公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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6. 執事なら公爵令嬢の決定に従いなさい

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 駅馬車を利用して一日に進める距離は50キロ程度。乗り継ぎがてら食事休憩を取り、夜は宿屋に泊まる、そんな旅程を十日ほど繰り返し、今日中にもタリアを出られるだろうところにまで到達した。初日に揉め事はあったにせよ、それ以外は平穏無事と言ってよい旅路だ。

 宿屋の食堂で朝食をとっていたときに、フランソワが相談をもちかけてきた。
「ランスを通ると遠回りになりますが、道は舗装されていて駅馬車もあり快適です。ケルマンに入る方向は最短距離ではありますが、閉鎖的な国ですから、異国の人間に対して友好的にしてくれるとは思えません」
 悩みどころだ……シュヴァリエの考えを聞いてみよう。
「シュヴァリエはどちらがいいと思う?」
「急ぎの旅ではありませんから、安全な方を選びたい。ランスを通りましょう」シュヴァリエだけまだ食べている。
 うーん……
「フランソワは?」
「遠回りと言っても100キロと変わらないでしょう。ランスの方が安全かと……」
 うーん……
 ケルマンは隣国だが少し鎖国的で、旅行へはもちろん外遊する者も避ける国だ。
 ケルマンを越えた先にあるチャコやホーランドへ行くときも、わざわざ遠回りをして海路かタリア経由で行くほどだ。
 しかし、だからこそ興味がある。これを逃せば行く機会などないかもしれない。

「親戚がケルマンにおりますが、最近はそこまで非友好的な空気はないそうですよ。旅行者も増えているそうです」
 侍女のアンナだ。そうか、アンナはケルマン系のランス人だった。
「アンナ、あなたの親戚はどこに住んでいるの?」
「首都のルリンです」
「ルリンまで行く必要はありません!」フランソワが割って入る。「それこそ不要な遠回りです!」
 うーん……

「エマ様! あなたのお考えはわかりますよ。ただの興味本位でしょう? あなたの好奇心で面倒なことになったのをお忘れですか?」シュヴァリエが呆れたような声でたしなめる。
「大したことしてないわ。旅芸人の正体を暴いただけじゃない」
 しかも暴いたのはシュヴァリエ、お前だ。私は壁に近寄っただけよ。
「見世物は騙してなんぼです。あんなことをしてはいけなかったのです」
 執事のくせに主人に向かって偉そうなことを言っている。しかもパスタを頬張りながらだ。その代金を払っているのは私だぞ。

 そうよ! 私が払っている。これは私のための旅だ。私が旅路を決めて何が悪い!

「ケルマン経由にしましょう! さっさと旅を終える方が安全だわ!」
 私の有無を言わさぬ決定に、フランソワとシュヴァリエは目を合わせて諦念のため息を付いた。

 半日駅馬車に揺られた後、警備兵に旅券をチェックしてもらうために国境のある駅で私たちは降りた。
 そこを過ぎればケルマンだ。国境を越えたところで景色の変化があるわけではないが、初めてケルマンの地を踏んだという興奮は多少あった。

 ケルマン側の駅に向かうと、確かに駅馬車はなく、普通の四輪馬車しかないようだった。
 既に陽は傾き始めているため、宿屋を探さなければならない。二台に分乗して近くの街まで向ってもらうことにした。
 御者が言うには、街まで行かずとも近くにいい宿屋があるらしい。多少値は張るが安全で快適な宿だと勧めてくれた。
 初めて訪れた国の宿屋ならば、高級な方が安心できるだろうとのシュヴァリエの一声で、そこへ向かうことに決めた。

