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40. 騎士も誰も敵わない公爵令嬢の命令は絶対よ
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「エドワード、リサ、本当にありがとう」
「それはこっちの台詞だよ! ありがとうね。いつでも遊びに来てね」
「エマ様、大変申し訳ありません。ご厚意を賜りまして深く感謝いたします」
エドワードとは二度目の別れだが悲しくはない。浮車があればすぐに会いに来ることができるし、リサとは魔法で会話もできるのだから以前とは違う。
「タリアへ行って父と話をしたらリサに連絡をするから、エドワードはそのあと父の元へ行くといいわ。おそらく引き止められると思うけど、もう遠慮する必要はないわ」
「承知いたしました。私ももう年齢ですので、旦那様もご理解いただけると思います。時間がかかりましても、旦那様が納得される程度にまで後任を教育したいと思います」
「エドワードなら大丈夫よ。何かあったらいつでも駆けつけるから」
エドワードが感慨深げな目で私を見つめた。
「なに?」
「いえ……ご立派になられました」
「エドワードのおかげよ」
「エマ様ご自身のお力です。ミスター・カーライルやレオの助力もあるかもしれませんが、ご自身の努力の賜物です。エマ様が素晴らしいレディになられて、私は思い残すことはありません」
「何を言っているの。これからはリサと一緒にしっかり孤児たちの面倒を見るのよ」
「はい。痛み入ります」エドワードは頭を下げた。
それでは、シュヴァリエとも別れの挨拶を……いない。
どこに行ったの? まさかもう首都に帰ったのかしら?
「レオは王太子殿下に話があると言って、街に戻ったよ」リサが声をかけてきた。
「挨拶もなく去るなんて」
なんてやつだ。昨夜は別れを惜しんで涙を流したというのに。無駄な水分を浪費したわ。
「爵位をもらえないか頼むって言っていたよ」
は?
「爵位? どうして爵位なんか……」
「将官クラスでもなきゃ無理だろうってエドワードは言っていたいたけど、せめて準男爵でももらないか言うだけ言ってみるって」
はあ?
「求婚するなら爵位が必要だからって」
はああ?
「いつの間にそんな相手が。気がつかなかったわ」
「エマにするためだよ」
私? 求婚するって私に?
ああ、そっか。誰にも見初められないって言ったから同情してくれたのね。
「ちょっと様子を見てきます」
同情なんてして欲しくないわ。結婚に対するこだわりなんて、もうないもの。
「うん。気をつけて」
リサと握手をして別れたあと浮車用に馬を外したキャビンへ行くと、エドワードが荷物の確認をしてくれていた。
「エマ様、レオは待たれないのですか?」
「ええ。迎えに行くわ」
「レオは……」
「バカなやつね。私に同情して妙な真似をして。爵位が欲しいだなんて、軍の中で噂になったら面倒なことになるかもしれないのに」
「エマ様……」
「じゃあエドワード、また会いましょう!」
エドワードに手を振って、浮車を始動した。
10分ほどで城下町の入口へと到着した。
浮車は目立つため馬と御者を借りて馬車に切り替えて街に入り、城の門前へ行って王太子殿下にご挨拶をと伝えると、ただいま来客中のため応接室でお待ちくださいと門衛に言われて通された。
応接室にいたところ、殿下でもシュヴァリエでもなくベルタン侯爵が顔を出した。
「ミス・ヴァロワ、ごきげんよう。いかがされました?」
「シュヴァリエが爵位をもらえないかと殿下に進言しにきているらしいので、止めにきました」
ベルタン侯爵は目を丸くしたあと、笑い声をあげた。
「まさか! シュヴァリエ少佐が?」
「私がもう誰とも結婚できないからって同情して、私に求婚するつもりらしいんです」
ベルタン侯爵はまた驚いた顔をしたが、すぐに得心がいったように頷いて笑顔を浮かべた。
「なんにせよ手があることは羨ましい」
羨ましい?
