公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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12. 見るも驚く腕の立つ騎士とは誰のことなの?

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 乗ってきた馬車は壊れてしまっていたが馬は無事だったため、私とシュヴァリエは馬に乗って戻ることにした。手足の痛みはすぐに引いてきたので騎馬くらい平気だ。シュヴァリエは二人で一頭にと提案してきたけど、シュヴァリエに抱きついて馬に乗るなんて想像するだけで恥ずかしい。断固として拒否した。

 盗賊は木の幹に縛り付けてきたから警備兵に連絡をするだけにして、その場を後にした。
 馬車を勘違いして追いかけていたわけだが、それにしても賊の馬車だとは思わなかった。人を見たら鬼と思えと言うが、馬車を見たら盗賊と思えということか?
 シュヴァリエに冗談半分でそう言ったら、驚きの言葉が返ってきた。

「シュビーゲルが主犯ですから、その諺通りですね」
 なんだって? どういうこと?
 シュヴァリエは道すがら説明をしてくれた。

 部屋に宿屋の主人が現れて事情を話してくれたので、聞いた側から駆け出ようとしたところ、シュビーゲルが訪ねてきて、もう見つかったからと、心配させないように言いに来たという。
 今の今ではさすがに早過ぎるだろうと返すと、仲間の一人が馬車を見つけたのだが、先に報せだけでもと馬を走らせてきたからだと答えた。戻る途中で令嬢に遭遇したから馬車を拾ってあげたとも言ったらしい。
 シュビーゲルはミス・ヴァロワを行かせる必要はなかったのにと平謝りで、戻ってきたらワインをプレゼントしなければと笑っていたそうだが、部屋を出ていったシュビーゲルの様子をこっそり伺うと、階下へも降りず、部屋へ戻るどころか急ぎ足で裏口へ向かっていったという。
 不審に思って後をつけたシュヴァリエは、宿屋の裏に隠すようにして置いてあった馬車で走り去っていくところを目撃した。
 シュヴァリエが後を追うと、街外れの一軒家に馬車が停まり、シュビーゲルは中へ入っていった。そこで貴族の令嬢を騙して誘拐する計画を聞いたという。特殊な品種のワインなんてものは実在せず、私に飲ませたものは本物の高級ワインだったそうだが、その一本だけで、シュヴァリエにはただ度の強いワインを飲ませて潰しただけだった。

「本来は昨夜決行する予定だったようですが、エマ様が早々に休まれたので今夜にしたそうです」
「シュヴァリエの二日酔いがどれほどだったのかは賭けみたいなものね」
「あれで騙せると思ったのもすごい。計画がザル過ぎます」
「確かに。令嬢が一人で駆け出すなんてよく予想できたわね」
 私じゃなかったら普通は立ち向かわなかっただろう。
「エマ様のことをご存知のようでした。エマ様がタリアで抵抗なさったせいで」
 ん? つまりあの野盗が言いふらしているということ?
「血気盛んな令嬢が……」シュヴァリエは吹き出した。「……いえ、一人で立ち向かう勇敢な貴族令嬢がいるから、簡単に誘拐できるだろうって噂になっているそうですよ」
 こいつ……

 宿屋に戻ってみると、確かにシュビーゲルはいなくなっていた。宿屋の主人は宿泊代も払っていないのにと憤慨していた。一週間は滞在していたらしい。行商人でありながら売りにも出ずにただ宿泊していただけなんて不審に思わなかったのだろうか?

「どうする? その隠れ家に行ってみる?」私は女中のソフィから手当を受けながらシュヴァリエに聞いた。「警備兵に連絡を入れるから、ついでにその隠れ家も通報しようか?」
「そうですね……もう11時ですか……」シュヴァリエは悩んでいる。「夜食の時間ですね……」
 そっちかよ!

 使用人のヴァンサンに頼んで警備兵のところへ向ってもらって、私は部屋に下がった。さすがに疲れたし、血を流したせいで貧血気味だ。シュヴァリエの食事シーンなんて見ていたら吐いてしまいそう。


 目覚めると気分爽快。怪我の痛みはまだあるが、天気も良好で昨夜の嫌な気分はすっかり晴れていた。
 食堂へ下りてまず目にしたのはシュヴァリエの食事シーンだった。夜食を食べているのに朝からこんなにも食べれるのか。うげっ。

