復讐の数だけ花束を

七天八狂

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その後(おまけの後日談)

4.新たなる覚悟

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「ごきげんよう、マドモアゼル・ド・ゴール、エマヌエーレ伯爵」
 
「あら渦中のお方がハゲタカの群れにいらっしゃったの?」
 
 エレーヌの返答にリュシアンは笑い声をあげた。
 
「ハゲタカとはおかしいですね。ですが、事実を表に出しただけですから」
 
「ええ、驚きましたわ。私との婚約に前向きでいらっしゃらなかった謎がようやく解けましたけれど」
 
 自負心もここまでくるとあっぱれだ。
 リュシアンが婚約話に首を縦に振らなかった理由は、自分の魅力が足らないせいだとは思っていなかったらしい。
 
「マドモアゼルも渦中の方ではありませんか」
「ええ、ですが私自身には関係のないことですから」
 
 エレーヌはふふふと笑って、未だ掴んだままの腕を引いてさらに身を寄せてきた。
 
「この部屋は熱いわ。涼しい場所へ行きましょう」
 
 連れ出して欲しいという合図である。
 本来であれば令嬢の願い通りにするべきところだ。
 しかし来るはずがないと思っていたリュシアンに会えた嬉しさと、ほんの少しの自惚れが顔を覗かせて、ためらいが出てしまった。
 自惚れなんて不相応だと思いつつも、もしリュシアンが少しでも嫉妬を感じていたら、このまま立ち去った場合さらに悲しませてしまいかねない。
 
「私には適温のようです。ここより室温の低いところへ行ったら身体を壊してしまうかもしれません」

 無礼をするのは噂になりかねないが、リュシアンを悲しませるよりはマシだ。
 
「まあ!」
 
 やはりエレーヌは信じられないというように目を丸くした。
 仕方がない。彼女の好意をきっぱりと拒否するためにも、噂に上ることは甘んじて受け入れよう。
 そう心のなかで覚悟を決めたとき、思わぬことにリュシアンはエレーヌに掴まれていないほうの手を取って自身の腕に掛けてきた。
 
「マドモアゼル・ド・ゴール、エマヌエーレ伯爵は私が暖かい場所へお連れ致しますので、マドモアゼルは涼しい場所へどうぞ」
 
 まさかの事態である。
 しかも、軽く会釈したリュシアンは歩き出し、腕を取られたままのフレデリックも足を動かざるを得なくなった。
 紳士が腕を組んで歩いても不思議ではないが、令嬢を無下にしてまでする行為ではない。
 こんな真似をしてしまっては関係があるのではと噂になってしまう。
 
 やはりというか、周りを見渡してみると、エレーヌたけでなく近くの人たちもみな唖然とした顔をしていた。
 いつもはうるさいほどの広間が静まり返っているような気もする。
 見渡せないほど奥のほうも、この事態に気づいているのかもしれない。
 
「おい、どう誤魔化すつもりだ?」
 
 小声で聞くとリュシアンは足を止め、誤魔化す?と言って首をかしげた。
 
「誤魔化す必要はないよ。フレデリックは僕の男なんだから」
「それがバレたらまずいわけだから──」

 言いかけたら、リュシアンは愛おしげに見つめながら額にくちづけてきた。
 何をしているんだ?
 驚愕と動揺が同時に訪れて、抗議もままならず硬直してしまった。

 オブロンスキー公爵の舞踏会という、街中の貴族が集まる場で、このような振る舞いをすれば誤魔化しようがない。
 しかし、リュシアンは隠し立てするほうが無粋だと言わんばかりに微笑み、耳元に近づいて「愛してるよ」と囁いてきた。

 なんとも愛おしく、この状況を忘れて今にも抱きしめたくなってしまう。
 しかし、そんな場合ではない。
 どうやって誤魔化せばいいというのか。
 
「フェデリコ!」
 
 オブロンスキー公爵に呼びかけられて顔を向けると、彼は片手をあげた状態で硬直し、目を丸くしていた。
 声をかけたあとに気がついたらしい。
 
 関係を知って不快に感じたかもしれない。
 しかし、彼に言い訳はしたくないと考えて微笑を見せた。
 すると彼は丸くした目を細め、意外なことにニカッと嬉しげに笑い返してきた。
 
「これはオーヴェルニュ辺境伯、ごきげんよう」

 そして、いつもの鷹揚な足取りで近づいてくる。
 
「本日はお招きいただきましてありがとうございます」

 答えたリュシアンからは未だにしっかりと腕を掴まれている。
 離すものかとでもいうように。
 
「いえいえ、アレクサンドル殿下のことでご多忙のところ、お越しいただきましてありがとうございます」
「ええ、私のフレデリックがどこに消えたのかと探しおりまして、もしかしたら公爵に捕まっているのではないかと考えて参りました」
 
