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世間は狭い
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生田と久世はホテルのルームサービスで朝食兼昼食を済ませると、クラウンに乗り込んでジムへと向かった。
「やっぱりジムはやめておいた方がいい気がする」
二日酔いを抱えていた生田は不安に駆られた。
「確かに、アルコールが残っていると危ないからな。では今日はどうする? 新幹線は何時だ」
「遅くまであるけど、微妙な時間だな。もう帰ろうかな」
生田の言葉を聞いて、久世は黙り込んだ。
「いや、残高の問題で……新幹線じゃなくバスで帰ろうかと」
友の気落ちした様子を見た生田は、慌てて本音を漏らした。
「なんだ。それなら……」
「待って、金は出さないように。借りることもしない。返す当てがないからダメだ」
生田は久世の言葉に被せて言った。
「わかった。それならば、このまま送ろう。運転手に自宅の住所を言ってくれ」
「は?」
「とりあえず高速乗って」
久世が運転手に声を掛けると、かしこまりました、と運転手は言ってハンドルを切った。
「いや、ちょ、何時間かかると思ってるの」
「今から行けば5時間くらいだろう。帰りは新幹線で帰るから問題ない。途中で夕食をとることにしよう」
久世はキビキビと言った。
「それ、金出すのと同じじゃん」
「違う。俺が俺の分を払うだけだ。俺はまだ雅紀と話し足りない、それだけだ」
生田は呆れながらも嬉しそうな笑みを返した。
「高速乗る前にコンビニ寄らない?」
「最寄りのコンビニ」
久世がすぐに運転手に告げる。
かしこまりましたと言って、運転手は車をUターンした。
「通り道でいいのに」
生田は苦笑した。
コンビニの駐車場に到着すると、生田は早速煙草とコーヒーを買って灰皿の前で一服を始めた。
手持ち無沙汰でウロウロしていた久世は、コンビニの店内へ再び消えていった。
「雅紀!」
生田はその声に肩を一瞬震わせた。
久世はコンビニへ入ったばかりだし、ここは知り合いなどいない東京だ。同名で間違われたのかと思った生田は躊躇したが、その声の方へチラッと目を向けた。
「え、俊介!」
呼んだのは自分のことだったようだ。その姿を見て生田は思い出した。
近所に住んでいた兄の同級生で幼馴染の桐谷俊介だ。東京の大学を出てそのまま就職したと聞いていたのだが、まさかこんなところで偶然にも再会するとは。
「久しぶりだな! 雅紀もこっちにいたのか」
「いや、たまたま来ただけ。これから帰るところ」
「え? 地元に?」
「いや、大学を出てそのまま就職したから……」
生田がそう答えかけたとき、コンビニから出てきた久世の姿に気がついて視線を逸らした。
生田の視線に気がついた俊介が後ろを振り向くと、身体を丸めて伏し目がちに歩いてくる久世の姿を目に留めたようで、いきなり声を上げた。
「透! なんだなんだ、懐かしい知り合いに会う日だな今日は」
呼びかけられて久世は顔を上げた。その途端にくるりと身体を反転させてコンビニに戻りかけた。
「おいおい久世くん、どこに行くんだね。戻ってきたまえよ」
久世はその声で歩みを止め、再びこちらへ向き直った。
「嘘だろ、なんで俊介が」
ぶつぶつと言いながらしぶしぶと言った感じで歩いてきた。
「久世くんがまさか雅紀と知り合いだとは」
「桐谷くん、君もかい? 世間は狭いようだね」
「いやー、雅紀とは何年ぶりかな。久しぶりに色々と話したいなあ」
「あれ? 桐谷くんは法務省にお勤めで毎晩午前様の忙しいお身体ではなかったのかな? そんな暇はないだろう?」
「いやいや、今日はたまたま一段落して空いているのだよ。君こそ論文があるのではないのかね?」
「今は余裕があるのだよ。それよりも桐谷くんはお金に厳しい人だから、外食はしないはずではなかったのかな?」
「いやいや、たまにはいいでしょう。昇給したのでね、それもありましてね」
生田は世間の狭さに驚きながらも、友人たちが自分の前では見せたことのない砕けたやり取りを見てさらに驚いた。
「雅紀はこれから帰るんだ。だから俊介と夕食を共にする時間はない」