「どういうことですか?」
「僕は惚れた相手と結婚できませんから」
ああ、そっか。相手が王太子殿下でも、いやだからこそできない話だものね。
「それに比べれば貴賤結婚など、僕にとっては大したことではありませんが、少佐からしてみれば請う方であるのに自分のために身分を落として欲しいなどと申し上げられないのでしょう」
えっ? 貴賤結婚? そうか。孤児で爵位のない軍人、しかも元使用人だものね。そうか。
「ですがタリアの公爵令嬢はシュヴァリエと結婚しようとしておりました」
ミス・マリアンは確か、『私と結婚する資格は十分にあるわ』と言っていたわ。
「タリアはランスと違いますから」
そうなんだ……
「ミス・ヴァロワのお考えは?」
えっ?
「いくら殿下でも、現状は少佐が爵位をいただくのは難しいと思いますから、そうなるとせめて少将にまで上り詰めないといけません。となると長くて10年はかかるかと……少佐の才をもってしても5年では無理でしょうね」
10年……その間ランスにいて軍人として励まなければならないわけか。そっか……
と言っても、私はそれを止めに来たんだわ。シュヴァリエに爵位なんて必要ない。爵位なんて得たら貴族令嬢と結婚できるってことでしょう? 素敵な令嬢をよりどりみどり選べるってことだわ。
シュヴァリエは陰気な表情をするけど端正な顔立ちではあるし、背は私と同じくらいだけどスマートだし、口は悪いけど優しいし、態度は最低だけど身を呈して守ってくれるし、きっと評判になるわ。いえ、今回の武勲が既に噂に上っているかもしれない。軍の中ではすでに評判の的なんだもの。すぐに社交界でも知られるわ。爵位なんて得たらミス・マリアンのような令嬢がこぞって……
「ミス・ヴァロワ? 殿下が参りましたよ」
えっ? あっ!
いつの間にかアルトワ伯爵とシュヴァリエが応接室へ来ていたようだ。考え事をしていて気がつかなかった。
「大変失礼いたしました、王太子殿下」立ち上がって礼をする。
「いかがされました?」
殿下は私の真向かいの一人掛けソファに腰を下ろした。シュヴァリエは気を落とした様子で立ちすくんでいる。
「シュヴァリエの爵位のことで──」
「ああ、本人にも申しましたが、まあ5年は務めてもらえれば準男爵くらいなら可能かもしれないと」
本当に? それは凄い。ベルタン侯爵は無理だと言っていたのに!
「ですが、そのような不相応な進言をしてシュヴァリエの立場に影響はありませんか?」
「問題ありません。誰もが爵位を欲しがっております。それくらいの野心がある方が気概があっていいくらいです」
そうなんだ……じゃあ、止めにくる必要はなかったようね。
「では、よろしくおねがいします」元主人として頭を下げた。
「いえいえ。お約束通りにしていただきまして感謝いたします」
お約束? ああ、私から離れないと言ったシュヴァリエを止めると言った話ね。
シュヴァリエに爵位なんて必要ないと思ったけど、本人がその気で、殿下も軍も野心があっていいと認めるくらいなら、シュヴァリエの人生を考えればその方がいいのかもしれない。
私とシュヴァリエは辞去して、ランス城を後にした。
馬車に乗り込んで、隣に腰掛けたシュヴァリエに声をかける。
「シュヴァリエはこれから宿営地に行くの? もしだったら送るわよ。浮車にすれば早く着くし」
「……エマ様は、僕と離れても構わないんですか?」
「えっ?」
シュヴァリエは俯いていた顔をあげて私と目を合わせた。
「僕は離れたくありません」
「そうは言っても5年頑張れば爵位をもらえるらしいじゃない。こんないい話はないと思うわ」
「5年もエマ様と離れなければなりません」
「私と離れたからって何なのよ? たまには会いに来るわよ。エドワードたちのところにも遊びに来るし」
シュヴァリエはため息をついた。
「そうですね。そうでしたね」
いきなり不貞腐れたように顔を背けた。
「なによ?」何が不満なの?