 リュシアンの言葉に、ほっ!と口をすぼめた公爵は、豪快に笑った。
 
「それは大変失礼いたしました。フェデリコを……この国ではフレデリックですな、フレデリックをお引き止めして申し訳ありません」
「構いません。独り占めしておくには忍びない男ですから」
「ええ、ええ。さようです。フレデリックがいるといないとでは場の盛り上がりが違いますからな」
「はい。そのように慕われていることは私も嬉しく思います。ですが、だからこそ目を離すわけにはいかないのです」
「ええ、お気持ちをご配慮しなければなりませんでした。これより先彼を招く際には必ず辺境伯もご一緒にお招きさせていただきます」
「そうしていただけるとありがたいです」

 目の前で起きている会話が現実のことだとは信じられない。
 オブロンスキー公爵は思っていた以上の好漢だったらしい。
 心根が優しく愉快なだけでなく偏見までないとは、いい男と友になれたものである。
 
 二人のやりとりを呆然と見ていると、リュシアンはオブロンスキー公爵のほうへ近寄って何事かを囁き、一人で広間の出口のほうへと去ってしまった。
 
 どうしたというのだろう。
 
「おまえの相手として辺境伯以上の方はおるまい。陛下だと聞いてまさかと思ったが、裏の理由があったのだな」

 オブロンスキー公爵が近づいてくる。

「打ち明けずにいて申し訳なかった。……しかし、その」
 
「気持ちはわかる」
 言いながら公爵は優しく肩を叩いてきた。
「前例がないものにはいつか前例ができるのだよ。偏見をもつ者なぞ、最初から上辺だけの存在だ。私はおまえに似合いの相手がいると知って嬉しいよ」
 
 まさかの言葉を耳にして胸が詰まる。
 
「ありがとう……」

 本当にいい友だ。
 
「しかし残念なのはおまえを独り占めできないことだな」
 
 そう言ってカラカラと笑うと、「行こう」と彼に促され、玄関ホールへと連れ立った。
 
「あとのことは任せておけ。次に呼びつけるときまでには妙な目を向けさせないように収めておくから」
「そんなこと、おまえに任せるべきことではない」
「いやいや、それほどおまえのことが好きなのだよ。今度は辺境伯とともに三人でゆっくり晩餐でもしよう。二人の馴れ初めから、なぜフレデリックと呼ばれているのかなど話をいろいろと聞きたいからな」
「……感謝する」
「感謝するならまた邸に来たまえ。私にとっておまえとの時間が何よりの愉悦だからな」

 さらに胸がじんとすることを言われて後ろ髪を引かれるも、ロータリーには既にオーヴェルニュ家の馬車が停車している。
 リュシアンが待ってくれているのに、ぐずぐずしている暇はない。
 オブロンスキー公爵に挨拶をして、馬車に乗り込んだ。

 
「僕の目を盗んで令嬢と戯れているなんて、信じられない」
 
 乗り込むなり、リュシアンは不機嫌であることがありありと見て取れる様子で、頬を膨らませていた。

「戯れてなんていない。マドモアゼルが勝手にしたことだ」
「昼食会から帰ったらどこにもいないし、ジャンも居所を知らないし、心配してたのに、探し回ったあげくがこれだ。そう言えばこそこそと密会するのは得意だったな」

 嫉妬されているかもとの自惚れは事実だったようだが、悲しむというより激怒されている。

「得意ってなんだよ。俺は令嬢に言い寄るような真似なんてしたことないぞ」
「へえ。エマヌエーレ伯爵がよくそんなことを言うね」

 それは、復讐のために行動していたときのことを言っているのだろうか。

「あれは演技だから」
「そう、その演技でエマヌエーレ伯爵は大勢の令嬢の心を射止めている」
「なんだって?」
「なんて白々しい! どこへ行ってもエマヌエーレ伯爵のお相手はどなたかとの話題になるのだから知らないはずはない。誰もが妻の座を狙っているんだぞ」

 まさかと耳を疑う。
 が、考えてみれば、晩餐の招きを受けたときにそのような話題を持ち出されたことは……少なくないかもしれない。
 とはいえ、当然ながら誰も相手にする気はない。
 部屋で二人きりではないときに甘言を囁くのは気恥ずかしいが、機嫌を直してくれるならやる以外にないだろう。
 
