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18. ワンフレーズ
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恭平はもらったデータを元に早速耳コピを開始して、徹夜で『急転直下アサルトボーイ』のピアノのアレンジを考えた。急ぐ必要はないものの、一刻も早く作戦を試してみたくて眠ってなどいられなかったのだ。
寝不足で重くなった身体を引きずって学校へと向かい、部室棟へと至る道の途中で香里奈にかち合った。
「恭平!」
呼ばれても気がつかない振りをしようと思っていたのに、名字ではなく名前で呼ばれて、思わず立ち止まってしまう。
「曲はどう?」
振り返ると、香里奈は笑みを浮かべていた。その距離10メートル足らず。
「昨日の今日でできるかよ」
「完成したかって聞いたわけじゃないの。アイデアとか、いつ頃できるかとか」
こちらへ向かって歩いてきた。
「それ以前にまだ承諾していない」
香里奈からそっぽを向いて、部室に向かって歩き出す。
「バラすよ?」
しかし香里奈はついてくる。
「脅迫すんな」
「じゃあ、私の熱意を聞いて。なんでもおごるから、どっか行こう」
「いやだ」
「なんでよ」
あと少しで部室に到着してしまうというのに、香里奈は去ろうとしない。このままでは計画を実行できない。
恭平は諦めて、白旗を上げることにした。
「あのさ」
立ち止まると、香里奈も合わせて歩みを止めた。
「なに?」
「曲作ってもいい」
「まじで?」
「だから数日そっとしておいてくれないか? 周りの誰にも言わずに」
「ん?」
香里奈は目を丸くしてそのまま固まり、数秒静止したあと再起動したように目をパチパチとさせた。
「ああ、私に曲を作ることがバレちゃうと河瀨くんが面白くないのかな?」
「そういうわけじゃない……けど」
「恭平ってさ、河瀨くんのこと好きなんでしょ?」
「はあっ?」
思わぬことを言われて面食らう。
香里奈はそれを見て口をすぼめた。
「──やっぱりね。ただのミューズなはずがないと思った」
細めた目を観察するようにこちらに向けて、ふむふむと一人で納得したように頷いている。
「まだ付き合っているわけじゃないのかな? その感じは」
「付き合ってる? 何言って──」
「ていうかそっとしておいてって何? 告白でもするつもり?」
「告白?」
「まじ? それならそうと早く言ってよ。北田たちがいるんじゃないの? 追い出してあげようか?」
動揺したがゆえの単なるオウム返しを、香里奈は誤解してしまったようだ。
「しばらく部室に来ないようにしておいてあげるよ」
香里奈に手を掴まれ、北田たちの馬鹿笑いが漏れ聞こえている部室の方へと引っ張られた。
「頑張れ、恭平!」
小声で耳打ちされ、部室へと背中を押されて中へ入った。香里奈は響をちらりと見て、北田たちのところへ歩み寄る。
「北田、弓野、今日もダンス練見に来る?」
「あ、行く行く!」
北田が答えて立ち上がったのを弓野は恨めしげに見た。
「俺は……練習しないと」
「由美が来て欲しいって言ってたよ」
香里奈が言うと、弓野は一転して嬉しげな顔になる。
「まじ?」
「ベースの練習なら家でもできるでしょ? ダンスは体育館じゃなきゃできない」
その言葉で決心を固めたのか、弓野はベースを片付け始めた。
「じゃ、またね」
そう言って、香里奈は北田たちを引き連れて颯爽と去っていった。
「おいおい、あんなんで学祭間に合うのか?」
響は呆れた様子で三人を見送っている。
恭平はそそくさとキーボードの前へ行き、椅子に座って小さく深呼吸をした。
香里奈に何か誤解をされたような気もするが、今はそれどころじゃない。昨夜立てた作戦の遂行に集中しなければ。
もう一度深呼吸をして、『急転直下アサルトボーイ』を弾き始めた。
