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元カノがいるなら元カレもいる
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生田と久世は宏紀に見送られてタクシーで青森空港へと向かった。
一緒に帰るとは言ってもここでお別れである。
久世はチケットカウンターを前にしてどうするべきかを決めかねて焦っていた。
生田と同じ飛行機に乗って自宅まで見送ろうか。しかし友人としては不自然だ。理由がない。どう説明すれば不審に思われず同じ飛行機に乗れるだろうか。いや、無理だ。どう考えてもおかしい。ここは諦めるしか……
「透、どうした?」
眉間に皺を寄せて考え込んでいる様子の久世を案じて生田は声をかけた。
「……なんでもない」
「そう? あ、チケット買った。僕の方が早いみたいだ。透は? チケット買った?」
そう生田が言ったとき、久世は聞き覚えのある声を突然耳にした。
「あれ? 透か? まさか!」
声のする方へ振り向くと、高校の時からの知人だった。五人ほどの友人らしき同年代の男女と共にチケットカウンターから少し離れた場所に立っている。
「何してる? こんなとこで会うかぁ?」
目を合わせたのに返事もせず、慌てた素振りで俯いた久世を見たその男性は、友人の輪の中から出てこちらへ向かってきた。
「久世の友達? こんにちは。西園寺です」
「生田です」
西園寺の異様な雰囲気に呑まれた生田は、顔を強張らせながら答える。
「ほう、さすが可愛い子を連れてるな」
西園寺は生田の全身をなめ回すように見た。
背の高い久世よりもさらに背の高い西園寺は、鍛えている久世以上の体格だった。ハーフのような彫りの深い顔立ちと合わせると外国のアスリート選手のように見える。
西園寺は久世の肩を抱いて軽く揺すった。
「おい透、無視するな! なぜこんなところにいる。俺は仲間と日本一周してるところだ。キャンピングカーでな。これが意外と楽しい。で、仲間の一人が体調崩したから飛行機で帰すためにここに寄った。透は?」
「東京に帰るところだ」
「そこの可愛い子と?」
「悠輔!」
久世が声を荒げた。
「あーーー、……そう」
西園寺は久世に答えながらも生田をニヤニヤとした顔で見ている。
居心地の悪さを感じた生田は、西園寺とは視線を合わせずに空港の表示板を見上げた。
「透、僕はそろそろ行かなきゃ」
生田が搭乗口の方向を確認しながら言う。
「悪い、雅紀。おい悠輔、離してくれ」
西園寺はまだ久世の肩をがっしりと掴んでいる。
「なぜだ? 東京へ行く飛行機はまだだろ」
「悠輔!」
久世が抵抗するが、西園寺は笑みを浮かべたまま離そうとしない。
「逃げるなよ。久しぶりに会ったんだ。行くのは生田くんだけだろ?」
西園寺が生田の方を見て言ったので、生田がそれに答えた。
「そうですね。透の飛行機はまだだと思います。透、じゃあまた!」
生田は時計を気にしながら早足に去って行った。
久世は、生田にろくに挨拶もできず、ついてくこともできなかった自分の不甲斐なさに苛立った。
しかし西園寺に抑えられていたのではどうしようもない。久世は西園寺を前にすると拒否するような真似は何もできなくなるのだ。
「……フランクフルトじゃなかったのか」
久世が睨みつけると、西園寺はようやく力を抜いた。
「いたぞ。ちょっとした気分転換だ。先月帰ってきたばかりだ。お前に連絡しようと思ってたんだ。ホントに。でもお前も楽しくやっていたみたいだな」
西園寺は歯を見せて笑った。
「雅紀とはそういう関係ではない」
「そうか。じゃあ今夜付き合え。まだ相手を見つけてないんだ。今日のうちにフェリーで北海道に渡るつもりだったが、今夜はここにいることにしよう。付き合うだろ? 透」
西園寺独特の相手の目を真正面からジッと見据えるあの眼差しに見つめられ、久世は拒むことができなかった。
西園寺は旧華族の跡取り息子だった。三代前からの成り上がりの御曹司である久世とは違って西園寺は本物だった。久世よりも三歳年上の西園寺とは、久世が18歳になったときに父と共に招かれた晩餐会で初めて顔を合わせた。
それから西園寺は久世にとっての教師となり、女性以外で初めての相手となった。相手を喜ばせるためにはどうすればいいのか、その全てを西園寺から教えてもらった。
久世は西園寺に溺れ、離れることができなくなった。しかし久世が大学三年のときに西園寺はヨーロッパへ発った。
久世の喪失感は計り知れないほどだったが、時がその傷を癒し、やがて久世は生田に出会った。
その西園寺に再会するとは思わなかった。生田を前にして西園寺の言いなりになってしまった自分を軽蔑したが、同時にこの再会を喜んでいる自分もいた。
久世は西園寺と青森のホテルで朝を迎えた。
昼頃になってのろのろと起き出した久世はシャワーを浴びているところだった。
そこへいきなり西園寺が入ってきて久世を後ろから抱き締めた。
「お前、いつの間にか腕を磨いたな。良かったよ」
