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8. アルファベットだ
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その日の朝、恭平はエレアコ──エレクトリック・アコースティック・ギターを手に登校した。レコーディングをするつもりだったからだが、そのことを響に伝えても構わないとは思いつつも少し迷いがあった。そのため、レコーディング自体は朝のうちに済ませ、ケースがもし見つかればその場の流れに任せようと決めた。
放課後部室に向かうと、既に見つかっていたようでエレアコの音が聞こえてきた。
何を弾いているのかと、いつものようにドアの前で耳をすませてみると、なとりの『Overdose』だった。
エレアコの演奏を聞くのは初めてだ。さすがに上手いもので、巧みに弾きこなしている。
そのときふと歌が聞こえてきて、気づくが早いか思わずドアを開けてしまった。開けた直後に演奏は止まり、また失態を繰り返してしまったのだと内心で頭を抱えた。
「なんだ恭平か」
なるべく平静を装いながらも、今度は素知らぬ振りをせず、会話での誘導を試みることにした。
「響一人?」
「えっ? うん、見りゃわかるっしょ」
「今、歌ってた?」
「えっ? 何が?」
「歌声が……」
「これ、流しながら弾いてたから」
響はスマホを片手で掲げて『Overdose』を流し始めた。
誤魔化し方は酷いものだが、その意思は痛いほどに伝わる。この聞き方ではやはりダメだったようだ。
諦めて、話題を変えることにする。
「それ、俺の」
エレアコを指で差し示すと、響はハッとした顔で立ち上がった。
「あ、ごめん! 卒業生からの寄贈品だと思って」
エレアコを持ってきてくれたので、受け取って椅子に腰を下ろす。
「さすがチューニング完璧」
「あ、えっと、なんで恭平……その、エレアコなんて」
「ああ、今日はこれを録る。家だと響くから」
「ギターも弾けんの?」
響は丸くした目を向けた。ドラムに始まりキーボードにベースと、目の前で弾いてみせてきたから、ギターまでできるとはと驚いているのだろう。一年半弱は隠していたのだから当然だ。
しかし響の心を開くためには、まず先にこちらの全てをさらけ出さなければならない。
響が歌っていたのに、ドアを開けてしまった後悔。
なぜ頑なに歌声を聴かせてくれないのかという疑問。
親しくなってきたのに未だ埋められない大きな溝。
それらを取り払うためには、響の歌声を聴くためには、自分から歩み寄らなければダメなんだ。
そして恭平は、生まれて初めて父以外の前で自作曲を演奏した。
「驚いた。ギターまで弾けるとは。しかもめちゃくちゃ上手いし」
「響に聴かせるレベルじゃないが」
「誰の曲?」
「俺の曲」
恭平は素っ気ないほどの口調で呟いて立ち上がり、驚いて固まっている響の横を通り過ぎて、レコーディング準備を始めた。
響の反応が怖くて手が震えてしまう。
「今のは、恭平の曲ってこと?」
驚愕ともいえる声音が聞こえた。
「歌だけはできないからボカロだけど」
未だ緊張が収まらず、会話を続けられそうにない。場を繋ぐためにと再び同じ曲を演奏した。
「これ、もしかしてこの間録ってたドラムの曲?」
響の言葉にハッとする。
耳がいい。ドラムのラインとエレアコのコードで同じ曲だと気がつくとは勘が鋭い。
「そう。最近はなるべく生音を使ってるから」
「え……最近はって、他にも何曲かあるの?」
「まあ」
それからレコーディングしている間、響は一言も口を挟まなかった。緊張から顔を見れないため反応はわからないものの、下手な演奏を聴かせるわけにはいかない。演奏のほうに意識を集中させようと努めた。
二回目を終えて椅子の背もたれに身体を預けた。集中のしすぎて疲労の度が強い。ぶっ続けで三回は無理だ。ぼうっとしていると、タイミングを見計らってでもいたかのように響が近づいてきた。
「ニコ動とかYouTubeに投稿してる?」
覚悟をしていた質問だとはいえ、実際にされると心臓が飛び上がる。
「──してる」
「まじ? アカウント教えて!」
「なんでだよ」
「なんでって、聞きたいからに決まってるだろ」
「……大したことない」
「大したことあるよ! めちゃくちゃかっこいいじゃん! 教えろよ! てか、なんで隠してたんだよ?」
「……響だって隠していただろ?」
歌うことを。とは言えない自分が情けない。
「何が? ……えっ?」
響は思い当たらないというように眉根をひそめたが、すぐに思いついたような顔になる。言わなくとも伝わったのだろうか?