「恭平、おまえ、そんなのも弾けんの? もうどこにも残ってないだろ?」
響は驚いた声をあげてこちらに近づいてきた。恭平は今にも演奏の手が震えてしまいそうになるのを抑えながら、なるべく気のない態度に見えるように努めて答えた。
「昨日Kawaseさんからデータもらった」
「まじ?」
「俺はやっぱりレンバージョンが好みだ」
「ああ、昨日も言ってたな。俺もそう思う」
「だろ? Kawaseさんはミクをよく使ってるけど」
「恭平はレンだもんな」
「これ、歌詞どんなだったっけ?」
寸前に弾いていた箇所をもう一度弾き直す。
「なに?」
「Cパートのここ」
言いながら再び繰り返す。
「ああ『ひどく憂鬱なシチュエーション 華に焦がれ 太陽に焦がれ 君の説に絶対同調』だよ」
「そうだっけ? 『君に焦がれ 太陽に焦がれ 彼方の説に絶対同調』じゃなかったっけ?」
「何言ってんの。リズム狂うだろ」
「狂わないって。俺のが合ってる」
言った直後に鼻歌でCパートを歌った。
「違うって! 『君の説に絶対同調』じゃないと入りがおかしくなる」
響がだんだんとムキになっている。作戦通りだった。
煽るために恭平も不満げに声を荒げる。
「昨日聴き込んだんだぞ?」
「たかが一日だろ? 俺なんて何日も聴き込んでる」
「でも」そう言って恭平は今度ははっきりと歌った。
「ほら、合ってる」
「違うって言ってんだろ? 『君の』の前に一拍入るんだよ」
響は苛々とした声で言ったあと、鼻歌でもなくはっきりと歌詞を乗せてCパートを歌った。
「おい、どうした? 恭平?」
響が何か言っているようだが、呆然としてしまって反応できない。
「どうした?」
響は恭平の肩を揺すって視線を合わせてきた。
その姿を見て、改めて喜びがこみ上げる。
作戦は成功し、念願の響の歌声を聞くことができた。しかもたったワンフレーズだけでも、技術的な高さを伺わせるものだった。
生まれて初めて恋心を抱いた男であり、ボカロPとして声に惚れ込んでいた相手が、期待以上の歌声を聞かせてくれたのだ。
高ぶり迫る感情と、自作曲を歌って欲しいという抗いがたい切望が入り混じり、自分でもわけがわからなくなっていた。
「お前の声で俺を歌ってくれないか?」
恭平がポロリとこぼした言葉で、二人とも見合ったまま時が止まったようになった。
数秒ほど経って、慌てて言い添える。
「あ……俺の曲を……」
ぽかんとしていた響もハッとして、訝しげに眉根をひそめた。
「何言ってんの? 俺はギタリストだ」
「わかってる。でも歌って欲しい」
「いや、歌は下手だから……」
響はわかっているだろ?という顔をしたものの、恭平は本人の言葉でもカッとなった。
「そんなわけない! お前は天才だ! 他の楽器とは違って、歌は上手いだけじゃだめなんだ。天性の声が必要なんだ」
「耳がおかしいんじゃないか? 普通の声だよ。それに声が良くても下手なら意味ないだろ」
「いや、お前は技術もある。ギターも上手いが、歌はそれ以上のはずだ」
「いやいや、下手だって」
「それは誤解だ!」
「誤解ってなんだ?」
「Kawaseさんに言われたんだろ? 歌ったら否定されたんじゃないのか?」
「なんで知ってるんだ?」
響の顔が怒りに赤く変わったのを見て血の気が引いた。
思わず口にしてしまったことを後悔し、取り繕うために言葉を探す。
「やっぱり……頑なに歌わないから何か理由があるんじゃないかと思ったんだ」
「兄貴から聞いたのか?」
「聞いてない。Kawaseさんは、なぜ響が歌わないのか知らないようだった。『上手いんだからボーカルやればいいのに』としか言ってない」
響はいきなり殴られたかのように目をパチクリとし、怒りのメーターが振り切れたと言わんばかりに今度は青くなった。
「俺は歌わない」
「なんでだよ!」
「あんな少しで上手いか下手かわかるかよ?」
