ディスコミュニケーションでもゼロカウントで

海野幻創

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34. 学祭ライブ

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 本番の時間になった。
 響とともにステージに上がる。キーボードの位置に向かい、電源を入れて音響をチェックした。
 観客は10人もいないようだ。まだ昼を過ぎたばかりだからか、吹奏楽部や演劇部を目当てに場所取りで来る生徒もいない。
 視線を彷徨わせると、体育館の出入り口付近にアルグレの三人が見えた。体育館の壁にもたれて立っている。
 響は気づいただろうかと様子を伺うと、マイクの前でギターのチェックもせずに呆然としていた。
 気づいたのかもしれない。動揺がパニックに変わる前に演奏を始めたほうがいい。
「響!」
 呼びかけたらこちらへ振り向いた。
『ツキカゲ』はキーボードから入る。頷いて見せたあと、弾き始めた。

 Doinelドワネルの初ライブである。

 恭平の頭の中には、とにかく練習通りに弾きこなすということでいっぱいだった。無様な真似は見せられない。そのことだけに集中した。
 響の歌の入りは完璧で、声もよく出ている。ギターも相変わらず最高の演奏だ。
 恭平自身も、初めてのライブにしては上出来だと思えた。
 一曲目は上々だ。

 出だしに安心できたからか、二曲目『ディスコミュニケーション』に入ると、ようやく周りを気にする余裕が出てきた。すると客席から「歌よくない?」「普通にかっこいい」との声が聞こえて、「聞いたことある」「Kawaseがポストしてた」「もしかして弟?」などという声も耳にした。観客の数も徐々に増えてきたようだ。
 響はそれで緊張が増すかと思いきや、むしろ調子が上がったとばかりに声は伸び、ギターも乗りに乗っている。

 恭平は自身の演奏や観客の反応を気にかけると同時に、体育館の出入り口に注意も向けていた。
 『二曲聴いて無様だったら出ないからな』
 その答えが出るときだったからだ。
 二曲目が終わって客席に目を向けると、体育館の壁にもたれて立っていたアルグレの三人は、その場からいなくなっていた。

「よお」
 しかし案じる間もなく、恭平のいる側の舞台袖から湊がギターを片手に現れた。
「湊さん! ありがとうございます」
 小声で感謝を伝える。
「それは俺のセリフ。あいつの歌、ライブだとさらにヤバいな」
 そう言ってギターアンプのほうへ向かった。チョロQと小平もそれぞれの位置につき、セッティングの確認を始めている。
 恭平は安堵から脱力しそうになった。そんな場合ではないのだが、ここ一ヶ月奔走してきたことが報われて、肩の荷が下りた気分になったからである。むしろこれからが本番なのだが、それでもアルグレに認めてもらえた事実は大きい。

 観客も気がついたようで、客席がざわつき始めた。
「だれ?」「見たことある」「アルグレじゃね?」「うそ? Kawase?」
 その声で響も後ろを振り返り、唖然とした顔を見せた。
「どういうこと?」
 問いかける声を上げたものの、ドラムの小平がスティックを三回叩いた合図で、ドラムとベースが鳴り始めたため、響に返答する間がなかった。

 三曲目の『ゼロ・カウント』が本来のバンドバージョンで始まった。
 アコースティックバージョンとはまるで別物である。自分の腕を遥かに超えるプレイヤーたちによって演奏されていて、その意味でも違う曲のように感じた。
 しかしそれで感激するどころではなかった。

 響の歌が始まったとき、自分が演奏する側にいることを一瞬忘れた。
 聴き惚れてしまい、観客のひとりになったかのように呆然として、今にも演奏の手を止めてしまいそうだった。
 響は本物の天才だった。
 衝撃という言葉では足りない。
 初めて声を聴いたとき以上に全身が粟立ち、ただただ圧倒された。力強くのびのびとしているようで、途端に繊細に声を抑える。歌詞を聴き取ろうとしなくてもダイレクトに歌が脳を刺激して、目の前に別世界が見えるようだった。

 アコースティックバージョンでも十分なほど響の魅力は出ていた。しかし響の声はバンドでこそ最も映えるものだったのだ。
 声に惚れ込み、最も魅力を引き出せるためにと苦心して作ってきた。その目指した先は間違っていなかった。

 湊がわざわざメンバーを連れてきたのもそれが理由だと知った。
 湊一人の客演でも十分過ぎるほどだし、多忙の身でありながらこんな高校の学祭に出て、しかも無報酬だ。それなのにわざわざメンバーを呼んだのは、響の歌を最大限に魅せるためだったのだ。

 アルグレが学祭ライブに飛び入り参加している。
 しかもKawaseの弟のオリジナル曲を演奏しているらしい。
 その情報が校内を駆け巡ったのか、まばらだった体育館は人が溢れるほどになってきた。もはやすし詰め状態である。
 大勢の人がステージに向かって手を挙げて、演奏に乗ってくれて、肌寒いほどだった体育館は熱気で汗ばむほどになっていた。
 響は楽しそうに歌っている。夢中な様子で、アルグレが後ろにいることなんて忘れているみたいに没入していた。


 三曲目が終わった。本来であればここでライブは終演のはずで、響はそう思っている。だからか後ろへ振り返り、きょとんとした顔を向けた。
「なんでアルグレが──」
 しかし終わりではない。
 湊がイントロを弾き始めて『露光』が始まると、響は慌てた様子を見せたが、またしっかりと歌い始めた。

 響の歌に酔う。アルグレにばかり注目していた観客たちも、いつしか吸い寄せられたように響を見ていた。
 楽しげに音楽に乗り、観客に手を上げて煽り、小さな体を大きく動かして全身で歌っている。
 惚れ抜いた声が空間に轟き、興奮を生み出している。
 一人で黙々と作っていた曲が、自身の能力を上回る技術で演奏され、自身もその洪水の一部となって音を響かせている。
 
 胸がいっぱいになって感極まり、頭がどうにかなりそうだった。

 七年もの間、コンクールを目指すためだけにピアノを弾いていた。
 母がいなくなり、その後の七年は一人でバンドを組むという頭の痛い真似をして孤独を紛らわせていた。
 曲をつくる楽しさを知り、響に出会って目的を見つけた。それでも一人で音楽を奏でる世界からは出られなかった。
 そして今、その響とともに音楽を奏でている。自らが作った曲をこれ以上ない形で演奏している。体育館が埋まるほどの観客をひとつにしている。
 孤独が嫌だったわけじゃない。寂しいと思ったこともない。一人でバンドの形にして遊んでいたことも、惨めだと感じたことはなかった。
 それでも、これを経験してしまうと元の孤独には戻れない思った。
 これまで経験したどんな喜びも敵わないほど最高の瞬間だった。

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