公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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37. 忠誠心は立派だけど言葉を選んで欲しいわ!

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「そう言えば浮車は壊れてしまいました」
 シュヴァリエの言葉で私とベルタン侯爵は歩みを止めた。
 そうだったわね。忘れていたわ。
「やはり、司令部で身体を休めてからの方が……」
 シュヴァリエはベルタン侯爵に同意を求める目線を送るが、
「では馬車で向かいましょう」ベルタン侯爵は引かない様子だ。

 ベルタン侯爵の怪我も相当だけど、それを言うなら私もだし、シュヴァリエなんか私たち以上に疲れている。
 馬車が目の前にあるわけでもない。探さなきゃいけないのに、そんなの無理よ。

 でも、戦場へ戻ってもどちらにせよ移動しなければならない。
 馬車があれば、馬がいなくてもキャビンを浮車のようにすることができるわ。
 多少なりとも身体を休めていたからか、私の魔力は回復してきている。私が一人でキャビンだけでも探してくれば話が早いわ。

 二人にそう言って、私は空から探すことにした。シュヴァリエは反対したが、ミスター・カーライルが戦争を終わらせるために動き出したのだから、狙われることはないと押し留めた。

 東の司令部にあったものは戦禍で壊れてしまっていたため、そこから離れて近くの集落へ向かうと、避難に使ったのか馬車の姿は全くと言っていいほどなかったが、ボロボロで車輪が外れているキャビンが一台だけ残っていた。浮かせて使用するのだから車輪はなくても構わない。私は車体の強度だけは確認して、なんとか持ちそうだと思えたため、それを飛ばして二人の元へと戻った。

「よくそんな魔力が残っていますね」
 キャビンの座席に腰を下ろしたあと、ベルタン侯爵が嫉妬を隠そうともしない口調で言った。
「エマ様は最強の魔法使いですから」
 なぜシュヴァリエが誇らしげなのか。
「最強の魔法使いなのは、ミスター・カーライルでしょう?」
 ベルタン侯爵の返答に、シュヴァリエが説明しようと口を開いたが、恥ずかしかったので私が先に話題を変えた。
「ベルタン侯爵は影の騎士をご存知ですか?」
「えっ? 影の騎士?」
「魔力が使えなかったのに、ミスター・カーライルに打ち勝ったそうですよ」
「ええ。伺いました」
 ベルタン侯爵とミスター・カーライルは意外と色々な会話をしているのね。
「実在していたとは驚きました」シュヴァリエだ。
「えっ? シュヴァリエ少佐が師事されている方だと伺いましたけど。ですからチェンバレンが少佐のことを『影の騎士もどき』と呼んでいたのだと思っておりましたが」

 ええーーーっ? ということは、エドワードが影の騎士ってこと?
 シュヴァリエの顔を見たら、私と同じように目と口を丸くしていた。

「三人には因縁があったようですね。その中で悪に走ったチェンバレンを、弟子のお二方が倒したということでしょう。師の二人は誇らしいでしょうね……ミス・ヴァロワ、もう着きますよ」
 言われて窓の外を見たら、確かに司令本部近くにまで来ていたため、慌てて着陸準備をした。

 司令本部へ到着すると、既にミスター・カーライルの指示が届いていて、というか両軍の司令部へ直接飛んで回っているようで、ここも少し前に訪れて去った後だった。
 ミスター・カーライルは両軍の総司令官と三人で顔を合わせ、とりあえず休戦協定を結ばせ、自国へ戻って終結のための平和協定を進言してくるようにと求めた。
 しかしケルマンの総司令官が言うには、今回ランスに攻め入ったケルマン軍は実は正規の軍ではなく、民兵が入り混じった混成軍で、しかもケルマン軍とは袂を分かち、チェンバレンに忠誠を誓った者たちだということがわかった。チェンバレンの目的も魔法攻撃を使えばランスなど簡単に落とせると言う見せびらかしに近く、心酔した者たちがただ命令に従って攻め入っただけのものだった。
 『最強の騎士と最強の魔法使いを倒す力を身に着けた私は無敵なのだから、皇帝になることができる』とチェンバレンが思わず漏らした考えが本意だったのではないか、と総司令官は言う。
 ということはつまり、ケルマンとランスの戦いではなく、チェンバレンがミスター・カーライルとエドワードを相手に挑んだ戦いだったのだ。
 チェンバレンが打ち破れた今、その目的は霧散してしまったのだから、ケルマン側はランスに投降したいと言った。

 ランスの総司令官はケルマンの総司令官を連れて司令本部へ赴き、ランス国王の裁定を仰ぎたいと言って、こちらへ向かっているという。
 ミスター・カーライルは、それならいち早く兵士たちに休戦を伝えなければと、一人で先に伝えて回ることにしたのだそうだ。

 やはりチェンバレンが諸悪の根源だったのだ。魔力を失った今ではもう無敵ではないし、こんなことになったのだから心酔した者たちも目が覚めるだろう。
 戦争は終わらせることができたようだ。

「シュヴァリエが倒したのか!」
 自分が引き立てたことで少佐になり、活躍したシュヴァリエを誇らしげに見ながらアルトワ伯爵が言うと、ベルタン侯爵が冷静に答えた。
「ミス・ヴァロワと少佐、お二方の力です。お二方がいらっしゃらなかったら勝てなかったでしょう」
「ミス・ヴァロワが?」
 場の視線を集めてしまった。
「少佐はミス・ヴァロワのために戦ったわけですから、世界を救ったのはミス・ヴァロワですね」
 そんな言い方しないでよ。恥ずかしくなってきたわ。
 シュヴァリエはというと照れるでもなく、興味なさそうに部屋の隅で窓の外を見ている。

