ディスコミュニケーションでもゼロカウントで

海野幻創

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22. ダンス曲完成

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 一刻も早く香里奈の曲を仕上げる。そのために全ての時間を作業に注いだ。
 香里奈のやる気は想像以上で、急がせる必要もなく、自ら進んでアイデアを出してくれたばかりか、歌詞も請け負ってくれた。
 さらには「この日までに完成させて欲しい」と期限を決められた。制作した曲をSNSに投稿するつもりらしい。曲が完成したらダンスを撮影し、編集する予定を立てて三年の西川先輩に依頼をしたようだ。
 寝ずの勢いで作業に励んだことで、香里奈の歌レコーディングもミックス作業も順調に進み、撮影の前夜には完成することができた。

 その翌日の夜、撮影を終えた香里奈からLINEが届いた。夏休みの最終日に動画を投稿するという。西川先輩は仕事が早い。LINEは打ち上げをするから来て欲しいという誘いだった。
 打ち上げという存在自体は知っていたものの、出たことも誘われたこともない。参加した自分の姿を想像できず、また行く気もなかった恭平は丁重にお断りした。

 夏休みはまだ一週間ほど残っていたものの、根を詰め過ぎた反動からか、自宅でぼーっと過ごしていたらあっという間に過ぎてしまった。
 そして夏休み最後の日、予告通り香里奈から動画へのリンクが添付されたLINEが届いた。

 ダンスは何度も見ているし、耳にタコができるほど聴いた曲だ。普段は曲を投稿し終えた途端に興味をなくし、再生回数さえろくに確認しない。しかし今回ばかりは別だ。
 曲は恭平が制作したものだが、歌詞も歌も他人の手が入り、方向性やアイデアも共に練ったものである。MVまで制作したとなっては確認せずにはいられない。
 撮影は河原とビル裏の二箇所で行ったようで、全体のショットとクローズアップのショットを巧みに編集している。シンプルながらもかっこいい。高校生の初投稿にしてはなかなか立派とも言える完成度だった。
 提供という形で参加するのも面白いものだ。苦労した甲斐があったと達成感に浸り、顔をほころばせた。

 そして夏休みは終わった。
 だらけた生活をして昼夜が逆転していた恭平は、登校初日に寝坊をしてしまった。重役出勤ならぬ遅刻登校で部室へと向かう。

 サボりなのだから音の出るドラムはさすがに叩けないと考えて、ヘッドフォンをつけてキーボードを弾くことにした。香里奈の曲を作りながら、新しいアイデアを色々と思いついていたのである。

 夏休み明けのこの時期はまだ暑い。三時間目の終わりを告げるベルが鳴ったとき、一息つくためにヘッドフォンを外した。汗をぬぐおうとすると、かすかにドアノブの回る音が聞こえた気がした。
 気のせいかもしれない。
 恭平は数秒ほどそのまま耳をすませる。
 じりじりとドアノブを見つめるも、音はしない。
 気になって落ち着かなくなった恭平は、部室のドアを開けて外を見た。

 するとそこには今にも去ろうとしている響がいた。
「響!」
 声をかけたものの振り向かず、部室に背を向けて佇んでいる。
「待てって」
 歩き出そうとしたため、近づいて響の腕をつかんだ。
 響は驚いたように肩を震わせて、ゆっくりとこちらへ振り向く。
 表情は強張ってはいるものの怒り感じられない。
 響は遠慮がちに上目でこちらを見た。
「ダンスのMV見たよ。あんなのも作れるんだね」
 声も以前のときとは違って躊躇いが混じっているように聞こえる。
 この機会を逃すわけにはいかない。
 恭平は響の枷を外すために、できる限りのことをしようと心を決めた。
「……葉山さんとは、バンドを組むわけじゃない。頼まれたけどはっきり断った。それでもしつこく頼まれたから、仕方なく別に曲を作ったんだ」
 響はハッとして、強張っていた表情を緩めた。
「本当は響以外に歌ってほしくはないんだ」
「それはKawaseの弟だから……」
 視線を泳がせているものの、声に意固地さは感じられない。
「響のことを、Kawaseさんの弟だと意識したことは一度もない。それに、俺は作曲するために色んなボカロPを聞いて研究しているから、特別にKawaseさんのファンというわけではない」
「でも葉山さんが……」
 香里奈の名前を出したということは、荒療治が効いているのかもしれない。そうだとしたらあと一押しだ。
 身勝手な願望ではあるものの、願っているだけでは叶わない。もしも本当は歌いたいと思っているのなら、自分も同じ気持ちであることを言葉にして伝えたい。
「だから、俺は響以外とは組みたくないんだ。俺とバンドを組んでくれないか? 部活でやってる今のコピーバンドとは別に、俺の曲で」
「恭平とバンド? 俺が?」
「それが俺の唯一の望みだ」
「俺がボーカル?」
 響の様子に変化が見えた。声は震えを帯び始め、表情には戸惑いが伺える。
「そう。響が承諾してくれるなら」
「ギタリストだよ?」
「それでも、ボーカルはお前以外にいない」
「下手くそなのに?」
「外からだが聞いた。お前の歌は期待以上だった。声に惚れていたから、技量は構わないと思っていたけど、Kawaseさんが言っていた通り、歌の技術も並じゃなかった」
「葉山さんだってプロになれるくらいのレベルだよ」
「お前の声がいい。その声で歌って欲しい」

 響の声は恭平にとって世界の誰よりも魅力的な声であり、兄が選んだMistyなんて目じゃないほどの技術も持っている。それを知って欲しい。
 言葉を尽くすことしかできなくても、それしかできなのなら、信じてくれるまで何度でも言葉を重ねよう。
 そのつもりで、響の様子を見守っていた。

 響は何も言わなくなり、俯いたままわずかに肩を震わせている。見ているとふらふらとしたため、慌てて手を添えて身体を支えた。
 グスッと鼻をすする音がして、泣いているのかもしれないと考えて背中をさすった。

 響は湊の言葉がトラウマとなり、歌うことをやめてしまった。それなのに、歌ってほしいと頼まれたことで戸惑っているのかもしれない。
 本音では歌いたいのか、本気で歌う気がなくなったのか。
 言葉では拒否の姿勢しか見せないためわからない。
 しかし、香里奈による荒療治では見たこともないほどの怒りを見せていた。
 湊から聞いた響の昔の様子と、香里奈の推測も合わせて考えると、本音では歌いたいのだと思えてならない。

 まだ授業中なのに部室の前では咎められると案じた恭平は、とにかく部室の中へ連れて行こうと支えたまま中へ誘導した。
 響は黙ってされるがままについてきてくれて、椅子の前に手を引いて促すと、おとなしく腰を下ろした。
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