ディスコミュニケーションでもゼロカウントで

海野幻創

文字の大きさ
上 下
7 / 39

7. 響の歌

しおりを挟む
 放課後になり、担任に言われた用事を済ませて部室に到着すると、外からギターの音が聞こえてきた。
 こんなふうに遅れて来たときに、響が一人で演奏していることは珍しくない。響の本当に好きな曲やジャンルを知れる機会だからと、遭遇したときには弾き終えるまで外で耳をすませることにしている。
 そのとき演奏していたのは、なとりの『絶対零度』だった。
 最近なとりにハマっていたため嬉しくなり、響のギターアレンジの巧みさに酔いしれながら聞き耳を立てていたら、かすかに歌声が聞こえてきた。

 ──まさか歌っている?
 恭平は響の歌声を聞いたことがない。なぜか響は音楽の授業でも口パクで、頑なに歌おうとしないのだ。
 痺れるほど惚れ抜いている、その響の歌声を聞くのは念願だった。
 ドア越しであることがじれったくなり、部室のドアを開けて中を覗き込んだ。すると途端に演奏は止まってしまった。
「なんで止めるんだ?」
「え……なにが?」
 普段通りに振る舞おうとしているものの、そう装っているのは明白な様子だった。もしかして自分がいきなり入ってきてしまったせいだろうか。そう考え至った恭平は内心舌打ちをした。

 響の歌を聞けなかったことが無念で仕方がなく、思わずしでかした失態に歯噛みをしながらも、宣言した通りにレコーディング作業を始めた。なんとか勇気を出して、演奏を止めた理由──歌声を聞かれたくないその理由を問いかけようと何度も頭をよぎったものの、恭平にそんな勇気があるはずもなく、響は熱心にもレコーディング作業を手伝ってくれたため、改めて蒸し返すこともできなかった。

 それから翌日も、またその次の日もとレコーディング作業を手伝ってくれるようになり、これまではセッションをする合間に雑談をする程度だったのが、共同作業でコミュニケーションをする必要が増えたためか、少しずつ会話が増えていった。
 響は「実は南波に色々聞いてみたかったんだよね」と言って、それまでセッションをしていた曲についてや、音楽の嗜好などを質問してきて、自分の好みについても、あの曲がいい、あのリフは最高だ、よくあんなメロを思いつくよな、などと積極的に話しかけてくるようになった。学校のことやその日の出来事などの何気ない会話も増え、恭平もいつしか緊張をせずに話せるようになっていた。
 
 そのように徐々に親しくなってきたある日、帰り支度を済ませて部室の鍵をかけて帰宅するところで、響がおずおずとした様子で話しかけてきた。
「あのさ、せっかく同じクラスで同じバンド仲間なんだし……恭平って呼んでもいい?」
「は?」
 いきなりのことで鍵を取り落としそうになった。
 家族以外に名前で呼ばれたことなど、小学生の頃に数人のクラスメイトから『恭平くん』と呼ばれていたくらいで、呼び捨てなんて一度もない。
「俺のこと、河瀬じゃなくて響って呼んでほしいから……」
 それを聞いてピンときた。名字だと兄のアーティスト名と被るから嫌なのだろう。
「わかった」
「ホント? じゃあ、響って呼べよ。恭平って呼ぶから」
「ああ」
 今にも嬉しくて飛び上がりそうだった。しかしそんな醜態をさらすわけにはいかず、むしろ素っ気ないほどの態度を装うのが常だ。
「恭平と話す機会なんて、今までいくらでもあったのにもったいないことしてたなあ」
 響は歩き出しながら、独り言のようにつぶやいた。
「話すのは苦手だ」
「だよね。俺もだよ。つーか音楽の細かい話題まで話せるやつがいなかったからなんだけど」
 言いながらまたいつものようにキタニタツヤの新曲が良かったことや、なとりとimaseがコラボすることなどを話題に、楽しげに会話を始めた。

 遠くから見つめていた日々が少しずつ変化し始めていた。響と毎日何気ないことまで会話をするようになり、とうとう名前で呼び合う仲にまでなった。
 これ以上ないほどの日々だ。
 しかし人間の欲というものは、どこまでいっても満たされないものである。
 恭平もその例にもれず、ここまで距離が縮まったというのに満足することができないでいた。親しくなればなるほど響へのある想いが膨らみ続けて、とうとう抑えきれないとろこにまできていたのである。

 ──作った曲を響に歌って欲しい。
 痺れるほど惚れた響の声で、自作曲を歌ってもらえないかという願いが、はちきれんばかりに募っていた。

 響の声を聞いて一瞬にして虜になったあの日、恭平は響のために曲を書き始めた。
 響の声が最も魅力的に聞こえるように苦心し、叶わない願いだとわかっていても、もし歌ってくれたらと想像しながらメロディを組み立て始めたのだ。

