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メルトペンギンのいる町

まもろうペンギン

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  ぼくのおとうさん。
  しんぷさんはぼくのおとうさんです。
  ぼくのおもいでのなかで、いちばんはじめにあるのがこのきょうかいです。
  たくさんのかぞくのみんなもいて、とてもたのしいです。

  ……十数年前に俺が書いた作文だ。
  なんでピンポイントで俺のを当てちまうかねぇ…。
「どうしたんですかナッシュ」
「親父、最近はどうだい?」
 背後から声をかけられる。顔を見ずともそれが誰であるかはよく知っていた。ここの神父、俺の親父だ。
 ここはメリィモア。哀れな孤児たちの集まる教会だ。しばらくぶりに訪れたここはあの時と何一つ変わらないみたいにそこにあった。
 まさか偶然入った部屋の棚でこれだけの時を経ているというのに俺の手記を見つけちまうなんてな……。
「やはり変わりないですよ。君みたいにこの場所を出る子がいてもまた新しい子がやってくる」
「そうか。ま、仕方ないよな」
「しかし君は随分大きくなりましたね」
「当たり前だ。いつまでもガキじゃあない」
「君みたいに訪ねてきてくれる子がいると私も嬉しいよ」
「カヤねぇとハーブは?」
「……彼女たちは、旅に出ましたよ。長い旅です」
「そうか……」
  なんとなくわかってはいた。しかしやはりあの2人にはいつまでも追いつけなかったということか。
「ナッシュのことをきいてもいいですか?」
「あぁ。俺は今魔法生物の対策機関に所属してる」
「アンシェロー…ですか」
「そうだ。知ってるのかい?」
「いくら山暮らしのメリィモアとはいえある程度の知識はありますよ」
「やっぱり俺は、魔法生物を許せないから」
「……そうですか」
  俺がメリィモアを出たのはアンシェローに入隊するためだ。ここで生きていければそれでよかった。しかしどうしても俺にはあの事件が許せなかったのだ。

 俺が10歳になる頃、まだ俺はメリィモアで変わらない生活を送っていた。
  質素ながら家族に囲まれた充実した生活。
  それが変わらないものならばそれでよかった。
  ずっとここにいたかった。
  しかしそれは叶わなかった。あの日ゼレフに現れた魔法生物が、大切な家族を奪ったから。
  ハーブとカヤねぇは、俺を守ってくれた。だけど無事では済まなかった。
  ハーブは足が動かなくなった。
  カヤねぇは片手がなくなった。
  それでも俺を守ってくれた。
  だから、今度は俺が守らなくてはならなかった。
  でも俺は強くないから、魔法生物に抗える力をつけた。
  でもやはり、間に合わなかったようだ。

「…親父。あれから1度も奴は来なかったかい?」
「はい。どうやら本当に運が悪かったようです」
「……あの2人に、会いたいな」
「会えますよ」
「えっ?」
「もうそろそろ長い旅から帰るはずです」
「……はぁっ!?ちょ、待てよ。長い旅って…そういうことじゃねぇのかよ!?」
「その言葉通り、長い旅ですよ」
「……っ!なんだよもぉ」
「あの2人がそう簡単に逝くと思いますか」
「思わねぇけどよォ…」
「まぁ折角帰ってきたんです。ゆっくりしていくといいでしょう」
  親父に強めの肩透かしを食らって腹が立つ気持ちもあったがそれ以上にあの二人が生きていることが嬉しかった。

  数日間はメリィモアで過ごすことにした。
  ガキの頃を思い出して落ち着かない。
  そのうえ昔の俺を見ているかのような間抜けで平和ボケしたチビ共が、俺の周りをうろちょろしている。
