委ねるのだろう。浮気とは、した側ではなくされた側の受け取り方次第だと聞くが、試されているのだろうか。
 となると、謝罪の限りを尽くすしかない。
 
「心の底から悪いと思ってる。薬のせいとか、途中で止めたなんて言い訳だ。結果として怒られても仕方がないことをしてしまったんだから」
「……怒ってはいない」
 怒っていない? じゃあ、いったい何だというのだろう。
「別れたいと言われても当然だと思う。……僕のほうは透が何をしても別れたいと思わないけど、僕のしたことで透が別れたいって言うなら、それは仕方がない。でも、死ぬまで透のことだけを愛し続けると思う。それだけは……」
 
 言いかけたとき、久世は驚いたようにはっとして、顔が真っ赤に染まった。
 
「なに? どうしたの?」
 みるみる赤くなっていく。
「……雅紀が俺のこと……」
「えっ?」
「愛してくれているって……」
 
 消え入りそうな声で言って、限界とばかりに久世は立ち上がった。おろおろとし、庭園のほうへ下りていく。
 あの反応はなんだ? うろたえっぷりはまるで、なんというか、初恋が成就した学生のようである。
 別れてはいるけど、昨日まで恋人同士だったよな?

「どうしたんだ?」
 
 彼を追いかけて声をかけた。
 庭園の中央で立ち尽くしていた彼は、びくっと肩を震わせただけで、背を向けたまま答える素振りはない。

「やっぱり許せない?」
 聞くと、今度は振り向いた。
「俺が許すかどうかの問題ではない」
「え? じゃあ何を……」
 
 顔はいまだ赤いまま、さらには目もうるみ、身体も震えている。
 なぜなのかを考えて、愛していると言ったせいなのかもと思い当たる。
 
「何回も言ってるだろ?」
「……二度目だ」
 二度目って、数えてるのかよと驚く。
「僕は毎分毎秒透のことばかりを考えて、愛してるって思ってるよ」
 
 どうやら正解だったらしい。もう一度口にした瞬間、これ以上赤くならないであろうと思っていたその顔が、さらに燃え上がったようになったのだ。
 
「透が愛してくれなくなっても、息絶える瞬間まで愛してるよ」

 言い添えると、突然彼は抱きしめてきた。
 そして驚く間もなくキスをされる。
「んんっ……」
 数年ぶりかのごとくの熱烈さだ。
 嬉しい……けど、ガラス戸の向こうには西園寺たちがいる……というより、そもそもここは外だ。
「とお……あっ」
 口が解放され、ようやく息を継げると思ったら彼の唇は頬から耳、首へとつたっていく。
 おいおい、服の中に手が、というかシャツのボタンがいつの間にか全部外されている。
 薬が盛られているのではと疑いたくなる勢いだが、スイッチのはいったときは別人のようになる彼の場合は、つまりは通常通りである。
「はっ、んっ……」
 弱いところを熟知されているせいで、的確にも刺激を与えられてしまう。
 ああ、ベルトに手をかけ始めた。まじかよ。
 外で、人が近くにいる状況なのに、ちょっと興奮してきたかも……って、そんな場合じゃない。
 無駄だとわかりつつも、彼の手をさえぎるべく押さえつける。
 すると予想通りキスがきた。巧すぎて溶ける。思考回路がぐずぐずになり、現実から剥離していく。全身のくすぐったさと、下への刺激がさらに追い打ちをかけ、快楽のみの天上世界へと昇っていく。
 
「また盛られたんじゃねえよな?」

 西園寺の声がして、はっと久世の手が止まった。

「わるかった」
 言いながら、今度はこちらの衣服の乱れを直し始める。
 そうだ、彼は他人に見られてしまうのを忌避すると聞く。クラブの個室でしたのはこちらが酩酊してしまっていたからだ。
 衣服を整え終えた彼から、ぎゅっと抱き寄せられる。
「部屋に戻ってしよう」
「部屋って、家の……だよな?」
「そんなに待てない」
 いやいや、待てよ。寝室へ行ったところで、すぐ近くにいるんだから目の前と変わらないはずだ。