 それまではただ自分の満足のために作っていただけで、目的も目標もないままだった。
 父にギターを買ってもらい、練習する日々を過ごしていた恭平は、今度はベースにドラムと、次々と楽器に手を出し始めた。
『バンドはいいぞ』という父の言葉を聞いて、孤独で引っ込み思案の恭平が最初に思いついたのは、他人とではなく一人でバンドを組むということだった。そのときはまだ中学一年で、高校はどこへ進学するのかなど考えもしない時期でもあったからだが、計画をたて、それぞれのパートを練習しレコーディングもして、パソコンに取り込んでミックスをしてみた。一度に演奏はできないものの、こうすれば一人でバンドを組めると考えたのだ。

 そうやって楽しんでいた恭平は、せっかくだからと演奏したものをニコ動にアップし始めた。そこで出会ったのがボカロの存在である。歌だけは苦手だったため、それまではオケだけで満足するしかなかった。しかしボカロの存在を知ってからは、専用のソフトを購入し、ボーカルも取り入れ始め、するとますますのめり込んだ。
 そして研究のためにと聴き漁るうちにKawaseにたどり着く。
 Kawaseの『アンチエキゾチックホール』、そして『急転直下アサルトボーイ』という曲に出会ったとき、他よりも拙いそれらを聞いて、自分ならこうするのにとアイデアが湧いてきたのだ。楽器で演奏しながら自分でアレンジを加えてみると、思いの外それが楽しくて、他の曲もと手を出すうちに、やがて自分で曲を作るのはどうかと考え至った。
 楽曲は既に存在しているものという考えから、自分で作り出すことができるものなのだと見方が変わったのだ。

 それから曲制作に夢中になり、【弾いてみた】で投稿するのはやめて、制作したオリジナル曲を投稿する、いわゆるボカロPになった。
 楽しかったし、反応をもらえるのも嬉しかったが、ただ浮かんだアイデアを形にしていっただけで、ボカロPとして人気になりたいとか、いつかデビューしたいなどの目標があるわけではなかった。
 それが響の声に出会ったとき、その声に合う曲をと意識が変わったのである。

 しかしいくら作ろうが、本人に歌ってもらえるなどとは考えていなかった。勝手にミューズのように崇めて曲を作っているなんて、どんな反応をされるのかがわからず不安だったからだ。ましてやただのクラスメイトであり、バンド仲間というだけで、ろくに会話もしないような仲だったのだから。
 それが徐々に親しくなってきて、レコーディングまで手伝ってくれるようになり、学校の中で最も近い存在ではないかと思えるほど距離が近づいてきた。

 叶うことはないだろうと諦めていた『響に自作曲を歌ってもらう』という夢が、もしかしたら夢で終わらないかもしれないとの期待が、顔を覗かせてきたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼氏かもしれない僕の彼女について

ぱんなこった。
BL
僕は高校3年生になったばかりのモブ顔男子。 びっくりするほど平凡な顔で、一重でつり目。背はやっと170に達したところです。 でもそんな僕にも彼女がいます。実は、半年前に告白されて付き合うことになった他校の女子です。 すごく可愛い子で笑顔が素敵で、気遣いもできて、僕には勿体ないくらいです。 だけど最近、1つだけ引っかかることがあります。 それは… 《彼女が彼氏かもしれない》という違和感。 表紙 フリーイラスト/ヒゴロ様

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

Re:asu-リアス-

元森
BL
好きな人はいつの間にか手の届かない海外のスターになっていた―――。 英語が得意な高校2年生瀬谷樹(せや いつき)は、幼馴染を想いながら平凡に生きてきた。 だが、ある日一本の電話により、それは消え去っていく。その相手は幼い頃からの想い人である 人気海外バンドRe:asu・ボーカルの幼馴染の五十嵐明日(いがらし あす)からだった。そして日本に帰ってくる初めてのライブに招待されて…? 会うたびに距離が近くなっていく二人だが、徐々にそれはおかしくなっていき…。 甘えん坊美形海外ボーカリスト×英語が得意な平凡高校生 ※執着攻・ヤンデレ要素が強めの作品です。シリアス気味。攻めが受けに肉体的・精神的に追い詰める描写・性描写が多い&強いなのでご注意ください。 この作品はサイト(http://momimomi777.web.fc2.com/index.html)にも掲載しており、さらに加筆修正を加えたものとなります。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Promised Happiness

春夏
BL
【完結しました】 没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。 Rは13章から。※つけます。 このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...