久世の耳元で囁くように言う。シャワーの音でも西園寺の声はかき消せない。
「……悠輔……やめろ」
「俺の教えを忠実に守っているみたいじゃないか。いい子だ。褒めてあげなきゃ」
15分後、身体を拭いてバスローブを羽織った久世は、息を切らして呆然とソファに座っていた。
西園寺といると冷静になることができない。忘れたはずだと思っていたのに未だに囚われ続けていたというのか。
久世は快楽の喜び以上に、自責の念が強くなった。
生田の笑顔を見たいと思った。西園寺のことなんて振り切って生田を追いかければよかったと後悔した。
西園寺といても何にもならない。ただ苦しいだけだ。彼の言うがままに、振り回されるだけ。
昔はそれでも側にいたいと思っていたが、今は違う。
西園寺から解放されたいと強く思った。彼を振り切らなければならないと強く感じた。
「悠輔、今日は北海道へ向かうのか?」
窓際の椅子に腰を掛け、煙草を吸っている西園寺は振り向いた。
「なんだ、寂しいのか?」
「違う」
「お前も来るか?」
突然の誘いに久世は反応できない。
「冗談だ。あの可愛い子がいるもんな。何だっけ? ……そう、生田くん」
西園寺はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「あれも俺たちと同じだ。今にもお前を受け入れるだろう」
久世は逸らしていた目を思わず西園寺に向けた。
それを見て西園寺は声を出して笑った。
「お前が惚れるのもわかる。俺には可愛い過ぎるが、悪くはない。しかしあれだ。生田くんはおそらく俺と同じだから、お前との方がちょうどいい」
西園寺はそう言うと、サイドテーブルに乗っている灰皿で煙草をもみ消した。
立ち上がって久世の側に来る。
久世の前でかがみ込み、久世の顔を押さえて自分の方へ引き寄せた。
「ああ、やっぱり透は可愛いな。大好きだよ、透。お前とここで別れるのは寂しいな」
西園寺の笑みは、口元は笑っているのに目は笑っていない。
久世はそれに慄いた。
「……1時か。あいつらはどうしているかな?」
久世から離れた西園寺は、スマホを取り出して操作をし始めた。
久世はため息をついた。
ようやく離れることができる。西園寺のことだ、口で何を言っていても一度離れたら連絡などしてこない。
「透、ここを2時に出る。フェリーに乗って向こうに着くのが6時だ。夕食は仲間が予約してくれた」
「そうか」
久世は俯いたままひそかに笑みを浮かべた。
西園寺はそれを見逃さず、すかさず言った。
「だからまだ1時間あるわけだ」
久世はその言葉で顔を上げた。
「透、1時間もある」
久世は逆らえなかった。
一緒に帰るとは言ってもここでお別れである。
久世はチケットカウンターを前にしてどうするべきかを決めかねて焦っていた。
生田と同じ飛行機に乗って自宅まで見送ろうか。しかし友人としては不自然だ。理由がない。どう説明すれば不審に思われず同じ飛行機に乗れるだろうか。いや、無理だ。どう考えてもおかしい。ここは諦めるしか……
「透、どうした?」
眉間に皺を寄せて考え込んでいる様子の久世を案じて生田は声をかけた。
「……なんでもない」
「そう? あ、チケット買った。僕の方が早いみたいだ。透は? チケット買った?」
そう生田が言ったとき、久世は聞き覚えのある声を突然耳にした。
「あれ? 透か? まさか!」
声のする方へ振り向くと、高校の時からの知人だった。五人ほどの友人らしき同年代の男女と共にチケットカウンターから少し離れた場所に立っている。
「何してる? こんなとこで会うかぁ?」
目を合わせたのに返事もせず、慌てた素振りで俯いた久世を見たその男性は、友人の輪の中から出てこちらへ向かってきた。
「久世の友達? こんにちは。西園寺です」
「生田です」
西園寺の異様な雰囲気に呑まれた生田は、顔を強張らせながら答える。
「ほう、さすが可愛い子を連れてるな」
西園寺は生田の全身をなめ回すように見た。
背の高い久世よりもさらに背の高い西園寺は、鍛えている久世以上の体格だった。ハーフのような彫りの深い顔立ちと合わせると外国のアスリート選手のように見える。
西園寺は久世の肩を抱いて軽く揺すった。
「おい透、無視するな! なぜこんなところにいる。俺は仲間と日本一周してるところだ。キャンピングカーでな。これが意外と楽しい。で、仲間の一人が体調崩したから飛行機で帰すためにここに寄った。透は?」
「東京に帰るところだ」
「そこの可愛い子と?」
「悠輔!」
久世が声を荒げた。
「あーーー、……そう」
西園寺は久世に答えながらも生田をニヤニヤとした顔で見ている。
居心地の悪さを感じた生田は、西園寺とは視線を合わせずに空港の表示板を見上げた。
「透、僕はそろそろ行かなきゃ」
生田が搭乗口の方向を確認しながら言う。
「悪い、雅紀。おい悠輔、離してくれ」
西園寺はまだ久世の肩をがっしりと掴んでいる。
「なぜだ? 東京へ行く飛行機はまだだろ」
「悠輔!」
久世が抵抗するが、西園寺は笑みを浮かべたまま離そうとしない。
