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16. 魔法……なに?
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「エマ様ならできると思います」
シュヴァリエに連れられて宿屋の裏手にある厩の横の広場にやってきた。
「身体の前に両手をかざしていただけますか? こんな風に」
シュヴァリエは真剣な表情で、両手でボールを受け取るような格好で上半身の前に広げている。
「いったいなんなの?」先に説明して欲しいわ。
「僕の魔力では足りないですが、エマ様ならできるはずなんです」
魔力?
「僕が魔法弾を打ちますから、受け止めてください」
は?
「魔法……なに?」魔法弾?
思わず吹き出した。
シュヴァリエは私を睨みつけた。
「……見ててください」そう言って近くにあった木に向かって右手を掲げると、手の平から閃光がほとばしり、破裂音と共に木の幹に焦げ跡ができた。
幹から煙が出ている。近づくと、数センチほどえぐれていた。
「何をしたの?」
「もう一度いきますよ」
今度は私に手の平を向けている。
「ちょ……」
まさか木の幹をえぐったさっきのを私に向けているの? 執事のくせに仕える主人に向かって?
「エマ様なら大丈夫」はあ?
痛っ! 本当にやったわね!
「何をするのよ!」
「そうです! その意気で、両手をこうやって、僕にぶつけてください」
はあ?
「いきますよ!」また両手を私に向けた。
またさっきのをやるの? いい加減にしろ!
「そうです!」シュヴァリエの弾んだ声。
閃光と破裂音はさっきよりも近くだった。というより自分の手から出たような……
「さすがですね。いやー、腹が立つほどの嫉妬を覚えます」
言葉とは裏腹に声はいつも通り、棒読みのように感情がこもっていない。
「説明してよ!」
「説明? 苦手ですが仕方がない。見たから信じますよね?」
シュヴァリエは手をかざして、宙に折れた枝を浮かばせる。「魔法ですよ。あの壁抜けの連中を覚えていますか?」枝は折れた部分に自ら戻っていき、木の幹にくっついた。
「ああ、タリアで会った」そんなやつらがいたわね。
「そうです。あれは魔法の名残です。40年前までは世界中で使えていたんですが、竜の魔法で皆それを忘れている」
「何て?」いきなり何を言い出すのだ!
「たまに思い出す人がいて、再現しようとして考え出したのが手品です。魔力がないので魔法にはならない。ですがここウェーデンにまで来ると魔力を帯びるので使えるんですよ。ほら」今度は風をおこして落ち葉を巻き上げた。
私は目を丸くするだけで言葉が出ない。
「僕はこれが限界です。竜が莫大な魔力を使っているせいで人間が使える分の魔力は残っていないんです。それでも元々の才があればかなりのものを使える」
シュヴァリエは私を見た。騎士の眼差しだ。
「エマ様はシェストレムの血を引いていらっしゃる。シェストレムの者は今やお母様とエマ様しかおられない」
「祖母や従兄弟がいるわ」
「血をひいていないとダメです」
「なんなの?」
「エマ様の血には竜の血が混じっています」
はあ? 一体何の話? 血ってどういうこと? ハリエットを助ける話じゃなかったっけ?
「魔力の源である竜の血が入っていらっしゃるので魔法が使えるんです。……前置きはここらへんでいいでしょう。魔法は色々あるのですが、防御魔法の一つに、物体を元の主に跳ね返す技があります」
シュヴァリエは私が理解しているものとして当然のように説明しているが、全くついていけない……
「つまり、放った魔法弾なりを相手に打ち返すレシーブですね」
レシーブってなに? 私が理解していないことを悟ったのか、シュヴァリエは説明にならない説明を続ける。
「ブーメランみたいな」
ますますわからない。
「……まあ、打ち返すわけですよ。それを応用して、紙に書いた文字を書いた本人の元へ戻すこともできるのではないかと」
紙に書いた文字を書いた本人に……ああ、なるほど。ようやく見えてきた。
「つまり、借用書のサインを描いたのがハリエットではなくアウグスト氏かもしれないから、防御魔法でそれがわかるってこと?」
「ええ」シュヴァリエはいつもの陰気な目つきに戻っている。
何その反応。ようやく理解したのかみたいな……あんたの説明が下手くそなのよ!
「シュヴァリエだとその魔法が使えないのね? 私ならできるってこと?」
「……ですから、二日以内に使えるように練習しましょう」少し不貞腐れた顔になった。
いつもの仕返しよ!