 街から離れてゆっくり保養できることが売りで、休暇を過ごす貴族に人気がある宿屋らしい。
 宿屋に到着してみると、確かに貴族に受けそうな豪奢なつくりだった。しかも宿屋の中に部屋が個別にあるのではなく、部屋自体が個別の建物として分かれているそうで、母屋を中心に二階建ての別邸が数多く立ち並んでいた。
 ちょうど一つ空きが出たタイミングだったようで、全員が寝れるだけの広さの邸を借りることができた。
 別料金で食事を運ばせることもできるが、店主のいる母屋に食堂があり、基本的にはそこを利用するのだそうだ。着いた頃にちょうど夕食時だったので、私たちは食堂に腰を落ち着けた。

「このヴルストという料理は最高ですね」
 シュヴァリエは目の前に並んだご馳走にご満悦な様子で、珍しく笑顔になっている。
「ワインは我が国が一番ですが、このビールというものもなかなかいいですな」フランソワは酒好きだ。
 確かに自国が一番だが、この国の料理も悪くない。この豚肉を煮込んだ料理はかなりいける!
「それはアイスバイン、この揚げたものはシェニッツェル」シュヴァリエがもぐつきながら説明した。
「食べながら喋らないでよ。……それよりなんであんたはケルマンの言葉を喋れるの? さすがの私でもこの国の言葉は学んでいないのに」
「……必要の可能性は全て習得しておくものです」
 シュヴァリエは会話中でも食事の手を止めるつもりはないようだ。目の前の席にいるから唾でも飛ばされたら不快だ。もう話しかけないでおこう。
「アンナ、久しぶりのケルマン料理はどう?」侍女のアンナに話を振ってみる。
「ええ、美味しいです。ケルマンへ来たのは10年ぶりになりますので、懐かしい味を楽しんでいます。ありがとうございます」
 使用人でも旅の仲間だ。笑顔を見れるのは嬉しい。

 他の面々も舌にも合ったようで、自国やタリアとは違う美味しさに興奮した様子でケルマン料理を次々と平らげている。
 ここは貴族が利用する宿屋だから、料理人の腕が特に立つこともあるだろうけど、初めて訪れた国での最初の食事が美味しいというのは、その国の印象を良いものにする。
 私たちは、鎖国的だからと避けないで訪れてみて良かったと口々に言いながら、素晴らしい宵を過ごしていた。

 翌朝食堂へ顔を出すと、席は閑散としていて昨夜の賑わいはなかった。私たちの他に四人がけのテーブルを占めている男女四人と、老夫婦らしき二人がいるたけだった。
 店主によれば、まだ起きてくるには早い時刻だからだと言う。
 私たちランスの人間は朝が早いが、ケルマン人は遅いということか。文化の違いが垣間見える。

 朝食が運ばれてきたので、早速いただくことにする。フランソワは早くから起き出して散歩をしてきたらしく、その空腹っぷりが目に見える。シュヴァリエは相変わらずだ。その身体のどこにそんな量を消費する必要があるのというのか。中年になったら丸々と太るであろう。
「朝からよく食べるわね。あんたの食べっぷりを見ているだけで食欲がなくなるわ」
「もったいない! それじゃあ、これもらってもいいですか?」
 シュヴァリエは私の前に置かれた皿を自分の方へ引き寄せた。
「……いいけど」
 私はコーヒーに口をつけるだけにしておこう。

 そのときテーブルを囲んでいた男女四人の会話が耳に飛び込んだ。
「ミス・マリアンの体調が良いのであれば、今日は丘の方へ行ってみない? 散歩はお腹の赤ちゃんにもいいのよ」
「そうね。天気もいいし、部屋にこもっていてばかりいるのも良くないわ」
「ねぇクリスチャン、コンティ公爵とゴルフになんて行かないで、私たちとにハイキングに行きましょう」
「ああ、いいよ。なあトリスターノ、そうしよう」
「そうだね。マリアンの体調がいいようなら」
「よかった! 決まりね!」

 まさかと思って何気ないふりをしながら見てみると、そのまさかだった。
 タリアで婚約していたコンティ公爵と、彼が孕ませて結婚することになったマリアン・イヴレーアだ。
 なぜこんなところに!
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