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2. 一年目
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響は自己紹介のときに軽音部があるからこの高校を選んだと言っていた。一字一句覚えていたはずなのに、なぜ今の瞬間にそれが頭から抜け落ちていたのだろう。あやうく出ていくところだった。そう思って、恭平はひやりとした。
「じゃあ、新入生諸君、演奏を聞かせくれ」
「逆だろ。南波くん以外にはまだ聞いてもらってない。今日は新入生見学の日だろ?」
「でも歴12年って、聞いてみたくない?」
思わずドラムだと口にしてしまったものの、ドラム歴は2年で、12年なのはピアノだった。
しかし会話が苦手で不得意な恭平は訂正する口を挟めず、嘘はついていないわけだから、演奏を聴けばそれくらい気がつくだろうと考えて、放置することにした。
「12年って何すか?」北田は物怖じしない性格らしい。
「南波くんだよ。楽器はドラムなんだろ? 歴12年だって。すごくない?」
「それは聴きたい」「興味ある」「絶対俺らより上手い」「聴かせて欲しいです」
上級生だけでなく北田と弓野も口々に言い始め、視線を集めたので思わず顔を伏せる。
「じゃあ、俺らが弾いたら先輩たちも弾いてください」
いきなり響が言い出して、スタンドに置いてあったギターを手に「借りてもいいですか?」と聞き、先輩の一人が「いいよ」と答えたので、近くの椅子に腰を下ろした。
「二人はバンド組んでたんだよね?」
響は北田と弓野を見る。
「ああ」
「何を弾いてたの?」
「弾けるのは『怪獣の花唄』と、『惑星ループ』」
響が『怪獣の花唄』のイントロリフを弾き出した。
「うわ! マジ?」
驚いたように声をあげた弓野は、「借ります」と言ってベースを手に取った。北田もマイクスタンドへ行って音量チェックを始めたので、しばらく見惚れていた恭平もハッと気がつき、ドラムスローンに座っていた先輩に声をかけて、スティックを借りた。
「あー、ごめん。いつでもいいよ」
みなが響のあとを追って準備を整えたことを見て取ったのか、演奏の手をとめて北田に視線を送った。北田は頷き返してこちらに目をくれたので、恭平はそれを受けてスティックを叩いた。
北田と弓野の腕は予想通りだった。上級生たちと同様に、楽器の一つくらい身に覚えがあればかっこいいからという理由で弾いているレベル。
驚いたのは響の腕前だ。演奏センスは抜群で、何年も朝から晩まで練習しないと身につかないであろう技術を持っていた。これは嬉しい誤算と言える。
「すごすぎ!」
「軽音部始まって以来じゃね?」
「さすがドラム歴12年!」
歴2年を12年だと聞いても間違いに気が付かない人たちではあるが、褒められて悪い気はしない。
北田たちや先輩の音楽に向ける姿勢に肩を落としたものの、満足そうな響の表情を見る限りは入部する気のようだし、あのとき部室を出ていかなくてよかったと、心底ホッとした。
その日に入部届を提出し、恭平以下一年生全員が正式な部員となった。
早速翌日から部活動が始まった。
軽音部は思ったよりも快適な部活だった。いや、むしろ最高の場と言ってもいい。好きな時に来て好きなことをしていていいらしく、部室に備え付けられたアンプやドラムセット、キーボードなどの使用は自由で、入退室すらも──鍵がドアの上の庇に隠してあるからいつでも開けることができる。
賑やかな部内の空気に耐えられるかという懸念も杞憂だった。上級生たちは思ったよりも部活動への熱意はなく、週に二度顔を出せばいい方という体たらくで、最低限の挨拶と相槌をしていれば、会話に参加せずとも嫌な顔をされることもなく、自宅から徒歩10分という好距離もあり、朝から晩まで部室に居座ることができた。
しかも何よりも嬉しかったことが、響も他の部員とは違って、恭平と同様に部活動に熱心なことだった。ほとんど毎日最後までいるので、放課後はずっと響と二人きりである。
大概、人は他人と同じ空間にいると、何か会話をしなければと下手に緊張をして、無意味で不必要な労苦をかけるものだが、響も話下手なのか必要以上に話を振ってこない。そればかりか、恭平にも求めていないようで、むしろ無口なことに安堵している様子すら見せていた。