「おい、また俺らの前でやる気か?」
 
 西園寺も呆れた声で茶々を入れてきた。
 
「悠輔、おまえ雅紀に触れたのか?」
 
 突然、聞いたこともない声がした。
 こちらにかけていた声とはまるで違う、低く冷徹とも言える声だ。
 
「……なんだ? キレてるのか?」
 
 西園寺も同じく驚いた様子で、動揺の声を返した。
 確かに表情のほうもキレている、と表現してもいいくらいに睨みつけている。こんな彼も見たことがない。
 
「雅紀は、俺を愛してくれているんだ」
「は? そんなの誰でも知ってる」
「じゃあ、二度と雅紀に触れるなよ」
 
 西園寺の顔が驚愕のそれに変わる。
 おそらく自分もだろう。
 嫉妬もしない、独占欲なんてものもないであろう彼の口から、まさか出てくるとは思ってもみなかった言葉だった。
 
「俺からは何もしてないってのに、あたりやがって」
 
 信じられん、とため息をつきながら西園寺は戻っていった。
 くるっとこちらに向き直った久世は、愛おしげな目を向けてちゅっとキスをしてきた。
 
「愛してるよ」
 
 蕩けたような声で、腰を寄せて頬をなでられる。
 ベタ甘な彼は珍しくはないが、多くは事後のときであり、キスしかしていない、しかもこんな場所で見せる態度としては珍しい。
 
「……別れるんじゃないの?」
「雅紀が許してくれたのなら、別れない」
「どういうこと?」
「愛してくれているって、知らなかったから」

 聞いても意味がわからず、何度も質問を変えて要領悪く聞き出したことによると、久世は愛されている自覚がなかったらしい。
 俊介や西園寺だけでなく、八乙女も認めるほどバカップルをやっていたはずが、当の本人だけはそう思えていなかったのかと驚いてしまう。
 聞くと、セックスは愛がなくてもできるし、引っ越してきたのも転職のためであり、料理をつくってくれているのも、家賃のお礼だと考えていたらしい。
 一度は愛していると言われたものの、それ以降は愛を伝えるばかりで返ってこない。人の気持ちは変化していくものだから、冷めてしまうのも仕方がないと悩み続けていたようだ。
 そんなときに、浮気なんてしてしまったため、二度と受け入れてもらえないと絶望し、逃げ回った挙句に別れるという苦渋の決断をしたのだという。

 んなわけねーだろ。てか、そんなこと一人で考えてないでとっとと言えよ。
 潔癖なのは間違いないと思うが、誠実うんぬんは思い違い、というかそれ以前の問題だった。
 言葉足らずな彼に不満を感じていたはずが、逆に自分のほうが不安を与えていたとは。

「じゃあ、西園寺さんとのことはどう考えたんだ? 宮本さんのときは?」
 
 嫉妬ではないというなら、なぜ不機嫌になったというのだろう。それも、こちらの気持ちが冷めたと思い違えていたのだろうか。
 
「雅紀が好きになったのかと思ったから」
「西園寺さんや宮本さんを?」
「そうだ」
 
 やはりか。だったら、その場で問いただせばいいのに。
 
「なんで透がいるのに他のやつに惚れなきゃならないんだ。透以上に好きになれる相手なんて一生現れないよ」
 
 ため息交じりに言うと、久世は感激したように顔を輝かせ、またもや抱きしめてきた。
「嬉しい」
 そう言ってキスをされ、寒いよなと言って整えてくれたシャツを再び乱し始めた。
 
「わかったって……でも寒いから」
「雅紀がわるい」
「……なんで僕のせい……んっ」
 じゃれてくる犬よりひどい。完全に上半身がはだけてしまった。
「愛してるよ」
「……愛していても、こんなところで確かめなくていい」

 完全にいつもの彼だ。
 マイナス思考なうえに言葉足らずで、一人で思い込んで絶望するほど気が弱いくせに、スイッチが入ると、いや愛があるとわかった途端、間逆に振り切れたかのような強引さだ。

 この場では勘弁願いたいところだが、愛しているの一言だけでここまで情熱的になる彼に対して、別れを切り出させるほど不安にさせてしまっていたことは、猛省すべきことである。
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