「僕はエマ様にとってエドワードやフランソワ様と同じでしたね。そうでした。僕なんかが求婚したところで叶うはずはありません」
いきなりどうしたの?
「エマ様にはもっと素敵な紳士が相応しいです。出過ぎた考えを持ってしまいました」
「出過ぎた考えって何よ? 求婚のこと? 私が誰からも見初められないって落ち込んでいたから同情しただけでしょう? 爵位を得ればあんたはもっといい令嬢と結婚できるわよ。名ばかりでも傷物でもない本当の公爵令嬢と」
「ご自分を貶めないでください! 二度と傷物だなどとご自身を評価しないでください!」
シュヴァリエが立ち上がらんばかりに怒りに満ちた声を上げた。
「それに他の令嬢とは誰ですか? 僕はエマ様をお慕いしていると何度も申し上げております。エマ様以外のご令嬢などどうでもいい。ご令嬢どころかエマ様以外の人間全てどうでもいいです。同情だなんて、エマ様が僕に向けることはあっても、僕がエマ様にそのような感情を持つことはありません!」
いきなりどうしたのよ?
「忠誠心はありがたいけど……」
「忠誠心って何ですか? 騎士が主人に向けるものですか? 僕はエドがエマ様に向けるような気持ちでお慕いしているわけではありません。エドがリサに向けるような愛でお慕いしているんです」
それってつまり、夫婦の愛ってこと?
「あんた、私のこと英雄として尊敬しているんじゃないの?」
「尊敬はしておりますが、そんな憧れのような程度ではありません。僕のことを執事か騎士としてしか見ていらっしゃらないことは重々承知しておりますが、僕はエマ様を愛しています。これまでは、身の安全をお守りするために努めて参りましたが、騎士としても役立たずになり、執事としても不要だと申されて、それでも愛している方のお側から離れたくないと考えて、無謀でも求婚する以外に思いつきませんでした」
どういうこと? 今まで好きだって言っていたのは英雄だからじゃなく、女性として愛していたということなの?
殿下の前でも、誰に対しても「エマ様をお守りするために」と言って曲げずにしつこく言い張っていたのも、忠誠心ではなく愛だったの?
抱きしめてきたのも、慰めるとか心寂しいからではなく、私を愛していたからだったの?
そんなの全然……そんな風に考えたことなかったわ。
あんな不遜な態度で主人に仕えて……私を前にすると自制を失うって……子供の頃から私を心の拠り所にして尊敬して、そのために生きる希望を持って……そう言っていたのも、私を愛していたからだったの?
シュヴァリエが私を一人の女性として愛しているだなんて──嘘でしょう?
