公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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28. 離れ離れになってしまったわ

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「どうします?」
 一段落がついて、喉の渇きを潤していたときにベルタン侯爵が言った。「まだ司令部の一つにもたどり着いておりません」
 確かに、ここに来て一時間は経っている。そろそろ出発しないと日が暮れてしまう。

 ミスター・カーライルがおもむろに立ち上がった。
「西の司令部ならすぐそこです。私が一人で行ってきます」
「えっ! ですが……」ベルタン侯爵も慌てて立ち上がる。
「その次は南ですよね? 戻る時間も省けます」
「シュヴァリエ少佐に怒られますよ」
 ミスター・カーライルは珍しく笑ったように息を漏らした。
「レオの剣術の腕前がどれほどのものかはわかりかねますが、魔法の実力ならばミス・ヴァロワの方が秀でている。守るというなら、ミス・ヴァロワがレオを守ると言えるほどに。ベルタン侯爵も、わずかな時間ながらここまで習得した才能は驚異的です。お二方は自信さえ持てば、私がいなくても十分だと思います」
 それだけを言って、返答を待たずに浮き上がり、ミスター・カーライルは西の方へ飛んでいった。

 私とベルタン公爵は、ミスター・カーライルを目で追ったあと互いに目を合わせた。
「……大丈夫でしょうか?」
 ベルタン侯爵の不安そうな表情が可笑しくて、私は思わず吹き出した。
「自信を持ちましょう」
 私がはにかんだようにそう言うと、ベルタン侯爵も同じように笑みを浮かべて答えた。
「そうですね」


 シュヴァリエが走って戻ってきた。
「今、空を飛んでいったのは大きな鳥じゃないですよね?」
 私とベルタン侯爵だけなのを見て、眉間に皺を寄せる。
「アンドリューは?」
「西の司令部ですよ。ここに留まっているだけでは先に進みませんから」ベルタン侯爵が陽気な声で返す。
 シュヴァリエは非難の目で空を見上げたあと、唇を噛み悔悟の表情で俯いた。
「安心なさいよ。私の魔力はかなり強いそうよ。ミスター・カーライルにも太鼓判を押されたわ」
「そういう問題ではありません」
「それより、もう構わないのですか?」ベルタン侯爵は兵士たちの方を顎でしゃくる。
 シュヴァリエはベルタン侯爵を一瞥して、再び地面に目を逸らした。
「はい。南の司令部にリヴェット大将がいらっしゃるので、そちらに向かって欲しいとムール大将から司令を受けました」
「では、西はミスター・カーライルにお任せして、我々は南の方へ向かいますか?」
 シュヴァリエは俯いたまま答えない。
「大丈夫よ。ここにいても始まらないし、むしろ時間の無駄よ。行きましょう」

 私がなだめるようにシュヴァリエの腕に触れると、ようやく顔をあげて私と目を合わせた。
 また悲壮な顔をしている。まったくもう。

「ベルタン侯爵、浮車は操縦できるんですよね?」
「はい。ご教授いただきました。僕一人の魔力ではスピードは出ませんが、ミス・ヴァロワのお力もお借りできれば半時間とかからないのではないかと思います」
「教えていただける? 私にも魔力の使い方を」
「もちろんです。覚えていただければ、ミス・ヴァロワお一人でも操縦できるようになりますから」
「それは試してみたいわ。では早く行きましょう」

 私はシュヴァリエを引きずるように腕を引っ張ると、抵抗するかと思いきや、意外にも素直に従った。

「では参ります」
 ベルタン侯爵の言葉で、浮車はゆっくりと浮き上がった。
「ミス・ヴァロワ、最初だけで構いませんが、両手を胸の前で合わせて、魔力を浮車に注ぐように意識を……そうです。さすがですね。では、僕の口にする呪文を真似てください」
 私は言われた通りにして、ベルタン侯爵がつぶやいた呪文を繰り返した。
 浮車は既に前方へ進路を定めていたようで、呪文のあと大きく車体が振動して、急激に速度が上がった。
「ああ、魔力は僕以上のようですね……少しばかりですが妬ましい……いや、腹に据えかねますね」
 ベルタン侯爵の不貞腐れたような物言いに、シュヴァリエは小さく吹き出した。
 以前にシュヴァリエも私にそう言っていたわね。

 紳士に妬まれ怒りを覚えさせるほど、私には才能があるのかしら?