  全く…こんなところ本当は早く出たいんだが……。
「おにいちゃん、だれぇ?」
「……」
「ナッシュ。ここにいるからにはあなたも家族ですよ」
「…ナッシュだ」
「ナッシュ!ナッシュ!」
「さんをつけろよ」
「ナッシュ!ナッシュ!」
「…はぁ」
「あそぼ!あそぼ!」
 俺を囲うガキどもは喚きながらあらゆる方向から俺を引っ張ろうとしてくる。
「だぁっ!引っ張んな!」
「ふふ…遊んであげてください。あなたはお兄さんなんですよ」
「まったく…しょうがねぇな」
  それから俺は3日ほどメリィモアで過ごした。

「ナッシュ。良い報せです」
 親父が部屋に入ってきて俺にそう言った。
「なんだ?」
「あの2人がここに来るようです」
「ほんとか!?」
「はい。手紙が届いていまして、こちらに向かっているとのことです」
「到着はいつになる?」
「明日には着くようです」
「そうか」
「あの2人のこと、随分慕っていましたよね」
「特別なんだ…あの2人は。正反対なのに、どちらかが欠けたら全く違う。そんな2人に憧れてた。…俺もあの2人にならびたかった」
「ふむ…」
「ま、今は俺の方が強いし、並ぶどころか追い越しちまったけどな」
「へぇ?お前があたしらを追い越したって?」
「は?」
  声のする方を見るとそこには金髪の女が立っていた。
「ふ…久しぶりだな、ナッシュ」
「あ、あんたまさか…」
「あたしだよ。カヤだ」
「待てよ、その腕は?カヤねぇは俺のせいで腕を無くしたはず…」
「あ?腕?」
  そう言うとその女は上着を脱いだ。
「かっけェだろ?これ」
  そこにあったのは魔力可動の義手だった。
「魔力義手!?カヤねぇはそんなもの使わない!」
「やれやれ。そういうお前だって変わったっつの。なんだそのうっとおしい銀髪はよ」
「これは…別に…」
「も~カヤ!あんまりナッシュをいじめないの!」
  そう言って姿を現したのは車椅子に乗ったハーブだった。
「ハーブ!」
「あんた…相変わらず私のことは呼び捨てなのねっ!」
「十分だろ」
「まっ!」
「まぁまぁ、折角会えたんだ。細かいことはいいだろ」
「それもそうね」
「おかえりなさい。どうでしたか?旅の方は」
「あぁ、そうだ。なんだよ旅って?親父が紛らわしい言い方するからあんたら死んじまったのかと思ったんだぜ」
「ふふ…それはね」
「お前は憶えてるかなァ。こいつとあたしが喧嘩した時あったろ?」
「えっと…多すぎてわかんねぇ」
「…とにかく、その時にだ。こいつがここに来た時の話をしたことがあったんだ」
「あ、もしかして…天使サマがどうのってやつか?」
「そうそう!凍え死にそうなこいつを神父さんに知らせてくれたっていう話だ」
「その正体はなんと魔法生物メルトペンギンだったのです!ってオチなんだけどさ、それならそれで話は早いじゃん?」
「そう、あたしらはメルトペンギンに会うことを昔から決めてたのさ」
「いやでも…魔法生物だろ!?特にカヤねぇは……」
「ふ…そうだな。あたしは魔法生物が嫌いだ。魔力にだって頼りたくなかった。でもな、それは視野が狭いってことに気づいたんだよ」
「私たち人間だって、悪い人もいれば良い人もいるでしょ?魔法生物にだって良い種もいれば悪い種もいる!更には悪い種だと思ってる中にも良い個体がいるかもしれない!ってこと!」
 2人して語る姿を見るとあの日のふたりとはまるで別人にも見えた。
「……なんか、昔のカヤねぇからは考えられないな。魔法生物って聞くだけでも怒ってチビたちをぶん殴ってたのに」
「……やめてくれ。恥ずかしい」
 カヤねぇが手で俺を制す。
「あの時のカヤったら…ぷぷ、大人気ないったらないね」
「そういうおめェはガキすぎんだよ!」
 ハーブの煽りに対してカヤねぇは手を振り上げた。
