公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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22. 魔法での攻撃には魔法で対抗しなくてはならないのよ?

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「どうやって向かうのですか?」
 私たちは地下道を通って屋敷へと戻ってきた。
 シュヴァリエの問いにミスター・カーライルが歩きながら答える。
浮車ふしゃだ。三人ならそれが一番速い」
 浮車?
 屋敷の外へ出て森の方へと向かっていると、大中小の三種類の箱が見えてきた。箱といっても人間が入れるほど大きさで、一番大きなものは屋敷と言えるほどなのだが、見た目はただの箱のようにしか見えない。
 その中で一番小さな箱へとミスター・カーライルは近づいて、目の前で手をかざした。すると、まるでドアが開いたかのように大きく裂け目ができた。
 促されたので中へ入ると、四脚の椅子が床に固定されているだけで、他には壁に窓がある以外にこれといった特徴はなかった。

「座ってください。すぐに動きます」
 ミスター・カーライルが椅子の一つに腰を下ろした。
 動くの? 魔法を使うのかしら?
 私は言われたようにシュヴァリエの隣に座った。
「では急ぎましょう」
 ミスター・カーライルがそう言うと、箱はギシギシと音を立てて振動し始めた。振動が大きくなるにつれ身体が重くなってくる。なんだろう? 窓があったので見てみると物凄いスピードで木が下へとどんどん下がっていく。馬に乗っているよりも速い。箱が上昇しているようだ。

 それに気がついた瞬間、身体が一瞬浮き上がって今度は軽くなった。
 窓の外には木ではなく青空が広がっている。
 眺めている間もなく箱が再び振動して、後ろへ倒れそうになる。前へ動き始めたのだろうか?
 うう、椅子の背もたれに身体が押し付けられる。
 数秒それに耐えたあと圧力は徐々に弱まり、まるで馬に乗って駆け出したあと、速度が一定になったときのようになった。

「どれくらいですか?」
 シュヴァリエが前の椅子に座っているミスター・カーライルの方へ身を乗り出した。
「おそらく二時間」
 二時間? ここまで来るのに一か月半はかかったのよ? なんてこと!

「その間に、できるだけのことを教えよう」
 ミスター・カーライルはこちらへ振り向いて立ち上がった。
「もう椅子から降りても大丈夫です。ミス・ヴァロワ、付け焼き刃ですがないよりはマシです。攻撃魔法を覚えていただきたい」真剣な眼差しを向けている。
「わかりました」
 この状況で反論などしないが、それを別にしてもミスター・カーライルにはなぜか従わざるを得ない威圧感がある。

「すみません」
 私は引っかかっていたことを聞きたくなった。
「あの、ケロってなんですか?」
 私の問いに、ミスター・カーライルは微笑を浮かべて答えた。
「あの竜の名です。……ミセス・グリフィンが名付けました」
 そんな可愛らしい名前だったの?
「ポムはランスの竜の名で、それもミセス・グリフィンが付けました」
 と言うかミセス・グリフィンって、つまり──
「リサならそんな妙な名前をつけてもおかしくないですね」
 シュヴァリエのその言葉で確信した。リサって、エドワードの奥さんだったのね!
 確かエドワードの奥さんはエリザベス・グリフィンという名だ。リサはエリザベスの愛称だわ。会ったことはないが、優しくて面白い方だと言って、エドワードが惚気ていたっけ。

「そのランスの竜はミセス・グリフィンに傷を負わせたから、亡くなるまで見守っているのですか?」
「いえ、やったのはケロです。……ですから、ケロもポムの言うことを聞いて、旅立ちの出発を遅らせているんです」
「……ではなぜそのポムという竜はミセス・グリフィンを見守っていらっしゃるのですか?」
「友人なんですよ。竜の唯一の」
 へえ! すごい! 竜の友人?
「エマ様、とりあえず今は魔法を教えていただきましょう」シュヴァリエが急かすように言う。
 わかったわよ。