アリシアが目を覚ましたときに不安になるといけないので、私たちはそれ以上長話はせずに部屋へ戻った。
翌朝は早くから三人で特訓することになった。
なぜアリシアもいるのかと聞いたら、ウェーデンの者は常に竜の側にいるから他の国の者よりも魔力が強いらしく、アリシアも訓練次第では使えるようになるかもしれないからだとシュヴァリエは言った。それでなくてもアリシアは騎士になるための修行をせがんでいたので、ならば一緒にやろうということだった。
「アリシアは筋がいいね。どんくさいエマ様とは全然違う」
シュヴァリエはアリシアのことは褒めるくせに、私に対しては必要以上に貶める。
いったいなんなんだ。腹が立って仕方がない。
「この程度のこと、エマ様ならすぐにできるものと思っていましたが、僕の検討違いだったようですね」こんな台詞ばかりだ。
アリシアには笑顔を向けるのに、私にはあの陰気な目を向けてばかりなのも気に入らない。
その日の夕方食事を終えると、未だに食べ続けていているシュヴァリエを置いて、私とアリシアは室内でできる魔法の練習をすために部屋へ戻った。
アリシアは基礎の基礎である火を召喚する魔法が上手くできずに、少し落ち込んでいた。
張り合っているわけではないだろうが、私が午前のうちにできるようになっていたから、母を案ずるがゆえの焦りがあるのだろう。
「レオはエマのことが好きなのよ」
落ち込んで手を休めていたからどうしたのかと思っていたらいきなりそんなことを言い出して驚いた。
嫉妬かしら?
「アリシアのこと、シュヴァリエはいつも褒めているじゃない? 筋があるのよ」
「褒めているのは下手だからだよ。やる気を失わないようにって気を使ってるからなの。褒めなくてもできるエマには逆に厳しいことを言ってやる気を出させているのよ」
8歳なのに大人びたことを言う……
「それにレオはエマのことが大事なの。魔法を使えるようになってもらいたいけど、本当は使わせたくないって思ってる。危ない目に遭って欲しくないから」
アリシアは真剣な目で私を見ている。
「私、レオのことが好き。でもレオはエマが好きなの……」
それは執事だから、ただ主人に向けている愛着のようなものなのよ。8歳でも恋をするのね。
「人を好きになるのはいいことよ。でも相手の気持ちが自分に向かないからって落ち込む必要はないわ。相手の気持ちは関係ないのよ」
「えっ? 意味わかんない」
「人を愛するのは見返りが欲しいからじゃないでしょ? ただ相手を好きでいるだけでいいのよ。愛し合っている人たちは、たまたまその想いがお互いに通じただけなのよ。好きになってもらえないからって気持ちが冷めるのは本当の愛じゃない」
「……難しいよ」そう言ってアリシアが笑ったので私も笑い返した。
「まだ早かったか……」
「うん、でもありがとう。なんとなくだけどわかったよ。レオがエマを好きでも、私がレオを好きでもいいってことでしょ?」
シュヴァリエが私を好きなのはそういう意味ではないけれど、伝わったようだからまあいいか。そういうことにしておこう。
シュヴァリエに連れられて宿屋の裏手にある厩の横の広場にやってきた。
「身体の前に両手をかざしていただけますか? こんな風に」
シュヴァリエは真剣な表情で、両手でボールを受け取るような格好で上半身の前に広げている。
「いったいなんなの?」先に説明して欲しいわ。
「僕の魔力では足りないですが、エマ様ならできるはずなんです」
魔力?
「僕が魔法弾を打ちますから、受け止めてください」
は?
「魔法……なに?」魔法弾?
思わず吹き出した。
シュヴァリエは私を睨みつけた。
「……見ててください」そう言って近くにあった木に向かって右手を掲げると、手の平から閃光がほとばしり、破裂音と共に木の幹に焦げ跡ができた。
幹から煙が出ている。近づくと、数センチほどえぐれていた。
「何をしたの?」
「もう一度いきますよ」
今度は私に手の平を向けている。
「ちょ……」
まさか木の幹をえぐったさっきのを私に向けているの? 執事のくせに仕える主人に向かって?
「エマ様なら大丈夫」はあ?
痛っ! 本当にやったわね!
「何をするのよ!」
「そうです! その意気で、両手をこうやって、僕にぶつけてください」
はあ?
「いきますよ!」また両手を私に向けた。
またさっきのをやるの? いい加減にしろ!
「そうです!」シュヴァリエの弾んだ声。
閃光と破裂音はさっきよりも近くだった。というより自分の手から出たような……
「さすがですね。いやー、腹が立つほどの嫉妬を覚えます」
言葉とは裏腹に声はいつも通り、棒読みのように感情がこもっていない。
「説明してよ!」
「説明? 苦手ですが仕方がない。見たから信じますよね?」
シュヴァリエは手をかざして、宙に折れた枝を浮かばせる。「魔法ですよ。あの壁抜けの連中を覚えていますか?」枝は折れた部分に自ら戻っていき、木の幹にくっついた。
「ああ、タリアで会った」そんなやつらがいたわね。
「そうです。あれは魔法の名残です。40年前までは世界中で使えていたんですが、竜の魔法で皆それを忘れている」
「何て?」いきなり何を言い出すのだ!