「いやそれは、だって……俺のことじゃないし」
「お前のことだろ?」
「そんなことより、全世界に向けて投稿してるんだから、クラスメイトに教えるくらいいいだろ?」
話題を戻されてしまった。畳み掛ければよかったという少しの後悔と、安堵が同時に襲った。
「……リアルの知り合いに知られたくない」
「なんでだよ」
「頼む! 誰にも言わないから。お願い! 聞いてみたい。さっきの曲もめちゃくちゃツボだったんだ。他のも聞いてみたい。頼む!」
打ち明けるつもりで演奏したのに言い出せない。
他人に心を開いたことがない消極的な性格が邪魔をして、ここまで来てなおもグズグズしてしまう。
自分からさらけ出さなければ、響もさらけ出してくれない。
また同じようにあと一歩で聴けるというタイミングで逃してしまうのは懲り懲りだ。またドア越しに聞けるかもしれないものの、そういう問題ではない。目の前で歌ってくれるように働きかけなければ意味がない。
そう頭の中で繰り返し自身を叱咤し、自らを奮い立たせた。
「Kyo」
「えっ?」
「アルファベットだ」
反応を見るためにチラッと響を見やると、顔をほころばせて早速スマホを取り出している。
目の前で聞かれるのは無理。
そうパニックになった恭平は慌てて言い添えた。
「今ここで検索するな」
すると響は途端に眉根を寄せ、不満げな顔になった。
次に、機敏な動きで鞄を掴み、「じゃ、また来週!」そう言って、目にも留まらぬ速さで逃げるように部室を出ていった。
恭平はその姿を唖然と見送ったあと、打ち明けてしまったことを改めて思い出して身体を熱くした。
──とうとう曲を作っていることを伝えてしまった。どんな反応をするのだろう? 気に入ってくれるだろうか?
その期待と不安で頭がいっぱいになり、部活動を終えて帰宅しなければならない時間まで一人で狼狽えた。
ふと気づいて時計を見るともう七時を過ぎていて、未だ収まらない動揺を抱えながら不安な足取りで部室をあとにした。
放課後部室に向かうと、既に見つかっていたようでエレアコの音が聞こえてきた。
何を弾いているのかと、いつものようにドアの前で耳をすませてみると、なとりの『Overdose』だった。
エレアコの演奏を聞くのは初めてだ。さすがに上手いもので、巧みに弾きこなしている。
そのときふと歌が聞こえてきて、気づくが早いか思わずドアを開けてしまった。開けた直後に演奏は止まり、また失態を繰り返してしまったのだと内心で頭を抱えた。
「なんだ恭平か」
なるべく平静を装いながらも、今度は素知らぬ振りをせず、会話での誘導を試みることにした。
「響一人?」
「えっ? うん、見りゃわかるっしょ」
「今、歌ってた?」
「えっ? 何が?」
「歌声が……」
「これ、流しながら弾いてたから」
響はスマホを片手で掲げて『Overdose』を流し始めた。
誤魔化し方は酷いものだが、その意思は痛いほどに伝わる。この聞き方ではやはりダメだったようだ。
諦めて、話題を変えることにする。
「それ、俺の」
エレアコを指で差し示すと、響はハッとした顔で立ち上がった。
「あ、ごめん! 卒業生からの寄贈品だと思って」
エレアコを持ってきてくれたので、受け取って椅子に腰を下ろす。
「さすがチューニング完璧」
「あ、えっと、なんで恭平……その、エレアコなんて」
「ああ、今日はこれを録る。家だと響くから」
「ギターも弾けんの?」
響は丸くした目を向けた。ドラムに始まりキーボードにベースと、目の前で弾いてみせてきたから、ギターまでできるとはと驚いているのだろう。一年半弱は隠していたのだから当然だ。
しかし響の心を開くためには、まず先にこちらの全てをさらけ出さなければならない。
響が歌っていたのに、ドアを開けてしまった後悔。
なぜ頑なに歌声を聴かせてくれないのかという疑問。
親しくなってきたのに未だ埋められない大きな溝。
それらを取り払うためには、響の歌声を聴くためには、自分から歩み寄らなければダメなんだ。
そして恭平は、生まれて初めて父以外の前で自作曲を演奏した。
