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33. 最強の魔法使いが敵わないの?
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しかし戦闘は止まっていた。兵士たちは互いに武器を向け合いながらも、戦うどころか隙だらけの状態で空を見上げている。
あんなものが頭上で繰り広げられていては、真下にいる兵士たちは戦うどころではないのだろう。
紫色とオレンジ色の光が混じり合い放射し、目にも留まらぬスピードで技を繰り出し合っている。
その攻撃の余波か、あちこちに火がついて燃え上がり、流れ弾を受けて傷を負う者たちもいた。
シュヴァリエは下の兵士たちの方が気になるようで、あたりを見渡しながら苛立ちの声を上げた。
「ぼさっとしているなら停戦にすればいい」
「じゃあ、あんたが両軍の将校に進言してくればいいじゃない」
しかし、その私の言葉はシュヴァリエの耳には届かなかった。いつの間にやら駆け出して、自軍の兵士を守ってケルマン兵に斬り掛かっていたからだ。
攻撃の手を止めていた兵士に不意打ちをしかけた敵を、逆にシュヴァリエが仕留めたようだった。
同様なことがあちこちで起き始めたことで、鎮静していた戦闘が再開された。
覚悟をして臨んだものの、さすがの私も慄いて身体が震えた。大勢が剣や銃を駆使して相手を殺傷している場面は、野盗と戦った経験があると言っても別次元の恐怖だった。
しかし、ベルタン侯爵が言っていた、ミスター・カーライルの言葉が頭をよぎる。
『戦争で犠牲になるのは意思決定のない兵士たちだけだから、叩くなら命令を出している本陣だけにするように』
そうよ。目の前で戦っている兵士たちは相手を憎んで殺し合っているわけじゃない。
ケルマン軍はあのチェンバレンに唆されただけだし、ランス軍は攻め入られたから防衛のために相手をしているだけだわ。
こんな不毛な戦いは早く止めなければ!
私は例の防御魔法を発動することに決めた。
中途半端に作用したら、武器を持っている兵士と持たない兵士がいることになり、逆に殺傷を進めてしまうので、やるからには一度で全ての武器に魔法をかけなければならない。この数を一度に操れるかは賭けだが、戦闘を止めるためには最も効率のいい魔法だから、挑戦する価値がある。
私は戦争の只中にいてもかすり傷ひとつ負っていなかった。それは、防御魔法を堅固に張っていたためだったのだが、例の魔法を発動するためには全魔力を注ぐ必要がある。
「シュヴァリエ!」
あいつが必要だ。
「シュヴァリエ! こっちに来て! 助けて!」
私は力の限り叫んだ。
その間も上空では二人の魔法使いが激しく戦闘している。力が拮抗しているのか互いに相手を打ち倒せないが、一歩も引かない様子で魔法を繰り出し合っている。
「いかがされました?」
焦った様子で飛んできた。さすが私の騎士ね。
「ちょっと私を守りなさい」
シュヴァリエは驚いた顔をしたが「それが第一優先です」と言って私に背を向けて警戒体制に入った。
普段はしつこさに辟易していたけど、こういうときはありがたいわ。
シュヴァリエに身の安全を預けて、私は自身を纏う防御魔法を解き、武器全てが三日前の場所に戻るように呪文を唱えた。
上空で放射している紫色とオレンジ色の光をも囲むように赤い光が戦場の上に覆いかぶさった。
武器という武器が空中に浮かび上がり、手の届かない距離にまで上がっていく。
兵士たちは驚き、空を見上げ、恐怖の声を口々に上げた。
浮かび上がった武器たちは、それぞれの方向を見定めるかのように向きを変え、一斉に四方へ散らばって飛んでいった。
兵士たちのどよめきはさらに大きくなり、叫びだし、その場に座り込む者もいた。武器がなくなり、肉弾戦になるかもしれないと案じたが、その心配は無用だったようだ。しばらくして、気が抜けたように自軍の陣営へと戻り始めた。
よかった。
空に上った全ての武器が三日前の場所に戻ったのだ。もう何も残っていない──
ん? ミスター・カーライルたちは?