「わかる。というか下手でも構わない」
「は? 何言ってんの? じゃあ北田でいいじゃん」
「北田でいいわけないだろ? お前の声が好きなんだから!」
湊の名前を出したせいで響の過去の傷を引っ掻いてしまったようだ。そのミスを自省しつつも、ここで引き下がったら逆効果になると考えて踏ん張っていた。しかし立て板に水で、さらには北田なんかを持ち出してきたものだから恭平もとうとう冷静ではいられなくなった。
「初めて響の声を聞いたとき鳥肌が立った。響の声がたまらなく好きなんだ。誰よりも、どんな声よりも」
「俺の声が?」
大きく頷く。
「今喋ってる声も?」
「ああ」
「まじで? こんな声が?」
「ああ。もうここまで言ったから言うけど、聞くたびにゾクゾクする」
「ゾクゾクって……」
「作った曲を響に歌ってもらえたらってずっと願ってた」
「俺に?」
「お前以外に歌って欲しくない」
「何をどう言われても歌わない!」
「さっき歌ったじゃないか」
歌ってもらえるなら全てをさらけ出してやるとばかりに本心をぶつけた。しかし響は頑なに聞いてくれない。これ以上どうやって言葉を尽くせばいいというのか。
「あんなの歌ったうちに入らないだろ?」
「……入る」
「ろくに聞いてもいないくせに」
「じゃあ歌ってみてくれないか?」
「嫌だ」
「どうやったら歌ってくれるんだ? 録音するわけじゃない。俺の前で少し歌ってみてくれるだけでいい」
「バカだな! それが一番嫌だよ!」
恭平は顔面を殴られたような衝撃を受けた。
「そんなにボーカルが必要なら、葉山さんとか別の人にしろよ」
放心して言葉に詰まっていたら、さらに追い打ちをかけられるようなことを言われた。
ただ歌うことが嫌だというだけでなく、自分の前で歌うことが一番嫌だと言い切られ、しかも他の歌い手の名前を出した。それほどまでに嫌だということなのか。
響は苛々とした様子で視線を逸らしている。
あの様子ではこれ以上何を言っても無駄だ。
そう悟った恭平は、これ以上この場にいたくないと感じ、「わかった」とつぶやいて、ふらふらと部室を出ていった。
寝不足で重くなった身体を引きずって学校へと向かい、部室棟へと至る道の途中で香里奈にかち合った。
「恭平!」
呼ばれても気がつかない振りをしようと思っていたのに、名字ではなく名前で呼ばれて、思わず立ち止まってしまう。
「曲はどう?」
振り返ると、香里奈は笑みを浮かべていた。その距離10メートル足らず。
「昨日の今日でできるかよ」
「完成したかって聞いたわけじゃないの。アイデアとか、いつ頃できるかとか」
こちらへ向かって歩いてきた。
「それ以前にまだ承諾していない」
香里奈からそっぽを向いて、部室に向かって歩き出す。
「バラすよ?」
しかし香里奈はついてくる。
「脅迫すんな」
「じゃあ、私の熱意を聞いて。なんでもおごるから、どっか行こう」
「いやだ」
「なんでよ」
あと少しで部室に到着してしまうというのに、香里奈は去ろうとしない。このままでは計画を実行できない。
恭平は諦めて、白旗を上げることにした。
「あのさ」
立ち止まると、香里奈も合わせて歩みを止めた。
「なに?」
「曲作ってもいい」
「まじで?」
「だから数日そっとしておいてくれないか? 周りの誰にも言わずに」
「ん?」
香里奈は目を丸くしてそのまま固まり、数秒静止したあと再起動したように目をパチパチとさせた。
「ああ、私に曲を作ることがバレちゃうと河瀨くんが面白くないのかな?」
「そういうわけじゃない……けど」
「恭平ってさ、河瀨くんのこと好きなんでしょ?」
「はあっ?」
思わぬことを言われて面食らう。
香里奈はそれを見て口をすぼめた。
「──やっぱりね。ただのミューズなはずがないと思った」
細めた目を観察するようにこちらに向けて、ふむふむと一人で納得したように頷いている。
