公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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36. ざまあ見なさい!

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「なんだ今のは? あの女の足掻きだろうが意味不明だ。頭に攻撃でも食らったか?」
 チェンバレンが困惑の声で叫ぶ。
「エマ様をあの女呼ばわりするな!」
「どう呼んでもいいだろう? 令嬢のくせにしゃしゃり出てきた方が悪い。取り返しのつかない傷物になった女なんて、どう呼ぼうが失礼にならないね」
「なんてことを……」シュヴァリエの身体が微かに震えた。
「あんなに傷だらけになったご令嬢と結婚する紳士がいるか?」
 シュヴァリエがハッとしたように目を見開いたのを見て、チェンバレンはせせら笑った。
「まあ、ここで死ぬことになると思うが、生き残ったとしても人生は終わったも同然だ。傷物として売れ残り、孤独のまま死んでいく運命だ」
「黙れ!」
 シュヴァリエは目で殺してやるとばかりに睨みつける。
「お前の人生こそ終わらせてやる!」
 シュヴァリエの荒げた物言いに、チェンバレンは驚いたようにして笑みを止めた。
「エマ様は、この世で最も幸福な人生を送る方だ」
 シュヴァリエはそう言うと飛び上がり、再びチェンバレンに向かって剣を振りかざした。

 ──今だわ
 私はミスター・カーライルに言われたように、今度はシュヴァリエごと覆うように防御魔法を発動した。
 二人は姿が見えなくなるほどの真っ赤な光に包まれて、音も聞こえなくなり、姿は影だけになった。

 シュヴァリエらしき影が、振りかざした剣をチェンバレンの頭上に振り下ろし、避けきれなかったチェンバレンがよろめいた。すぐに立て直したようで魔法の光を放ったが、シュヴァリエは剣で受け止め、途端に攻撃に切り替えて剣撃を食らわせる。チェンバレンもそれに負けじと応戦し、しばらく攻防が続いていたが、それまで一切の疲労を見せなかったチェンバレンが肩で息をするような動きを見せ始めた。魔法の光も少しづつ弱まってきている。


「上手くいきましたね」ミスター・カーライルが近づいてきた。
「効いていますか?」
「はい。ピーターは魔力を吸い上げることができていません。それどころかみるみる減っていますね。レオの攻撃が効いています。あっ……」
 あっ!

 赤い光が消滅した。
 それと同時に現れたのは、チェンバレンの頭上に剣を掲げているシュヴァリエの姿だった。
 チェンバレンは剣撃をいなすが、防御は既に完璧ではなくなり、受けた手からかすかに血が滲む。
「お前なんかが……よくも僕を……」
「エマ様を傷つけたお前は絶対に許さない!」
 シュヴァリエは弾かれた剣を再び振り上げる。
「僕は最強の魔法使いだぞ?」チェンバレンは息も絶え絶えに叫んだ。
「最強の魔法使い?」
 チェンバレンが防御魔法を発動しようとして手をかざしたとき、
「他人の魔力を奪わなければまともに戦えないようなお前など、ただの小物だ!」
 シュヴァリエはそれよりも早くチェンバレンの頭上に剣を振り下ろした。

 それはチェンバレンの額に見事にあたり、身体を覆っていたオレンジ色の光が全て消滅した。
 意識を失ったのか、力が抜けたようになって落下し始めたが、落ちきる寸前に紫色の光に包まれ、ゆっくりと下降して地面の上に無事に横たわった。

 チェンバレンから数メートル離れたところに着地したシュヴァリエは、途端に脱力し、その場に腰を下ろした拍子に後ろへ倒れた。

 シュヴァリエが勝った。チェンバレンを倒した!
 ろくに魔法を使えないくせに、魔力を吸い取る魔法使いを相手に勝つなんて信じられないわ。
 あんなにボロボロだったのに、よくあんな力が残っていたわね。
 ──無事でよかった。

 シュヴァリエに駆け寄ったが、滲んで姿がよく見えない。
 勝利したこと以上にシュヴァリエが無事だったことが嬉しかった。近づいて無事を確認したら気が抜けてしまって、思わず涙がこぼれてしまった。

「そこまでの腕があるとは驚いたよ」
 ミスター・カーライルがシュヴァリエに微笑を向けながら近づいてくる。
「いえ。魔力が減じなければ敵いませんでした」
「ああ。あんな魔法を使われたら誰であろうと敵わない。……しかしミス・ヴァロワの機転が勝利を呼んだ」
 えっ? 私?
「あの防御魔法ですね」
「そう。よく思いつきましたね」ミスター・カーライルが私の方へ顔を向ける。
「いえ。攻撃魔法が効かなかったので、他に手はないものかと考えまして……」
「ええ。私は相手の力を上回ることしか考えておりませんでした。防御魔法で抑え込むとは……それにあの堅固さは驚異的です。全力の私でもあれほどのものを繰り出せたかどうか……」
 ミスター・カーライルは笑ったように息を漏らした。
「最強の魔法使いなどと称されておりましたが、40年も前に魔法使いの中だけならばと限定的になっていたばかりか、今日でもう完全に最強ではなくなりましたね」
 どういう意味かしら?