突然のことで目がくらんだ。目の前にオレンジ色の光がいきなり現れたのだ。
これはチェンバレンの……そう思い至る前に、シュヴァリエが攻撃を受け止めて防いでくれた。
とりあえず防御魔法をと、逡巡していると二発目がきた。これもシュヴァリエがいなしてくれたが、安堵する間もなく三発目四発目と次々に攻撃がくる。
「ピーター! どこに向けている?」
紫色の光がオレンジ色の光を攻撃して互いに消滅する。
ミスター・カーライルだわ。
「今のを見ただろう? この令嬢の魔法を! アンドリューに匹敵する……いや、それ以上かもしれない」
チェンバレンは喋りながらも攻撃の手を止めないため、私はシュヴァリエの前に出て逆に防御魔法で身を守るようにしていたのだが、シュヴァリエは守られるよりも私を守ろうと前へ出ようとするので場所が定まらない。
もう、素直に守られなさいよ!
ミスター・カーライルは応戦して、チェンバレンの攻撃をいなしているのだが、チェンバレンは執拗に私を狙ってくる。
「なぜエマ様ばかりを狙うんだ?」
また前へ乗り出してきた。
「シュヴァリエは私の後ろにいなさいよ!」
「いえ。エマ様の防御魔法はもう持たないと思います」
えっ?
言われたので注視すると、防御魔法の赤い光は薄くなってきていて、微かに振動している。
どういうこと?
「ミス・ヴァロワ、逃げろ!」
ミスター・カーライルの声が聞こえたが早いか、シュヴァリエに腕を掴まれて地面に転がされた。なにするのよ?
あっ!
シュヴァリエが勢いよく飛び上がり、チェンバレンに向かって斬り掛かった。
チェンバレンはオレンジの光でそれを受け止める。
「おいおい、影の騎士もどき。僕の魔法をいなせるだけでなく、対抗できるなんて言わないよな?」
シュヴァリエはもう一度斬りかかろうとするが、浮くことができないため落下する。
あれじゃだめだわ! なんとかしないと……そうだわ。
私はシュヴァリエの足元に魔法で足場を作った。チェンバレンと空中で対峙したときにできたのだから、もしかしたらと試してみたら成功した。
足元に現れた異物にシュヴァリエは驚きながらもすぐに理解して、それを使って再び斬りかかった。
ミスター・カーライルはシュヴァリエとは反対側に移動し、チェンバレンを挟み込むような形で攻撃を始めた。
「わお! 最強の魔法使いが二人がかり?」
確かに、以前は右腕だったというチェンバレンに対して、ミスター・カーライル一人では敵わないようだ。
「お前は、ここにいる兵士たちの魔力を使っているから力が途切れないだけだろう? よくそんなあくどいことを思いついたな!」
ミスター・カーライルは怒気の含んだ声で言い捨てた。
どういうこと?
こちらにも攻撃が逸れてきた。いや、チェンバレンは二人を相手にしながらも、それを上回るスピードで私にも攻撃を繰り出している。
防御魔法が防いでくれたが、今ので色がわからないほど薄くなってしまった。次はおそらく無理だろう。
どうしよう……逃げるべき? でもどこに?
焦っていたら、ベルタン侯爵が現れて私の前で防御魔法を張った。
「僕の力ではあまり持ちません」
確かに、一発目は堪えたが、二発目を受けて既に緑色が薄くなってきている。
「どうやら、ピーター・チェンバレンは他人の魔力を使えるようですね」
「ミスター・カーライルが言っていたわね? どういうことなの?」
「兵士たちが力なく座り込んでいるのは、武器を失ったせいでも、魔法での戦いに圧倒されているわけでもありません。魔力を吸い取られて、気力がなくなっているんです」
そう言えば、先程の防御魔法で全力を出した私も、今自覚してみると一日中動き回ったあとのように疲れ切っている。
「回復できるのかしら?」
「ミスター・カーライルがおっしゃるには、食べて眠って身体を休めれば平常通りに回復できるそうですが、あまりに吸い取られると寝込むことになるし、もし魔力がゼロになってしまうと色素を失うそうです」
「色素? なにそれ?」
「身体から色がなくなるんですよ。それと同時に色を見ることもできなくなるそうです」
「死ぬのかしら?」
「そこまでは……目の当たりにしたことはないようですから。ただ、そうなると回復するのは容易ではない。それだけは確実だそうです……ああ、もう無理だ」
