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その溺愛は僕も

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 生田は男性を相手にするのは初めてのことだったから、何をどうすればいいのかの知識は何もなかった。しかし、あまりにも久世を求め続けていたため冷静に考える頭はなく、ただ本能のおもむくままに任せた。
 ただそれは、久世が満足なのかを案じることもせず、ただ一方的に自分の欲望をぶつけただけだった。
 そのため終わった後は満足感と共に罪悪感にも襲われて、久世の顔をまともに見ることができなかった。

 終わってすぐにシャワールームへと断りもなく入った。
 未だに鳴り止まぬ心臓を抑えようとして、冷水を浴びる。

 透は好きだと言ってくれたのに、僕は怒りに駆られたようにして、ただ自分を満たしただけだ。

 その後悔が生田を苛み、しばらくシャワールームから出ることができないでいた。

 その時、はだけた衣類をそのままに、久世が無言で立ち入って来た。
 久世は俯いていて表情は読み取れない。

 生田はそれに気が付かない振りをしながら、久世の反応を待った。
 久世は無言のまま衣服を全て脱ぐと、生田のいる狭いシャワールームへ伏し目がちに入ってきた。

 そしておずおずとしながら、生田を後ろからそっと抱き締めた。
 生田はそれを受けて振り向き、久世にキスをした。

 唇を離して見た久世の顔は真っ赤に染まっていた。あの泣き濡れた子犬のような目で、伺うようにこちらを見ている。

 久世の表情と行動で、久世が自分を責めていないことを理解した生田は安堵した。そしてその喜びを表現するかのように、再びキスをしながら狭いシャワールームの壁に久世を押し付けると、そのまま床へと身体を下がらせた。

「透、大好きだ」
 久世を座らせた生田は、上から久世を抱えるようにして、顔に首にとキスの雨を降らせる。

「僕以外に誰もいないと言ってくれた透の言葉を信じる。僕も透だけだ」

 言いながら何度も久世を抱き寄せてはキスをした。

「ああ、大好きだ。こんなに愛した人は他にいない。透以外何も要らない」

 その言葉に感激をした久世は、生田の身体に腕を回して胸に顔をうずめた。




 お昼頃になって、ベッドの上で生田は目を覚ました。
 目の前にある愛する男の顔を見て、昨夜のことを思い出すと、気恥ずかしさと同時に幸福な気持ちになった。女性と何度も同じベッドで朝を迎えたが、こんな気持ちを抱いたことはない。

 昨夜の激情が嘘のように穏やかな目覚めに、愛する男と共に心地よいシーツに包まれて、夢と現実との境い目を浮遊する。
 愛する男の隣で目覚めるというのは、なんと贅沢なことなんだ。
 久世とは友人のときに何度も寝食を共にしたが、久世より先に生田が目覚めたのは初めてのことだった。久世は自分のことをこんな気持ちで眺めていたのかもしれない、そう考えると嬉しい気持ちになった。

 しばらく生田は笑みを浮かべて久世の寝顔を眺めていた。
 ソッと髪に触れたり、手を握ろうとしたり、起きない程度にいたずらする。
 触れないギリギリのところでキスをしたときに、思わず久世の唇に触れてしまう。
 その行動で久世を起こしてしまったようで、久世は目を開けた。
 それならば、と生田は今度はちゃんとしたキスをした。久世が生田の首に腕を回す。しばらくそのまま抱き合った。


 二人は久世家の住み込みの女中が運んできた朝食兼昼食を取るために、リビングの方へと向かった。
 想いが成就した久世は、まともに生田の顔を見ることができないようで、二度も触れ合ったというのに恥ずかしさで未だに顔を赤らめている。
 対して生田は、久世が自分の強引な行為を受け止めてくれたばかりか、むしろ喜んでくれたことに安堵をして、浮足立っているほどだった。

「美味い。さすが久世家の料理人」

 食事は和食で、以前生田が久世にもてなした手料理に近い献立である。

「いや、雅紀の料理の方が美味い」

「それはいわゆる愛情という調味料の違いだろ。他の人が食べたらそんなことない」

「いや、雅紀の方が美味い」

 久世が必死な顔をして言うものだから、この話題は負けたとばかりに生田は笑顔になり、話題を変える。

「わかったわかった、それよりあのベッドは寝心地は良かったけどちょっといやらしすぎるな。僕以外は入れちゃだめからな」

「……ああ」

「あー、落ち着かない。こんなに魅力的な男を一人にしておいたら危ないなあ。僕が側にいない時に誰かに声をかけられるかと思うと気が気でない」

「誰も声などかけない。俺の方が落ち着かない。戻れば友人もたくさんいるだろう」

「そんなの全然。戻ってからだって毎日一人だったんだ。透は自分の魅力を自覚して欲しいな」

 久世は返答に困って言葉が出ない。
 生田はその久世を見て笑った。

「その顔は自覚してるな。僕は今日帰るけど浮気しちゃダメだからな。西園寺さんが帰国してもついていくなよ」

 生田が西園寺の名前を出したときに、これまでとは違って冗談めいた響きがあったことで、久世は泳がせていた視線を生田に向けた。

 生田は久世の視線を受けて、笑みを大きくした。
「僕は透を信じるよ。もう疑わない。好きな人を疑っていたって始まらない。そんなことよりも、二人のことを考えよう」

 久世はその言葉に微笑んだ。




 三度の奇遇から始まったこの恋は、めでたく成就した。
 生田は恋に落とされたと思ったが、そのじつ最初から互いに落ちていたのだ。

 他人のことを気にかけたことのない生田が、初めて相手の心を求めた。その想いが叶ったとき、今まで感じたことがないほどの喜びを覚えた。
 真っ直ぐに愛することの喜びと、それと同じ愛を相手が向けてくれる喜びに勝る幸福はないと知った。

 生田は愛する男を前にして、心の底からその幸福を噛み締めていた。
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