ディスコミュニケーションでもゼロカウントで

海野幻創

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11. カラオケ

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 放課後になり、恭平はバンドメンバーと、香里奈たち女子四人と合計八名で、最寄り駅の近くにあるマクドナルドで昼食を済ませ、同じビルの上階にあるカラオケボックスへと向かった。
 北田が既に部屋を予約してくれていたため、八人が入っても余裕があるほどの広さだった。
 部屋へ入るやいなや、北田たちはドリンクを取りに行き、戻ってきたのと入れ替わりで響とともにドリンクバーへと向かった。響はコーラを選択しコップに注いだあと、すぐに部屋へは戻らず、受付カウンター前にある待合席に向かって行ったため、恭平も後を追った。

「市場調査は?」
 お茶をテーブルの上に置いて、テーブル席に掛けていた響の向かい側の席に座った。
「まだこれからだよ」
 なぜ部屋へ戻らないのだろうかと考える。
 女子を前にして緊張しているのだろうか? それとも香里奈の可愛さに圧倒されているのだろうか?
 気になるがゆえに敢えて無関心さを装いながら会話を繋げる。
「響は何を歌うんだ?」
「……えっ? なに?」
「カラオケに来たんだから歌うんだろ?」
「カラオケ? ……歌うわけないだろ」
「わざわざ来ておいて歌わないのか?」
「……恭平こそ何歌うんだ? なとり?」
「歌うかよ」
「じゃあ何? ワンオク?」
「……何も歌わない」
「は? なんで?」
 響の前で歌いたくないという理由が一つ。もう一つは歌声にこだわりがあるから。自分の声は下手かどうか以前に、声質が嫌いで耐えられないのである。
「恭平って兄弟いんの?」
 いきなり明後日の質問をされて驚く。
「いない」
「一人っ子? じゃあ、親とか友達に言われた?」
「言われたって何を──」
 そのとき突然、響の背後に香里奈が現れ、テーブル席に残っていた椅子に腰を下ろした。
 こんなところにわざわざ来た理由はなんだろう?と考えをめぐらせるものの、何も思いつかない。
 香里奈はコップを両手で抱えるように持ち、響に視線を向けた。
「河瀬くん」
「なに?」
「河瀬くんもボカロ曲作ってる?」
 意表を突かれた質問に、自分が聞かれているわけでもないのに動揺が表に出そうになる。
「……作ってない」
「隠してるの?」
「隠すもなにも本当にやってない」
 香里奈はそれを聞いてムッとした顔になる。
「うそつかないで」
「本当だって」
「軽音部の部室でレコーディングしてるでしょ? それ用の機材が置いてあるの知ってるよ」
 今の質問にはさすがに肩を震わせた。
「Mistyみたいになりたい。アレグレみたいなバンドを組みたいの」
「カラオケに誘ったのもそれが理由。まずは歌を聞いてもらおうと思って、北田に河瀨くんを連れてきてもらったの。最近の曲ならなんでも歌えるから、河瀬くんの聞いてみたい曲を選んで」
「いや、だから、曲なんて作ってないし、バンドは既に組んでるし」
「あんなバンドなんてどうでもいいじゃん。北田より私の方が断然上手いよ」
「だったら軽音部に入ればいい」
 香里奈は再び苛立ちが表にでた。
「コピバンじゃなくてオリジナルでやりたいの。それに部活とかじゃなくてYoutubeに投稿とかしたいし」
「歌い手でいいじゃん」
「だから、Mistyみたいになりたいんだって! 歌い手じゃなくて、バンドのボーカルをやりたいの」

 最初は意図がわからず驚いたものの、女として響自身に興味があったわけではなく、バンドを組みたいという誘いだったらしいと知ってホッとした。
 しかし、響は完全に否定をしているのに、まったく聞こうとしないしつこさには同情してしまう。

「返事は歌を聞いてみてからでもいい。自信はあるけど、ジャンルとか好みの声質とかあるだろうし。河瀨くんの作ってるジャンルを歌ってみるから、どれなのか選んで」
 香里奈はコップを持って立ち上がる。
「とりあえず戻ってきて」
 そう言ってスタスタと部屋へ戻っていった。

「曲は何を選ぶんだ?」
 未だ困惑して呆然としていた響を見て、安堵の気の緩みから思わず喜びが声に出てしまう。口元も少し上がっていたかもしれない。
「……助けろよ」
「どうやって?」
 立ち上がってスマホをズボンのポケットに押し込むと、響も合わせて立ち上がり、コップを手に持った。
「『俺こそがボカロPだ』とかなんとか言って」
「勘弁しろよ」

