公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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4. いちいち癪に触る男ね!

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 追いついた二台目の馬車と共に森の中を進んだ。
 思ったよりも深くなかったようですぐに森を抜けることができたばかりか、その先には集落どころではない規模の街があった。
 夜も遅い時刻だったが街はまだ賑わいを見せており、宿屋も空いていて、無事に今夜の寝床を確保することができた。
 宿屋の一階には食堂があったため、夕食をとることにしたのだが、フランソワは疲れ切った様子で、着くとすぐにに部屋へ下がった。

「フランソワ様は心優しい方ですから、野盗に襲われて堪えたのでしょう」シュヴァリエがメニューを読みながら言った。
「あとで気づけ薬でもお部屋へお持ちしますわ」私の乳母でもあった侍女のソフィである。誰にでも親切で気配りのできる自慢の侍女だ。
「明日の旅程は一日延期いたしますか?」御者も兼ねている使用人のジャン=ポールだは、抜けたところのあるフランソワをいつも助けてくれる。
「明日の朝起きてこられたフランソワ様のご様子を見て考えましょう」シュヴァリエは届いた料理を頬張り始めた。
「シュヴァリエ様はお強いのですね」御者兼使用人のヴァンサンだ。強い者に憧れがあるようで、確か彼もエドワードから指南を受けている。
「いえ。ただの執事ですよ」シュヴァリエ! 食べながら喋らないで欲しいわ。
「まるでエドワード様のようでしたわ」侍女のアンナはまだ若いからエドワードとの格の違いがわからないのね。
 確かに私も驚いたけど、エドワードだったら私が捕まる前に倒していたはずよ……たぶん。

 私は気にかかっていたことをシュヴァリエに聞いた。
「そう言えば王太子殿下の友人だと言って晩餐の席にいたじゃない?」
 初対面のときは気がつかなかったが、昨夜助けてもらったときに思い出したのだ。──シュヴァリエ少佐と名乗っていたことを。
「……よく覚えていらっしゃいますね。会話をするどころか目も合わせなかったと思いますが」
「人の顔と名前は覚えるの。使用人にも驚かれるわ」
「それにしては農夫の正体にお気づきになられるのが遅れたようでしたが」
 なんてことを! いちいち癇に障る言い方をする。

 何? 何やら店内が騒がしくなった。食堂の反対側の隅に賑やかしい集団がいる。

 そこへ視線を向けると、シュヴァリエが言った。
「まやかしですよ。お遊びです」
「何?」
「魔法を模した手品です」
「手品? なにそれ」
 シュヴァリエは呆れた顔でため息をついた。主人にため息をつくなんて、なんたる態度だ。
「ご覧になられた方が早いと思います」
 そう言って立ち上がった。手品というものが気になったので私も後に続く。

 八人ほどの客が、男性の座るテーブルを取り囲んでいる。
 男性は手にコインを持っていて、手の平を広げたままその上でくるくると転がして見せる。コインは自らが意思を持っているかのように動いた。コインを握り、テーブルの上へ拳を置く。そのコインがいつの間にやら客の胸ポケットに入っているというものだった。
 コインならば何枚も同じものがあるだろうと客の一人が言って、それなら誰かの持ち物でやって見せると返す。女性客が指輪を手渡すと、同じようにして客のズボンのポケットから取り出して見せた。
 大したものではない。拳を握ったときにもう片方の手でポケットに入れているだけだ。客は拳に視線を集めているから、まるで宙を移動したかのように見える。

 しかし次の手品はわからなかった。
 空になったジョッキを逆さまにしてテーブルの上へ置き、その上に客の懐中時計を乗せる。
 男が手を上に被せた途端に、時計がテーブルに落ちた音がして、手をどけると実際にジョッキの中に入っていた。

 うーん……シュヴァリエはわかったかな?
 私がシュヴァリエの方へ振り向こうとしたとき、男が言った。

「明日はこれを人間でやる」懐中時計を客に返している。
「どういうことだ?」客の一人が聞いた。
「午前10時に銅像のある広場へ来い。広場を囲うレンガの壁を俺が通り抜ける」
 えっ? そんなことができるの? ねえ、シュヴァリエ!
 シュヴァリエは興味がなさそうな様子で壁の方を向いていて、男も客も見ていなかった。
 客は男に説明を求めて質問を浴びせていたが、男は酒を飲みに来たんだと返して何も答えず、客の一人と飲み始めた。手品は終わったようだ。