「まだ付き合っているわけじゃないのかな? その感じは」
「付き合ってる? 何言って──」
「ていうかそっとしておいてって何? 告白でもするつもり?」
「告白?」
「まじ? それならそうと早く言ってよ。北田たちがいるんじゃないの? 追い出してあげようか?」
動揺したがゆえの単なるオウム返しを、香里奈は誤解してしまったようだ。
「しばらく部室に来ないようにしておいてあげるよ」
香里奈に手を掴まれ、北田たちの馬鹿笑いが漏れ聞こえている部室の方へと引っ張られた。
「頑張れ、恭平!」
小声で耳打ちされ、部室へと背中を押されて中へ入った。香里奈は響をちらりと見て、北田たちのところへ歩み寄る。
「北田、弓野、今日もダンス練見に来る?」
「あ、行く行く!」
北田が答えて立ち上がったのを弓野は恨めしげに見た。
「俺は……練習しないと」
「由美が来て欲しいって言ってたよ」
香里奈が言うと、弓野は一転して嬉しげな顔になる。
「まじ?」
「ベースの練習なら家でもできるでしょ? ダンスは体育館じゃなきゃできない」
その言葉で決心を固めたのか、弓野はベースを片付け始めた。
「じゃ、またね」
そう言って、香里奈は北田たちを引き連れて颯爽と去っていった。
「おいおい、あんなんで学祭間に合うのか?」
響は呆れた様子で三人を見送っている。
恭平はそそくさとキーボードの前へ行き、椅子に座って小さく深呼吸をした。
香里奈に何か誤解をされたような気もするが、今はそれどころじゃない。昨夜立てた作戦の遂行に集中しなければ。
もう一度深呼吸をして、『急転直下アサルトボーイ』を弾き始めた。
「恭平、おまえ、そんなのも弾けんの? もうどこにも残ってないだろ?」
響は驚いた声をあげてこちらに近づいてきた。恭平は今にも演奏の手が震えてしまいそうになるのを抑えながら、なるべく気のない態度に見えるように努めて答えた。
「昨日Kawaseさんからデータもらった」
「まじ?」
「俺はやっぱりレンバージョンが好みだ」
「ああ、昨日も言ってたな。俺もそう思う」
「だろ? Kawaseさんはミクをよく使ってるけど」
「恭平はレンだもんな」
「これ、歌詞どんなだったっけ?」
寸前に弾いていた箇所をもう一度弾き直す。
「なに?」
「Cパートのここ」
言いながら再び繰り返す。
「ああ『ひどく憂鬱なシチュエーション 華に焦がれ 太陽に焦がれ 君の説に絶対同調』だよ」
「そうだっけ? 『君に焦がれ 太陽に焦がれ 彼方の説に絶対同調』じゃなかったっけ?」
「何言ってんの。リズム狂うだろ」
「狂わないって。俺のが合ってる」
言った直後に鼻歌でCパートを歌った。
「違うって! 『君の説に絶対同調』じゃないと入りがおかしくなる」
響がだんだんとムキになっている。作戦通りだった。
煽るために恭平も不満げに声を荒げる。
「昨日聴き込んだんだぞ?」
「たかが一日だろ? 俺なんて何日も聴き込んでる」
「でも」そう言って恭平は今度ははっきりと歌った。
「ほら、合ってる」
「違うって言ってんだろ? 『君の』の前に一拍入るんだよ」
響は苛々とした声で言ったあと、鼻歌でもなくはっきりと歌詞を乗せてCパートを歌った。
「おい、どうした? 恭平?」
響が何か言っているようだが、呆然としてしまって反応できない。
「どうした?」
響は恭平の肩を揺すって視線を合わせてきた。
その姿を見て、改めて喜びがこみ上げる。
作戦は成功し、念願の響の歌声を聞くことができた。しかもたったワンフレーズだけでも、技術的な高さを伺わせるものだった。
生まれて初めて恋心を抱いた男であり、ボカロPとして声に惚れ込んでいた相手が、期待以上の歌声を聞かせてくれたのだ。
高ぶり迫る感情と、自作曲を歌って欲しいという抗いがたい切望が入り混じり、自分でもわけがわからなくなっていた。
「お前の声で俺を歌ってくれないか?」
