公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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30. なによ?そのニヤけた顔は

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 ──シュヴァリエ?
 いつの間にやら現れたシュヴァリエが、剣を掲げて私の前に背中を向けて立っていた。どうやら将校はシュヴァリエに弾き飛ばされたらしい。手には剣もなく、呆然とシュヴァリエを見上げて尻餅をついている。
「エマ様に剣を向けたな?」
 シュヴァリエの顔は見えないが、これまで聞いたことがないほど声に怒りが満ちている。
「しかもエマ様を化け物だなどと……」
 シュヴァリエは掲げた剣を将校の頭上に振り上げた。
 いやいや、相手は丸腰でしょうが!

 しかし、将校の眼前で剣は弾かれ、シュヴァリエはバランスを崩してよろめいた。
 防御魔法?
 私はベルタン侯爵の方に振り返る。
「ミスター・カーライルに、相手の命を奪うような真似はしないようにと言われております」
 ベルタン侯爵は微笑を浮かべてそう言うと、シュヴァリエに近づいて、剣を握っている手に自分の手を重ねた。
「……戦争で犠牲になるのは意思決定のない兵士たちだけだから、叩くなら命令を出している本陣だけにするようにと」
 シュヴァリエから息を呑む音がした。

 シュヴァリエは軍人だから、末端の兵士であろうが、力を加減するなんて思いも寄らない考えだったのだろう。命を失う覚悟をして戦いに臨んでいるわけだから、手加減するなんてむしろ無礼だとも思っているかもしれない。
 しかしミスター・カーライルのその言葉は一理ある。彼らは憎悪で攻撃をしているわけじゃない。命令を実行しているだけで、戦争がなければ友好的に接する普通の人々なのだ。


「エマ様!」
 振り向こうとしたとき、目の前を何かがかすめていった。
 シュヴァリエが私を守るように前に出る。剣に衝撃音。その次にシュヴァリエの肩にもぶつかり、私の腕を掴んで後方へ後ずさる。
「それならどうしたらいいのですか? 防御だけですか?」
「そうですねぇ」
 ベルタン侯爵はそう呟くと、緑色の光で身体を覆って、その光を全方位に放射した。
 光がぶつかった瞬間に、兵士たちは後方へ飛ばされて背中から倒れた。

「時間かせぎ程度にしかなりません。力を抑えましたから」
 ベルタン侯爵が駆け出したので、私とシュヴァリエもあとに続く。
 確かに兵士たちはすぐに起き上がり、戸惑ったように首をひねっていたが、将校の荒げる声が聞こえたあと、何人かが立ち上がって追ってきた。

「お怪我はありませんか?」
 そう言ったシュヴァリエの方がボロボロだ。衣服は焦げ付き、ところどころ切れているし血も滲んでいる。
「あんたこそ大丈夫なの?」
「ええ。見た目より酷くはありません」

 近くで衝撃音。木や地面からも次々と音が続く。
「向こうには加減するつもりはないようですが」
 確かにシュヴァリエの言う通り、銃撃だと遠くからでも当たりどころによっては最悪死んでしまう。
「まあ、防御魔法をしていますから」ベルタン侯爵は平然としている。
 私も当然防御しているが……
 横を走っているシュヴァリエを見ると、不安そうな表情で私を見ていた。
 そのとき、シュヴァリエの足元にかすったようで、膝を折って速度が一瞬落ちた。
「あんた防御魔法は?」シュヴァリエに合わせようと速度を落とす。
「そんなものできませんよ!」かすめた太ももから血が滲んでいる。
 うそぉ?

 私は立ち止まる。振り返って両手をかざした。
「エマ様?」
 行き過ぎていたシュヴァリエたちが驚いたように駆け寄ってくる。
 銃撃はやまず、防御魔法に何発も当たっているが、私は気に留めずに口の中で呪文を唱えた。

 赤い光が放射して、兵士たちの頭上から地面に向かって半円形に覆いかぶさった。
「ああ、ミスター・カーライルの……」
 ベルタン侯爵がつぶやくと同時に、兵士たちの手から武器が離れて宙に舞い上がる。
 よしよし、上手くいったぞ。

 三日前だ、行け!
 しなくてもいいと思うが、なんとなく勢いをつけるように、私は目の前にかざしていた両手を天に振り上げた。
 それと同じ瞬間に、武器は四方八方へ散らばって消えていった。
 兵士たちは唖然として宙を見上げている。

「上手くいったわ!」嬉しい!
 思わず笑顔で飛び上がってしまう。
「いやー、腹に据えかねるどころではありませんね」
 ベルタン侯爵はそう言いながらも、私に笑顔を向けた。
 シュヴァリエは、唖然とした顔を上に向けていたが、私の視線に気がついたのか目を合わせた。

 なんだか潤んでる? ショックだったのかしら?
「どうしたのよ? 傷が痛むの?」
 視線を逸らして俯いたので、私はシュヴァリエの顔を覗き込んだ。
 しかしシュヴァリエは目を逸らしたばかりか身体も斜めにして私を無視した。なによ?

 上手くいったんだから、少しは褒めたらどうなの?
 シュヴァリエを振り向かせようとして腕に手をかけたが、シュヴァリエはその手を振り払って、歩き出した。
 どこに行くのよ?

 私は駆け寄って、再び腕を掴む。
「そっちは南じゃないわよ? 反対よ」
「少し一人にしてください!」再び私の手を振り払う。
 はあ? 時間がないのに何を言っているの?

「不貞腐れている暇なんてないわよ!」
「そうではないでしょう」いつの間にか隣にベルタン侯爵が立っていた。
「じゃあ何なんですか?」
 シュヴァリエは進路を変えて木の影になるように分け入っていき、10メートルほど先で止まった。
「……まあ、妬み2割、悔しさ3割」
 シュヴァリエは木を殴り始めた。なにしてるわけ?
「誇らしさ5割といったところでしょうか?」
 誇らしさ?
「いや、違うな……僕はこういう場合の言語表現が下手なもので」
 ベルタン侯爵は考え込むように、片手を顎に置いて難しい表情になる。
「騎士としては恥でしょうけど、それ以上に嬉しいわけですよ」
「嬉しい?」
「ええ。守るべき相手がご自分で身を守れるほど強く成長なさったことは誇らしいことですし、愛する人が自分のためにしてくれる行動は、どんな場合でも嬉しいことですよ」
「はあ?」
 シュヴァリエは木が傾くまで殴りつけて気が済んだのか、陰気さは相変わらずだが、多少晴れやかな表情でこちらへ向かって戻ってきた。

「おまたせしました」いつもの仏頂面である。
「何していたのよ?」
「いえ、別に」
 目を合わせたがまた逸らされた。
 でも、笑みを堪えきれないといった顔で口の端が上がっていたので、なんだか私も恥ずかしくなってきて、それ以上聞き質すことはしなかった。
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