 私たちは席に戻る。
「レンガの壁を通り抜けるってどういうこと?」私はシュヴァリエに聞いた。
「さあ。それよりここのパスタは美味いですね。ペスカトーレというのも頼んでみてもいいですか?」シュヴァリエは手品よりも食い気のようで、壁に貼られたメニューを指で差している。さっき見ていたのはそれか。
「……よく食べるわね。何皿食べるのよ」
「まだ腹八分目にもいっていません」
 こいつがいると食費でお金がなくなりそう……

 翌朝、シュヴァリエは朝食を終えたらすぐに出発をすると言った。
 宿屋の前には既に荷物の積み込みが済んだ馬車が準備されている。
「あの壁を抜ける手品を見に行きたいわ」
 それくらいいいでしょ?
「そんな暇はありません」シュヴァリエは断固とした口調だ。
「なんでよ」
 そこへフランソワがやってきた。
「エマ様、明るいうちに次の宿屋へ向かった方がよろしいかと思います。また昨夜のようなことになるのはその……」フランソワは俯いた。
 確かにこのフランソワを再びあのような目に遭わせるのは可哀想だ。早めに出発した方がいい。

「広場で決闘だぞ! 相手は銃だ!」
 何やら食堂が騒がしい。
「銃ってなんだ?」「鉄砲だよ。ピストルだ」「しらねー!」「最近出回っている新しい武器だ!」

 銃? ピストル? なんだろう?
 でも関係ないことだ。出発しよう……
 馬車に乗り込もうとしてフランソワの方を見ると、フランソワは丸い目を街道の先を向けている。フランソワの視線の先を追うと……シュヴァリエ?

 どこへ行く! そっちは広場の方向だ。見に行く暇はないと言ったのはお前だろう?

 使用人たちに馬車で待っていてもらって、私はシュヴァリエの後を追った。500メートルくらいだから馬車を使う必要はないし、この人混みではむしろ遅くなる。
 広場へ着くと、やはりシュヴァリエは来ていた。

「何をしているの?」
 私のその声でシュヴァリエは肩を震わせた。エドワードの弟子なら気配にくらい気が付きなさいよ。
「あの……銃が……」
 銃? ああ……

 宿屋の食堂から聞こえてきた会話の通り、確かに広場で決闘をしていた。
 一人は細身の剣を構えているが、もう一人は剣ではなく奇妙なものを握っている。アルファベットのLの字に似た形の鉄製の物を、剣士に向けている。大きな破裂音がした後に、先から薄っすらと白い煙が立ち上った。
 剣士がよろめいた。近づいてもいないのに腕から血を流している。
「卑怯だ!」「あれはなんだ?」「銃はだめだ! 剣なら剣で戦え!」
 30人ほどの野次馬が口々に叫んでいる。

「うるせー! 相手も了承済みだ。俺は剣なんぞ扱えねえ、それでもいいって向こうが言ったんだ」銃を持った男が怒鳴った。
 もう一度破裂音。
 剣士は足から血を流して膝をついた。剣を地面に落とし、持っていない方の手を降参したと訴えるように上にあげた。

「凄い。あのスピードは驚異ですね」
 脅威? 確かに。あのスピードに立ち向かうのは難しい。エドワードでも無理かもしれない。

「銃って言ってたわね。シュヴァリエは知っているの?」
「ええ。話には聞いていましたが、実際に目にしたのは初めてです。これから広まると思いますから、実物を見てみたかった」
 あんなものが? あんなものを向けられたらどう対処すればいいのかしら……

「さあ行きましょう」満足げな笑みを浮かべて、シュヴァリエは宿の方へ身体を反転させた。
 私はそれを押し留め、前に立ちはだかる。「もうあと15分もないから」
「……何がですか?」
 私はレンガの壁を指で差す。
「ああ……」
 シュヴァリエは陰気な顔で肩を落とした。
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