「聡明でご立派な方だと思っておりましたが、強さも持ち合わせていらっしゃったんですね」
 シャイン伯爵が個室から現れた。
「ミス・ヴァロワ、お怪我の程度はいかがですか?」
「ええ。もう大丈夫です」
「ですが、お顔に傷が……」
 そうなのだ。頬に傷がついてしまった。髪を下ろせば隠れるような位置で、化粧をすればほとんど見えなくなる程度とはいえ、顔に傷がついてしまったのだ。
「もう血も出ておりませんし、すぐに治りますわ」笑顔で答える。
「敢えて御本人に申し上げることではないでしょう?」
 シュヴァリエが立ち上がって声を上げた。
「どうしたのよ?」
 私だけでなく場が全員驚きの顔でシュヴァリエを見る。
「……エマ様は変わらずお美しいです」不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「申し訳ありません」シャイン伯爵が焦ったように頭を下げる。

「それよりもお二方はこれからどうなさるのですか?」
 ベルタン侯爵が気まずい空気を和ませようとする口調で割って入った。
「ええ、エドワードのところへ赴こうと思います」
「その後は?」
「私はウェーデンへ、母の元へ参りますわ」
「私もお供します」シュヴァリエは立ち上がる。

「お前は軍人だろう? 昇進の話も取りつけてある。お前に兵士たちを鍛えなおしてもらいたい」
 アルトワ伯爵のその言葉に、シュヴァリエはそっけない口調で言い放つ。
「除隊します。僕がランス軍に入隊したのはエマ様のためです。エドの元では足りなかった様々な戦闘方を学ぶためでしたので、もう在籍している理由はありません」
「なんだと?」アルトワ伯爵が困惑の声を上げた。
「僕にはエマ様のお命をお守りするという重要な使命がありますので」
「もう戦争は終わったのだぞ? それを言うならなおのこと次の戦争に備えて自軍を強化すべきだ。それがミス・ヴァロワをお守りすることになる」
「そんなことは王太子殿下あなたが頭を悩ませるべきことです」
 シュヴァリエは言い捨てて、外へ出ていった。
 アルトワ伯爵は唖然として出ていく様子を見送ったあと、その目を私に向けた。
「ミス・ヴァロワ専属の騎士だとでもというのか?」

 そこにいた他の兵士たちも苦笑いで私に視線を集めた。
 こんな場に置いていかないでよ! 恥ずかしいったらないわ!
「ここまで熱烈に愛されるというのも悪くないでしょう?」
 ベルタン侯爵がおかしさを堪えきれないと言った顔を向けた。
「ご婚約されているのですか?」シャイン伯爵が聞く。
 もう! シュヴァリエったら忠誠心はありがたいけど時と言葉を選んで欲しいわ!

「婚約はしておりません。シュヴァリエには懸念があるので、一緒にエドワードの孤児院へは参りますが、その後シュヴァリエはランスに留まるように命じておきます。私は一人でウェーデンへ向かいます」
 それだけ言って私は居たたまれなくなったこの場を出ていった。

「シュヴァリエ!」
 外へ出て見渡しながら声をあげたのだが、する必要もなくドアのすぐ横の壁に背をつけて立っていた。
 シュヴァリエはいつものあの陰気な目つきで、この世のすべてが面倒事といった様子で背を丸めている。
「エドワードのところへ行くわよ」
「承知いたしました」
「あんな言い方しないでよ」
「なんのことですか?」
「私のことしか考えてないの?」
「はい」
 即答したわ! 
「あんたは将校でしょう? その責務はどうするの?」
「ですから、エマ様のために……」
「20年の余命だから?」
「はい。もう一度竜に進言します」
 竜に進言って……
「じゃあエドワードのところにいる竜に頼んでみましょう。そうしたらランス軍に戻りなさい」
 シュヴァリエは生気なく重そうに閉じかけていた目を見開いた。
「ウェーデンへもお供します!」
「あんたは執事じゃないんでしょう? 戦争も終わったし、私は魔法も使えるんだから野盗ごときに攫われることは二度とないわよ」
 シュヴァリエは目に見えるほど狼狽え始めた。
「あんたに守ってもらう必要はないわ。余命さえなんとかなればあんたも安心でしょ?」
 側にいる理由はもうないわ。軍に在籍しているんだし、必要とされているところへ行くべきだわ。
「エマ様はそうするべきだとお考えですか?」
「だから言ってるのよ」
 シュヴァリエは言い淀む。
 しばし間を置いたあと、
「エマ様がお望みなら……承知しました」
 絶望したような暗い表情でそう言って、肩を落としたまま浮車代わりのキャビンに向かって歩き出した。

 なによ? 私だって本当は一緒に来てほしい。友人も知人もいないウェーデンに一人で行くのは心細いし、ここまでの忠誠を向ける騎士が側にいてくれるなんて、嬉しく思わないはずがない。
 無愛想で不遜な態度は気に入らないけど、そんなのもう慣れたし、別れを考えると寂しくてたまらない。できることなら近くにいて欲しい。会おうとして会えない場所に、私の声が届かない場所にいるなんて考えたくない。呼んだらすぐに来るような場所に、私が死ぬまでずっと側にいて欲しい。

 でもそんなわけにはいかないじゃない? 理由がないんだもの。能力を買われて求められている騎士なのよ。
 いくら私のことを尊敬していると言っても、シュヴァリエは大勢の人間から必要とされている。
 世界の端の北の国で、何もない田舎の地で、余命の決まっている傷物の令嬢の側にいる人間じゃないのよ……
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