それぞれ個人練習をしたり、たまにセッションをしたりするだけ。それでもたまに会話をすることがある。そのときは、響の声が自分の耳にだけ届いているのだという事実に身を震わせながら、密かな幸福を享受していた。
「学祭なにやる?」
「もう学祭の話かよ? まだ七月だぜ?」
弓野の唐突な問いに、北田が驚いた声を上げた。二人が一週間ぶりに顔を出して、四人で『怪獣の花唄』を弾き終えたところだった。
「響や南波とは違って俺は早めに練習し始めないと弾けないから」
弓野が拗ねた口調で言う。普段から曲を問わず色々手を出して練習を積み重ねれば、焦る必要はないのだが、そんなアドバイスめいたことは言えるはずもなく、いつものように飲み込むだけに留めた。
「俺は何でもいいよ。カラオケで話題曲は常に練習してるし」
「お前はいいんだよ。響は何がいいとかある?」
「俺も何でもいいよ」
「お前もいつもそうだ。上手いやつはいいよな。余裕あって」
「そういうわけじゃないよ。全般的に何でも好きだし、弓野が弾きやすい曲がいいと思うし」
「そう。俺が弾ける曲ってどれ?」
「自分でわかんねーのかよ」
北田が呆れた声で入ってきたので、響は一瞬考えた様子を見せたあとに、思いついたように言った。
「うーん……バンプの初期とか」
「バンプ? 親世代じゃね?」
「それは言い過ぎ! せめて叔父叔母世代」
弓野の軽口に向かって響は指を差す。
「じゃ、エルレ」
「誰それ」
「ELLEGARDEN。かっこいいよ」
響はスマホを取り出して『ジターバグ』を流し始めた。
「へえ。簡単なわけ?」弓野がスマホを覗き込む。
「何をもって簡単かはわからないけど、演奏してて楽しいと思うよ。あとバンプの『天体観測』」
「知ってる! あれ好き」北田が声をあげた。「響楽譜ある?」
「バンドスコア? あったかも。昔のだけど」
「じゃお前ん家行っていい?」
「あー、家めちゃくちゃ遠いんだよ。だから明日持ってくるよ」
「マジ? それはありがたい!」
「じゃ、これからカラオケ行こうぜ!」
北田が腰をかけていた机から勢いよく立ち上がる。
「またかよ? 昨日行ったばっかじゃん」
「いいだろ。響も行こうぜ。南波は……」
視線を向けられたので、無言で首を振ってみせた。
「だよな。行こうぜ響」
「俺も行かない。明日スコア持ってくるから、それまでに曲聞いてみて」
「わかった。じゃあな」
北田がそう言うと、弓野も「またな」と言って、いつものように、同じ房に入ったさやえんどうのごとく並んで去って行った。
ドアが閉まって数秒ほど沈黙が下りたあと、響がおもむろに『天体観測』のイントロリフを弾き始めたため、恭平もドラムの入りのところから演奏に入った。
『天体観測』は初めてだったが『カルマ』や『ハルジオン』などのBUMP OF CHICKENの曲を頻繁に弾いていたことから、好きなのだろうと考えてこっそり練習してあった。
弾き終えて、次に響は『メーデー』のイントロを弾き始め、今度ばかりは少し焦った。そこまでは手を出していなかったからだ。
しかし響は同じリフを繰り返しているだけで、演奏を進行させるつもりはないようだった。
「南波ってなんでそんなに何でも弾けるわけ?」
リフを繰り返しながら、響はふと顔をあげた。
「何でもではない。叩けない曲は入っていかない」
まさにこの『メーデー』も無理なのだから。記憶を辿りながら演奏してみることはできるかもしれないが、響の前で適当な演奏はしたくない。
「あ、そっか。……言われてみれば確かに。でも、それでも数が多くね?」
「それはおそらく、演る曲の好みが合うからじゃないか?」
「ああ、そうだね! 南波の演る曲好きなのばっかりかも」
好みが合うというのは事実だった。ただ、響の好みを推測して先回りで練習していることは隠していた。耳にしたリフから曲を推して、自宅へ帰ったあとにそれを聞きまくり、翌朝早くに登校して一人で練習をする。そして放課後になり、さも知っていたかのような素振りで演奏に参加する。響とセッションをするためのささやかな努力だ。
「南波となら何でも弾けるし、学祭の曲も好きなの選べるのにな」