 浮車は順調に航行し、シュヴァリエが「そろそろ見えてくるはずです」と口にした言葉通り、森と木ばかりだった視界に山小屋のような建物が遠くに見えてきた。

「あれが南の司令部かしら?」
 私は窓から指で差し示すと、シュヴァリエが横に並んで覗き込んだ。
「おそらく。地図上ではあの建物のようですが」
「直接目の前まで行きますか?」
 ベルタン侯爵の言葉に、シュヴァリエは考え込むようにして黙り込んだ。私とベルタン侯爵は窓の外を見ながらシュヴァリエの返答を待つ。

 あっ……何かしら?
 私は思わず後ろを振り向く。
「ミス・ヴァロワ、いかがしましたか?」ベルタン侯爵だ。
 ベルタン侯爵は気がつかない? じゃあ勘違いかしら?
 何か、大きな魔力が近づいているような──

 ベルタン侯爵は不思議そうな表情をしているだけで、私の感じているものに気がついていない様子だ。
 しかしどんどん大きくなっている。魔力が増していく、というよりも近づいている。
 私はたまらず、後部の窓に駆け寄った。
 目で見えるかしら?
 覗き込むが何も見えない。ベルタン侯爵がそばにきて、同じように窓を覗き込む。
「何か感じたのですか?」
「ベルタン侯爵は?」
「僕は何も……」
 勘違いかしら? シュヴァリエは?
 私はシュヴァリエの方へ振り向いた。

「シュヴァリエは何か……」
「エマ様!」
 その声と同時に大きな衝撃と木が粉々になるような音がして、シュヴァリエがこちらへ向かって駆け出した。
 ほんの二歩の距離だが、シュヴァリエの伸ばした手は私に届かなかった。
 私が後方へ飛ばされたからだ。
 浮車の後部の壁がなくなっている。縁に手をかけたシュヴァリエが何かを叫んでいるが、物凄いスピードで離れていくばかりか、風の音も激しくて何も聞こえない。
 あっ! 浮車が一瞬震えたかと思うと、動力を失ったかのように落下し始めた! ……ベルタン侯爵は?
 私は辺りを見渡したが、森の上だからか木ばかりで、他には空と鳥しか見えない。
 というかなぜ浮いているの? 飛ばされるにしても降下もせず横に引っ張られているように飛んでいる。
 後ろを振り返ると、大きな鳥が近づいてくる。
 ──そうではない。鳥に私が近づいているのだ。
 なに?

 オレンジ色の光! 眩しい!
 思わず目をつぶったが、その瞬間に目の前で大きな破裂音がした。細かい何かが顔や腕をかすめる。
「ミス・ヴァロワ!」
 下方から声が聞こえたため、確認しようと目を開けたら、まだオレンジ色の光で視界が遮られた。
 なんなのよ?
 あっ! 目の前で緑色とオレンジ色の光がぶつかった。
 下方を見ると、ベルタン侯爵が両手を上に向けている。
 またオレンジ色の光──
「ミス・ヴァロワ!」焦ったようなベルタン侯爵の声。
 オレンジ色の光が近づいてくる。これは攻撃魔法ね! 私は急いで防御魔法を繰り出し、光は破裂音と共に霧散した。
 えーっと、安堵している場合じゃない! 次々とオレンジ色の光が向かってくる。
 防御魔法を目の前に張ってはみたものの、止むことなく襲いかかってくるため埒が明かない。
 私は意を決して攻撃魔法に切り替えることにした。
 できるかな?
 防御魔法を張りながら攻撃魔法を試してみる。
 私の魔法は赤だ。