「きゃー!カヤが怒った~!」
「ふ…はははっ!なんだ、やっぱり2人とも変わってなかった」
「当たり前だろ?そう簡単にあたしらがへこたれるかっての。…問題はお前だっつの。あの事件から急に姿を消しやがって……」
「そうだよ!なんでいなくなっちゃうのさ!」
「それは……俺が…弱いから……」
「弱いから、なんだ?まさかあたしらを守れねェからとか言うんじゃねぇだろうな?」
「……」
 対した反論もできずに閉口することしかできなかった。
「かーっ!こいつは!そんじゃあ何か?手や足を失ったあたしらを見捨てたってことだな!」
「違うっ!それは…親父が守ってくれるから……」
「じゃあぜーんぶ親父に守ってもらってればよかったんじゃねェか」
「その間に俺が強くなれば!」
「今更のこのこ帰ってきて何言ってんだよ。その間にあたしらがもう一度襲撃されてたら神父さんだけじゃどうにもならねぇって」
「……」
「わかったか?お前は別にいなくなる必要なんてなかった」
「んとね…カヤはいじわるで言ってるわけじゃないんだよ?ほんとはただ、ナッシュにいて欲しかったんだ」
「……ふんっ!」
 カヤねぇはわざとらしく腕を組み怒ったフリをしている。
「…ごめん」
「んーん!いいの!でもこれからは、みんなでここで暮らさない?」
「……それも…ごめん」
「なんでさー!」
  ハーブは穏やかな顔を一瞬にして悪鬼のように豹変させた…。
「俺はアンシェローに所属してる。今は長めの休暇をもらってここに戻ってきているが…戻らなきゃならない」
「ふぅん…じゃあ仕方ないか」
「フリディリアじゃあな、通うには遠すぎる」
「アンシェローはここまで守れるほど支部を拡大してないからなぁー」
「……ん?待てよ?それだよ!」
 カヤねぇが何かに気づいたように急に大きな声を上げた。
「え?」
「おいナッシュ。アンシェローには対魔法生物課があるよな?」
「当たり前だろ?だからアンシェローに入ったんじゃねぇか」
「ならよ、魔法生物保護課はないのか?」
「は?」
「魔法生物は何も敵対する存在だけじゃない。だったら逆にそいつらを守ってやろうっていう役割があってもいいと思うんだ」
「何言ってんだよ!?最も魔法生物を根絶したがっていたのはカヤねぇの方じゃなかったのかよ!」
「だから言ったろ?視野が狭かったってよ。悪い魔法生物はそりゃ悪いさ。極悪さ。簡単に人を殺すし何もそれが悪い事だとも思っちゃいない。でもそれは逆に言えば自然なことでもあったのかもしれないけどな」
「自然?そんなのおかしいだろ!」
「じゃあお前はライオンが草食動物を襲っているのを見てもライオンを根絶したいと思うのか?」
「それは違う。あいつらは野生に生きている。魔法生物は……」
「野生だろ?それに淘汰されてしまった人類は草食動物のように食物連鎖の頂点ではない位置に堕ちただけなんだ」
「だったら絶やすべきだ!」
「ほら。お前みたいに人類が1番であるべきだという人間が多いんだ。あの大穴ができてからはもうそんな常識はとうに通用しないよ。未知のエネルギー、未知の生物、それが揃えばもう今までの世界とは全く異なるヒエラルキーが生まれてもおかしくはない」
「私たちがすることは、それに抗うことじゃない。受け入れて可能な限り刺激しないことなんだよ」
 まるで当たり前かのように世界の常識が変わってしまった。それを淡々と語る2人には今までにない迫力があった。
「そんなのかっこ悪いじゃねぇか…」
「強大な牙を持つ生物に草食動物が勝てるか?群れになれば勝てるかもしれない。だがあの大穴には決して殲滅しきれない数の魔法生物がいるはずだよ。勝てっこない…」
「……」
 俺は再び口を噤むことになってしまった。
「…で、本題はここからよ!」