今さら気がついて顔が熱くなった。
シュヴァリエは私の驚いた顔を見て目を伏せた。落ち込んだように肩を落として窓の外へ顔を背けて……
「止めてください」
シュヴァリエが御者に声をかけて馬車を止めさせた。
降りるの? ドアノブに手をかけて出ていこうとしている。
「待ちなさい!」
シュヴァリエの腕を掴む。
振り向いた顔は──今にも泣きそうな顔をして──
「ランス城へ戻るわよ!」ドアを閉めて「城へ戻って!」御者に伝えた。
「エマ様?」
「私と離れたくないなら除隊してきなさい」
ぽかんとした顔をしているわ。
「爵位なんて必要ないわ。私から離れないで。タリアにもウェーデンにもついてきて、私が死ぬまで守りなさい! ──エドワードがリサを守るように」
恥ずかしいし顔が熱くて仕方がなかったけど、シュヴァリエがぽかんとした顔を歓喜にほころばせたから構わないわ。
「お側にいても構わないのですか?」
「構わないのではなく命令よ!」
離れるなんて絶対に嫌。どこにも行かないで。死ぬまでずっと私の側にいなさい。
最強の魔法使いだと称されても、愛する人と結婚する以上の幸福はない。
私に相応しい相手は、シュヴァリエ以外にいないのよ。
こんなにも愛している人は、シュヴァリエ以外に誰もいないんだから。
「それはこっちの台詞だよ! ありがとうね。いつでも遊びに来てね」
「エマ様、大変申し訳ありません。ご厚意を賜りまして深く感謝いたします」
エドワードとは二度目の別れだが悲しくはない。浮車があればすぐに会いに来ることができるし、リサとは魔法で会話もできるのだから以前とは違う。
「タリアへ行って父と話をしたらリサに連絡をするから、エドワードはそのあと父の元へ行くといいわ。おそらく引き止められると思うけど、もう遠慮する必要はないわ」
「承知いたしました。私ももう年齢ですので、旦那様もご理解いただけると思います。時間がかかりましても、旦那様が納得される程度にまで後任を教育したいと思います」
「エドワードなら大丈夫よ。何かあったらいつでも駆けつけるから」
エドワードが感慨深げな目で私を見つめた。
「なに?」
「いえ……ご立派になられました」
「エドワードのおかげよ」
「エマ様ご自身のお力です。ミスター・カーライルやレオの助力もあるかもしれませんが、ご自身の努力の賜物です。エマ様が素晴らしいレディになられて、私は思い残すことはありません」
「何を言っているの。これからはリサと一緒にしっかり孤児たちの面倒を見るのよ」
「はい。痛み入ります」エドワードは頭を下げた。
それでは、シュヴァリエとも別れの挨拶を……いない。
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なんてやつだ。昨夜は別れを惜しんで涙を流したというのに。無駄な水分を浪費したわ。
「爵位をもらえないか頼むって言っていたよ」
は?
「爵位? どうして爵位なんか……」
「将官クラスでもなきゃ無理だろうってエドワードは言っていたいたけど、せめて準男爵でももらないか言うだけ言ってみるって」
はあ?
「求婚するなら爵位が必要だからって」
はああ?
「いつの間にそんな相手が。気がつかなかったわ」
「エマにするためだよ」
私? 求婚するって私に?
ああ、そっか。誰にも見初められないって言ったから同情してくれたのね。
「ちょっと様子を見てきます」
同情なんてして欲しくないわ。結婚に対するこだわりなんて、もうないもの。
「うん。気をつけて」
リサと握手をして別れたあと浮車用に馬を外したキャビンへ行くと、エドワードが荷物の確認をしてくれていた。
「エマ様、レオは待たれないのですか?」
「ええ。迎えに行くわ」
「レオは……」
「バカなやつね。私に同情して妙な真似をして。爵位が欲しいだなんて、軍の中で噂になったら面倒なことになるかもしれないのに」
「エマ様……」
「じゃあエドワード、また会いましょう!」
エドワードに手を振って、浮車を始動した。
10分ほどで城下町の入口へと到着した。
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応接室にいたところ、殿下でもシュヴァリエでもなくベルタン侯爵が顔を出した。
「ミス・ヴァロワ、ごきげんよう。いかがされました?」
「シュヴァリエが爵位をもらえないかと殿下に進言しにきているらしいので、止めにきました」
ベルタン侯爵は目を丸くしたあと、笑い声をあげた。
「まさか! シュヴァリエ少佐が?」
「私がもう誰とも結婚できないからって同情して、私に求婚するつもりらしいんです」
ベルタン侯爵はまた驚いた顔をしたが、すぐに得心がいったように頷いて笑顔を浮かべた。
「なんにせよ手があることは羨ましい」
羨ましい?
