公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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17. 不遜な態度の裏にそんな想いがあったとは思いも寄らなかったわ!

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 アリシアを慰めるために思わず口について出たことだったけど、言いながら自分に刺さる言葉だった。
 ランスの伯爵もコンティ公爵も、私を特別に扱ってくれていたのに結局は別の令嬢を選んで去り、私は頭にきて彼らを恨んだ。アリシアにあんなことを言っておきながら、私は相手の好意を引けなかったからという理由で愛することをやめたのだ。
 そもそも本当に彼らを愛していたのだろうか? 完璧な公爵令嬢として誇るための道具にしていただけではなかっただろうか? なぜ彼らを愛したのだろう?

 なんとなく考えてみたくなり、彼らの顔を頭に思い浮かべようとしたが、全く思い出せなかった。なぜかやたらにシュヴァリエの顔が浮かんでくる。毎日見たくもないのに側にいるせいだ。あいつはなぜあんなにも陰気な顔をしているのだろう。剣を振るうときのあの精悍な顔つきを普段から見せていればよいものを。それならば毎日顔を合わせていても不快にならないのに。いや、陰気な顔も見慣れたから不快ではないけれど。あの食べっぷりももう慣れた。むしろ量が少ない日は体調を案じてしまうほどだわ。……私にはニコリともしないくせにアリシアには毎日笑顔を向けている。たまには私にも笑いかけたらどう? 

 ……いつの間にかシュヴァリエのことを考えている! あいつのことなんてどうでもいいのに!

 振り払って仕切り直しても、結局シュヴァリエに行き着いてしまうので、私は考えることをやめて魔法の練習を再開した。私がぼーっとしている間もアリシアは真面目に練習しているのに、私のための訓練で私がサボっていたのでは始まらない。

 火の次は水の召喚だ。それができれば物体の召喚に移る。少しづつ大きくしていき、ある程度までできたら最後には光の召喚。それが難関らしい。
 同時に移動魔法の練習もする。こつさえ掴めば簡単だ。小さく軽いものを動かす練習から始めて、その重量と大きさを上げ、距離も伸ばす。

 二日間しかないので、基本中の基本だけを習得できればいいそうだ。今夜中には形にして、明日は防御魔法に専念する。
 しかし本当に、シュヴァリエが使えない魔法を私が使えるようになるのだろうか?
 竜の血だかなんだか気味の悪いことを言っていたけど、どういうことなんだろう。

 魔法なんておとぎ話のようだが、実際に使えているのだから信じざるを得ない。世の中には不思議なことがたくさんあるものなのね。社交界で目立つために努力をしていた日々と今が同じ世界だとはとても思えない。別の世界に来た気分だわ。

「集中してください」
 えっ? いつの間にシュヴァリエが部屋にいたの? 逆にアリシアの姿がない。
「アリシアは隣室で就寝しました。エマ様には寝ている暇などありません。考え事をしていると魔法が乱れますよ。技術よりも精神の方が重要です。なめてかかると、いざという時に使えなくなります」
「なめてなんかいないわよ!」
 そう答えたら魔法が消えた。順調にグラスに水を召喚していたのに、消えてしまった……
 シュヴァリエを見ると、『それ見たことか』とでも言うような顔をしている。うるさいわね!

「エマ様は魔法の才能がずば抜けていらっしゃいますが、すぐに気を抜くし弱音を吐くし諦めやすいところがあります。訓練と同時にその弱点を直していきましょう」
 なんだって? 主人に向かってなんてことを!
 前々から腹に据えかねていたが、今日という今日は頭にきた!

「確かに気を抜いて武器を捨てられたりもしたし、油断して賊に捕まったこともあったけど、諦めたり弱音を吐いたことはないわ!」
「……8歳のとき、ピアノの練習が嫌だと言って一年も弾かなかった時期がありましたよね? そのせいで同じ年に始めたミス・ブリアンに演奏会の主賓を奪われたではないですか? それにエドとの訓練のときも『無理だ』だの『私にはできない』などと弱音を吐いてすぐに逃げ出していましたし」
 は? なんだって?
「シュヴァリエ、何を言っているの?」
「13歳のときに片想いしていたビュイソン伯爵のご子息も、ミス・カルリエとちょっと仲良くしたからって諦めておられました。ビュイソン伯爵なんて今や立派な紳士になられましたから、国一番だかなんだか知りませんが、例のシャイン伯爵や、あの臆病なコンティ公爵よりもまだマシだったんじゃないんですか?」

「シュヴァリエお前……なんでそんなことを知っているの?」

 シュヴァリエはちらりと私の顔を見た。
「それからですね、その『お前』だとか『あんた』だとかもやめた方がいいと思います。そんな乱暴な言葉を使われる貴族令嬢はおりませんから、紳士に驚かれますよ」

 こいつ……

「なんで私の幼い頃の話をそんなに詳しく知っているのよ?」
 ……まだ顔を合わせて半年と経っていないのに……ただの執事のくせになぜ……あっ!