「あ、そうだった。保護がどうとか……いや、今の話の流れ的にそんな凶悪なやつら保護する必要なんて…!」
「だからそいつらは別。要するにあたしたちみたいな草食動物のように弱い魔法生物を守ってやろうぜってことさ」
「だって私たちだって今まで何度も絶滅しそうな動物を保護してきたでしょう?それなのに今まで知られてなかったってだけの生き物たちもまとめて全部退治しようとしちゃってるわけじゃん?」
「そりゃあだめだよなァ?ナッシュよォ?」
「それは確かに…」
「そうして保護できる魔法生物の中には人間に友好的だったり何かと役に立つ生物だって多いはずだ。食用になったり、毛皮が取れたり、そういう生物たちを守って育てることをアンシェローが推進していけばいいんだよ!」
「うまくいけば……その方がいいかもしれない」
「だろ!だったら決まりだ!」
「何が?」
「ゼレフにその第1支部を作るんだよっ!」
 ハーブが両手をあげながら大声を上げる。
「なんだって!?」
「驚くのも無理は無いよね。だってカヤは昔あれだけ魔法生物を嫌っていたもの」
「もしゼレフにそんなものが出来たら魔法生物がこの町に集められてくるってことだもんな」
「危害さえ与えてこない生物ならそこら辺のノラと一緒さ。何も怖くない」
「でも俺にそんな権限は…」
「だーっ!何言ってやがんだよ。何もすぐ作れなんて言うつもりはねぇよ。お前が頑張れば頑張るほどそれが近づくだけだ」
「うんうん!そうだよ!それがあたしたちにしてくれるお詫びってことで!」
「2人とも…」
「面白そうですね。……よし、決めました。私もそれに強く協力することにしましょう」
 かたわらで話を聞いていた親父が口を開く。
「……まさか?」
「はい。メリィモアをその先駆けの地とするのです」
「おおっ!それなら確かにぐっと完成が早くなるんじゃねぇか!?神父さんはもともと子どもたちを保護している実績がある。中央のお偉いさんにそのことを伝えれば…」
「ふむ。そうですね。もしかすると仮にでも認可は降りるかもしれません」
「よっし!しかもそれならあたしたちにも協力できるってことだな!」
「みんなで掴む夢。と~っても素敵だね!」
「よっし、そうと決まりゃあ早い方がいい。ナッシュ!お前フリディリアに戻って直談判してこい!」
「え、いきなりすぎだろ…」
「あたしはもう待ちきれないんだ!なに、心配するな。諸々の準備は進めといてやるから良い報せを持ってこい」
「話が通らなかったらどうするんだ…」
「通るさ。なァ?」
「うんっ!うんっ!」
「……はぁ。わかった。行くよ」
 強引なところはちっとも変わっていない。何年の時を経ても俺はカヤねぇには逆らえないらしい。
「よし、んじゃあ今夜の夜行列車に乗って行くといい。出立に備えて飯を食おうじゃねェか」
「さんせーい!」
「では…みなさん、食事の準備を始めましょう」
「は~い!」
  部屋の中で遊んでいたメリィモアの子どもたちが一斉に声を上げる。そしててきぱきと片付けを終えるとすぐにキッチンに向かい食事の準備を始めた。
「…今思うと俺もあんな風に動いてたっけな」
「そうです。ここの子たちはみな優秀なのですよ。もちろんあなたもね」
「んなこたねぇよ…」
「フリディリアの難関に合格しておいてそれはないでしょう?頑張ってる学生さんが泣きますよ」
「親父が教えてくれた経験があれば、ちょっとした勉強はなんてことなかったってことさ」
「はは。やっとわかってくれましたね」
「あぁ…本当に感謝してる。だから、頑張るよ」
「楽しみにしていますよ」
  そう言うと親父は柔らかく笑った。懐かしい……大好きだったあの笑顔だ。
  わざわざアンシェローに入ってまでここを護りたかったんだ。ここを拠点にできるならば確かに都合が良い。
