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36. ライブを終えて
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ダンスステージを見終えた響と恭平は、ステージ裏へと向かった。吹奏楽部の出番が始まる前にドラムセットやアンプ類を片付けなければならない。
それらを実行委員の生徒たちとともに運び出し、部室へとやってきたら、驚いたことに中で湊たちアルグレメンバーがくつろいでいた。
机に腰をかけて談笑していた様子で、目にするなり響が驚きの声をあげた。
「なんでここに!」
「いや、騒がれるとまずいじゃん」
コーラのペットボトルを片手に湊が答える。
手伝ってくれた生徒たちは緊張した様子でちらちらと視線を向けていたものの、湊の言葉を聞いて騒いではまずいと思ったのか、何も言わずにそそくさと出ていった。
改めて礼を言わなければと姿勢を正し、アルグレのメンバーに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
いやいや、と大袈裟に片手を振る湊。
「めちゃくちゃ楽しかったよ。なあ?」
チョロQと小平のほうへ顔を向ける。
「おれ、学祭でライブとかしたことなかったから新鮮だった」
「アルグレで学祭なんか出なかったもんな。軽音部とかなかったし」
「そうそう。こういうのもいいな。今度学祭に呼んでもらおうぜ」
「いいかも」
「稚拙な曲ですが、客演してくださってありがとうございました」
再び頭を下げる。
「どれもかっこいい曲だったからな」
「そうそう。あのアプローチは新鮮」
「今度新曲でパクらせてもらおう」
「そんな……光栄です」
冗談なのか本気なのかは判別できないものの、どちらにせよ恐縮過ぎる。
「見るだけじゃなかったのかよ?」
それまで口を挟まず伺うようにしていた響が湊に声をかけた。
「バンドサウンドなのにアコースティックバージョンなんてもったいないだろ?」
「なんでそんなこと知ってんだよ」
「恭平くんから出演してもらえないかって頼まれたから」
「恭平から?」
「そう。驚いたけど受けることにした」
「なんで……」
「昨日も言っただろ? 詫びだよ」
「詫び……」
響は戸惑ったように視線を泳がせて、考え込むように俯いた。
「響がくすぶっていたのは、俺のせいかもしれないと思ったんだ。だからこいつらにも無理を言って出てもらった。これが最初で最後な。さすがに仁美に怒られる」
こいつらと言って指されたチョロQと小平が反応を返す。
「カバーライブなんて初めてだったから楽しかったけど」
「俺も」
「でも仁美が絶対に文句言うじゃん。やるなら私も呼んでよって」
「ああ、そうだ」
「動画が出回ったら恐ろしいことになる」
湊が咳払いをして言葉を続けた。
「まあ、それは俺が全部被るから。というわけで、少しでも弟の宣伝になれればいいと思ったわけ。この世界で目立つためには何でも利用するべきだ。ただいい曲を書いて最高のパフォーマンスをするだけじゃ足りない。ボカロ曲もそうだが、素人作でも名曲なんて山とあるし、演奏技術だって高いやつはゴロゴロいる。その中で目立つためにはこういうことが必要なんだ」
ありがたいことにこちらの意図を全て汲んでくれているようだ。
「本当に、ありがとうございました」
「いいよ。てことで恭平くん、例の件よろしく」
湊は机から立ち上がる。
「あの腕なら期待しちゃうね」「楽しみにしてる」続いてチョロQと小平も立ち上がり、三人でドアに向かった。
「じゃあ、俺らはこれからプチ弾丸旅行だから」と片手をあげて去っていった。
礼を尽くしてもし足りない。そんな面持ちで再び頭を下げてアルグレを見送った。
「なんの話?」
響に問いかけられて視線を向ける。わけがわからないという表情をしていた。
「交換条件だ。今日出演してもらう代わりに、アルグレの新曲のキーボードをやる」
「まじで? すご!」
客演を承諾してもらったあとに頼まれていたことだった。素人であり、たかが学生の身分の自分に依頼する話ではないため冗談だと思っていた。しかしどうやら本気だったようで、本当に湊からデモが送られてきたのだ。
「少しでも響の応援になるように配慮してくれたことだと思うが」
「どういうこと?」
「さっきKawaseさんが言っていただろ? 宣伝のひとつだ。俺もKawaseさんと同じく、一人でも多くの人に響の歌を聞いて欲しいと思ってる。そのためにいい曲を書こうと努力していたけど、それだけじゃ足りない」