「どういうことですか?」
「僕は惚れた相手と結婚できませんから」
ああ、そっか。相手が王太子殿下でも、いやだからこそできない話だものね。
「それに比べれば貴賤結婚など、僕にとっては大したことではありませんが、少佐からしてみれば請う方であるのに自分のために身分を落として欲しいなどと申し上げられないのでしょう」
えっ? 貴賤結婚? そうか。孤児で爵位のない軍人、しかも元使用人だものね。そうか。
「ですがタリアの公爵令嬢はシュヴァリエと結婚しようとしておりました」
ミス・マリアンは確か、『私と結婚する資格は十分にあるわ』と言っていたわ。
「タリアはランスと違いますから」
そうなんだ……
「ミス・ヴァロワのお考えは?」
えっ?
「いくら殿下でも、現状は少佐が爵位をいただくのは難しいと思いますから、そうなるとせめて少将にまで上り詰めないといけません。となると長くて10年はかかるかと……少佐の才をもってしても5年では無理でしょうね」
10年……その間ランスにいて軍人として励まなければならないわけか。そっか……
と言っても、私はそれを止めに来たんだわ。シュヴァリエに爵位なんて必要ない。爵位なんて得たら貴族令嬢と結婚できるってことでしょう? 素敵な令嬢をよりどりみどり選べるってことだわ。
シュヴァリエは陰気な表情をするけど端正な顔立ちではあるし、背は私と同じくらいだけどスマートだし、口は悪いけど優しいし、態度は最低だけど身を呈して守ってくれるし、きっと評判になるわ。いえ、今回の武勲が既に噂に上っているかもしれない。軍の中ではすでに評判の的なんだもの。すぐに社交界でも知られるわ。爵位なんて得たらミス・マリアンのような令嬢がこぞって……
「ミス・ヴァロワ? 殿下が参りましたよ」
えっ? あっ!
いつの間にかアルトワ伯爵とシュヴァリエが応接室へ来ていたようだ。考え事をしていて気がつかなかった。
「大変失礼いたしました、王太子殿下」立ち上がって礼をする。
「いかがされました?」
殿下は私の真向かいの一人掛けソファに腰を下ろした。シュヴァリエは気を落とした様子で立ちすくんでいる。
「シュヴァリエの爵位のことで──」
「ああ、本人にも申しましたが、まあ5年は務めてもらえれば準男爵くらいなら可能かもしれないと」
本当に? それは凄い。ベルタン侯爵は無理だと言っていたのに!
「ですが、そのような不相応な進言をしてシュヴァリエの立場に影響はありませんか?」
「問題ありません。誰もが爵位を欲しがっております。それくらいの野心がある方が気概があっていいくらいです」
そうなんだ……じゃあ、止めにくる必要はなかったようね。
「では、よろしくおねがいします」元主人として頭を下げた。
「いえいえ。お約束通りにしていただきまして感謝いたします」
お約束? ああ、私から離れないと言ったシュヴァリエを止めると言った話ね。
シュヴァリエに爵位なんて必要ないと思ったけど、本人がその気で、殿下も軍も野心があっていいと認めるくらいなら、シュヴァリエの人生を考えればその方がいいのかもしれない。
私とシュヴァリエは辞去して、ランス城を後にした。
馬車に乗り込んで、隣に腰掛けたシュヴァリエに声をかける。
「シュヴァリエはこれから宿営地に行くの? もしだったら送るわよ。浮車にすれば早く着くし」
「……エマ様は、僕と離れても構わないんですか?」
「えっ?」
シュヴァリエは俯いていた顔をあげて私と目を合わせた。
「僕は離れたくありません」
「そうは言っても5年頑張れば爵位をもらえるらしいじゃない。こんないい話はないと思うわ」
「5年もエマ様と離れなければなりません」
「私と離れたからって何なのよ? たまには会いに来るわよ。エドワードたちのところにも遊びに来るし」
シュヴァリエはため息をついた。
「そうですね。そうでしたね」
いきなり不貞腐れたように顔を背けた。
「なによ?」何が不満なの?