恭平がポロリとこぼした言葉で、二人とも見合ったまま時が止まったようになった。
数秒ほど経って、慌てて言い添える。
「あ……俺の曲を……」
ぽかんとしていた響もハッとして、訝しげに眉根をひそめた。
「何言ってんの? 俺はギタリストだ」
「わかってる。でも歌って欲しい」
「いや、歌は下手だから……」
響はわかっているだろ?という顔をしたものの、恭平は本人の言葉でもカッとなった。
「そんなわけない! お前は天才だ! 他の楽器とは違って、歌は上手いだけじゃだめなんだ。天性の声が必要なんだ」
「耳がおかしいんじゃないか? 普通の声だよ。それに声が良くても下手なら意味ないだろ」
「いや、お前は技術もある。ギターも上手いが、歌はそれ以上のはずだ」
「いやいや、下手だって」
「それは誤解だ!」
「誤解ってなんだ?」
「Kawaseさんに言われたんだろ? 歌ったら否定されたんじゃないのか?」
「なんで知ってるんだ?」
響の顔が怒りに赤く変わったのを見て血の気が引いた。
思わず口にしてしまったことを後悔し、取り繕うために言葉を探す。
「やっぱり……頑なに歌わないから何か理由があるんじゃないかと思ったんだ」
「兄貴から聞いたのか?」
「聞いてない。Kawaseさんは、なぜ響が歌わないのか知らないようだった。『上手いんだからボーカルやればいいのに』としか言ってない」
響はいきなり殴られたかのように目をパチクリとし、怒りのメーターが振り切れたと言わんばかりに今度は青くなった。
「俺は歌わない」
「なんでだよ!」
「あんな少しで上手いか下手かわかるかよ?」
「わかる。というか下手でも構わない」
「は? 何言ってんの? じゃあ北田でいいじゃん」
「北田でいいわけないだろ? お前の声が好きなんだから!」
湊の名前を出したせいで響の過去の傷を引っ掻いてしまったようだ。そのミスを自省しつつも、ここで引き下がったら逆効果になると考えて踏ん張っていた。しかし立て板に水で、さらには北田なんかを持ち出してきたものだから恭平もとうとう冷静ではいられなくなった。
「初めて響の声を聞いたとき鳥肌が立った。響の声がたまらなく好きなんだ。誰よりも、どんな声よりも」
「俺の声が?」
大きく頷く。
「今喋ってる声も?」
「ああ」
「まじで? こんな声が?」
「ああ。もうここまで言ったから言うけど、聞くたびにゾクゾクする」
「ゾクゾクって……」
「作った曲を響に歌ってもらえたらってずっと願ってた」
「俺に?」
「お前以外に歌って欲しくない」
「何をどう言われても歌わない!」
「さっき歌ったじゃないか」
歌ってもらえるなら全てをさらけ出してやるとばかりに本心をぶつけた。しかし響は頑なに聞いてくれない。これ以上どうやって言葉を尽くせばいいというのか。
「あんなの歌ったうちに入らないだろ?」
「……入る」
「ろくに聞いてもいないくせに」
「じゃあ歌ってみてくれないか?」
「嫌だ」
「どうやったら歌ってくれるんだ? 録音するわけじゃない。俺の前で少し歌ってみてくれるだけでいい」
「バカだな! それが一番嫌だよ!」
恭平は顔面を殴られたような衝撃を受けた。
「そんなにボーカルが必要なら、葉山さんとか別の人にしろよ」
放心して言葉に詰まっていたら、さらに追い打ちをかけられるようなことを言われた。
ただ歌うことが嫌だというだけでなく、自分の前で歌うことが一番嫌だと言い切られ、しかも他の歌い手の名前を出した。それほどまでに嫌だということなのか。
響は苛々とした様子で視線を逸らしている。
あの様子ではこれ以上何を言っても無駄だ。
そう悟った恭平は、これ以上この場にいたくないと感じ、「わかった」とつぶやいて、ふらふらと部室を出ていった。
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