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時は短し、恋せよ伯爵

㉓宴もたけなわ

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 サンドリーヌは舞踏会を楽しめる気分ではなくなっていたため、テラスから戻るとリヴェット公爵夫人に辞去の挨拶をした。
 一人で馬車へ向かって玄関口からポーチを歩いていたとき、アルトワ伯爵とアランの二人に遭遇した。

「ミス・カンブルラン、もう帰宅なさるのですか?」
 アランが声をかけてきた。

「えぇ」
 サンドリーヌは先程ピエールから聞いた話を思い出して、顔を赤くした。

「それはいけない! ミス・カンブルラン、私と一曲踊ってから帰ることにしなさい」
 アルトワ伯爵が陽気に声をかけた。

「いえ、その」

「殿下、ミス・カンブルランはお加減が悪いのかもしれません」

「加減が悪いのならそもそもここへは来ないだろう。気分の問題だ。さあ、ミス・カンブルラン!」
 そう言ってアルトワ伯爵はサンドリーヌの前に自身の腕を差し出した。

 サンドリーヌは言われるがままにその腕を取り、今来たばかりの道を戻ることになった。

「まぁ、アルトワ伯爵! ベルタン公爵もごきげんよう。ミス・カンブルラン、お戻りになられたの? それは嬉しいわ」
 リヴェット公爵夫人が出迎えた。

「公爵夫人、本日はお招きいただきありがとうございます」
 アルトワ伯爵が笑顔でそう言うと、リヴェット公爵夫人の手を取って口に近づけた。

「アルトワ伯爵がいらっしゃってからが本番ですわ。さあさあどうぞ」

 広間の中央の方へ案内されたアルトワ伯爵とサンドリーヌは、音楽の開始と共にダンスを始めた。

 客たちは噂の二人が踊り始めたのを見て、皆一様に踊るのをやめ、二人の姿を見守ることにした。

「アルトワ伯爵のあの顔をご覧になって! ミス・カンブルランに向けられてらっしゃるあのお優しい目」
「えぇ、あのお噂はやはりただの噂でしかなかったのですわ。あんなに愛おしそうにご覧になられて」
「ミス・カンブルランの火照ったお顔も可愛らしいわ。愛する方を前にして嬉しそうでいらっしゃる。先程シャイン伯爵様と踊られた時は沈んでおられたのに」
「アルトワ伯爵は本当にミス・カンブルランを愛していらっしゃるのよ」
「カモフラージュで選ばれたわけではなさそうよ」
「本当に愛し合っていらっしゃるんだわ」
 貴族たちは二人の様子を観察して、口々にその観察結果を述べ始めた。

「ベルタン侯爵のあの愉快そうなお顔」
「ベルタン侯爵とアルトワ伯爵が友人以上のご関係になられているとおっしゃったのはどなた? あのお顔を見れば事実ではないことくらいすぐにわかりますわ」
「ベルタン侯爵がアルトワ伯爵を愛していらっしゃるのなら、あんなお顔で婚約者様とのダンスを見ていられるはずがないもの」
 アランも噂の的から逃れることはできず、皆にじっくりと観察されていた。



 アランはアルトワ伯爵に対して含みのない純粋な友情を感じていた。

 アルトワ伯爵と親しくするようになりその人柄に触れたことで、サンドリーヌに抱いていた淡い想いなど簡単に吹き飛んでしまった。
 高貴な身分でありながら地方貴族である自分に対してこんなにも親切にしてくださる方であれば、心優しい素晴らしい方に違いないと彼を評価し、サンドリーヌに対するほのかな愛情に負けないくらいに、アルトワ伯爵に好意を抱いていた。

 アランが二人を見つめる眼差しには、何の曇りも邪気もない、心からの喜びが宿っていた。
 好意を感じている二人が婚約者としてダンスをしている。それを讃えずに他に何ができようか。
 アランは心からの祝福を二人に向けて、舞踏会の華やかさと賑やさを楽しんでいた。




 アルトワ伯爵は、自分の性的指向が噂に上っていると報告を受けたことから、それを否定するには求婚した娘を心から愛していると皆に知らしめる以外にないと考えていた。
 サンドリーヌが舞踏会から帰ろうとしていたとき、無理に呼び止めたのはそれを実行しようとしたからだった。
 サンドリーヌを側に置いて愛する娘として扱ってみせれば、これまでの噂も多少は下火になるだろう。

 アランの耳に入る前に噂の火を消してしまわねばならない。
 アランから片時も離れぬようにして毎晩誘いをかけているのも、毎日その顔を見たいというのはもちろんだが、女性ではなく男性を愛する指向を知られないようにするためであることが一番の理由だった。

 アランに想いを告げることはできない。彼の笑顔を失うなど、想像するだけでも耐えられない。彼の笑顔を失わずに済むのならいくらでもこの想いを隠してみせよう。
 アルトワ伯爵はそう考えて、どんなことにでも耐え抜く決意を固めていた。
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