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20. 荒療治

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 一週間ほど経った頃、恭平は部室に顔を出した。
 避けていたわけではなかったが、なんとなく足が遠のいていた。
 ちゃんみなの『ハレンチ』を聴いて方向性を定めたので、バンドサウンドで曲作りを進めていて、久しぶりにやってきたのだった。
 ヘッドフォンでも悪くないものの、アンプに繋げて爆音でかき鳴らすとイメージが膨らみやすい。

「よお、ギブソンじゃん」
 30分ほどして響がやってきた。ご機嫌というわけではないものの不機嫌ではない感じだ。
「よお」
 恭平は声を震わせないように努めて言った。
 響は軽く頷いただけで、黙ったまま前を通り過ぎ、机のうえにギターケースを置いた。
 椅子に座り、中身を取り出してチューニングを始めている。
 いつもなら挨拶をしたあと、どちらともなく話し始めて話題が転がるのだが、今日は互いに先を続けられない。
 部室には互いのギターの音だけが響いている。

 するとふと思い出したように響は顔を上げた。
「そういや学祭の曲はどうなった? 『ダンスホール』まじで演るの?」
「さあ。北田たちと会ってないから」
 恭平はなぜか嘘をついた。第二体育館で毎日顔を合わせているのに。
「まじ? じゃあずっと恭平一人だったわけ?」
「えっ?」
 嘘がバレなかったということは、響も部室に来ていなかったのかと気づく。
「何? 一年でも来てた?」
 そのときガチャリとドアのノブが回る音がした。
 響と同時にドアのほうを向く。

 香里奈だった。驚いた表情のあと、なぜかニヤリとした笑みを浮かべた。
 約束はしていないはずなのになぜ来たのかと、恭平は訝しむ。
「河瀬くんじゃん。一週間ぶり」
「北田たちはいないよ」
「知ってるよ。さっきまで一緒だったんだから。北田たちは下手くそだから基礎練させることにした」
「基礎練? どこでやってんの?」
「第二体育館」
「は? なんで?」
「なんでって、ダンスするなら第二しかないし」
「ダンス?」
「あれ、恭平伝えてないの?」
 香里奈がこちらを見る。
「恭平って呼ぶな」
「いいじゃん! それでなかったらKyoって呼ぶよ? そっちの方が嫌でしょ?」
 この女……隠さないほうがいいと言っていたものの、言い方というものがあるだろう? 聞かれてもいないのにそれを促すような真似をしたばかりか、煽るような物言いだ。
 恭平は香里奈を睨みつけたが、こちらを見ておらずニヤニヤとした笑みを響に向けている。
「河瀬くん、知ってたんでしょ? 嘘ついたな」
「なんのことだよ」
「Kyoと組むことになったの」
「うそだろ?」
 響と同時に恭平も飛び上がった。人を殴りつけたいという欲求はこのようにして生じるものなのだと生まれて初めて知る。
「私の歌を気に入ってくれて」
 響は眉間に皺を寄せ、口元は歯を食いしばるようにして歪んでいる。一週間前に『声が好きだから歌って欲しい』と頼んできた恭平が、まるで香里奈に心変わりしたような物言いをされては苛立つのも無理はない。
「Kyoの再生回数見た? 3万いくよ。かなりきてるよね。組むなら今がチャンスじゃん。アルグレみたいに高校で投稿始めたらデビューも遠くないかも」
 香里奈の意図が読めず、恭平も苛立ってきた。嘘はついていないものの、わざと誤解させるような言葉を選んでいるような気がしてならない。
「『ゼロ・カウント』のギターは河瀬くんなんでしょ? せっかくだからベース探したら?」
「俺は今のバンドでいい。探すならドラムだ」
 響は怒ったような声で吐き捨て、ギターを置いたまま部室を出ていった。
 対して香里奈はニヤニヤとした笑みを浮かべたままだ。響を怒らせた自覚があるのかないのか、気にしている様子はない。

「なんであんな言い方したんだ」
「嘘はついてないでしょ?」
「そういう問題じゃない。響はキレてたぞ?」
「怒らせたんだよ」
「なんで怒らせたんだよ!」
 恭平が声を荒げると、香里奈は心外だというように目を丸くした。
 次に眉根をひそめ、こちらにズイッと顔を寄せる。
「わかんないの?」
「なにが?」
「嘘は言わずに勘違いさせて、嫉妬させたんだよ」
「嫉妬?」
「河瀬くんは本当は歌いたいんだよ。キレてるのは私に嫉妬してるから。頑なに歌わないってのは、つまりこだわりがあるからだよ。鼻歌すら聞かせないなんてよっぽどじゃない? 歌ってくれって真正面から言ったって聞かないよ。荒療治が必要なの」
「荒療治?」
「声が好きだって言ってくれてるのに、恭平が私をボーカルに選んだら俺じゃないのかよってならない? じゃあ俺の歌を聴かせてやるって、河瀬くんなら奮起しそうだと思ったわけ」

 なるほど意図は理解できた。打つ手がなく凹んでいただけの恭平の願いを汲んでくれたことはわかった。

 とは言え断りもなく勝手にやったこと、響を怒らせたこと、自身もその共犯のように扱われたことには怒りを向けてもいいだろう。
 そう感じてキレてやろうと思ったものの、もし成功したらとも考えてしまって怒りに駆られることができなかった。しかもすでに手遅れで、対処の方法も思いつかない。
 恭平は躊躇で足を止めたまま、響を追いかけることができなかった。
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