「じゃなんでお前はいるんだよ」
「送るからだ」
「東京駅に?」
そこで生田は割って入った。
「わかった、三人で飲みに行こう。久しぶりに俊介に会えたんだから、明日は半休を取って午後からの出勤にするよ。外回りだからなんとでもなる」
それを聞いて久世と俊介は互いに目を合わせた。
三人は横浜まで繰り出した。
「送ってくれるんだろうな……」
俊介が久世をジッと睨んだ。
「タクシー代は出す。美味い店があるんだ。雅紀を連れて行きたい」
久世は、俊介の視線から逃れるように運転席の方へ身を乗り出した。
「ありがとう。どこでもいいのに」
生田は久世の心遣いに顔がほころんだ。
高級そうな中華料理店へ着くと、いつの間にやら予約がされていたようで、すぐに個室へと案内された。
三人が座るが早いか、コースの前菜が運ばれてきて、グラスに酒も満たされた。
「こういうとこ、腹立たない? 粋な金持ち仕草」
俊介が久世を指差して生田に聞いた。
生田はそれに困ったような笑みで答えたが、内心はそんな久世に惚れ惚れしていた。
こういうことを何でもないことのようにサラリとやってのけてしまうところ、そして一切の嫌味がないところが純粋にかっこいい。
久世のこういう場面に出会う度に、自分が女性ならすぐに参ってしまうだろうな、と何度心に浮かべたかわからない。
食事が進むに伴って再び友人たちの親しげなやり取りが展開された。それを生田は面白がりながらも、同時に複雑な想いを抱いていた。
久世と俊介が親しくしている様子を見ているとなぜか落ち着かない。他人が他人をどう思っているかなんて気にしたことはないし、自分も他人からどう思われているのかなんて考えようとしたことすらない。
それなのに、久世は俊介をどう思っているのか、二人の距離は自分との距離よりも近いのだろうか、久世は俊介といる方がリラックスできて楽しいのだろうか、と何度も同じことを考えてしまう。
久世とはたかだか数回会っただけの仲なのだ。自分の知らない面などたくさんあるだろう。親しく接しているように見えても、たまに距離を取られているように感じる時もある。
久世は自分のことをどう思っているのか、そればかりを考えてしまって、生田はこの友人たちとの食事に集中できないでいた。
「やっぱりジムはやめておいた方がいい気がする」
二日酔いを抱えていた生田は不安に駆られた。
「確かに、アルコールが残っていると危ないからな。では今日はどうする? 新幹線は何時だ」
「遅くまであるけど、微妙な時間だな。もう帰ろうかな」
生田の言葉を聞いて、久世は黙り込んだ。
「いや、残高の問題で……新幹線じゃなくバスで帰ろうかと」
友の気落ちした様子を見た生田は、慌てて本音を漏らした。
「なんだ。それなら……」
「待って、金は出さないように。借りることもしない。返す当てがないからダメだ」
生田は久世の言葉に被せて言った。
「わかった。それならば、このまま送ろう。運転手に自宅の住所を言ってくれ」
「は?」
「とりあえず高速乗って」
久世が運転手に声を掛けると、かしこまりました、と運転手は言ってハンドルを切った。
「いや、ちょ、何時間かかると思ってるの」
「今から行けば5時間くらいだろう。帰りは新幹線で帰るから問題ない。途中で夕食をとることにしよう」
久世はキビキビと言った。
「それ、金出すのと同じじゃん」
「違う。俺が俺の分を払うだけだ。俺はまだ雅紀と話し足りない、それだけだ」
生田は呆れながらも嬉しそうな笑みを返した。
「高速乗る前にコンビニ寄らない?」
「最寄りのコンビニ」
久世がすぐに運転手に告げる。
かしこまりましたと言って、運転手は車をUターンした。
「通り道でいいのに」
生田は苦笑した。
コンビニの駐車場に到着すると、生田は早速煙草とコーヒーを買って灰皿の前で一服を始めた。
手持ち無沙汰でウロウロしていた久世は、コンビニの店内へ再び消えていった。
「雅紀!」
生田はその声に肩を一瞬震わせた。
久世はコンビニへ入ったばかりだし、ここは知り合いなどいない東京だ。同名で間違われたのかと思った生田は躊躇したが、その声の方へチラッと目を向けた。
「え、俊介!」