ベルタン侯爵の前から緑色の光が消滅した。
「まあ、身ひとつでも盾になることはできますから、ミス・ヴァロワは少しでも身体を休めて回復してください」
ベルタン侯爵が振り返ったとき、真後ろにオレンジ色の光が放射した。
「ベルタン侯爵!」
私の方が盾になろうとしたが遅かった。まともに攻撃魔法を受けたベルタン侯爵は、弾き飛ばされ、意識を失ったのか地面に倒れたまま動かなくなった。
あんなものが頭上で繰り広げられていては、真下にいる兵士たちは戦うどころではないのだろう。
紫色とオレンジ色の光が混じり合い放射し、目にも留まらぬスピードで技を繰り出し合っている。
その攻撃の余波か、あちこちに火がついて燃え上がり、流れ弾を受けて傷を負う者たちもいた。
シュヴァリエは下の兵士たちの方が気になるようで、あたりを見渡しながら苛立ちの声を上げた。
「ぼさっとしているなら停戦にすればいい」
「じゃあ、あんたが両軍の将校に進言してくればいいじゃない」
しかし、その私の言葉はシュヴァリエの耳には届かなかった。いつの間にやら駆け出して、自軍の兵士を守ってケルマン兵に斬り掛かっていたからだ。
攻撃の手を止めていた兵士に不意打ちをしかけた敵を、逆にシュヴァリエが仕留めたようだった。
同様なことがあちこちで起き始めたことで、鎮静していた戦闘が再開された。
覚悟をして臨んだものの、さすがの私も慄いて身体が震えた。大勢が剣や銃を駆使して相手を殺傷している場面は、野盗と戦った経験があると言っても別次元の恐怖だった。
しかし、ベルタン侯爵が言っていた、ミスター・カーライルの言葉が頭をよぎる。
『戦争で犠牲になるのは意思決定のない兵士たちだけだから、叩くなら命令を出している本陣だけにするように』
そうよ。目の前で戦っている兵士たちは相手を憎んで殺し合っているわけじゃない。
ケルマン軍はあのチェンバレンに唆されただけだし、ランス軍は攻め入られたから防衛のために相手をしているだけだわ。
こんな不毛な戦いは早く止めなければ!
私は例の防御魔法を発動することに決めた。
中途半端に作用したら、武器を持っている兵士と持たない兵士がいることになり、逆に殺傷を進めてしまうので、やるからには一度で全ての武器に魔法をかけなければならない。この数を一度に操れるかは賭けだが、戦闘を止めるためには最も効率のいい魔法だから、挑戦する価値がある。
私は戦争の只中にいてもかすり傷ひとつ負っていなかった。それは、防御魔法を堅固に張っていたためだったのだが、例の魔法を発動するためには全魔力を注ぐ必要がある。
「シュヴァリエ!」
あいつが必要だ。
「シュヴァリエ! こっちに来て! 助けて!」
私は力の限り叫んだ。
その間も上空では二人の魔法使いが激しく戦闘している。力が拮抗しているのか互いに相手を打ち倒せないが、一歩も引かない様子で魔法を繰り出し合っている。
「いかがされました?」
焦った様子で飛んできた。さすが私の騎士ね。
「ちょっと私を守りなさい」
シュヴァリエは驚いた顔をしたが「それが第一優先です」と言って私に背を向けて警戒体制に入った。
普段はしつこさに辟易していたけど、こういうときはありがたいわ。
シュヴァリエに身の安全を預けて、私は自身を纏う防御魔法を解き、武器全てが三日前の場所に戻るように呪文を唱えた。
上空で放射している紫色とオレンジ色の光をも囲むように赤い光が戦場の上に覆いかぶさった。
武器という武器が空中に浮かび上がり、手の届かない距離にまで上がっていく。
兵士たちは驚き、空を見上げ、恐怖の声を口々に上げた。
浮かび上がった武器たちは、それぞれの方向を見定めるかのように向きを変え、一斉に四方へ散らばって飛んでいった。
兵士たちのどよめきはさらに大きくなり、叫びだし、その場に座り込む者もいた。武器がなくなり、肉弾戦になるかもしれないと案じたが、その心配は無用だったようだ。しばらくして、気が抜けたように自軍の陣営へと戻り始めた。
よかった。
空に上った全ての武器が三日前の場所に戻ったのだ。もう何も残っていない──
ん? ミスター・カーライルたちは?