「……例えば?」
「『カルマ』とか『The Biginning』とか」
「ワンオク?」
「まあ、北田が歌えるとは思えないけど」
「提案してみればいいだろ?」
「えっ? まあ、さっき『天体観測』と『ジターバグ』提案したし」
響は、それだけでもかなりの勇気が必要だったんだ、と言わんばかりに顔を強張らせた。
音楽のこと以外は響のことばかりを気にかけて、常に目で追っている恭平は気がついていた。
恭平ほど露骨ではないものの、響も他人に対して距離を置いている。話しかけられれば気さくに対応するし、人懐っこい外見から、あからさまに避けているようには見えないが、確かに距離をとっている。ギターに熱心だからつきあいが悪くても仕方がない、というポジションを自ら演出しているように見えた。
恭平と同様に、友人とつるむよりもギターを弾いている方が楽しいタイプなのか、それとも他に何か理由があるのか、一つだけ気にかかることはあるものの、おそらく前者なのだろうと解釈していた。
響のギターに対する情熱は並ではなく、音楽のことで頭がいっぱいでなければ至らないほどのレベルだったからだ。
「まあ、南波とセッションしてるからいいか。南波がいてくれてよかった」
愛らしくも凛々しい顔立ちで、くしゃっと顔をほころばせた。
一声だけでも身体が粟立つほど、その声に魅了されているのに、目が眩むほどの笑顔を向けてもくれる。
たまに、響も自分に対して仲間意識を感じているのではないかと感じるときがある。今かけてくれたような言葉を、二人きりのときにぽつりと口にしたのは少なくない。
教室ではほとんど会話をしないが、見ている限りでは教室にいるときよりも部室にいるほうがリラックスして見える。その部室でも、北田たちや先輩がいなくなって、ようやくホッとした顔をしたりもする。
そう見えるというよりも、そのように見たいという願望が引き起こす幻想かもしれない。
それでも、自分が感じているような親近感を覚えていてくれたらと、身勝手にも願ってしまう。
しかし、同じクラスで同じ部活に所属し誰よりも長い時間をともに過ごしていても、音楽の趣味も同じで、親近感を覚えていたとしても、いやだからこそかもしれない。互いに他人を距離を取る性格だからか、出会ったときと同じ距離のまま、それ以上近づくことがなかった。
「じゃあ、新入生諸君、演奏を聞かせくれ」
「逆だろ。南波くん以外にはまだ聞いてもらってない。今日は新入生見学の日だろ?」
「でも歴12年って、聞いてみたくない?」
思わずドラムだと口にしてしまったものの、ドラム歴は2年で、12年なのはピアノだった。
しかし会話が苦手で不得意な恭平は訂正する口を挟めず、嘘はついていないわけだから、演奏を聴けばそれくらい気がつくだろうと考えて、放置することにした。
「12年って何すか?」北田は物怖じしない性格らしい。
「南波くんだよ。楽器はドラムなんだろ? 歴12年だって。すごくない?」
「それは聴きたい」「興味ある」「絶対俺らより上手い」「聴かせて欲しいです」
上級生だけでなく北田と弓野も口々に言い始め、視線を集めたので思わず顔を伏せる。
「じゃあ、俺らが弾いたら先輩たちも弾いてください」
いきなり響が言い出して、スタンドに置いてあったギターを手に「借りてもいいですか?」と聞き、先輩の一人が「いいよ」と答えたので、近くの椅子に腰を下ろした。
「二人はバンド組んでたんだよね?」
響は北田と弓野を見る。
「ああ」
「何を弾いてたの?」
「弾けるのは『怪獣の花唄』と、『惑星ループ』」
響が『怪獣の花唄』のイントロリフを弾き出した。
「うわ! マジ?」
驚いたように声をあげた弓野は、「借ります」と言ってベースを手に取った。北田もマイクスタンドへ行って音量チェックを始めたので、しばらく見惚れていた恭平もハッと気がつき、ドラムスローンに座っていた先輩に声をかけて、スティックを借りた。
「あー、ごめん。いつでもいいよ」
みなが響のあとを追って準備を整えたことを見て取ったのか、演奏の手をとめて北田に視線を送った。北田は頷き返してこちらに目をくれたので、恭平はそれを受けてスティックを叩いた。
北田と弓野の腕は予想通りだった。上級生たちと同様に、楽器の一つくらい身に覚えがあればかっこいいからという理由で弾いているレベル。
