公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創

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3. 執事じゃない方の弟子ってどういうこと?

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 出立の朝、エドワードが一人の若者を連れてきた。
「弟子のレオ・シュヴァリエです」
 エドワードが紹介をしても俯いたままで挨拶もしない。これが執事の態度なの?
「レオ!」
 エドワードが声を荒げると、しぶしぶと言った態度でシュヴァリエが顔を上げた。
「シュヴァリエです。よろしくお願い致します」
 髪も目も真っ暗で、目つきが悪く陰気臭い。中肉中背だが背丈は私と変わらず、どちらかと言えば細身で頼りなく見える。

「こんなんで執事が務まるの?」思わず口をついて出た。
「ご説明が不十分で申し訳ありません。一応執事として使ってくださっても構わぬように教育はしておりますが、弟子というのは執事のではありません。旦那様から五名ほど使用人をお付けするようにと申し受けましたので、私の方でそちらも選んでおきましたが、レオは私が特別に連れてきた者です」
「つまりどういうこと?」
 エドワードの説明はいつも回りくどい。
「レオは、執事ではない方の弟子です」
「だからどういう意味よ!」

 その答えを聞かないままの出発となった。父が玄関口に出てきて私を見送るために声をかけてきたからだ。
 父との別れは悲しくもなんともなかったが、エドワードとの別れは耐え難かった。
 再びこの地を訪れるときは父ではなくエドワードに会いに来るわ。

 私は五人の使用人とシュヴァリエと共に、二台の馬車に分乗して自邸を出発した。

 タリアに来てまだ半年と経っていない私たちは土地勘がないため、道行く人を捕まえて案内を請いながら進んでいたが、埒が明かなくなってきたので人を雇うことにした。長旅では父もそうしていたからだ。
 使用人の中でも古参で、エドワードの次に信頼を置いているフランソワに案内人探しを頼んだら、連れてきたのは農夫だった。
 土地を離れてもいいのかと聞くと、干ばつで仕事がないからありがたいと言うのでそれならばと雇ったのだが、案内人として心許ない農夫だった。集落に立ち寄っても馬を休ませたり食事を取るだけで、一向に宿屋を探そうとしない。もう日が沈み始めたというのにこの調子では野宿になりかねない。
 見知らぬ農夫と直接口を聞くのは躊躇われたためフランソワを介して会話をしていたのだが、片言でしかタリアの言葉を使えないフランソワでは、通じていないのかもしれないと不安になった。

 視界に映るのは畑や牧草ばかり。
 私はタリアの言葉を使えるので、フランソワを通さずに直接話す方が早いと判断して、馬車を止めて御者の横に座っていた農夫に声をかけた。
「宿屋はどうするの? 道は合っているんでしょうね?」
「これはこれはご令嬢自らお声をかけてくださるとは」
 その声!
「もうほんの1キロ先でしたが、まあいいでしょう」農夫は言うが早いか御者を突き飛ばした。

 突き飛ばすときに手綱を奪ったのか、農夫の捌きで馬はいななき駆け出した。私は農夫に腕を取られ、引きずられる形で連れて行かれた。
 いきなりのことで戸惑ったのか、二台目の馬車は追いかけもせずに停車したままだ。
 使用人は御者も兼ねているので、二台目にはシュヴァリエと他三名が、こちらは御者以外に私とフランソワしか乗っていない。
 
 御者は突き飛ばされたため、味方は私とフランソワだけになった馬車は、畑から森の中へと進んでいく。
 またか……
 闇夜に森の中……イヴレーア邸へ向かう途中で襲われた手口と同じだ。それがこの野盗の定法か。1キロ先がどうのと言っていたから、森に仲間が潜んでいるのだろう。
 私を恨んでこの機会を待っていたらしい。私が負わせた傷も治っていないだろうに勤勉なやつらだ。

 ……何人いるんだろう。以前は三人だったが、増員しているかもしれない。逃げたところで地の利は向こうにあるし、何よりフランソワは逃げ切れない。あのあとエドワードに多人数を相手にした戦い方を教わったから反撃の方法はいくつか思いつく。私一人で対処する以外にないのだから決意を固めよう。

 剣はこの御者席にあるから、隙を見て取り出せばいい。二度と繰り返させないように徹底的に打ちのめしてやる。

 そう考えていると、1キロほど進んだところで馬車は停車し、農夫は私の腕をようやく離した。
 私は停車する瞬間を見定めて、御者席にあるはずの剣を探して弄っていたのだが、見当たらない。既に農夫もニヤニヤとしながら降りて来ているのに、それでも見つからない。
 仕方がない! 短刀で……それもない! 身につけていたはずなのにいつの間に……

 農夫はのんびりと言えるほどに落ち着いた様子で私に近づいてくる。
「剣なんて何キロも前に捨てましたよ。短刀は数百メートルほど前だから探せばあるかもしれないですがね」

 バレていたのか!

 後ろを振り返ると、木の間から何人もの気配がする。
 ランプの灯りだけなので薄暗いが、それでも10人は越えていることがわかった。

 フランソワは父より年が上だし、エドワードのような真似をできる執事ではない。

「エマお嬢様は国を出られるそうですから、お父様からたっぷりとお金を持たされたことでしょう」
 農夫は私に近寄ってくる。そのニヤニヤとした笑みをやめろ!
「馬車を壊しても構わないが、使えるものを壊すのは忍びない。エマお嬢様が手渡してくれると、そんな無駄なことをせずに済むんだが」

「お前たちに渡す金などない!」

「金どころか命がかかっているんだぞ?」
 私は森に潜んでいた十人の野盗に囲まれた。両腕を捕まれ、首にも手が巻き付いて身動きが取れない。
「あのときは強請ゆするために生かそうとして油断してしまったが、今回は既に親元を離れている。手持ちの金だけで我慢することにしよう」
 私は精一杯の力を込めて身体の重心を後に倒した。しかしびくともしない。
「無駄なあがきはよせ。一人の力なら抜けられても五人はさすがに無理だ」
 剣が振り上げられた。下ろされたら死か、それでなくても重傷だ。

 ……エドワード!

 剣が振り下ろされ、剣の影で眼前が暗くなった──もうダメだ! 終わりだ!

 死んでしまった! ……あれ?
 死んでもいないし痛くもない。
 目の前に現れた影が消えた瞬間に農夫が崩れ落ちる。右腕、左腕、そして首元に巻き付いて押さえられていた腕が力なく離れていく……
 手足が動くし、周りを見ても誰もいない。
 足元を見ると、何人もの男が倒れている。

 なんだ?

「ご無事ですか?」

 え?
 目の前に突然シュヴァリエが現れた。
 手に持っている剣から雫がたっている。赤い雫が……

 シュヴァリエがやったの?

「エマ様? お怪我はありませんか?」
 シュヴァリエは私の顔を覗き込んだ。
「どこにも怪我なんてないわ」私は目を逸らす。
 レディにそんなに近寄るな!
「歩けますか?」
 歩けるに決まってるでしょ! 私を誰だと思っているの? エドワードを師にして鍛えているのよ……

 エドワード……シュヴァリエはエドワードの弟子だ。
 執事じゃない方の弟子というのは──

「では馬車に乗りましょう。フランソワ様も心配なさっていらっしゃるはずです」
 馬車の前で立ち止まったシュヴァリエが私に片手を差し出した。

 驚いて思わずシュヴァリエの顔を見ると、目が合った。

 そこには陰気な顔をした執事ではなく、立派な顔つきの騎士が立っていた。
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