 その一時間後、私たちは出発した。
 これからは見知らぬ馬車に近づいたり、一人で行動しないほうがいい。シュヴァリエがいなくても、ヴァンサンやジャン=ポールの二人がついているのだ。使用人だが何でも屋で、力仕事は任せている。私を守るくらいの力はあるだろう。今回のことで過信せず人を頼るべきだと学んだ。

 それよりもシュビーゲルはどうなったのだろう? 警備兵は無事に捕まえられたのだろうか。
 全部嘘だったのかと思うと同情した恥ずかしさがありつつも、不幸な親子は存在していなかったという安堵感はある。
 ということはあのワインは元々存在しているわけで、シュビーゲルの息子じゃなくても作れるものなのだ。探せばどこかにある。ケルマンに来て二度も嫌なことがあったが、食事は美味しいし、良い美酒にも出会えたし、頭に怪我を負ったくらいで終わったのなら満更嫌なことばかりじゃないのかも。あのワインはどこで手に入るのかしら。

 ねえ、シュヴァリエ……
 横に座っているシュヴァリエを見ると、朝っぱらからよだれを垂らして寝こけている。
 全く……私を守るんじゃないの? 今襲われたらどうするのよ?
「シュヴァリエ! 起きなさい!」
 全然起きない。こいつ……
「シュヴァリエ!」

「お嬢様、寝かせてあげてください」御者席の横に座っているヴァンサンがこちらへ振り向いた。
「なんで?」
「シュヴァリエ様は、昨夜寝ておられないのです」
 えっ?
「私が警備兵のところへ赴いた際に後からシュヴァリエ様もいらっしゃいまして、主犯格の隠れ場へ共に行くとおっしゃられたのです。田舎ゆえ警備兵は二名しか駐在しておりませんでしたので、お力になれることがあればと私もお供いたしました」

 そして、シュビーゲルの隠れ家に到着した四人は、既に逃亡した後の空き家を見ることになったそうだが、なぜかシュヴァリエには行き先がわかったらしく、皆に先導して迷いなく馬を進め始めた。
 10分ほどして森の中へと進路がそれ、道とも言えぬ方向へと木や草を分け入りながら進んでいく。闇夜の中、月明かりだけで木の枝や蔦で身体が傷がつき、馬も前進を嫌がったそうだが、ほどなくして焚き火の明かりが見えてきた。20メートルほど手前でシュヴァリエが馬をとめ、警備兵たちもそれに倣った。馬から下りて四方に散らばるように指示を出す。シュビーゲル側は五人で、武器も逃亡用の馬もある。剣を交えることになるのは間違いないと、ヴァンサンは警備兵から一本剣を借り、敵の退路を断つように位置を定めて次の指示を待った。
 そこで私に狙いをつけた理由や杜撰な作戦のことを耳にしたらしい。

 警備兵もヴァンサンも覚悟を決め息を殺して時を待っていたそうだが、剣を振り上げる必要も、敵は逃げる暇もなく全ては一瞬で終わったそうだ。
 シュヴァリエ一人であっという間に相手の戦力を奪い、身動きのできない状態に縛り上げた様子は、まるで魔法のようだったと。
 どういうことかと問うと、瞬きする間に敵の武器は数メートルも彼方に吹き飛び、シュヴァリエがシュビーゲルの喉元に剣を付きたてたかと思えば、いつの間にか敵たちの手に縄がくくられていて、シュヴァリエが手を引くと同時に全員が縛り上げられたという。

 その後全員でシュビーゲル一行を警備兵の駐在所へと引き連れていき、馬車に乗せて街へと護送されたらしい。一件落着である。


 ヴァンサンは酔っ払っていたのか、頭をぶつけでもしたのだろうか? ヴァンサンの話がそのまま通りだったのなら、見てみないことには理解ができないような話だ。

「シュヴァリエ様は本物の騎士です。エドワード様に師事している執事仲間だと思って接しておりましたが、私とは程度が段違いでした。指示も的確でいらっしゃいましたし、警備兵たちも慄くような闇夜の森でも躊躇なくお進みする姿はご立派でした。それにお一人で武装した多勢に立ち向かわれる勇気も持っていらっしゃる。シュヴァリエ様が少佐と呼ばれていたという真しやかなお噂は事実であったと、この目で見て確信いたしました」

 確かに私もシュヴァリエに助けられたし、少佐であることも間違いないようだけど……そこまで言われるほどの騎士なのだろうか。

 私の横でよだれを垂らして寝こけている姿を見ていると、剣を握っているときのシュヴァリエと同じ人物だと思えない。
 あんたは陰気な執事なのか、精悍な騎士なのか、どっちなのよ!
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