 ランスまでの二時間、私とシュヴァリエはミスター・カーライルから攻撃魔法を習った。シュヴァリエの攻撃魔法の技術は基本的な魔法弾だけだったようで、その応用はまだ習得しておらず、私と同じく初めて習うものばかりだったようだ。

 浮車がランスへ近づくと、遠目から様々な色の光が放射している様子と、白や黒の煙が立ち上っている様子が見えた。最初は小さかった音も、近づくにつれ浮車が振動するほどの轟音となった。断続的な爆音と、何かが崩れていく音、人々の叫び声などがあたり一面に響いている。
 緑、黄色、赤と、柱のような光が放射し、それが当たるとぶつかった建物は大きな音を上げて粉々になる。攻撃魔法だ。

 本当にランスが攻撃を受けているんだ……

 ミスター・カーライルも窓の外を覗き見ている。
「市民の避難はかなり進んでいるようだ。城の裏に地下貯蔵庫があるから、おそらくそこに集めているのだろう」
「わかるんですか?」私は驚いた。
「はい。人々は魔法を使うことはできませんが、体に微弱な魔力が帯びています。私はその魔力を感知して生物の居場所を特定することができますので……あそこです。着陸します」
 えっ? 浮車が着陸体制に入った。
 既に椅子に座るように言われていたため衝撃には耐えられたが、上へ浮き上がるような強い力がかかり、椅子の座面に掴まらないと天井にぶつかるのでは?とヒヤリとするほどだった。

 窓の外に木が見えてきた。もうすぐ地面に着くのだろう。私は着地の衝撃に耐えるために身構えた。
 しかし、下からの圧力がなくなっただけで、浮車は静かに停止した。

 ミスター・カーライルとシュヴァリエはすぐさま立ち上がり、ドアへ向かう。
「エマ様」シュヴァリエが振り返って私を見る。
 はいはい。
 私も後に続いた。

 森の入口に大きなログハウスがあった。丸太でできている家だ。
 もしかしてここが……
 ログハウスのドアから老齢の女性が現れた。
「おつかれ! 大変なことになっちゃったね」
 こちらへ向かって軽快な足取りで歩いてくる。
「お久しぶりです」ミスター・カーライルも近寄っていく。
「アンドリュー! 未だにイケメン! かっこいい!」
 花が咲いたような笑顔が可愛らしい。
「リサ、怪我はない?」シュヴァリエだ。
 女性はシュヴァリエに駆け寄って背中に手を添えた。
「逞しくなったね! びっくりだよ。二年ぶり?」
 この人が、エドワードの奥さんの……
 女性が私の方を向いて目を合わせた。
「エマ様、リサです。リサ、こちらがエマ様だ」
 シュヴァリエが私とリサの間に入って紹介してくれた。
「エマ・ヴァロワです」
 私がそう言って頭を下げると、リサは笑顔を大きくして両手を広げた。
「会いたかったよぉ! エドワードの妻のリサです。よろしくね」抱きしめられた。
「エマ様、ご無事でなによりです」
 エドワード!
「ミスター・カーライルも、わざわざご足労いただきましてありがとうございます」
 いつの間にか横に立っていたエドワードが、私に声をかけた後にミスター・カーライルの方へ向き直った。
「お久しぶりです」ミスター・カーライルが頭を下げる。
 エドワードは微笑を浮かべて同じく礼を返したあと「とりあえず中へ」そう言って、ログハウスへ私たちを促した。