  ……流石はカヤねぇ…やっぱり敵わないな。

  翌朝俺は早々にゼレフを離れることにした。
  というよりさせられた、に近いのだが…。
「ほ~ら!いつまで寝てるの!早く行って早く申請した方が私たちも動きやすいでしょ!」
「なに、申請が通りゃすぐ帰ってこられる。心配すんな、早く行け」
  とはいえまだ朝の5時だったんだがな……凍えそうな朝の町を歩き始発の列車に乗り込んだ。
「おや、あなた」
 隣の席の男に声をかけられた。
「……」
「ちょっとちょっと!無視はいけないでしょう無視は!」
「……何?」
  俺はこの面倒そうな男を早く追っ払うためにも最大限気だるそうな返答をしてみせた。
「その徽章…アンシェローの方ですよね?」
「……で?」
「公務員がその態度はいかんですよ。若いからって尖っていい理由にはならんのです」
「何?説教するために声をかけたのか?」
「はぁ…やれやれ。朝から爽やかでないですねぇ……ま、いいでしょう」
 男はわざとらしく嘆息して見せるがまだ会話をやめるつもりはないらしい。
「なんなんだ一体…」
「どちらまで行かれるので?」
「なんで教えなきゃいけない」
「フリディリアですかな?本部に戻るんでしょう。こんな極地からでは始発に乗らなければ日が暮れてしまいますからな」
「……」
「あぁ、失礼。別にこの町の文句を言った訳ではありませんよ」
「なんも言ってねぇだろ…」
「眉間のシワは、そうは言ってなかったようで」
「……ちっ」
「どうやらこの町の出身のようですな。任務で送り込まれた遠い町のことを貶されて顔をしかめる者は珍しい」
「なんなんださっきから!憶測ばかりを得意げに並べ立てやがって!」
 男のあまりにも執拗な声掛けに、ついに俺は声を荒らげてしまう。
「ほほ…すみませんねぇ。これが私の趣味でして」
「いいシュミしてんな」
「でしょう?」
  何を言っても通じやしない。こんなのほっておいてさっさと寝てしまおう。
「しかしこの町は相変わらず寒いですな。数日の滞在でしたがまた随分と寒い時期に来てしまったものです」
「……」
「ま、だからこそ良いものが見られたというものですがね。はっはっは」
「……」
「メルトペンギン……あれはここだからこそ見られる神秘だ」
「……メルト…ペンギン…?」
「おや、おやおや!興味がおありですか!」
  男は途端に目を輝かせる。…面倒なことになりそうだ……。
「メルトペンギン、それはこのゼレフに伝わる伝説……。寒い寒いこの町のさらに寒い日に現れる魔法生物、ですな。溶けてしまう前に色んな場所に歩いたり踊ったり、それでいてその味は絶品で……」
  やはり男からは厄介な解説が延々と流れ出した。
「あー解説はいい。それで、そいつがいたってのか?」
「そうです!やはり魔法生物の中にもあぁいった益獣……とでもいいましょうか。そういったものがいるものですね」
「へぇ……わかってんじゃん」
「おや?あなたもそういった考えの持ち主で?」
「……さぁな」
「釣れないですなぁ」
「……ふん」
  男はさらに機嫌を良くしたようだったが流石にもう構ってやれるほど俺は寛容じゃない。
「もう寝る。話しかけるな」
「はいはい」
  そう言ってから男はもう話しかけては来なかった。……初めからそうしておくんだった。

  アンシェロー本部についたのは既に昼を回った頃だった。
  ゼレフとは違いむしろ暑いくらいの気温だ。
「あっちと比べると全然違うな……」
「あっちと比べると、あっちぃですな!」
「……」
  そうだ、まだこいつがいたんだ……。
「なんでついてくんだよ」
「同じ方向なんですから別にいいじゃないですか」
「ふんっ……」
  しかしその男はいつまでもついてくる……。