これも響に返す借りのひとつなのだと思う。自分の名が知られれば、同時にDoinelの名も売れることになる。フロントマンは響なのだから、そのすべては響のためになるということだ。
「いい曲を書くことは当然として、それとは別に戦略を考えなければならない。多くの人の耳に届けるためには、話題になって拡散される、つまりバズらなければならない。それで、Kawaseさんを利用することにした」
「利用?」
「そう。ライブを見に来てくれるって言ってたから、それなら客演してもらえないかって頼んだんだ。最初は断られたが、食い下がって、録ったものを送って、クオリティに納得してもらえたらって何度も頼み込んだ。そうしたら折れてくれたっていうか、さっき本人も言ってたけど、詫びもあるからって承諾してもらえた」
「そこまでする意味があるのか?」
「アルグレが学祭で飛び入りライブしたら動画を撮るだろ? それをネットにアップしてもらえたらそれ以上の宣伝効果はない。響に事前に教えなかったのは、最初の二曲が無様だったら出演を中止にすると言われていたからだ。撮られるリスクを考えれば当然の慎重さだが、結局出てくれたわけだし、『魔術師』まで演奏してくれたんだ。認めてくれたどころか率先して応援までしてくれたわけだ。あれには驚いたが、かなりの宣伝になったと思う」
「俺は演奏できれば満足だけど」
「そうだろう。響はそういうタイプだ。だから俺がやる」
「苦手そうなのに」
響は案じた様子で眉を下げた。
「実際苦手だ。でも、それ以上にお前の才能を世界中に見せつけてやりたい」
「そんなこと──」
今度は言葉に詰まったようにして俯いた。
念願が叶って響に歌ってもらえたとき、その歌を独占したいと思った。しかしそれは恋心と混同した身勝手な願望である。
それに気づいて自分を恥じた。天才が歌う気になったのだから朽ちらせてはいけない。響を世に出したいと考えを改めたのだ。
湊に依頼をしたのもそのためで、Doinelを組んでYoutubeなりに投稿したのもそれが理由だった。
兄がやらなかったのなら自分がやる。自分の能力では及ばないかもしれないが、それでも響の側にいて曲を作れるのが自分だけならばと奮い立ったのだった。
「そんなにまでして有名になりたいの?」
しばらく考え込んでいた様子の響がぽつりと言った。
「俺がなりたいわけじゃない。響の歌を聞かせてやりたいんだ」
「そんなに俺の声が好きなの?」
「ああ」
「でも恭平が必要としてるのは歌だけなんだろ?」
響の声に戸惑いが滲んでいる。
「いや、ギターもお前には敵わない」
「だから、歌だとかギターだけなんだろ?」
俯いていた響が顔を上げた。声には未だに戸惑いの響きがあるものの、その目はいつかのときのようにギラギラとして、獲物を射抜くような光を帯びている。
それを真正面から受け止められず、思わず視線を逸らした。
すると響は声を上げた。
「声を聞いたらゾクゾクするって言ってた」
今度は戸惑いは消えていて、訴えかけるような声音だった。
「ああ。たまらなく好きだ」
「今も?」
「今も」
「声だけなのかよ?」
混乱が爆発したような声で言って、こちらへ一歩近づいた。
「必要なのも、好きなのも、俺の声だけなのか?」
さらに困惑した声を聞いて、恭平のほうも同様に戸惑い始めた。
何を求めているのだろう。何を聞き出したいというのか。
いつか響からギラギラとした目で見られたとき、抱きしめるように背中に手を回してきたとき、もしかしたらと頭をよぎった。
しかし、そんなはずはないと思って浮かんだ考えを振り払った。
響が自分のことを、自分が想うのと同じように焦がれているなんて、考えられなかったからだ。
「俺はKyoの曲に惚れ込んでる。他のアーティストが目に入らないくらいに好きだ。だから、俺は恭平さえいてくれればいい。恭平が認めてくれたら他には何も要らない」
響は答えを求めることはやめて、訴えるようににじり寄ってきた。
それは見慣れた様子で、何度となくファンだと熱っぽく語ってくれていたのと似ていた。これもその延長に過ぎない。そう考えようとした。考えようとしているのに、期待が頭をもたげてくる。
「……それは俺の台詞だ。俺と組んでくれて、俺の曲を歌ってくれているんだから」
勘違いしてタガを外さないように、精一杯冷静になろうと努めて言った。
「だからそれは声が必要なだけだろ? 俺は違うんだ。恭平の曲だけじゃない。恭平の全てが欲しいんだ」
恭平は天を仰ぎたい衝動に駆られた。
本当にファンだからなのか? ファンだからってここまで言うだろうか?
