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9. 自覚
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その翌日からは三連休だった。
響とはLINEを交換していたものの、バンドのグループLINE以外でやり取りをしたことがないため、連絡が来るとは期待していなかった。それでも「もしかしたら感想の一つや二つくらい……」と考えてしまって落ち着かず、不安と期待に苛まれていた。
思い悩みながら三日間が過ぎ、予想通り連絡が来ないまま連休が明けた。しかし、登校して教室で顔を合わせても挨拶を交わす以上のことはなく、聞いたという報告すらなかった。
もしかしたら響は忘れてしまったのかもしれない。
授業の間にちらちらと響を伺っては不安に駆られ、休み時間に問いただそうとするも勇気が出ず、放課後になるころには不安を通り越して諦めの境地に入っていた。
授業は午前終わりで部活動は自由のため、響は部室で弁当を広げていた。その様子を見ながら三日ぶりに響を間近で見れる喜びと、忘れられてしまった悲しみと、こんなことなら打ち明けなければよかったという後悔で頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「食わないの?」
顔を上げた響と目が合う。
「コンプレッサー買っちまって金がない」
「え? 昼抜き?」
「別に腹減らないし」
「食いかけだけど食う?」
半分になった弁当箱を差し出された。
「いらねーよ!」
「嫌い? 食いかけが嫌だった?」
「嫌いでもないし食いかけは構わないが、要らん」
「なんで?」
「もらえるかよ!」
「まあ、食べなよ。俺はもういい。それよりさ」
机の前にあった椅子をずらしてギターを手に取り、アンプのスイッチを入れた。
突然何を演奏し始めたのかと聞いていたら、恭平の曲である『ディスコミュニケーション』だった。
目の前の光景が信じられなかった。
適当に鳴らしているのではなく、完璧に弾きこなしている。バンドサウンドなので二本のギターを使っている。それを巧みにアレンジし、一本で映えるように成立させているのだ。耳コピは当然として、よっぽど夢中になって打ち込まないと無理なレベルである。しかもわずか三日しか経っていない。
嬉しすぎて頭がどうにかなりそうだった。「よかったよ」なんて言葉で伝えられる以上に胸に響く。
「いいだろ? 三連休の間ドハマリして、ずっと聞きまくってたんだ」
弾き終えた響は満足げな顔を向けてきた。
「……まじで? ……つーかやっぱ、上手いな」
声が震えてしまう。胸がいっぱいで、今にも目に涙が浮かんできそうだった。
「だろ? いい曲だろう?」
嬉しそうに笑う響の姿がぼやけてきたため、見られないようにと顔を背ける。
しかし響は興奮した様子で恭平の目の前に回り込み、いきなり曲のどこが良いかをまくし立て始めた。
このリフが最高なんだ、この部分がたまらないんだ。そう今弾いた曲を褒めちぎったかと思えば、別の曲も持ち出してきて、早口のオタク語りのようにのべつ幕なしに語り始めた。
タイミングとしては唐突ではあったものの、見慣れた光景だった。響はこのようにして、好きなアーティストのことになると興奮して朗々と語り始める。
しかし今回のその対象は恭平のことなのだ。そこだけはいつもと違う。
喜びと気恥ずかしさと、居た堪れなさと申し訳なさと、いろんな感情が駆け巡ってパニックになってきた。
「──というわけだよ。とにかく凄いんだ、Kyoは! めちゃくちゃかっこいいんだ!」
「ああ、ありがとう……」
パニック状態でそれ以上反応を返すことができない。
すると響は気がついたように表情が変わり、みるみる赤くなった。
「あっ、だから、というわけで、弁当やるよ」
いきなり弁当箱を指で差し、ギターを置いたまま慌てた様子で部室から駆け出て行った。
親しくなってからはまだわずかな期間ではあるものの、一年以上目で追い続けてきたからわかる。
響があそこまで興奮するのは、本当に好きなアーティストに出会ったときだけだ。
三日で弾きこなせるようになるほど夢中になるのも、本気で惚れ抜いた曲でなければしない。
ということはつまり、響のために書いた曲を、その本人が気に入ってくれたいうことだ。
勇気を出して打ち明けたことを受け入れてくれたばかりか、他の好きなアーティストと同じように語ってまでくれた。
恭平は再び身体を震わせて、感激の余韻を噛み締めた。
しかし、そのとき同時に頭にあったのは、どうしようもない渇望だった。
興奮した様子で好きなアーティストを語る眼差しが、自分に対して向けられたとき、その目を求めていたことに気がついた。
響が異性だったら簡単に説明がつく。そう考えていた感情が、抑えられないほど膨れ上がり、今にも抱きしめてしまいそうになった。
異性だろうが同性だろうが関係ない。
響のことが好きなんだと気がついた。響の心が欲しいと強く思った。
あの情熱的な想いを、ボカロPとしてのKyoにではなく、恭平自身に向けて欲しい。
近づきたい、親しくなりたい、歌って欲しいなどというのを飛び越えて、響そのものが欲しいと渇望した。
しかし好きだという感情を自覚した瞬間に、それが叶わないことも同時に理解した。