「おい、いつまでついてくるんだ。もう職員以外立ち入り制限の区域に入るぞ」
「それなら問題ありませんな」
「は?」
「わたくしほら、アンシェローの幹部なので!」
「はぁ!?」
 男は懐からアンシェローの徽章をちらりと見せた。
「ナッシュくん、ですよね。お噂は聞いていますよ。フリディリア・ユニバーシティの異端児、孤高の銀狼ナッシュ……面白いから見てみたかったんですよ」
「じゃあなにかい?あんたがあの時間にあそこにいたのも……」
「いや、それはたまたまです。でもあなたのことを知っていたのは偶然じゃないですがね。結構有名人ですよ?あなた」
「はぁ……わかりました。無礼を詫びます」
「ああ、いいですよ。敬語を使わなくても。アンシェローの高名な方たちはみな少々個性的ですからな。無理に敬意を強制するとそれを潰しかねませんからね」
「……そうか」
「そうです!異端児こそ我々の求める人材!だから私はあなたに会ってみたかったのです」
 鼻息荒く男が語る。その目はギラギラと輝き底の知れない不気味さをすら感じた。
「……で?どうだった?」
「……当たり、ですな」
「いや、明らかにだめだろ……公務員としても部下としても扱いにくいと思ったはずだ」
「いやいや、ナッシュくん。君がここに来るまでにあなたとお話させてもらったじゃないですか」
「適当にあしらってただろ?」
「ひとつ、気になる単語に反応しましたね」
「……メルトペンギン…か」
「そう!あなたはどうやら見た目の割に撲滅のためにアンシェローに加入した者ではない!」
「悪かったな」
「アンシェローに加入する者は欲望や復讐の志を果たすために来るものが多いのです。しかしそういったものは必ず冷静さを欠いて死に至ります。そうなってしまっては元も子もありません」
「まあ俺もつい昨日まではそうだったと思うよ」
「……と言いますと?」
「…俺は教会で暮らしてきた。たくさんの家族とともに。でもその平和を魔法生物が壊した。だからみんなを護れるように、俺はアンシェローで強くなりたかったんだ」
「ふむ、立派です。護れるように、ということがなおさら立派ですねぇ」
「でも、魔法生物を倒すために強くなったのに、護りたかった人が言った言葉は、魔法生物を護れ、という内容だったんだ」
「敵である魔法生物を?」
「そう。全てが敵対してくるわけでもなく利益を得られる魔法生物もいる。また敵対する全ての魔法生物が等しく明確な悪意のみを持つわけではない、ということらしい」
「なるほど……それでメルトペンギンに反応したんですね」
「……アンシェロー側としては、魔法生物は撲滅すべきものだろう?俺のような異端はあんたの期待するような強さを持っていない。ただ、俺が護る場所のことだけは大目に見てくれないか」
「…………ふ、ふふふふ」
「なんだ?」
  俺の話を聴き終わると、頬をぷるぷると揺らしながら男は笑い出した。
「そんなにおかしかったか。だが何を言われようと俺はあの場所を…」
「いやいや、はっはっは。なんだなんだ。随分と心根の優しい男じゃあないですか。わかりました、いいでしょう」
「は?」
「あなたの教会に特別な措置をして差し上げましょう!」
「なんであんたにそんな権限が……」
「ありますとも!私を誰だと思っているのですか?」
  そう言って男は胸ポケットから1枚のカードを取り出した。
「あ…アンシェローの総司令官……?」
「ブル・ローゼンハイムと申します。以後お見知り置きを」
「ブル…さん…」
  その肩書きを聞いた瞬間に、俺にもよくわかった。この男のどこか得体の知れない包容力や涼し気な余裕。その全てがこのアンシェローの平坦ならない癖者たちをまとめ導くことのできる能力であったことが。
「じゃあ…さっきの話なんだが…」