「驚いた。ギターまで弾けるとは。しかもめちゃくちゃ上手いし」
「響に聴かせるレベルじゃないが」
「誰の曲?」
「俺の曲」
恭平は素っ気ないほどの口調で呟いて立ち上がり、驚いて固まっている響の横を通り過ぎて、レコーディング準備を始めた。
響の反応が怖くて手が震えてしまう。
「今のは、恭平の曲ってこと?」
驚愕ともいえる声音が聞こえた。
「歌だけはできないからボカロだけど」
未だ緊張が収まらず、会話を続けられそうにない。場を繋ぐためにと再び同じ曲を演奏した。
「これ、もしかしてこの間録ってたドラムの曲?」
響の言葉にハッとする。
耳がいい。ドラムのラインとエレアコのコードで同じ曲だと気がつくとは勘が鋭い。
「そう。最近はなるべく生音を使ってるから」
「え……最近はって、他にも何曲かあるの?」
「まあ」
それからレコーディングしている間、響は一言も口を挟まなかった。緊張から顔を見れないため反応はわからないものの、下手な演奏を聴かせるわけにはいかない。演奏のほうに意識を集中させようと努めた。
二回目を終えて椅子の背もたれに身体を預けた。集中のしすぎて疲労の度が強い。ぶっ続けで三回は無理だ。ぼうっとしていると、タイミングを見計らってでもいたかのように響が近づいてきた。
「ニコ動とかYouTubeに投稿してる?」
覚悟をしていた質問だとはいえ、実際にされると心臓が飛び上がる。
「──してる」
「まじ? アカウント教えて!」
「なんでだよ」
「なんでって、聞きたいからに決まってるだろ」
「……大したことない」
「大したことあるよ! めちゃくちゃかっこいいじゃん! 教えろよ! てか、なんで隠してたんだよ?」
「……響だって隠していただろ?」
歌うことを。とは言えない自分が情けない。
「何が? ……えっ?」
響は思い当たらないというように眉根をひそめたが、すぐに思いついたような顔になる。言わなくとも伝わったのだろうか?
「いやそれは、だって……俺のことじゃないし」
「お前のことだろ?」
「そんなことより、全世界に向けて投稿してるんだから、クラスメイトに教えるくらいいいだろ?」
話題を戻されてしまった。畳み掛ければよかったという少しの後悔と、安堵が同時に襲った。
「……リアルの知り合いに知られたくない」
「なんでだよ」
「頼む! 誰にも言わないから。お願い! 聞いてみたい。さっきの曲もめちゃくちゃツボだったんだ。他のも聞いてみたい。頼む!」
打ち明けるつもりで演奏したのに言い出せない。
他人に心を開いたことがない消極的な性格が邪魔をして、ここまで来てなおもグズグズしてしまう。
自分からさらけ出さなければ、響もさらけ出してくれない。
また同じようにあと一歩で聴けるというタイミングで逃してしまうのは懲り懲りだ。またドア越しに聞けるかもしれないものの、そういう問題ではない。目の前で歌ってくれるように働きかけなければ意味がない。
そう頭の中で繰り返し自身を叱咤し、自らを奮い立たせた。
「Kyo」
「えっ?」
「アルファベットだ」
反応を見るためにチラッと響を見やると、顔をほころばせて早速スマホを取り出している。
目の前で聞かれるのは無理。
そうパニックになった恭平は慌てて言い添えた。
「今ここで検索するな」
すると響は途端に眉根を寄せ、不満げな顔になった。
次に、機敏な動きで鞄を掴み、「じゃ、また来週!」そう言って、目にも留まらぬ速さで逃げるように部室を出ていった。
恭平はその姿を唖然と見送ったあと、打ち明けてしまったことを改めて思い出して身体を熱くした。
──とうとう曲を作っていることを伝えてしまった。どんな反応をするのだろう? 気に入ってくれるだろうか?
その期待と不安で頭がいっぱいになり、部活動を終えて帰宅しなければならない時間まで一人で狼狽えた。
ふと気づいて時計を見るともう七時を過ぎていて、未だ収まらない動揺を抱えながら不安な足取りで部室をあとにした。
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