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12. ギターレコーディング

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 カラオケへ行った翌日以降、響と香里奈がどれほど親しくなっているのか戦々恐々としていたものの、恭平が見ている限りでは一切会話をしていない様子だった。見ている限りと言っても、相変わらずストーカーのように響を目で追っているので、ほぼ確実と言える。LINEなり連絡先を交換しているか、部活を終えたあとや休日に会っていなければだが、とりあえずは二人は急接近したわけではないようだった。
 それからの恭平は目覚めたように積極的になり、教室で勇気を出して自ら声をかけたり、響が自作曲を弾き始めても恥ずかしがらずに演奏に入っていったりと、見ているだけに留まらず存在感を出そうと奮起していた。
 というのも、恋心は叶わないと自覚はしていても、響の第一の友人ではありたいと願うようになっていたからである。今でも周りから見れば、誰よりも親しく見えているだろうとの自負はあるものの、これでもまだ足りない理由があった。

 響に自作曲のギターを弾いてもらいたいという想いだった。
 恭平もギターを弾けるものの、もともとの得意楽器はピアノであるし、ベースにドラムとバンド楽器のすべてに手を出しているので、ギターのみを朝から晩まで毎日弾いている響に敵うべくもない。それに響のギターセンスは兄のKawase以上だとも密かに思っている。
 自作曲のギターパートを響に考えてもらって、それをレコーディングする。
 自分で考えたリフが曲に乗るという喜びを味わってもらえば、ゆくゆくは歌ってもらえるようになるかもしれない。そう密かに考えていた計画だった。

 夏休みに突入した。
 初日の今日に誘いをかけてみようと考えていたため、緊張して落ち着かず、朝早くに部室へ行きレコーディングをしていた。

 すると一時間もしないうちに響がやってきた。
「早いな。寝てんの?」
 今日の響の寝癖は今月で一番ひどい。セットでは真似できない形にうねっている。こういう無頓着なところがたまらなく愛らしい。
「……あんまり寝てない」
「なに? 新曲でも作ってた?」
「あー、うん」
「どうした? 行き詰まってる?」
 深刻そうな表情と声音でおずおずと聞いてくる。
 いつもこんなふうに体調や心境を案じてくれるのだ。響のこういった優しさにはいつも救われているし、また何度ときめいたかわからない。
 しかし、今は惚れ惚れとしている場合ではない。
 恭平は無理やり気持ちを切り替える。

「ちょっとこれ聴いて欲しい」
 そう言ってパソコンを操作して、レコーディングしたばかりのドラム音を流し、その音に合わせてベースを弾き始めた。

 響は目をつぶってリズムに乗っている。気に入ってくれたのか口元はほころんでいる。
 しかし恭平は指先に注視していた。序盤はぴくりともしていなかったのに、少しづつウズウズとしたように微動し、かすかに動き始めた。
 内心ガッツポーズである。ベースラインをエアプレイしている可能性はあるものの、おそらくは頭にギターパート浮かんできたのだろう。というよりも、そうであって欲しいと願った。

「めちゃくちゃ良かったよ!」
 弾き終えて響が興奮した声をあげた。
 意表をつく形で畳み掛けるべく、恭平は作戦を開始した。
「何か思い浮かんだ?」
「えっ?」
「……弾いてみてくれ。もう一度同じの弾くから」
「えっ?」
 驚いた様子のこの今がチャンスだとばかりに、再びパソコンからドラム音を流してベースを弾き始めた。

 最初は戸惑いを見せていた響だが、曲が続いていくうちに徐々にギターを鳴らし始めた。
 まったくおぼつかず、ただコードを鳴らしながら少しリフのようなものをちょろっと弾いているだけだが、それでいい。この一歩はニール・アームストロングの月面での一歩よりも大きい。

「さすが響……もう一度頼む」
 演奏が終わって、響の反応は待たずにすぐまたベースを弾いた。
 五回ほどぶっ続けで演奏していると、響はコードを鳴らすだけでなく、少しずつオ試行錯誤し始めた。あの手この手で弾き続け、徐々に固まってきたのか旋律が一定し始めたの。いよいよだと頃合いだと見計らう。

「これ、録ってみてもいいか?」
「録るって、俺のギターを?」
「もちろん、アップするときはクレジット入れるから……」
 響は目を丸くして固まっている。
「……ダメか? 俺の考えたのよりも断然いいから、使わせてもらえたらありがたいんだが……」
「お世辞はいいよ!」
「そんなんじゃない、本気だ!」
 本気だと伝えるために、そう見えるように表情でも精一杯本気を見せた。
 すると伝わったのか、躊躇いがちにおずおずと微笑を浮かべた
「俺でいいなら……」

 内心は小躍りだが、喜びつつもクールに見えるように努力して立ち上がり、オーディオインターフェイスに繋がれたシールドを響に差し出した。
「これ」
「本当に俺なんかのギターを?」
「響だからだ」
 気が変わらないように急がなければと、そそくさと準備をし、早いところ録ってしまうことにした。
 一度でも録ってしまえば響も落ち着くだろう。
「じゃあ一回目」

 そう言って録った一発目はガタガタだったが、それも想定の内だ。今日のレコーディングは試し録りなので、いいものが録れるとは最初から思っていない。
「もう一回やらせて」
「……行くぞ」
 響はプライドに火がついたのか、やる気が出てきたようだ。

 十回ほど弾いたあと響を気遣って休憩を挟んだ。
 一度にやりすぎると二度とやらないなんてことになっては困ると思いつつも、やるたびに良くなっていくのでやめ時がわからない。このまま続けたらお試しどころか使えるかもしれない。
 熱中してしまい、予定では二十も録れればいいと思っていたのに、気がついた時には三十回も弾かせてしまっていた。

「これ使ってもいいか?」
「本気? まとまった演奏できなかったけど」
「大丈夫。編集するから。いいところを繋ぎ合わせる。使わせてもらえるとありがたい」
「……こんなんでいいなら」
 恭平は何度目かのガッツポーズ。もちろん心の中でだが、作戦は大成功だった。
 響の創作センスは予想を遥かに超えていた。こんなにもいいものが、しかも初日に録れるとは思ってはいなかった。
 恭平の心の中はバラ色で、珍しくもウキウキとしてテンションは最高潮だった。
 そのためか、最近積極的になっていることもあるからか、響と出会って初めての、というよりも生まれて初めてのことをした。


 パソコンをスリープモードにして立ち上がり、響の方へ振り向いた。
「飯食お」
「そういや飯抜きでやってたな。思い出したらめちゃくちゃ腹減ってきた」
「お礼に奢る。何が食いたい?」
「えっ?」
「親父がボーナスもらったから」
「おお! お小遣い奮発してもらった?」
「欲しい機材あったけど、とりあえず今のでも十分だし」
「じゃ、焼き肉」
「そんなの無理」
「えー! じゃあステーキ?」
「ステーキガストならいい」
「ガストかよ」
「十分だろ?」

 生まれて初めてのこととは、友人を外食に誘ったことだた。
 そのときはまだ頭の中は花が咲き乱れていたのでそれに気がついていなかったものの、ステーキガストに着いて響と向かい合った瞬間にそれに気づき、自らの積極性に驚いたと同時に、響と二人きりでの外食がまるでデートのようだと思い浮かんで、空腹はどこへやら、食事が喉を通らなくなってしまったのであった。
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