「僕はエマ様にとってエドワードやフランソワ様と同じでしたね。そうでした。僕なんかが求婚したところで叶うはずはありません」
いきなりどうしたの?
「エマ様にはもっと素敵な紳士が相応しいです。出過ぎた考えを持ってしまいました」
「出過ぎた考えって何よ? 求婚のこと? 私が誰からも見初められないって落ち込んでいたから同情しただけでしょう? 爵位を得ればあんたはもっといい令嬢と結婚できるわよ。名ばかりでも傷物でもない本当の公爵令嬢と」
「ご自分を貶めないでください! 二度と傷物だなどとご自身を評価しないでください!」
シュヴァリエが立ち上がらんばかりに怒りに満ちた声を上げた。
「それに他の令嬢とは誰ですか? 僕はエマ様をお慕いしていると何度も申し上げております。エマ様以外のご令嬢などどうでもいい。ご令嬢どころかエマ様以外の人間全てどうでもいいです。同情だなんて、エマ様が僕に向けることはあっても、僕がエマ様にそのような感情を持つことはありません!」
いきなりどうしたのよ?
「忠誠心はありがたいけど……」
「忠誠心って何ですか? 騎士が主人に向けるものですか? 僕はエドがエマ様に向けるような気持ちでお慕いしているわけではありません。エドがリサに向けるような愛でお慕いしているんです」
それってつまり、夫婦の愛ってこと?
「あんた、私のこと英雄として尊敬しているんじゃないの?」
「尊敬はしておりますが、そんな憧れのような程度ではありません。僕のことを執事か騎士としてしか見ていらっしゃらないことは重々承知しておりますが、僕はエマ様を愛しています。これまでは、身の安全をお守りするために努めて参りましたが、騎士としても役立たずになり、執事としても不要だと申されて、それでも愛している方のお側から離れたくないと考えて、無謀でも求婚する以外に思いつきませんでした」
どういうこと? 今まで好きだって言っていたのは英雄だからじゃなく、女性として愛していたということなの?
殿下の前でも、誰に対しても「エマ様をお守りするために」と言って曲げずにしつこく言い張っていたのも、忠誠心ではなく愛だったの?
抱きしめてきたのも、慰めるとか心寂しいからではなく、私を愛していたからだったの?
そんなの全然……そんな風に考えたことなかったわ。
あんな不遜な態度で主人に仕えて……私を前にすると自制を失うって……子供の頃から私を心の拠り所にして尊敬して、そのために生きる希望を持って……そう言っていたのも、私を愛していたからだったの?
シュヴァリエが私を一人の女性として愛しているだなんて──嘘でしょう?
今さら気がついて顔が熱くなった。
シュヴァリエは私の驚いた顔を見て目を伏せた。落ち込んだように肩を落として窓の外へ顔を背けて……
「止めてください」
シュヴァリエが御者に声をかけて馬車を止めさせた。
降りるの? ドアノブに手をかけて出ていこうとしている。
「待ちなさい!」
シュヴァリエの腕を掴む。
振り向いた顔は──今にも泣きそうな顔をして──
「ランス城へ戻るわよ!」ドアを閉めて「城へ戻って!」御者に伝えた。
「エマ様?」
「私と離れたくないなら除隊してきなさい」
ぽかんとした顔をしているわ。
「爵位なんて必要ないわ。私から離れないで。タリアにもウェーデンにもついてきて、私が死ぬまで守りなさい! ──エドワードがリサを守るように」
恥ずかしいし顔が熱くて仕方がなかったけど、シュヴァリエがぽかんとした顔を歓喜にほころばせたから構わないわ。
「お側にいても構わないのですか?」
「構わないのではなく命令よ!」
離れるなんて絶対に嫌。どこにも行かないで。死ぬまでずっと私の側にいなさい。
最強の魔法使いだと称されても、愛する人と結婚する以上の幸福はない。
私に相応しい相手は、シュヴァリエ以外にいないのよ。
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