「ピーターは大勢から魔力を吸い上げていたようですね。少数から多量に奪っていたわけではないようです」
「わかるんですか?」
 私が聞くと、ミスター・カーライルは微笑を返した。
「はい。人数は多いですが、だからこそひとりひとりの被害は少なく済んだようです」
 どこまで魔力を感知できるんだろう?
「一人から多量に奪っていたら大変なことになっていました。ピーターはそれを案じたわけではなく、単により多くの人間を支配下に置きたかっただけだと思いますが、結果的には大事にならずに済みましたね。魔力を奪われた人たちも、この程度なら一日二日休養すれば元気になるでしょう」
 ミスター・カーライルは言いながら、チェンバレンに向かって手をかざす。

「何をしているんですか? チェンバレンを回復させているのですか?」シュヴァリエが聞いた。
「逆ですよ。魔力を吸い上げています」
 えっ? それって……
「チェンバレンの使っていた──」
「はい。そうです」
「ミスター・カーライルも使えるんですね」
 驚いた。だったら戦闘中に使えばよかったのに。
「いえ、初めてです」
「今日初めて見たのに、もう使いこなせるんですか?」シュヴァリエが驚きの声をあげる。
「ええ。観察していましたから」
 凄い! さすが最強の魔法使いだわ。

 しばらくして、ミスター・カーライルが突然笑い声をあげた。
「本当に影の騎士のようだ」
 えっ? 影の騎士?
 チェンバレンを見て驚いた。髪も肌も眉も唇も全て真っ白になっている。
 これって、ベルタン侯爵が言っていた──
「魔力がゼロになったということですか?」
「そうです」
「影の騎士のようだってどういうことですか?」
「えっ?」ミスター・カーライルが珍しく狼狽した様子を見せる。「何も伺っていらっしゃらないですか?」
「何をですか?」
「いや……」これまた珍しく、ミスター・カーライルは焦ったようにして苦笑いした。
「影の騎士は世にも珍しく、生来魔力を持っていませんでした。この今のピーターのように全身真っ白で……それなのに魔法の攻撃を跳ね返し、私を圧倒するほどの強さを持っていた。驚くべき人物です」
 影の騎士が剣一本で打ち倒した最強の魔法使いって、ミスター・カーライルのことだったのね!
「実在していたんですか」
「ええ。魔法攻撃に対して剣撃だけで対抗できるのは影の騎士だけだと思っておりましたが……」ミスター・カーライルはシュヴァリエを見る。「驚きました。それにミス・ヴァロワも」今度は私の方へ視線を向ける。
「大勢の人間から魔力を奪っていたピーターが破れなかった魔法を繰り出すとは……最強の魔法使いは、もう私ではありません。あなたです」
 えっ?
「私が?」
「ええ。最強の魔法使いと最強の騎士ですね」ミスター・カーライルは微笑した。
 私とシュヴァリエが……
 シュヴァリエも驚いた表情を浮かべている。

「それでは、向こうも終わらせましょう」
 ミスター・カーライルは兵士たちの方へ向かって歩き出した。
「誰か、意識のある者はいるか?」
 ミスター・カーライルは戦場の真ん中あたりまで行くと、辺りを見渡しながら声をあげた。
「私はアンドリュー・カーライルだ」

 その言葉で力なく横たわっていた兵士たちが飛び上がり、場がどよめいた。
「えっ?」「カーライルって……」「まさか?」「ペインの救世主?」「それにウェーデンの英雄だ」「ケルマンも救ってくれた」「いやいや、ランスでも山賊を撃退して……」
 ケルマン兵とランス兵が口々に声を上げている。

 私とシュヴァリエが驚いた顔で兵士たちを見ていると、ミスター・カーライルが苦笑しながら振り返った。
「最強の称号を明け渡したとは言え、名は知られたままというのは恥ずかしいですが、今はそれを利用します」
 そう言うと、ミスター・カーライルが再び兵士たちの方へ向き直った。
「この戦争を終わらせる。指揮を執っている者は誰だ?」
 辺りを見渡しながら、兵士たちの中へ分け入っていく。数人が立ち上がり、案内するようにミスター・カーライルを取り囲んだと思ったら、そのまま連れ立って姿が見えなくなった。

「ベルタン侯爵は、どちらに?」
 シュヴァリエに問われて思い出した。ミスター・カーライルがそばにいてくれていたようだけど、大丈夫かしら?

 シュヴァリエと共にベルタン侯爵のところへ行くと、目を覚ましていたようで、身体を起こして木にもたれかかっていた。
「お疲れ様でした」いつもの微笑を浮かべている。
「怪我はいかがですか?」
 シュヴァリエが隣にかがみ込み、傷の程度を確認し始めた。
「ええ。ミスター・カーライルが手当をしてくださいましたので、もう大丈夫です。無意識ながらも微量に防御魔法を張っていたようで、大した怪我には至りませんでした」
 よかった。確かに思ったよりも元気そうだ。
「ミスター・カーライルは?」
 聞かれたので、チェンバレンの顛末を含めて全て説明した。

「なるほど。まあ、それが最善ですね。あの魔法は厄介ですから、二度と使えなくするためには魔力をゼロにするしかなかったのでしょう」
 それで魔力を吸い上げたのか。ゼロなら魔法を使うこと自体ができないものね。

「では参りましょうか」ベルタン侯爵は立ち上がる。
「本当に大丈夫なんですか?」シュヴァリエは支えようと慌てて手を差し出した。
 ベルタン侯爵は笑顔で答える。
「ええ。さすがに司令本部までは歩いて行けませんが、浮車のあるところまでなら歩けます」
「司令本部へ……?」
 シュヴァリエは言いかけて気がついた表情を浮かべると、「休憩をとりながら向かいましょう」そう言って、ベルタン侯爵に続いて歩き出した。

 大切な人に無事を知らせるために、一刻も早く戻りたいのね。

 私たち三人は、戦場を後にして司令本部へと帰る道のりを歩き始めた。
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