 部屋へ戻ると、途端に響は香里奈に手招きをされ、強引にも隣に座らされていた。
 香里奈は北田たちに声をかけられても無視で、女子たちともまともに喋らず、リモコン用のタブレットを片手に響に話しかけている。
 あの様子では香里奈に気を惹かれるどころではないだろう。響は身をのけぞり、視線を逸らし、気のない返事をしている。それが可笑しくて笑みを堪えるのに必死だった。

 どうしても「河瀬くんの選んだ曲を歌う」と言って聞かない香里奈に根負けした響は、Adoの新譜を選んだようだった。
 歌い始めた香里奈は、自分で上手いと言うだけはある歌唱力で、Mistyみたいになりたいというのもあながち無理ではないと思えるレベルだった。
 もしも自作曲を香里奈が──などとは一瞬たりとも恭平の頭に浮かびはしないが、あの声ならカラオケで聞いても、【歌ってみた】で聞いてもアリだなと感心はした。
「アルグレは?」と女子が言いだしたので、香里奈はアルグレの『魔術師』を歌い始めた。
 下手に似せた歌い方をしていないところがいい。自分の歌い方というものを研究しているのか、自己流にかなりアレンジしていて、本気でボーカルを目指していることが伝わる歌唱だった。

「ねえ、河瀬くんが最近ハマってるの誰?」
「きょ……なとり」
 香里奈に答えた響の言葉を聞いて、慌てて立ち上がり部屋を出た。
 響の声か本人が歌う以外のなとりは聴きたくない。
 声にこだわりがあるというのは面倒なものだと自覚しつつも、我慢ができないのである。
 カラオケボックスの壁は薄いため、再びカウンター前のテーブル席に戻ることとなった。

 カラオケは父と来た記憶があったかどうかという、ほぼ初めてともいえる体験だったが、誘いに乗って来てよかったと思った。
 それは歌が聞けたからでは当然なく、響と香里奈の会話を聞くことができたからである。
 もし二人の会話を目の当たりにしていなかったら、校内で親しくしている様子を見て、要らぬ疑いや心配で頭をかきむしることになっていたかもしれない。
 響への想いを押しやったとはいえ、目の前で恋人ができたら冷静でなどいられない。いつかはそんな日が訪れるかもしれないが、今はまだその覚悟はできていない。

 そろそろ歌も終わっただろうと考えて部屋へ戻った。
 するとドアを開けたときに飛び込んだ声と情景に面食らい、中に入ることができなかった。
「ディスコミュニケーション!」
 そう響と香里奈が声を合わせたあと、二人は同時に吹き出した。
「河瀬くんはなとりも好きだし、好みの系統なんだね」
 先ほどまでとは打って変わって仲良く笑い合っている。
 さらには、聞き馴染みがあるどころではない曲──自作曲の『ディスコミュニケーション』が突然北田のスマホから流れ始た。
 恭平はわけがわからなくなり、そのままドアを閉めてカラオケの店自体を出て行った。

 響がバラすはずがない。他の誰かがKyoの名を出したのだろう。可能性の低い話ではあるもののあり得ることだ。
 しかしそんなことはどうでもよかった。

 10分と部屋を離れてないはずなのに、響と香里奈の間に何があったというのか。
 しかも響はそれまでは香里奈に対して不快感をあらわにしていたはずが、なぜか楽しげに笑い合っていた。
 その姿が目に焼き付いて離れず、あのとき部屋を出ていかなければよかったとの後悔に襲われた。

 校内一の美女と間近で接し、バンドを組もうと言い寄られたら、やはり悪い気はしないのかもしれない。香里奈のほうも、響の断固とした態度にやり口を変えたのかもしれない。
 曲を作れるやつなんてそこら中にいるし、響を誘う価値はそれだけに留まらないのだから。
 DTMをしていなくても実際Kawaseの弟なのだし、ギターも抜群に上手い。しかも努力家で心根は優しく、困っている人を助ける勇気もある。音楽に詳しく話題が豊富で、不満も口にせず、感情豊かで情熱的。ちっこくて可愛らしいのに、ときに凛々しい表情もして魅力的だし、なによりあんなイケボで名前を呼ばれたら誰だって恋に落ちる。落ちないやつなんていない。
 ──響を好きにならないやつなんていない。

 響に対する恋心を押し隠す決意をしたものの、たかが女子一人と笑っていただけで苦悶している。
 そんな自分に呆れながら、本当に押し隠すことができるのかと不安に駆られたのであった。
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