「たまに思い出す人がいて、再現しようとして考え出したのが手品です。魔力がないので魔法にはならない。ですがここウェーデンにまで来ると魔力を帯びるので使えるんですよ。ほら」今度は風をおこして落ち葉を巻き上げた。
私は目を丸くするだけで言葉が出ない。
「僕はこれが限界です。竜が莫大な魔力を使っているせいで人間が使える分の魔力は残っていないんです。それでも元々の才があればかなりのものを使える」
シュヴァリエは私を見た。騎士の眼差しだ。
「エマ様はシェストレムの血を引いていらっしゃる。シェストレムの者は今やお母様とエマ様しかおられない」
「祖母や従兄弟がいるわ」
「血をひいていないとダメです」
「なんなの?」
「エマ様の血には竜の血が混じっています」
はあ? 一体何の話? 血ってどういうこと? ハリエットを助ける話じゃなかったっけ?
「魔力の源である竜の血が入っていらっしゃるので魔法が使えるんです。……前置きはここらへんでいいでしょう。魔法は色々あるのですが、防御魔法の一つに、物体を元の主に跳ね返す技があります」
シュヴァリエは私が理解しているものとして当然のように説明しているが、全くついていけない……
「つまり、放った魔法弾なりを相手に打ち返すレシーブですね」
レシーブってなに? 私が理解していないことを悟ったのか、シュヴァリエは説明にならない説明を続ける。
「ブーメランみたいな」
ますますわからない。
「……まあ、打ち返すわけですよ。それを応用して、紙に書いた文字を書いた本人の元へ戻すこともできるのではないかと」
紙に書いた文字を書いた本人に……ああ、なるほど。ようやく見えてきた。
「つまり、借用書のサインを描いたのがハリエットではなくアウグスト氏かもしれないから、防御魔法でそれがわかるってこと?」
「ええ」シュヴァリエはいつもの陰気な目つきに戻っている。
何その反応。ようやく理解したのかみたいな……あんたの説明が下手くそなのよ!
「シュヴァリエだとその魔法が使えないのね? 私ならできるってこと?」
「……ですから、二日以内に使えるように練習しましょう」少し不貞腐れた顔になった。
いつもの仕返しよ!
アリシアが目を覚ましたときに不安になるといけないので、私たちはそれ以上長話はせずに部屋へ戻った。
翌朝は早くから三人で特訓することになった。
なぜアリシアもいるのかと聞いたら、ウェーデンの者は常に竜の側にいるから他の国の者よりも魔力が強いらしく、アリシアも訓練次第では使えるようになるかもしれないからだとシュヴァリエは言った。それでなくてもアリシアは騎士になるための修行をせがんでいたので、ならば一緒にやろうということだった。
「アリシアは筋がいいね。どんくさいエマ様とは全然違う」
シュヴァリエはアリシアのことは褒めるくせに、私に対しては必要以上に貶める。
いったいなんなんだ。腹が立って仕方がない。
「この程度のこと、エマ様ならすぐにできるものと思っていましたが、僕の検討違いだったようですね」こんな台詞ばかりだ。
アリシアには笑顔を向けるのに、私にはあの陰気な目を向けてばかりなのも気に入らない。
その日の夕方食事を終えると、未だに食べ続けていているシュヴァリエを置いて、私とアリシアは室内でできる魔法の練習をすために部屋へ戻った。
アリシアは基礎の基礎である火を召喚する魔法が上手くできずに、少し落ち込んでいた。
張り合っているわけではないだろうが、私が午前のうちにできるようになっていたから、母を案ずるがゆえの焦りがあるのだろう。
「レオはエマのことが好きなのよ」
落ち込んで手を休めていたからどうしたのかと思っていたらいきなりそんなことを言い出して驚いた。
嫉妬かしら?
「アリシアのこと、シュヴァリエはいつも褒めているじゃない? 筋があるのよ」
「褒めているのは下手だからだよ。やる気を失わないようにって気を使ってるからなの。褒めなくてもできるエマには逆に厳しいことを言ってやる気を出させているのよ」
8歳なのに大人びたことを言う……
「それにレオはエマのことが大事なの。魔法を使えるようになってもらいたいけど、本当は使わせたくないって思ってる。危ない目に遭って欲しくないから」
アリシアは真剣な目で私を見ている。
「私、レオのことが好き。でもレオはエマが好きなの……」
それは執事だから、ただ主人に向けている愛着のようなものなのよ。8歳でも恋をするのね。
「人を好きになるのはいいことよ。でも相手の気持ちが自分に向かないからって落ち込む必要はないわ。相手の気持ちは関係ないのよ」
「えっ? 意味わかんない」
「人を愛するのは見返りが欲しいからじゃないでしょ? ただ相手を好きでいるだけでいいのよ。愛し合っている人たちは、たまたまその想いがお互いに通じただけなのよ。好きになってもらえないからって気持ちが冷めるのは本当の愛じゃない」
「……難しいよ」そう言ってアリシアが笑ったので私も笑い返した。
「まだ早かったか……」
「うん、でもありがとう。なんとなくだけどわかったよ。レオがエマを好きでも、私がレオを好きでもいいってことでしょ?」
シュヴァリエが私を好きなのはそういう意味ではないけれど、伝わったようだからまあいいか。そういうことにしておこう。
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