「狙われたところで、俺はリュシアンのことしか見ていないから無用のものだ」

 リュシアンを抱き寄せて、精一杯甘く響くように努めて言った。
 しかし彼は、怒りが冷めるどころかさらに増したらしく、眉間の皺がさらに深くなってしまった。

「エマヌエーレ伯爵は自分の魅力を理解していないらしいね。僕がどんな想いで伯爵を見ていたかわかる?」
「え……」
「想いが通じてようやく安心できると思っていたら、逆に不安は大きくなっているんだ」
「不安?」
「そうだよ。だから僕は公表したいって言ったんだ。フレデリックは僕のものだということをみなに知らしめなければ、安心できない」
 
 なんてことだ。
 公表したいという訴えの裏にそのような不安があったとは、まるで気がつかなかった。
 そんなに愛してくれていたとは、信じられない。
 
 愛おしくてたまらなくなり、未だふくれっ面をしているその口にキスをした。

「そんなんで誤魔化せると思うな」

 しかし、弱々しい力で抱き寄せた身体を離される。

「誤魔化すもなにもないだろ? あんな真似をしたせいでみなに知れ渡ったんだから」
「それは僕を責めているってこと?」
「違う。嬉しいんだ」
「え?」

 リュシアンはようやく眉間の皺を収め、丸くした目を向けてきた。

「俺のほうこそ周りに見せびらかしたい。リュシアンと愛し合っていることを隠していたくない」

 彼が喜ぶことならどんなことでもする。
 噂になるくらい大したことではない。
 イザベルの愛人と公表されるより、リュシアンとの関係で噂になるほうがよほどいい。
 事実であるからだけでなく、堂々と彼を守ることができるからだ。
 
 きょとんとした顔のリュシアンの目に、じわりと涙が浮かんできた。
 なんとも愛おしく、たまらなくかわいい。

「そんな嬉しい台詞をさらりと言ってのけるから、関係を隠しておきたくないんだ」

 目を潤ませながらかわいくも口を尖らせた彼を見たら、もう限界だった。

 再び抱きしめてキスをした。
 今度は軽くではなく、深く味わうように。
 していたら高ぶってきて、止まらなくなってきた。
 
 馬車の中だろうがどうでもいい。

「フレデリック、だめだよ」

 彼の襟元を乱して唇を這わせた。

「だめだって、んっ」
「少しだけだから」
「そういう問題じゃなくて、僕がやめて欲しくなくなるから……あっ」

 艶っぽい声でそんなことを言われたら、こちらも歯止めが効かなくなる。

「……あとどれくらいで着くんだ?」
「わかんない……」
「関係が公になったんだからいいだろ」
「何言ってるの? それとこれは違う……あ、だめ、そんなとこ触らないで、あっ……」


 当然のことながら、馬車の中では愛撫止まりで耐えた。
 しかし、高ぶってしまったせいで、城へ着いたとなるや部屋へ行くのももどかしく、近くの空き部屋で事に及んでしまった。

 するとあろうことか真っ最中にイザベルが現れたのである。
 怒鳴られはしなかったが呆れられ、貸しだからなと睨まれてしまった。

 関係を隠さなければという懸念が解消され、不安がなくなったと思いきや自ら懸念事を招いてしまうとは、猛省せざるを得ない。

 しかし、リュシアンはむしろ嬉しかったらしく、外でも家でも二人の関係が公になったと言って以前にも増して機嫌がよくなっていた。
 名言していたとはいえ半信半疑だったはずだから、これで完全に信じただろうと言うのだ。
 それにしてもだが、彼が喜ぶなら飲み込むしかない。

 アレクサンドルとリュシアンが笑顔を絶やさず幸福に過ごすためならば、どんなことでも耐えるし、何でもする覚悟なのだから。
 そう、使用人だけでなく君主にさえ、生まれたままの姿で仲睦まじい場面を見られたとしても、恥ずかしくて死にたいなどと言ってはならないのである。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

丁
2025.02.07

完結おめでとうございます。
ハッピーエンドで良かったです。

2025.02.07 七天八狂

丁様
感想ありがとうございます。
無事に完結できました。思った以上に長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。何よりも嬉しいです🙇

解除
丁
2025.02.04

毎日ドキドキしながら読んでます。
本当に面白いです!友人にもおすすめしました❤️

日々の楽しみ(一日頑張った後のリラックス読書タイム)なので、ずっと終わってほしくない気持ちと、主人公たちが辛そうなので早くハッピーエンドを迎えてほしい気持ちとがせめぎ合ってます。
矛盾してますよねえ🥹

2025.02.04 七天八狂

丁様
感想ありがとうございます😭
楽しんでいただけて書き手冥利に尽きます。本当に嬉しいです。
ご友人におすすめまでしてくださったとは恐縮の限りです🙇
64話で完結しますので、今週末には終わると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
本当にありがとうございます😭

解除

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