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9. 夢で見た機械

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 コリンの家へ入ると驚いた。この世界で目にしたものといえば自然素材の木や鉄、石や陶器などばかりだったのに、コリンの家の中には元いた世界にあった機械と言えるようなもので溢れかえっていたからだ。
 扇風機のようなもの、ラジコン、電話機、ミシン、はたまたテレビのような形のものまである。

「こりゃなんだ?」入ってそうそうカイルが声をあげた。
「やあカイル! 僕の家に来たのは初めてだね」
 コリンは私よりも年下に見えるまだあどけない若者で、気さくそうな笑みを浮かべている。
 ろくに挨拶もせずに目を丸くしていた私たちに対して、嬉しそうに笑みを大きくして説明を始めた。
「夢で見たんだ。妙に印象的でね、目が覚めても頭に残っていて、どうにか再現できないものかと思ったんだ。最初は夢で見たまま外側だけ作ってみたんだけど、何個も作っていくうちに内部の方も気になってね。なんとか思い出したりイメージをして試行錯誤したんだ。これも芸術と言えるのかな? 僕としては創造しているというよりも使命感みたいな、作らないと落ち着かないからというのに近いんだけど」
 言いながら扇風機のようなものを手に取る。
「これはこの羽が回るはずなんだけど、どういう原理で回るのかはわからない。魔法を使えば簡単だが、それじゃあ意味がないとも思って悩んでいる」
「電気があれば動くんじゃないですか?」私は思わず言った。
「でんき?」
「発電したものを電線で運んで、壁につけたコンセントから送り出して……」
「はつでんって?」
 えーっと……なんだっけ? 火力水力風力……おぼろげな怪しい知識だが、なんとかコリンに説明した。
「面白い! 僕には難しいが、ミラなら理解できるかもしれない。ちょっと待ってて」
 コリンは慌てた様子で家を出ていった。

 唖然とした顔でコリンを見送っていたカイルが、私に近づいてきた。
「見たことがあるのか?」
「はい。私のいた世界に似たようなものがありました」
「どういうことだ?」
「わかりません。夢の中で見たと言っていましたが、私も向こうにいたときに竜と会話していたのは夢の中でしたから……」
「……この世界とリサの世界は夢を通じて繋がっているのか? リサの世界のものをコリンが夢で見たというのか?」
「どうでしょう? 不思議ですが、そう考えればなんとなく繋がりますね」
「信じられん!」
 カイルは表情にもそれを出して言った。私も同じ表情をしていただろう。

 コリンが若い女性を連れてくると、私の顔を見た途端に矢のように質問を浴びせてきた。
「でんきって何? はつでんって? 私にも説明して」
 その女性はミラという名前で、コリンが電化製品を夢で見たように、ミラも現実には存在しないものを夢で見たと言って、電気や発電の仕組みを私が話すそばから『あれはそういうことか』『なるほど』と呟いて理解していた様子だった。
 すると次は別の若い男性が現れ、ガスとは何だと聞いてきた。すると水道とは、電波とはと、話を聞きつけた若者たちが次から次へと夢で見たと言って集まり始めた。

 カイルはその事態に驚きっぱなしで、感心したように呟いた。
「若者の知識欲には恐れ入る。必要かどうかを案ずる以前に、知識を吸収することが楽しいようだ」

 彼らは自覚していたのかわからないが、彼らが夢で見て熱心に質問してきたものは、魔法の使えるこの世界では無用のものばかりだ。マディソン夫人の言うように、老人子供のためならば多少意味があることかもしれないが、大抵の人は魔法が使えるから理解したところで必要のないことだった。
 しかし彼らはその知識を吸収したいと望み、意欲をかきたてられていた。
 魔法は便利だが、仕組みを理解して物を作るという工学的知識は、また違った知的興奮があるのかもしれない。

 私がいなくても、遠くない時期に何とかなっていたのではないだろうか? エジソンなりニコラ・テスラなりライト兄弟が現れていたのではないか? 彼らを見ていたらそんなふうに思えた。

 それから、私は若者たちに請われて講義をするようになった。
 マディソン夫人の食堂が空いている時間に貸し切りにしてもらって、日替わりで講義を始めたところ、日に日に聴講生の数は増えていき、街の若者という若者が押しかけるようになった。
 魔法が使えなくなるなんて説明は一切していない。魔法がある世界では無用の科学や工学の話なのに、大勢が学びたいと言って集まったのだ。
 私は理系でもなければ詳しいわけもはなく、大学受験を経ている程度の知識しかなかったが、彼らは夢の中では本物の技術者か研究者なのか、私が一伝えることで十理解するような若者たちばかりだった。

 一ヶ月ほど続けると私の知識は枯渇して、というよりも彼らの理解が私の知識を上回り、彼らだけで議論して知識を深めるようになった。

 その様子を見てマディソン夫人が私に言った。
「後は待つだけのようだね。その便利な機械とやらが生み出されたあと、それを広めていくのが次の仕事なんじゃないかい?」
 なるほど、確かに。今私ができることは精一杯やった。竜の旅立ちを止めることはできないし、私は知識があってもそれを現実に作り出すことはできない。この若者たちのやる気と理解力でそれら技術が形になれば、魔法が使えなったあとの世界で最も重視される存在になる。そのときのために、彼らの努力を大勢に理解してもらい、広めていくのが私の次の仕事だ。

 ではどうしようかと考え始めたとき、カイルの元へ報せが届いた。
 貧民街の若者たちが大勢集まって何やら討論していると噂になり、国王の摂政として就いているダイアナ王女がここへ視察へ来るという話だった。カイルがそれを伝えると、政権転覆でも疑われたのかと食堂中に緊張が走った。

 後は待つだけの私に新たな役割ができたようだ。ダイアナ王女に事情を話して疑いを晴らすという役割が。
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