「始まって二時間ほどですから、まだここへ攻撃の手は伸びておりません。ですが時間の問題と言っていいでしょう。ミスター・チェンバレンもこの場所を把握していると思いますので」
 エドワードはログハウスの中へ入ると、すぐのところにあった大きなダイニングテーブルの前に立ち、手で椅子を指し示した。座れってことかな?
「ピーターが?」
 ミスター・カーライルは椅子に腰を下ろしながらエドワードを見上げる。
「確証はありませんが、ケルマンにいるという噂はありましたから、その可能性があるかと」
 エドワードはテーブルの上に用意されていたティーポットの中身をカップに注ぎ始めた。
「市民は?」ミスター・カーライルが最初のカップを受け取る。
「最初の攻撃でかなりの死傷者は出ました。しかし避難は迅速で、国王軍や衛兵が地下の貯蔵庫へ誘導しているところです。まだこのハリしか攻撃を受けていないので、他の街に伝令を送って避難を促しているそうです」
「反撃は?」
「全くできていません。その誘導に全戦力を向けています」
「指揮は誰が?」
「そこまではリサもわからないようですが、私の予想ですと、ネール宰相か王太子殿下か……」
「軍の士官ではないのですか?」
「……もちろんあちこちに司令部を置いて、士官も指揮をとっているとは思いますが、ランスは何百年も戦争を体験しておりませんし、国王陛下の護衛程度で、災害や事件に対応してきた実践経験しかないようですから、結局は主君に従う形になっているのではないかと」
 エドワードは言いながら、訴えかけるような目をシュヴァリエに向けた。
 それを見たシュヴァリエは、気がついた表情を浮かべた後に、苦渋といった顔で答えた。
「エド、でも僕はエマ様を……」
「わかっているが、しかし……」
 エドワードも眉間に皺を寄せ、言い淀んだあとに歯を食いしばるように口元を固く結んだ。
 シュヴァリエは立ち上がる。
「エドはリサを守らなくてはならないだろ? エマ様までは守りきれない!」
 私はそれを聞いてエドワードの方を向いたら視線が合った。
 そうよ。いくらエドワードでも仕える令嬢か妻かと問えば、妻を優先するだろうし、むしろそうであるべきだわ。

「ポムは何もしてくれないしねえ」
 リサが困ったような表情で呟いた。
「……竜は人に手を出さないですから、それは仕方がない。ここにいてくれるだけありがたいと思いましょう」
 ミスター・カーライルの言葉に驚いた。この近くに竜がいるの? ケロという竜がしていたように姿を消しているのだろうか?

 ミスター・カーライルはリサからシュヴァリエに視線を向ける。
「私がミス・ヴァロワのお側についているから、レオは軍に戻ったほうがいい。彼らだけでは相手を退けることはできないだろう」
「アンドリューが行けばなんとかなるんじゃないですか?」シュヴァリエは引かない様子だ。
 それまで一切の動揺を見せずに平静だったミスター・カーライルの顔に影がさした。
「姿を現したくない」
「そうおっしゃっても、相手は明らかに攻撃魔法を使っています。こちらも魔法でやり返さなければやられてしまいます」
 シュヴァリエの言葉に誰も答えない。
 場は静まり返った。

「じゃあ、私も行くわ」沈黙を破りました。
「エマ様!」シュヴァリエとエドワードが声を合わせた。
「私とシュヴァリエとミスター・カーライルで行けばいい。こちら側で魔法を使えるのは私たちだけなんでしょう?」
「そんなこと承知できません! エマ様に何かあったらどうするんですか?」
 シュヴァリエは必死な様子で私ににじり寄る。
「私は魔力が強いんでしょう? それに、シュヴァリエは私の騎士なんだから、守りなさいよ。それこそ弱音よ!」
 睨みつけてやる。人に説教を垂れておいて、お前が弱音を吐いてどうする?

 ミスター・カーライルは機敏な動作で立ち上がった。
「では行きましょう。時間を潰している場合ではありません」
 エドワードもそれに倣うように動き出そうとしたのを、隣にいたリサが腕を掴んで止めた。
「エド、レオとアンドリューに任せようよ。私たちが行っても足手まといだよ」
 エドワードはリサを見つめてしばらく考えた様子を見せた後、ため息をついて言った。
「わかった」
 そして、ミスター・カーライルに視線を向ける。
「エマ様をお願いします」

 私たちは戦禍の中心である城へと向かうことになった。
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