響の目は熱っぽく、瞳は炎が燃え盛っているかのように猛っている。
「自分でもおかしいと思うけど、どうしようもないんだ。俺のことだけを見てほしい。恭平を独り占めしたい。身勝手なファンの独占欲だ。だから声だけを必要とされているのは嫌なんだ。俺自身を必要として欲しい!」
なんてことを言うのだろう。
期待で胸がいっぱいで息もできない。聞かずにはいられない。
「それは、ファンだからなのか?」
聞いたものの、もう耐えられなくなっていた。
「俺は響のことしか見ていない。他の誰のことも考えていない」
響の答えを待つ前に、口をついて出た。
「俺も響の全てが欲しい」
好きな男にここまで言われて、想いを抑えておくことができなかった。
「誰にも響の歌を聞かせたくない。本当は独り占めしたい。響自身が必要なんだ」
「それは──声が好きだから?」
響が戸惑った様子で声を落とした。しかしもう止められない。
ドン引きされて嫌われることになったとしても、言わずにはいられない。
「響のことが好きだから」
「えっ?」
「響のことが好きだ。声だけじゃなく、バンド仲間としてでもなく、一人の男として」
初めてその声を聞いた瞬間に特別な存在になった。そのときから今に至るまで響への想いは高ぶり続けている。叶うはずがないと諦めて、一生心の中に秘めておこうとしていたのに、もう無理だった。
「ギターを弾く手も、俺の肩くらいしかない小さな身体も、愛くるしい顔も、意外と速い足も、気遣ってくれる優しい性格も、一直線な情熱も、真っ直ぐに見つめているその目もすべて好きだ」
「それは……」
「……伝えたら、組んでもらえなくなると思って言えなかった。こんな気持ちを抱えているなんてバレたら、どう思われるか不安だったから。……でも、声だけじゃない。響のことが好きだから、響の凄さを、響の存在を世界に知らしめて──」
全てを言い終えることができなかった。
驚いて言葉に詰まったからだった。
突然響の体温が身体を包み、ぎゅっと力を入れて身体を寄せる感触があった。
「じゃあ俺は恭平に触れてもいいの?」
いきなりのことに呆けていたら、響が何か言葉を口にした。
その表情を見ようと顔を動かしたものの見ることができなかった。
響の手が両頬を包み、唇に何かが触れた。
温かなそれに触れられた瞬間、全身に電流が走ったようになった。
それはまるで、響の声を初めて聞いた時のようだった。
それらを実行委員の生徒たちとともに運び出し、部室へとやってきたら、驚いたことに中で湊たちアルグレメンバーがくつろいでいた。
机に腰をかけて談笑していた様子で、目にするなり響が驚きの声をあげた。
「なんでここに!」
「いや、騒がれるとまずいじゃん」
コーラのペットボトルを片手に湊が答える。
手伝ってくれた生徒たちは緊張した様子でちらちらと視線を向けていたものの、湊の言葉を聞いて騒いではまずいと思ったのか、何も言わずにそそくさと出ていった。
改めて礼を言わなければと姿勢を正し、アルグレのメンバーに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
いやいや、と大袈裟に片手を振る湊。
「めちゃくちゃ楽しかったよ。なあ?」
チョロQと小平のほうへ顔を向ける。
「おれ、学祭でライブとかしたことなかったから新鮮だった」
「アルグレで学祭なんか出なかったもんな。軽音部とかなかったし」
「そうそう。こういうのもいいな。今度学祭に呼んでもらおうぜ」
「いいかも」
「稚拙な曲ですが、客演してくださってありがとうございました」
再び頭を下げる。
「どれもかっこいい曲だったからな」
「そうそう。あのアプローチは新鮮」
「今度新曲でパクらせてもらおう」
「そんな……光栄です」
冗談なのか本気なのかは判別できないものの、どちらにせよ恐縮過ぎる。
「見るだけじゃなかったのかよ?」
それまで口を挟まず伺うようにしていた響が湊に声をかけた。
「バンドサウンドなのにアコースティックバージョンなんてもったいないだろ?」
「なんでそんなこと知ってんだよ」
「恭平くんから出演してもらえないかって頼まれたから」
「恭平から?」
「そう。驚いたけど受けることにした」
「なんで……」
「昨日も言っただろ? 詫びだよ」
「詫び……」
響は戸惑ったように視線を泳がせて、考え込むように俯いた。
「響がくすぶっていたのは、俺のせいかもしれないと思ったんだ。だからこいつらにも無理を言って出てもらった。これが最初で最後な。さすがに仁美に怒られる」