なぜなら自らも、響が異性であったならばと考えていたくらい、同性を相手にこんな感情を抱えるのはおかしなことだと思っていたからだ。
響とはLINEを交換していたものの、バンドのグループLINE以外でやり取りをしたことがないため、連絡が来るとは期待していなかった。それでも「もしかしたら感想の一つや二つくらい……」と考えてしまって落ち着かず、不安と期待に苛まれていた。
思い悩みながら三日間が過ぎ、予想通り連絡が来ないまま連休が明けた。しかし、登校して教室で顔を合わせても挨拶を交わす以上のことはなく、聞いたという報告すらなかった。
もしかしたら響は忘れてしまったのかもしれない。
授業の間にちらちらと響を伺っては不安に駆られ、休み時間に問いただそうとするも勇気が出ず、放課後になるころには不安を通り越して諦めの境地に入っていた。
授業は午前終わりで部活動は自由のため、響は部室で弁当を広げていた。その様子を見ながら三日ぶりに響を間近で見れる喜びと、忘れられてしまった悲しみと、こんなことなら打ち明けなければよかったという後悔で頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「食わないの?」
顔を上げた響と目が合う。
「コンプレッサー買っちまって金がない」
「え? 昼抜き?」
「別に腹減らないし」
「食いかけだけど食う?」
半分になった弁当箱を差し出された。
「いらねーよ!」
「嫌い? 食いかけが嫌だった?」
「嫌いでもないし食いかけは構わないが、要らん」
「なんで?」
「もらえるかよ!」
「まあ、食べなよ。俺はもういい。それよりさ」
机の前にあった椅子をずらしてギターを手に取り、アンプのスイッチを入れた。
突然何を演奏し始めたのかと聞いていたら、恭平の曲である『ディスコミュニケーション』だった。
目の前の光景が信じられなかった。
適当に鳴らしているのではなく、完璧に弾きこなしている。バンドサウンドなので二本のギターを使っている。それを巧みにアレンジし、一本で映えるように成立させているのだ。耳コピは当然として、よっぽど夢中になって打ち込まないと無理なレベルである。しかもわずか三日しか経っていない。
嬉しすぎて頭がどうにかなりそうだった。「よかったよ」なんて言葉で伝えられる以上に胸に響く。
「いいだろ? 三連休の間ドハマリして、ずっと聞きまくってたんだ」
弾き終えた響は満足げな顔を向けてきた。
「……まじで? ……つーかやっぱ、上手いな」
声が震えてしまう。胸がいっぱいで、今にも目に涙が浮かんできそうだった。
「だろ? いい曲だろう?」
嬉しそうに笑う響の姿がぼやけてきたため、見られないようにと顔を背ける。
しかし響は興奮した様子で恭平の目の前に回り込み、いきなり曲のどこが良いかをまくし立て始めた。
このリフが最高なんだ、この部分がたまらないんだ。そう今弾いた曲を褒めちぎったかと思えば、別の曲も持ち出してきて、早口のオタク語りのようにのべつ幕なしに語り始めた。
タイミングとしては唐突ではあったものの、見慣れた光景だった。響はこのようにして、好きなアーティストのことになると興奮して朗々と語り始める。
しかし今回のその対象は恭平のことなのだ。そこだけはいつもと違う。
喜びと気恥ずかしさと、居た堪れなさと申し訳なさと、いろんな感情が駆け巡ってパニックになってきた。
「──というわけだよ。とにかく凄いんだ、Kyoは! めちゃくちゃかっこいいんだ!」
「ああ、ありがとう……」
パニック状態でそれ以上反応を返すことができない。
すると響は気がついたように表情が変わり、みるみる赤くなった。
「あっ、だから、というわけで、弁当やるよ」
いきなり弁当箱を指で差し、ギターを置いたまま慌てた様子で部室から駆け出て行った。
親しくなってからはまだわずかな期間ではあるものの、一年以上目で追い続けてきたからわかる。
響があそこまで興奮するのは、本当に好きなアーティストに出会ったときだけだ。
三日で弾きこなせるようになるほど夢中になるのも、本気で惚れ抜いた曲でなければしない。
ということはつまり、響のために書いた曲を、その本人が気に入ってくれたいうことだ。
勇気を出して打ち明けたことを受け入れてくれたばかりか、他の好きなアーティストと同じように語ってまでくれた。
恭平は再び身体を震わせて、感激の余韻を噛み締めた。
しかし、そのとき同時に頭にあったのは、どうしようもない渇望だった。
興奮した様子で好きなアーティストを語る眼差しが、自分に対して向けられたとき、その目を求めていたことに気がついた。
響が異性だったら簡単に説明がつく。そう考えていた感情が、抑えられないほど膨れ上がり、今にも抱きしめてしまいそうになった。
異性だろうが同性だろうが関係ない。
響のことが好きなんだと気がついた。響の心が欲しいと強く思った。
あの情熱的な想いを、ボカロPとしてのKyoにではなく、恭平自身に向けて欲しい。
近づきたい、親しくなりたい、歌って欲しいなどというのを飛び越えて、響そのものが欲しいと渇望した。
しかし好きだという感情を自覚した瞬間に、それが叶わないことも同時に理解した。
なぜなら自らも、響が異性であったならばと考えていたくらい、同性を相手にこんな感情を抱えるのはおかしなことだと思っていたからだ。
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