公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

文字の大きさ
上 下
16 / 40

16. 魔法……なに?

しおりを挟む
「エマ様ならできると思います」
 シュヴァリエに連れられて宿屋の裏手にある厩の横の広場にやってきた。
「身体の前に両手をかざしていただけますか? こんな風に」
 シュヴァリエは真剣な表情で、両手でボールを受け取るような格好で上半身の前に広げている。
「いったいなんなの?」先に説明して欲しいわ。
「僕の魔力では足りないですが、エマ様ならできるはずなんです」
 魔力?
「僕が魔法弾を打ちますから、受け止めてください」
 は?
「魔法……なに?」魔法弾?
 思わず吹き出した。
 シュヴァリエは私を睨みつけた。
「……見ててください」そう言って近くにあった木に向かって右手を掲げると、手の平から閃光がほとばしり、破裂音と共に木の幹に焦げ跡ができた。
 幹から煙が出ている。近づくと、数センチほどえぐれていた。
「何をしたの?」
「もう一度いきますよ」
 今度は私に手の平を向けている。
「ちょ……」
 まさか木の幹をえぐったさっきのを私に向けているの? 執事のくせに仕える主人に向かって?
「エマ様なら大丈夫」はあ?
 痛っ! 本当にやったわね!
「何をするのよ!」
「そうです! その意気で、両手をこうやって、僕にぶつけてください」
 はあ?
「いきますよ!」また両手を私に向けた。
 またさっきのをやるの? いい加減にしろ!
「そうです!」シュヴァリエの弾んだ声。
 閃光と破裂音はさっきよりも近くだった。というより自分の手から出たような……

「さすがですね。いやー、腹が立つほどの嫉妬を覚えます」
 言葉とは裏腹に声はいつも通り、棒読みのように感情がこもっていない。
「説明してよ!」
「説明? 苦手ですが仕方がない。見たから信じますよね?」
 シュヴァリエは手をかざして、宙に折れた枝を浮かばせる。「魔法ですよ。あの壁抜けの連中を覚えていますか?」枝は折れた部分に自ら戻っていき、木の幹にくっついた。
「ああ、タリアで会った」そんなやつらがいたわね。
「そうです。あれは魔法の名残です。40年前までは世界中で使えていたんですが、竜の魔法で皆それを忘れている」
「何て?」いきなり何を言い出すのだ!
「たまに思い出す人がいて、再現しようとして考え出したのが手品です。魔力がないので魔法にはならない。ですがここウェーデンにまで来ると魔力を帯びるので使えるんですよ。ほら」今度は風をおこして落ち葉を巻き上げた。
 私は目を丸くするだけで言葉が出ない。
「僕はこれが限界です。竜が莫大な魔力を使っているせいで人間が使える分の魔力は残っていないんです。それでも元々の才があればかなりのものを使える」
 シュヴァリエは私を見た。騎士の眼差しだ。
「エマ様はシェストレムの血を引いていらっしゃる。シェストレムの者は今やお母様とエマ様しかおられない」
「祖母や従兄弟がいるわ」
「血をひいていないとダメです」
「なんなの?」
「エマ様の血には竜の血が混じっています」
 はあ? 一体何の話? 血ってどういうこと? ハリエットを助ける話じゃなかったっけ?

「魔力の源である竜の血が入っていらっしゃるので魔法が使えるんです。……前置きはここらへんでいいでしょう。魔法は色々あるのですが、防御魔法の一つに、物体を元の主に跳ね返す技があります」
 シュヴァリエは私が理解しているものとして当然のように説明しているが、全くついていけない……
「つまり、放った魔法弾なりを相手に打ち返すレシーブですね」
 レシーブってなに? 私が理解していないことを悟ったのか、シュヴァリエは説明にならない説明を続ける。
「ブーメランみたいな」
 ますますわからない。
「……まあ、打ち返すわけですよ。それを応用して、紙に書いた文字を書いた本人の元へ戻すこともできるのではないかと」
 紙に書いた文字を書いた本人に……ああ、なるほど。ようやく見えてきた。
「つまり、借用書のサインを描いたのがハリエットではなくアウグスト氏かもしれないから、防御魔法でそれがわかるってこと?」
「ええ」シュヴァリエはいつもの陰気な目つきに戻っている。
 何その反応。ようやく理解したのかみたいな……あんたの説明が下手くそなのよ!
「シュヴァリエだとその魔法が使えないのね? 私ならできるってこと?」
「……ですから、二日以内に使えるように練習しましょう」少し不貞腐れた顔になった。
 いつもの仕返しよ!