こいつらと言って指されたチョロQと小平が反応を返す。
「カバーライブなんて初めてだったから楽しかったけど」
「俺も」
「でも仁美が絶対に文句言うじゃん。やるなら私も呼んでよって」
「ああ、そうだ」
「動画が出回ったら恐ろしいことになる」
湊が咳払いをして言葉を続けた。
「まあ、それは俺が全部被るから。というわけで、少しでも弟の宣伝になれればいいと思ったわけ。この世界で目立つためには何でも利用するべきだ。ただいい曲を書いて最高のパフォーマンスをするだけじゃ足りない。ボカロ曲もそうだが、素人作でも名曲なんて山とあるし、演奏技術だって高いやつはゴロゴロいる。その中で目立つためにはこういうことが必要なんだ」
ありがたいことにこちらの意図を全て汲んでくれているようだ。
「本当に、ありがとうございました」
「いいよ。てことで恭平くん、例の件よろしく」
湊は机から立ち上がる。
「あの腕なら期待しちゃうね」「楽しみにしてる」続いてチョロQと小平も立ち上がり、三人でドアに向かった。
「じゃあ、俺らはこれからプチ弾丸旅行だから」と片手をあげて去っていった。
礼を尽くしてもし足りない。そんな面持ちで再び頭を下げてアルグレを見送った。
「なんの話?」
響に問いかけられて視線を向ける。わけがわからないという表情をしていた。
「交換条件だ。今日出演してもらう代わりに、アルグレの新曲のキーボードをやる」
「まじで? すご!」
客演を承諾してもらったあとに頼まれていたことだった。素人であり、たかが学生の身分の自分に依頼する話ではないため冗談だと思っていた。しかしどうやら本気だったようで、本当に湊からデモが送られてきたのだ。
「少しでも響の応援になるように配慮してくれたことだと思うが」
「どういうこと?」
「さっきKawaseさんが言っていただろ? 宣伝のひとつだ。俺もKawaseさんと同じく、一人でも多くの人に響の歌を聞いて欲しいと思ってる。そのためにいい曲を書こうと努力していたけど、それだけじゃ足りない」
これも響に返す借りのひとつなのだと思う。自分の名が知られれば、同時にDoinelの名も売れることになる。フロントマンは響なのだから、そのすべては響のためになるということだ。
「いい曲を書くことは当然として、それとは別に戦略を考えなければならない。多くの人の耳に届けるためには、話題になって拡散される、つまりバズらなければならない。それで、Kawaseさんを利用することにした」
「利用?」
「そう。ライブを見に来てくれるって言ってたから、それなら客演してもらえないかって頼んだんだ。最初は断られたが、食い下がって、録ったものを送って、クオリティに納得してもらえたらって何度も頼み込んだ。そうしたら折れてくれたっていうか、さっき本人も言ってたけど、詫びもあるからって承諾してもらえた」
「そこまでする意味があるのか?」
「アルグレが学祭で飛び入りライブしたら動画を撮るだろ? それをネットにアップしてもらえたらそれ以上の宣伝効果はない。響に事前に教えなかったのは、最初の二曲が無様だったら出演を中止にすると言われていたからだ。撮られるリスクを考えれば当然の慎重さだが、結局出てくれたわけだし、『魔術師』まで演奏してくれたんだ。認めてくれたどころか率先して応援までしてくれたわけだ。あれには驚いたが、かなりの宣伝になったと思う」
「俺は演奏できれば満足だけど」
「そうだろう。響はそういうタイプだ。だから俺がやる」
「苦手そうなのに」
響は案じた様子で眉を下げた。
「実際苦手だ。でも、それ以上にお前の才能を世界中に見せつけてやりたい」
「そんなこと──」
今度は言葉に詰まったようにして俯いた。
念願が叶って響に歌ってもらえたとき、その歌を独占したいと思った。しかしそれは恋心と混同した身勝手な願望である。
それに気づいて自分を恥じた。天才が歌う気になったのだから朽ちらせてはいけない。響を世に出したいと考えを改めたのだ。
湊に依頼をしたのもそのためで、Doinelを組んでYoutubeなりに投稿したのもそれが理由だった。
兄がやらなかったのなら自分がやる。自分の能力では及ばないかもしれないが、それでも響の側にいて曲を作れるのが自分だけならばと奮い立ったのだった。
「そんなにまでして有名になりたいの?」
しばらく考え込んでいた様子の響がぽつりと言った。
「俺がなりたいわけじゃない。響の歌を聞かせてやりたいんだ」
「そんなに俺の声が好きなの?」
「ああ」