「逃げるなよ。久しぶりに会ったんだ。行くのは生田くんだけだろ?」
西園寺が生田の方を見て言ったので、生田がそれに答えた。
「そうですね。透の飛行機はまだだと思います。透、じゃあまた!」
生田は時計を気にしながら早足に去って行った。
久世は、生田にろくに挨拶もできず、ついてくこともできなかった自分の不甲斐なさに苛立った。
しかし西園寺に抑えられていたのではどうしようもない。久世は西園寺を前にすると拒否するような真似は何もできなくなるのだ。
「……フランクフルトじゃなかったのか」
久世が睨みつけると、西園寺はようやく力を抜いた。
「いたぞ。ちょっとした気分転換だ。先月帰ってきたばかりだ。お前に連絡しようと思ってたんだ。ホントに。でもお前も楽しくやっていたみたいだな」
西園寺は歯を見せて笑った。
「雅紀とはそういう関係ではない」
「そうか。じゃあ今夜付き合え。まだ相手を見つけてないんだ。今日のうちにフェリーで北海道に渡るつもりだったが、今夜はここにいることにしよう。付き合うだろ? 透」
西園寺独特の相手の目を真正面からジッと見据えるあの眼差しに見つめられ、久世は拒むことができなかった。
西園寺は旧華族の跡取り息子だった。三代前からの成り上がりの御曹司である久世とは違って西園寺は本物だった。久世よりも三歳年上の西園寺とは、久世が18歳になったときに父と共に招かれた晩餐会で初めて顔を合わせた。
それから西園寺は久世にとっての教師となり、女性以外で初めての相手となった。相手を喜ばせるためにはどうすればいいのか、その全てを西園寺から教えてもらった。
久世は西園寺に溺れ、離れることができなくなった。しかし久世が大学三年のときに西園寺はヨーロッパへ発った。
久世の喪失感は計り知れないほどだったが、時がその傷を癒し、やがて久世は生田に出会った。
その西園寺に再会するとは思わなかった。生田を前にして西園寺の言いなりになってしまった自分を軽蔑したが、同時にこの再会を喜んでいる自分もいた。
久世は西園寺と青森のホテルで朝を迎えた。
昼頃になってのろのろと起き出した久世はシャワーを浴びているところだった。
そこへいきなり西園寺が入ってきて久世を後ろから抱き締めた。
「お前、いつの間にか腕を磨いたな。良かったよ」
久世の耳元で囁くように言う。シャワーの音でも西園寺の声はかき消せない。
「……悠輔……やめろ」
「俺の教えを忠実に守っているみたいじゃないか。いい子だ。褒めてあげなきゃ」
15分後、身体を拭いてバスローブを羽織った久世は、息を切らして呆然とソファに座っていた。
西園寺といると冷静になることができない。忘れたはずだと思っていたのに未だに囚われ続けていたというのか。
久世は快楽の喜び以上に、自責の念が強くなった。
生田の笑顔を見たいと思った。西園寺のことなんて振り切って生田を追いかければよかったと後悔した。
西園寺といても何にもならない。ただ苦しいだけだ。彼の言うがままに、振り回されるだけ。
昔はそれでも側にいたいと思っていたが、今は違う。
西園寺から解放されたいと強く思った。彼を振り切らなければならないと強く感じた。
「悠輔、今日は北海道へ向かうのか?」
窓際の椅子に腰を掛け、煙草を吸っている西園寺は振り向いた。
「なんだ、寂しいのか?」
「違う」
「お前も来るか?」
突然の誘いに久世は反応できない。
「冗談だ。あの可愛い子がいるもんな。何だっけ? ……そう、生田くん」
西園寺はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「あれも俺たちと同じだ。今にもお前を受け入れるだろう」
久世は逸らしていた目を思わず西園寺に向けた。
それを見て西園寺は声を出して笑った。
「お前が惚れるのもわかる。俺には可愛い過ぎるが、悪くはない。しかしあれだ。生田くんはおそらく俺と同じだから、お前との方がちょうどいい」
西園寺はそう言うと、サイドテーブルに乗っている灰皿で煙草をもみ消した。
立ち上がって久世の側に来る。
久世の前でかがみ込み、久世の顔を押さえて自分の方へ引き寄せた。
「ああ、やっぱり透は可愛いな。大好きだよ、透。お前とここで別れるのは寂しいな」
西園寺の笑みは、口元は笑っているのに目は笑っていない。
久世はそれに慄いた。
「……1時か。あいつらはどうしているかな?」
久世から離れた西園寺は、スマホを取り出して操作をし始めた。
久世はため息をついた。
ようやく離れることができる。西園寺のことだ、口で何を言っていても一度離れたら連絡などしてこない。
「透、ここを2時に出る。フェリーに乗って向こうに着くのが6時だ。夕食は仲間が予約してくれた」
「そうか」
久世は俯いたままひそかに笑みを浮かべた。
西園寺はそれを見逃さず、すかさず言った。
「だからまだ1時間あるわけだ」
久世はその言葉で顔を上げた。
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