 魔力を練って赤い光を手のひらから放出すると、向ってきたオレンジの光と混ざり合って消滅した。

 消すことはできたけど、これでは防御と同じだ!
 一度深呼吸をしてから大きく息を吸う。
 これが今の私の精一杯だ、と言えるほどの力を込めて、再び攻撃魔法を繰り出した。
 赤い光はオレンジ色の光を突き破り、鳥の方へ向かっていく。

 当たる? まだ距離はあるが、当たったかどうかは見えそうだ。
 あっ!
 あれは人だ。それまでうつ伏せに飛んでいたのか、人の形には見えていなかったが、今姿勢を起立した態勢に変えたため人だとわかった。

 その人にぶつかる手前で私の赤い光は消滅した。
 その人からオレンジ色の光が──あの人が攻撃していたのね!
 よし、やり返してやる!
 私はもう一度深呼吸をして攻撃魔法を練った。
 いけ!
 放出して、オレンジの光と目の前でかち合う。
 ぶつかって消滅した瞬間、目の前に見知らぬ男性がいた。

 驚いて防御魔法を解いてしまったが、男性も攻撃をやめた様子で、敵意はないと示すかのように両手を顔の横に広げている。
 エドワードよりも年上と思われる老齢の男性だ。髪はオレンジで、白髪のエドワードやミスター・カーライルよりも若く見えるが、彼らと同世代であることは、顔に深く刻まれた皺が物語っている。
 驚いたように目を見開いていたが、目を合わせた瞬間に大きく口の両端を上げた。にやりと聞こえてきそうな笑みだ。
「アンドリューの魔力の色が変わったのかと思ったよ」
 アンドリューを知っているの?
「あなたは誰?」
「君そこ誰だ? ご令嬢があんな攻撃魔法を使うなんて驚きだな」
 男性は私の全身を眺め回した。
「しかも浮くこともできるとはね。僕はできるようになるまで5年もかかったよ」肩を竦める。
「あなたはアンドリューの知り合いなの?」
 男性は驚いた顔をした。
「君こそアンドリューを知っているのか?」
 男性は気がついたような顔をしたあと、再びにやにやとした笑みを浮かべて言った。
「つまりは敵ってことかな?」
 言うが早いか、胸の前で攻撃魔法の仕草をしたため、私は反射的に防御魔法を張った。
 オレンジ色の光が煌めいて目の前で掻き消える。

「早いね」
 男性はつぶやくと、また攻撃魔法を繰り出す。
 私は防御魔法を張ったまま、後退するように念じてみると、上手くいったのか、男性から離れることができた。
「逃げるの? 面白くないなあ」
 男性は攻撃魔法を繰り出しながら追いかけてくる。

 後退しながら逃げているのだが、向こうの方がスピードが早いので距離は再び近づいている。
 どうしよう?
 逡巡したのち、応戦するべきだと判断して魔力を溜めた。

 赤い光を放つ。
 オレンジと赤の光がかち合う。
 互いに攻撃魔法を繰り出し合い、空は赤とオレンジの光が放射した。
 その間も男性との距離は縮まっていく。

「気になるなあ。名前くらい教えてくれよ」
 男性の声が聞こえるほどの距離まで近づいた。
「……エマ・ヴァロワです」
「ほう! ランスの貴族令嬢かな?」
「おっしゃるとおりよ」
「そうか」
 その言葉のあと、いきなり距離を縮めて私の両腕を掴んだ。
「フィジカルはさすがにだめだろう?」
 腕を捻り上げられそうになるが、私はエドワードの弟子なのよ?
 足は踏ん張れないけど……って、考えたらまるで足場ができたとでもいつような感触を足の下に感じたため、私は掴まれた腕を交差して逆に男性の腕を掴み、腰落として膝を折り、男性の懐に背を丸めて入り込んでから、思いっきり膝を伸ばした。
 投げ飛ばしてやるわ!
 上手くいったようで、男性は驚愕の表情ですっ飛んだ。

 今のうちだ! 私は地面すれすれにまで降下し、ミスター・カーライルに教わったように魔力を最小限に抑えて気配を消した。
 シュヴァリエとベルタン侯爵を探さなければ!
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