驚いたのは響の腕前だ。演奏センスは抜群で、何年も朝から晩まで練習しないと身につかないであろう技術を持っていた。これは嬉しい誤算と言える。
「すごすぎ!」
「軽音部始まって以来じゃね?」
「さすがドラム歴12年!」
歴2年を12年だと聞いても間違いに気が付かない人たちではあるが、褒められて悪い気はしない。
北田たちや先輩の音楽に向ける姿勢に肩を落としたものの、満足そうな響の表情を見る限りは入部する気のようだし、あのとき部室を出ていかなくてよかったと、心底ホッとした。
その日に入部届を提出し、恭平以下一年生全員が正式な部員となった。
早速翌日から部活動が始まった。
軽音部は思ったよりも快適な部活だった。いや、むしろ最高の場と言ってもいい。好きな時に来て好きなことをしていていいらしく、部室に備え付けられたアンプやドラムセット、キーボードなどの使用は自由で、入退室すらも──鍵がドアの上の庇に隠してあるからいつでも開けることができる。
賑やかな部内の空気に耐えられるかという懸念も杞憂だった。上級生たちは思ったよりも部活動への熱意はなく、週に二度顔を出せばいい方という体たらくで、最低限の挨拶と相槌をしていれば、会話に参加せずとも嫌な顔をされることもなく、自宅から徒歩10分という好距離もあり、朝から晩まで部室に居座ることができた。
しかも何よりも嬉しかったことが、響も他の部員とは違って、恭平と同様に部活動に熱心なことだった。ほとんど毎日最後までいるので、放課後はずっと響と二人きりである。
大概、人は他人と同じ空間にいると、何か会話をしなければと下手に緊張をして、無意味で不必要な労苦をかけるものだが、響も話下手なのか必要以上に話を振ってこない。そればかりか、恭平にも求めていないようで、むしろ無口なことに安堵している様子すら見せていた。
それぞれ個人練習をしたり、たまにセッションをしたりするだけ。それでもたまに会話をすることがある。そのときは、響の声が自分の耳にだけ届いているのだという事実に身を震わせながら、密かな幸福を享受していた。
「学祭なにやる?」
「もう学祭の話かよ? まだ七月だぜ?」
弓野の唐突な問いに、北田が驚いた声を上げた。二人が一週間ぶりに顔を出して、四人で『怪獣の花唄』を弾き終えたところだった。
「響や南波とは違って俺は早めに練習し始めないと弾けないから」
弓野が拗ねた口調で言う。普段から曲を問わず色々手を出して練習を積み重ねれば、焦る必要はないのだが、そんなアドバイスめいたことは言えるはずもなく、いつものように飲み込むだけに留めた。
「俺は何でもいいよ。カラオケで話題曲は常に練習してるし」
「お前はいいんだよ。響は何がいいとかある?」
「俺も何でもいいよ」
「お前もいつもそうだ。上手いやつはいいよな。余裕あって」
「そういうわけじゃないよ。全般的に何でも好きだし、弓野が弾きやすい曲がいいと思うし」
「そう。俺が弾ける曲ってどれ?」
「自分でわかんねーのかよ」
北田が呆れた声で入ってきたので、響は一瞬考えた様子を見せたあとに、思いついたように言った。
「うーん……バンプの初期とか」
「バンプ? 親世代じゃね?」
「それは言い過ぎ! せめて叔父叔母世代」
弓野の軽口に向かって響は指を差す。
「じゃ、エルレ」
「誰それ」
「ELLEGARDEN。かっこいいよ」
響はスマホを取り出して『ジターバグ』を流し始めた。
「へえ。簡単なわけ?」弓野がスマホを覗き込む。
「何をもって簡単かはわからないけど、演奏してて楽しいと思うよ。あとバンプの『天体観測』」
「知ってる! あれ好き」北田が声をあげた。「響楽譜ある?」
「バンドスコア? あったかも。昔のだけど」
「じゃお前ん家行っていい?」
「あー、家めちゃくちゃ遠いんだよ。だから明日持ってくるよ」
「マジ? それはありがたい!」
「じゃ、これからカラオケ行こうぜ!」
北田が腰をかけていた机から勢いよく立ち上がる。
「またかよ? 昨日行ったばっかじゃん」
「いいだろ。響も行こうぜ。南波は……」
視線を向けられたので、無言で首を振ってみせた。
「だよな。行こうぜ響」
「俺も行かない。明日スコア持ってくるから、それまでに曲聞いてみて」