「エドワードから聞いたのね?」
 エドワード……あなた、私のことをベラベラと話すような人だったの? 見損なったわ……

「エドは悪くないです」シュヴァリエは、自分が何を言ったのか今気がついたようで、取り繕うように焦り始めた。「僕がせがんで聞き出したことですから」
 は? なに?
「どういうことよ!」

「……エマ様は、僕の英雄なんです」
 なんだって? 英雄? 驚いて声も出ない。
「……あの頃は生きている価値などないと、死を考えておりました……」

 いつもの生意気な威勢はどこへやら、シュヴァリエは言葉にするのを躊躇うようにしながらも、おずおずと話し始めた。

 牧場で泣いていたのを拾われて、エドワードの経営する孤児院に預けられたのは生後間もなくだった。両親に生死を問わない形で捨てられたことが引け目となり、元々臆病で引っ込み思案だった性格も手伝って、院の子供たちとは自分から距離を置いて孤独な幼少期を送ったそうだ。
 エドワードから才能を見込まれて剣術を習ったが、平和なランスでは騎士としては食べていけないかもしれないと、執事としての教育も同時に受けた。エドワード夫妻は両親のように愛情を注いでくれたが、どうしても大勢のうちの一人だという考えを振り払うことができず、孤児だからではなく自分だから愛してくれているとは思えなかった。
 余りにも孤独で、人生の目的も見出だせず、生きている価値があるのだろうかと思い悩むようになった。
 しかし、あるときを境に思い悩むことをやめ、生きる楽しみができたのだという。エドワードに、週に一度しか帰って来ないが普段は何をしているのかと聞いたときだった。

 ヴァロワ家の執事として仕えていることをそのとき初めて知ったそうで、同時に自分よりも三つ下のお嬢様の存在も知った。最初は貴族の令嬢なんて自分とは違う世界の娘のことなど、聞いても妬むだけだと興味を持たなかったのだが、父のように慕うエドワードが最も大切にしている存在だと聞いて、なぜなのか理由を知りたくなった。
 そのお嬢様の話をせがんで言動や起きた出来事などを詳しく聞き出しているうちに、お嬢様は自身の境遇も生まれ持った資質にも甘んじることなく、自分の手で掴み取るものこそが重要だとばかりに日々努力を惜しまないことを知り、尊敬するエドワードが大事に思う理由に納得できたばかりか、その奮闘を聞くことで刺激を受け、成長が楽しみになり、いつの間にか友人のような、家族のような気持ちになっていったらしい。

「あの頃はエドが帰ってくることが待ち遠しかったです。エマ様がどんなことをしたのかを話してもらえるし、僕の成果も見てもらえる。少しは知識を身につけられただろうか、剣の腕は上がっただろうかと、エマ様に近づけたかどうかをエドに問うこと、エマ様の話を聞くことが僕の唯一の喜びでした。……そういうことですから、エマ様は何よりも大切な方ですし、命に替えてもお守りします」

 シュヴァリエはそれまでチラチラと伺うだけだった視線を私に据えた。
「僕の力だけではエマ様をお守りできないかもしれませんので、こうやってご教授させていただいております。エドのようにお守りできればよいのですが、僕はそこまで至っておりませんので、不肖ながらエマ様にもご自分で戦えるようになっていただきたい。ですから、気を抜かず、油断をせず、どうか命をお守りください。お願いします」
 頭を下げた!
 私はシュヴァリエの話す内容に驚きっぱなしだったが、これには一番驚いた。
「エマ様には幸福になって欲しい。そのためなら何でも致します。ですから、言葉遣いもお気をつけになって、まともな紳士からお見初めいただきたいと……」

 話が戻ったわ。そういうことだったのね。

「私のことを尊敬しているのなら何であんなに偉そうに……不遜な態度を取っているのよ!」私は思わず聞いた。

 シュヴァリエは気恥ずかしそうだったが、基本的にいつも通りの表情で喋っていたのに、見て取れるほど狼狽し始めた。
「……不遜とは……そのような態度を取っていたつもりはありませんでした。そう感じさせてしまっていたのでしたら大変申し訳ございません」

 つまり、今までの態度はシュヴァリエなりの丁寧な態度だったってこと? 孤独な幼少期を過ごしたそうだからそもそも人付き合いがわからないのかしら?
 いやいや、そんなことはない。他の人に対しては丁寧に接していたし、晩餐会でも紳士のように対応していた。

 そう考えていたら、シュヴァリエは決意を固めたような顔で私を見た。
「申し訳ありません。嘘をつきました。不遜な態度になっていることは多少自覚していました。その……エマ様を前にすると頭の中が真っ白になるので、どう接していいのかわからず、自制の効かない態度になってしまうのかもしれません」
 は? 頭の中が真っ白って?
「どういうことよ?」

「いえ、エマ様のことが好きなので」

 は?
 ……あぁ、そういえば前にも言っていたわね。
 そうか、子供の頃の英雄だから、尊敬する相手を前にして緊張するのね。なるほど。
 ふん! それならもっとそれらしく接すればいいのに。

「わかったわ。でも少しは冷静になってちょうだい。尊敬してくれるのはありがたいけど、今は私に仕える執事なんだから、その自覚を持って欲しいわ」

 シュヴァリエは微笑した。なによ? 嬉しいのかしら。
「承知しました」
 そう言って頭を下げると、咳払いをして姿勢を正した。

「それでは、魔法の練習に戻りましょう。移動魔法はできるようになりましたか?」
「えっ?」いきなりね。「できるわよ」
 私は慌てて小箱に手をかざした。

 数秒待つが、ピクリとも動かない。
 シュヴァリエの顔色が曇った。
「……できていないではありませんか! 明日は応用に移らなければならないのに、まだ基本の基もできていないとは何事ですか!」

 ──私を前に緊張しているなんて嘘だ。地の性格がこれなのだ。絶対。
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