呼んだのは自分のことだったようだ。その姿を見て生田は思い出した。
近所に住んでいた兄の同級生で幼馴染の桐谷俊介だ。東京の大学を出てそのまま就職したと聞いていたのだが、まさかこんなところで偶然にも再会するとは。
「久しぶりだな! 雅紀もこっちにいたのか」
「いや、たまたま来ただけ。これから帰るところ」
「え? 地元に?」
「いや、大学を出てそのまま就職したから……」
生田がそう答えかけたとき、コンビニから出てきた久世の姿に気がついて視線を逸らした。
生田の視線に気がついた俊介が後ろを振り向くと、身体を丸めて伏し目がちに歩いてくる久世の姿を目に留めたようで、いきなり声を上げた。
「透! なんだなんだ、懐かしい知り合いに会う日だな今日は」
呼びかけられて久世は顔を上げた。その途端にくるりと身体を反転させてコンビニに戻りかけた。
「おいおい久世くん、どこに行くんだね。戻ってきたまえよ」
久世はその声で歩みを止め、再びこちらへ向き直った。
「嘘だろ、なんで俊介が」
ぶつぶつと言いながらしぶしぶと言った感じで歩いてきた。
「久世くんがまさか雅紀と知り合いだとは」
「桐谷くん、君もかい? 世間は狭いようだね」
「いやー、雅紀とは何年ぶりかな。久しぶりに色々と話したいなあ」
「あれ? 桐谷くんは法務省にお勤めで毎晩午前様の忙しいお身体ではなかったのかな? そんな暇はないだろう?」
「いやいや、今日はたまたま一段落して空いているのだよ。君こそ論文があるのではないのかね?」
「今は余裕があるのだよ。それよりも桐谷くんはお金に厳しい人だから、外食はしないはずではなかったのかな?」
「いやいや、たまにはいいでしょう。昇給したのでね、それもありましてね」
生田は世間の狭さに驚きながらも、友人たちが自分の前では見せたことのない砕けたやり取りを見てさらに驚いた。
「雅紀はこれから帰るんだ。だから俊介と夕食を共にする時間はない」
「じゃなんでお前はいるんだよ」
「送るからだ」
「東京駅に?」
そこで生田は割って入った。
「わかった、三人で飲みに行こう。久しぶりに俊介に会えたんだから、明日は半休を取って午後からの出勤にするよ。外回りだからなんとでもなる」
それを聞いて久世と俊介は互いに目を合わせた。
三人は横浜まで繰り出した。
「送ってくれるんだろうな……」
俊介が久世をジッと睨んだ。
「タクシー代は出す。美味い店があるんだ。雅紀を連れて行きたい」
久世は、俊介の視線から逃れるように運転席の方へ身を乗り出した。
「ありがとう。どこでもいいのに」
生田は久世の心遣いに顔がほころんだ。
高級そうな中華料理店へ着くと、いつの間にやら予約がされていたようで、すぐに個室へと案内された。
三人が座るが早いか、コースの前菜が運ばれてきて、グラスに酒も満たされた。
「こういうとこ、腹立たない? 粋な金持ち仕草」
俊介が久世を指差して生田に聞いた。
生田はそれに困ったような笑みで答えたが、内心はそんな久世に惚れ惚れしていた。
こういうことを何でもないことのようにサラリとやってのけてしまうところ、そして一切の嫌味がないところが純粋にかっこいい。
久世のこういう場面に出会う度に、自分が女性ならすぐに参ってしまうだろうな、と何度心に浮かべたかわからない。
食事が進むに伴って再び友人たちの親しげなやり取りが展開された。それを生田は面白がりながらも、同時に複雑な想いを抱いていた。
久世と俊介が親しくしている様子を見ているとなぜか落ち着かない。他人が他人をどう思っているかなんて気にしたことはないし、自分も他人からどう思われているのかなんて考えようとしたことすらない。
それなのに、久世は俊介をどう思っているのか、二人の距離は自分との距離よりも近いのだろうか、久世は俊介といる方がリラックスできて楽しいのだろうか、と何度も同じことを考えてしまう。
久世とはたかだか数回会っただけの仲なのだ。自分の知らない面などたくさんあるだろう。親しく接しているように見えても、たまに距離を取られているように感じる時もある。
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