 アリシアが目を覚ましたときに不安になるといけないので、私たちはそれ以上長話はせずに部屋へ戻った。

 翌朝は早くから三人で特訓することになった。
 なぜアリシアもいるのかと聞いたら、ウェーデンの者は常に竜の側にいるから他の国の者よりも魔力が強いらしく、アリシアも訓練次第では使えるようになるかもしれないからだとシュヴァリエは言った。それでなくてもアリシアは騎士になるための修行をせがんでいたので、ならば一緒にやろうということだった。

「アリシアは筋がいいね。どんくさいエマ様とは全然違う」
 シュヴァリエはアリシアのことは褒めるくせに、私に対しては必要以上に貶める。
 いったいなんなんだ。腹が立って仕方がない。
「この程度のこと、エマ様ならすぐにできるものと思っていましたが、僕の検討違いだったようですね」こんな台詞ばかりだ。
 アリシアには笑顔を向けるのに、私にはあの陰気な目を向けてばかりなのも気に入らない。

 その日の夕方食事を終えると、未だに食べ続けていているシュヴァリエを置いて、私とアリシアは室内でできる魔法の練習をすために部屋へ戻った。
 アリシアは基礎の基礎である火を召喚する魔法が上手くできずに、少し落ち込んでいた。
 張り合っているわけではないだろうが、私が午前のうちにできるようになっていたから、母を案ずるがゆえの焦りがあるのだろう。

「レオはエマのことが好きなのよ」
 落ち込んで手を休めていたからどうしたのかと思っていたらいきなりそんなことを言い出して驚いた。
 嫉妬かしら?
「アリシアのこと、シュヴァリエはいつも褒めているじゃない? 筋があるのよ」
「褒めているのは下手だからだよ。やる気を失わないようにって気を使ってるからなの。褒めなくてもできるエマには逆に厳しいことを言ってやる気を出させているのよ」
 8歳なのに大人びたことを言う……

「それにレオはエマのことが大事なの。魔法を使えるようになってもらいたいけど、本当は使わせたくないって思ってる。危ない目に遭って欲しくないから」
 アリシアは真剣な目で私を見ている。
「私、レオのことが好き。でもレオはエマが好きなの……」

 それは執事だから、ただ主人に向けている愛着のようなものなのよ。8歳でも恋をするのね。

「人を好きになるのはいいことよ。でも相手の気持ちが自分に向かないからって落ち込む必要はないわ。相手の気持ちは関係ないのよ」
「えっ? 意味わかんない」
「人を愛するのは見返りが欲しいからじゃないでしょ? ただ相手を好きでいるだけでいいのよ。愛し合っている人たちは、たまたまその想いがお互いに通じただけなのよ。好きになってもらえないからって気持ちが冷めるのは本当の愛じゃない」
「……難しいよ」そう言ってアリシアが笑ったので私も笑い返した。
「まだ早かったか……」
「うん、でもありがとう。なんとなくだけどわかったよ。レオがエマを好きでも、私がレオを好きでもいいってことでしょ?」
 シュヴァリエが私を好きなのはそういう意味ではないけれど、伝わったようだからまあいいか。そういうことにしておこう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

悪役令嬢よばわりされたので、その通りにしたいと思います

葵川
恋愛
フェストリア王国の高位貴族の娘で、王太子の婚約者候補であったエマーリィ・ドルシェンナは事故の影響により、自分が王太子から断罪されて落ちぶれる未来を視た。なんとか最悪の未来を回避しようと、見舞いにやってきた幼馴染にある依頼をする。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...