「でも恭平が必要としてるのは歌だけなんだろ?」
響の声に戸惑いが滲んでいる。
「いや、ギターもお前には敵わない」
「だから、歌だとかギターだけなんだろ?」
俯いていた響が顔を上げた。声には未だに戸惑いの響きがあるものの、その目はいつかのときのようにギラギラとして、獲物を射抜くような光を帯びている。
それを真正面から受け止められず、思わず視線を逸らした。
すると響は声を上げた。
「声を聞いたらゾクゾクするって言ってた」
今度は戸惑いは消えていて、訴えかけるような声音だった。
「ああ。たまらなく好きだ」
「今も?」
「今も」
「声だけなのかよ?」
混乱が爆発したような声で言って、こちらへ一歩近づいた。
「必要なのも、好きなのも、俺の声だけなのか?」
さらに困惑した声を聞いて、恭平のほうも同様に戸惑い始めた。
何を求めているのだろう。何を聞き出したいというのか。
いつか響からギラギラとした目で見られたとき、抱きしめるように背中に手を回してきたとき、もしかしたらと頭をよぎった。
しかし、そんなはずはないと思って浮かんだ考えを振り払った。
響が自分のことを、自分が想うのと同じように焦がれているなんて、考えられなかったからだ。
「俺はKyoの曲に惚れ込んでる。他のアーティストが目に入らないくらいに好きだ。だから、俺は恭平さえいてくれればいい。恭平が認めてくれたら他には何も要らない」
響は答えを求めることはやめて、訴えるようににじり寄ってきた。
それは見慣れた様子で、何度となくファンだと熱っぽく語ってくれていたのと似ていた。これもその延長に過ぎない。そう考えようとした。考えようとしているのに、期待が頭をもたげてくる。
「……それは俺の台詞だ。俺と組んでくれて、俺の曲を歌ってくれているんだから」
勘違いしてタガを外さないように、精一杯冷静になろうと努めて言った。
「だからそれは声が必要なだけだろ? 俺は違うんだ。恭平の曲だけじゃない。恭平の全てが欲しいんだ」
恭平は天を仰ぎたい衝動に駆られた。
本当にファンだからなのか? ファンだからってここまで言うだろうか?
響の目は熱っぽく、瞳は炎が燃え盛っているかのように猛っている。
「自分でもおかしいと思うけど、どうしようもないんだ。俺のことだけを見てほしい。恭平を独り占めしたい。身勝手なファンの独占欲だ。だから声だけを必要とされているのは嫌なんだ。俺自身を必要として欲しい!」
なんてことを言うのだろう。
期待で胸がいっぱいで息もできない。聞かずにはいられない。
「それは、ファンだからなのか?」
聞いたものの、もう耐えられなくなっていた。
「俺は響のことしか見ていない。他の誰のことも考えていない」
響の答えを待つ前に、口をついて出た。
「俺も響の全てが欲しい」
好きな男にここまで言われて、想いを抑えておくことができなかった。
「誰にも響の歌を聞かせたくない。本当は独り占めしたい。響自身が必要なんだ」
「それは──声が好きだから?」
響が戸惑った様子で声を落とした。しかしもう止められない。
ドン引きされて嫌われることになったとしても、言わずにはいられない。
「響のことが好きだから」
「えっ?」
「響のことが好きだ。声だけじゃなく、バンド仲間としてでもなく、一人の男として」
初めてその声を聞いた瞬間に特別な存在になった。そのときから今に至るまで響への想いは高ぶり続けている。叶うはずがないと諦めて、一生心の中に秘めておこうとしていたのに、もう無理だった。
「ギターを弾く手も、俺の肩くらいしかない小さな身体も、愛くるしい顔も、意外と速い足も、気遣ってくれる優しい性格も、一直線な情熱も、真っ直ぐに見つめているその目もすべて好きだ」
「それは……」
「……伝えたら、組んでもらえなくなると思って言えなかった。こんな気持ちを抱えているなんてバレたら、どう思われるか不安だったから。……でも、声だけじゃない。響のことが好きだから、響の凄さを、響の存在を世界に知らしめて──」
全てを言い終えることができなかった。
驚いて言葉に詰まったからだった。
突然響の体温が身体を包み、ぎゅっと力を入れて身体を寄せる感触があった。
「じゃあ俺は恭平に触れてもいいの?」
いきなりのことに呆けていたら、響が何か言葉を口にした。
その表情を見ようと顔を動かしたものの見ることができなかった。
響の手が両頬を包み、唇に何かが触れた。
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