ディスコミュニケーションでもゼロカウントで

海野幻創

文字の大きさ
上 下
9 / 39

9. 自覚

しおりを挟む
 その翌日からは三連休だった。
 響とはLINEを交換していたものの、バンドのグループLINE以外でやり取りをしたことがないため、連絡が来るとは期待していなかった。それでも「もしかしたら感想の一つや二つくらい……」と考えてしまって落ち着かず、不安と期待に苛まれていた。
 思い悩みながら三日間が過ぎ、予想通り連絡が来ないまま連休が明けた。しかし、登校して教室で顔を合わせても挨拶を交わす以上のことはなく、聞いたという報告すらなかった。
 もしかしたら響は忘れてしまったのかもしれない。
 授業の間にちらちらと響を伺っては不安に駆られ、休み時間に問いただそうとするも勇気が出ず、放課後になるころには不安を通り越して諦めの境地に入っていた。

 授業は午前終わりで部活動は自由のため、響は部室で弁当を広げていた。その様子を見ながら三日ぶりに響を間近で見れる喜びと、忘れられてしまった悲しみと、こんなことなら打ち明けなければよかったという後悔で頭の中はぐちゃぐちゃだった。

「食わないの?」
 顔を上げた響と目が合う。
「コンプレッサー買っちまって金がない」
「え? 昼抜き?」
「別に腹減らないし」
「食いかけだけど食う?」
 半分になった弁当箱を差し出された。
「いらねーよ!」
「嫌い? 食いかけが嫌だった?」
「嫌いでもないし食いかけは構わないが、要らん」
「なんで?」
「もらえるかよ!」
「まあ、食べなよ。俺はもういい。それよりさ」
 机の前にあった椅子をずらしてギターを手に取り、アンプのスイッチを入れた。

 突然何を演奏し始めたのかと聞いていたら、恭平の曲である『ディスコミュニケーション』だった。

 目の前の光景が信じられなかった。
 適当に鳴らしているのではなく、完璧に弾きこなしている。バンドサウンドなので二本のギターを使っている。それを巧みにアレンジし、一本で映えるように成立させているのだ。耳コピは当然として、よっぽど夢中になって打ち込まないと無理なレベルである。しかもわずか三日しか経っていない。
 嬉しすぎて頭がどうにかなりそうだった。「よかったよ」なんて言葉で伝えられる以上に胸に響く。

「いいだろ? 三連休の間ドハマリして、ずっと聞きまくってたんだ」
 弾き終えた響は満足げな顔を向けてきた。
「……まじで? ……つーかやっぱ、上手いな」
 声が震えてしまう。胸がいっぱいで、今にも目に涙が浮かんできそうだった。
「だろ? いい曲だろう?」
 嬉しそうに笑う響の姿がぼやけてきたため、見られないようにと顔を背ける。
 しかし響は興奮した様子で恭平の目の前に回り込み、いきなり曲のどこが良いかをまくし立て始めた。
 このリフが最高なんだ、この部分がたまらないんだ。そう今弾いた曲を褒めちぎったかと思えば、別の曲も持ち出してきて、早口のオタク語りのようにのべつ幕なしに語り始めた。
 タイミングとしては唐突ではあったものの、見慣れた光景だった。響はこのようにして、好きなアーティストのことになると興奮して朗々と語り始める。
 しかし今回のその対象は恭平のことなのだ。そこだけはいつもと違う。

 喜びと気恥ずかしさと、居た堪れなさと申し訳なさと、いろんな感情が駆け巡ってパニックになってきた。

「──というわけだよ。とにかく凄いんだ、Kyoは! めちゃくちゃかっこいいんだ!」
「ああ、ありがとう……」
 パニック状態でそれ以上反応を返すことができない。
 すると響は気がついたように表情が変わり、みるみる赤くなった。
「あっ、だから、というわけで、弁当やるよ」
 いきなり弁当箱を指で差し、ギターを置いたまま慌てた様子で部室から駆け出て行った。

 親しくなってからはまだわずかな期間ではあるものの、一年以上目で追い続けてきたからわかる。
 響があそこまで興奮するのは、本当に好きなアーティストに出会ったときだけだ。
 三日で弾きこなせるようになるほど夢中になるのも、本気で惚れ抜いた曲でなければしない。
 ということはつまり、響のために書いた曲を、その本人が気に入ってくれたいうことだ。
 勇気を出して打ち明けたことを受け入れてくれたばかりか、他の好きなアーティストと同じように語ってまでくれた。

 恭平は再び身体を震わせて、感激の余韻を噛み締めた。

 しかし、そのとき同時に頭にあったのは、どうしようもない渇望だった。
 興奮した様子で好きなアーティストを語る眼差しが、自分に対して向けられたとき、その目を求めていたことに気がついた。

 響が異性だったら簡単に説明がつく。そう考えていた感情が、抑えられないほど膨れ上がり、今にも抱きしめてしまいそうになった。
 異性だろうが同性だろうが関係ない。
 響のことが好きなんだと気がついた。響の心が欲しいと強く思った。
 あの情熱的な想いを、ボカロPとしてのKyoにではなく、恭平自身に向けて欲しい。
 近づきたい、親しくなりたい、歌って欲しいなどというのを飛び越えて、響そのものが欲しいと渇望した。

 しかし好きだという感情を自覚した瞬間に、それが叶わないことも同時に理解した。
 なぜなら自らも、響が異性であったならばと考えていたくらい、同性を相手にこんな感情を抱えるのはおかしなことだと思っていたからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...