突然のことで目がくらんだ。目の前にオレンジ色の光がいきなり現れたのだ。
これはチェンバレンの……そう思い至る前に、シュヴァリエが攻撃を受け止めて防いでくれた。
とりあえず防御魔法をと、逡巡していると二発目がきた。これもシュヴァリエがいなしてくれたが、安堵する間もなく三発目四発目と次々に攻撃がくる。
「ピーター! どこに向けている?」
紫色の光がオレンジ色の光を攻撃して互いに消滅する。
ミスター・カーライルだわ。
「今のを見ただろう? この令嬢の魔法を! アンドリューに匹敵する……いや、それ以上かもしれない」
チェンバレンは喋りながらも攻撃の手を止めないため、私はシュヴァリエの前に出て逆に防御魔法で身を守るようにしていたのだが、シュヴァリエは守られるよりも私を守ろうと前へ出ようとするので場所が定まらない。
もう、素直に守られなさいよ!
ミスター・カーライルは応戦して、チェンバレンの攻撃をいなしているのだが、チェンバレンは執拗に私を狙ってくる。
「なぜエマ様ばかりを狙うんだ?」
また前へ乗り出してきた。
「シュヴァリエは私の後ろにいなさいよ!」
「いえ。エマ様の防御魔法はもう持たないと思います」
えっ?
言われたので注視すると、防御魔法の赤い光は薄くなってきていて、微かに振動している。
どういうこと?
「ミス・ヴァロワ、逃げろ!」
ミスター・カーライルの声が聞こえたが早いか、シュヴァリエに腕を掴まれて地面に転がされた。なにするのよ?
あっ!
シュヴァリエが勢いよく飛び上がり、チェンバレンに向かって斬り掛かった。
チェンバレンはオレンジの光でそれを受け止める。
「おいおい、影の騎士もどき。僕の魔法をいなせるだけでなく、対抗できるなんて言わないよな?」
シュヴァリエはもう一度斬りかかろうとするが、浮くことができないため落下する。
あれじゃだめだわ! なんとかしないと……そうだわ。
私はシュヴァリエの足元に魔法で足場を作った。チェンバレンと空中で対峙したときにできたのだから、もしかしたらと試してみたら成功した。
足元に現れた異物にシュヴァリエは驚きながらもすぐに理解して、それを使って再び斬りかかった。
ミスター・カーライルはシュヴァリエとは反対側に移動し、チェンバレンを挟み込むような形で攻撃を始めた。
「わお! 最強の魔法使いが二人がかり?」
確かに、以前は右腕だったというチェンバレンに対して、ミスター・カーライル一人では敵わないようだ。
「お前は、ここにいる兵士たちの魔力を使っているから力が途切れないだけだろう? よくそんなあくどいことを思いついたな!」
ミスター・カーライルは怒気の含んだ声で言い捨てた。
どういうこと?
こちらにも攻撃が逸れてきた。いや、チェンバレンは二人を相手にしながらも、それを上回るスピードで私にも攻撃を繰り出している。
防御魔法が防いでくれたが、今ので色がわからないほど薄くなってしまった。次はおそらく無理だろう。
どうしよう……逃げるべき? でもどこに?
焦っていたら、ベルタン侯爵が現れて私の前で防御魔法を張った。
「僕の力ではあまり持ちません」
確かに、一発目は堪えたが、二発目を受けて既に緑色が薄くなってきている。
「どうやら、ピーター・チェンバレンは他人の魔力を使えるようですね」
「ミスター・カーライルが言っていたわね? どういうことなの?」
「兵士たちが力なく座り込んでいるのは、武器を失ったせいでも、魔法での戦いに圧倒されているわけでもありません。魔力を吸い取られて、気力がなくなっているんです」
そう言えば、先程の防御魔法で全力を出した私も、今自覚してみると一日中動き回ったあとのように疲れ切っている。
「回復できるのかしら?」
「ミスター・カーライルがおっしゃるには、食べて眠って身体を休めれば平常通りに回復できるそうですが、あまりに吸い取られると寝込むことになるし、もし魔力がゼロになってしまうと色素を失うそうです」
「色素? なにそれ?」
「身体から色がなくなるんですよ。それと同時に色を見ることもできなくなるそうです」
「死ぬのかしら?」
「そこまでは……目の当たりにしたことはないようですから。ただ、そうなると回復するのは容易ではない。それだけは確実だそうです……ああ、もう無理だ」
ベルタン侯爵の前から緑色の光が消滅した。
「まあ、身ひとつでも盾になることはできますから、ミス・ヴァロワは少しでも身体を休めて回復してください」
ベルタン侯爵が振り返ったとき、真後ろにオレンジ色の光が放射した。
「ベルタン侯爵!」
私の方が盾になろうとしたが遅かった。まともに攻撃魔法を受けたベルタン侯爵は、弾き飛ばされ、意識を失ったのか地面に倒れたまま動かなくなった。
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