「わかった。じゃあな」
北田がそう言うと、弓野も「またな」と言って、いつものように、同じ房に入ったさやえんどうのごとく並んで去って行った。
ドアが閉まって数秒ほど沈黙が下りたあと、響がおもむろに『天体観測』のイントロリフを弾き始めたため、恭平もドラムの入りのところから演奏に入った。
『天体観測』は初めてだったが『カルマ』や『ハルジオン』などのBUMP OF CHICKENの曲を頻繁に弾いていたことから、好きなのだろうと考えてこっそり練習してあった。
弾き終えて、次に響は『メーデー』のイントロを弾き始め、今度ばかりは少し焦った。そこまでは手を出していなかったからだ。
しかし響は同じリフを繰り返しているだけで、演奏を進行させるつもりはないようだった。
「南波ってなんでそんなに何でも弾けるわけ?」
リフを繰り返しながら、響はふと顔をあげた。
「何でもではない。叩けない曲は入っていかない」
まさにこの『メーデー』も無理なのだから。記憶を辿りながら演奏してみることはできるかもしれないが、響の前で適当な演奏はしたくない。
「あ、そっか。……言われてみれば確かに。でも、それでも数が多くね?」
「それはおそらく、演る曲の好みが合うからじゃないか?」
「ああ、そうだね! 南波の演る曲好きなのばっかりかも」
好みが合うというのは事実だった。ただ、響の好みを推測して先回りで練習していることは隠していた。耳にしたリフから曲を推して、自宅へ帰ったあとにそれを聞きまくり、翌朝早くに登校して一人で練習をする。そして放課後になり、さも知っていたかのような素振りで演奏に参加する。響とセッションをするためのささやかな努力だ。
「南波となら何でも弾けるし、学祭の曲も好きなの選べるのにな」
「……例えば?」
「『カルマ』とか『The Biginning』とか」
「ワンオク?」
「まあ、北田が歌えるとは思えないけど」
「提案してみればいいだろ?」
「えっ? まあ、さっき『天体観測』と『ジターバグ』提案したし」
響は、それだけでもかなりの勇気が必要だったんだ、と言わんばかりに顔を強張らせた。
音楽のこと以外は響のことばかりを気にかけて、常に目で追っている恭平は気がついていた。
恭平ほど露骨ではないものの、響も他人に対して距離を置いている。話しかけられれば気さくに対応するし、人懐っこい外見から、あからさまに避けているようには見えないが、確かに距離をとっている。ギターに熱心だからつきあいが悪くても仕方がない、というポジションを自ら演出しているように見えた。
恭平と同様に、友人とつるむよりもギターを弾いている方が楽しいタイプなのか、それとも他に何か理由があるのか、一つだけ気にかかることはあるものの、おそらく前者なのだろうと解釈していた。
響のギターに対する情熱は並ではなく、音楽のことで頭がいっぱいでなければ至らないほどのレベルだったからだ。
「まあ、南波とセッションしてるからいいか。南波がいてくれてよかった」
愛らしくも凛々しい顔立ちで、くしゃっと顔をほころばせた。
一声だけでも身体が粟立つほど、その声に魅了されているのに、目が眩むほどの笑顔を向けてもくれる。
たまに、響も自分に対して仲間意識を感じているのではないかと感じるときがある。今かけてくれたような言葉を、二人きりのときにぽつりと口にしたのは少なくない。
教室ではほとんど会話をしないが、見ている限りでは教室にいるときよりも部室にいるほうがリラックスして見える。その部室でも、北田たちや先輩がいなくなって、ようやくホッとした顔をしたりもする。
そう見えるというよりも、そのように見たいという願望が引き起こす幻想かもしれない。
それでも、自分が感じているような親近感を覚えていてくれたらと、身勝手にも願ってしまう。
しかし、同じクラスで同じ部活に所属し誰よりも長い時間をともに過ごしていても、音楽の趣味も同じで、親近感を覚えていたとしても、いやだからこそかもしれない。互いに他人を距離を取る性格だからか、出会ったときと同じ距離のまま、それ以上近づくことがなかった。
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