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27. 戦慄と欲望

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 響のあの目が頭から離れない。
 熱っぽく潤んだ目の奥に、ギラギラと獲物を狙う肉食獣のような光を見た。

 その目を見たとき我が物にしようとした自分の浅はかさにおののいた。
 声に惚れ込んだから、曲を作って歌ってもらってすべてを自分のコントロール下に置きたいと望んだ。それで響のすべてを手に入れられると思っていた。
 あの目を見たときに、そんなことは到底不可能なことだと本能的に感じた。

 響が自力でレコーディングした歌を聞いたときは、ただ感激して歓喜に酔っていたから気づいていなかった。
 世界一の声だと思っていたけど、それは自分の好みのど真ん中だからという想いがあった。しかしそうではなかったのだと気づき始めた。何年も歌うことをやめていて、再び歌い始めたばかりだからまだ磨かれてはいないものの、あの原石は自分の器では計り知れないレベルなのかもしれない。
 プロにまでなった湊が小学生の響に嫉妬して意気を挫くというのも、大げさではなかったのかもしれない。その行為の是非は置いておき、そうせざるを得ないほどの才能だったのだ。

 とんでもない相手に惚れてしまったのかもしれない。
 しかも、その相手の才能を最もふるわせる手段でアプローチをしてしまった。
 他の誰のものにもなって欲しくないと強く思っているものの、自分の手には余るのではないかと戦慄した。
 あの才能を活かすために、自分の能力など及ばないのではないか。
 響の歌に合うように努力してきたものの、本当に魅力を伝えきれるのだろうか。

 不安に襲われて愕然となり、どう帰ったのかの意識のないまま恭平は帰宅した。

 週が明けて教室で顔を合わせたとき、平静に応対するように努めた。響も同じ気持ちだったのか、何事もなかったかのように以前通りに接してくれた。
 そのあとも同様に以前通り。つまり、親しくなる前の距離感のままだった。
 あまり近寄らないように意図したわけではないものの、香里奈との曲が大詰めだったこともあり、放課後もそれにかかりきりで多忙だった。響のほうも、曲を投稿したことで学年問わず声をかけられるようになっていた。兄のKawaseがXで響の投稿を宣伝したことが影響したようで、兄弟である事実が暴かれたとき以上の様子だった。

 あのとき芽生えた触れたいという欲望と、同時に抱いた戦慄を、どう処理すればいいのかわからなかったから、その距離感はありがたいことだった。
 惚れた男にろくに面と向かえない寂しさと、計り知れない才能を持った相手と組むことに対する恐れが、恭平を悩ませ、そこから目を逸らすほうへ意識を向けさせていた。

 しかしそんな日々を一週間ほど過ごしたころ、とうとう香里奈との曲が完成した。データを送信し、完全に恭平の手から離れた。
 とりあえず無事に終えることができた。その安堵からか、溜まっていた睡眠不足の影響か、昼休みの前の授業からうとうととし始めて、昼休みに入ったことにも気が付かず爆睡していた。

 しばらくして、やけに美味しそうな匂いが鼻腔を刺激して目が覚めた。
 すると、その匂いの元はすぐ近くから発せられていることに気づく。両手を机の上に置いてその上に突っ伏していた恭平は、発信源を辿って視線を動かし、響が間近で弁当を食べている姿を目に止めた。それだけでなく、何やら覗き込むようにじっとこちらを見ていたことにも驚いた。
「じろじろ見るな」
 恥ずかしさのあまり、ぶすっとした声が出てしまう。
「起きてたの?」
「人が寝てる横で弁当食うな」
 起き上がって伸びをする。覚醒したら、見られていたことよりも空腹の方が意識を占めてきた。
「いいじゃん」
「匂いで起こされる身になれよ」
「え! 臭かった?」
「逆だ逆」
「じゃあいいじゃん」
「そういや俺も食ってなかったわ」
 思い出して、カバンから惣菜パンを二つ取り出す。
「恭平っていつもパンだよな?」
「親父だけだからな」
「料理しないの?」
「休みの日くらい。あとは俺がする」
「え! 恭平って料理できるの?」
「できるっつーか、必要に迫られてやるだけだ。だから弁当なんて勘弁。時間がないってのにそんなことしてらんねー」また大きな欠伸が出る。
「食いかけだけど……食う?」
「要らん」
「残すから」
「全然食ってねーじゃん」
「うん。だから食べてよ。母さん悲しむじゃん」
 なぜか響は立ち上がる。
「どうした?」
「トイレ」
 そう言って、ふらふらと席を離れて行った。

 いきなりどうしたのかと心配になる。
 響とはこのように普通に話せてはいるものの、その希少な機会で観察した限り、響の様子に変化が起きていることに気づいていた。
 どこか緊張しているような、戸惑っているような態度が垣間見える。
 それはあのときの熱っぽい目が脳裏に焼きついているせいなのか、恭平が思い込んでいるからなのかはわからない。

 わからないものの、香里奈との曲作りは終わってしまった。解放されたのだ。
 向き合わなければならないときが来た。
 自分から誘っておいて、逃げ続けているわけにはいかない。
 その日の放課後に響と向き合い、バンドを組む話とレコーディングのことを話し合わなければならない。恭平は改めてそう決意した。
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