「ええ、認めます。どういったお考えをお持ちで?」
「教会をアンシェローのゼレフ支部にしてくれ」
「はい、わかりました」
「そんな二つ返事でいいのか!?」
「言ったじゃありませんか。認めますと。手続きは私にお任せください。なので…今日は一晩ここに泊まるといいでしょう。明日の朝また私の部屋を訪ねてください」
「わ…わかった。……ありがとう」
「いえいえ。そのかわり、しっかり魔法生物を保護するんですよ」
「…っ!はい!」
  俺はこの男の寛大さに敬服した。そしてみんなを護るため、この男に報いるため、アンシェローに尽くすことを誓った。

  翌朝俺はブルさんの許を訪ねた。
「ナッシュですが」
「どうぞ」
  俺がノックするとすぐに返事が聞こえた。
「昨日の件で話をしにきた」
「まあお座りください」
  ブルさんの示したソファに座る。
「えぇと…はい、これですね」
  ブルさんが机から取り出したのはいくつかの書類とひとつの徽章だった。
「これをつけるとあなたは一般のアンシェロー役員から支部長クラスの権力を持つ役員へ昇格することを意味します。それはよろしいですか?」
「権力には責任もつきまとう…ってことだよな」
「左様でございます。しかしそれをわかっているのならば申し上げることはないでしょうね」
「…本当に、いいのか?」
「なぜです?」
「昨日会ったばかりで、魔法生物を匿う男だ。もし危険な魔法生物を保護して謀反を企てていたりしたら…」
「もしそうなれば残念ながらその権利は剥奪となりますが…その心配がないこともよくわかっていますよ。それに、万が一そのようなことになったとしたら……」
「ま、わかったよ。きっと教会に制裁が入るんだろう」
  ブルさんは答えなかったが妖しげに笑った。
「期待していますよ。ただでさえ魔法生物は謎が多いのです。あなたたちが安全性や利便性を証明してくだされば随分と世間からの風当たりも良くなるでしょうからね」
「任せてくれ」
「では、頑張ってください」
  そうして俺は部屋を出るとそのままゼレフへと向かった。

「ゼレフ~ゼレフ~お降りの方はお気をつけて~。極寒ですのでね…」
  車掌の声で目を覚ました。気づけば俺はすっかり眠ってしまっていたらしい。
  急いで列車から出ると車内との温度差に一瞬で目が覚める。
「やーっと来たか」
  俺が身震いしているとホームの外から声をかけられた。
「あ、カヤねぇ」
「早く来い」
  カヤねぇに急かされて改札を抜ける。
「で?どうだったよ」
  バスの停留所でカヤねぇが尋ねてきた。
「ああ、これをもらった」
  俺は胸につけた徽章を光らせた。
「んー?なんだァこりゃ?」
「……アンシェロー支部長の証らしい」
「ほーっこりゃすげぇや。これ、プロテクト…だから保護って意味だな!お前しか持ってないんじゃないか!?」
  カヤねぇは興奮気味に徽章を弄ぶ。
「カヤねぇのおかげだよ」
「いや、きっとお前に可能性を見出したんだよ。違いない」
  そう言ってカヤねぇはまじまじと徽章を見ていた視線を俺の眼にまっすぐに向けてきた。
「……な、なんだよ」
  俺の胸につけた徽章に触れながらそんな目をするものだから、俺の胸の動揺ももしかしたら伝わってしまっているかもしれなかった。
「…ありがとな。多分、お前がアンシェローに入ってなかったら、教会を支部にするなんてとてもできなかったと思う。……この前は悪かったな。お前が1人で考えて、そうしてあたしたちのために行動してくれたこと、ほんとはわかってた。でもやっぱり…寂しかったんだ。」
  カヤねぇは徽章をぎゅっと握りしめた。
「……悪ィ。忘れてくれ」
  そう言ってカヤねぇは俺から離れた。
「俺は……俺だって…寂しかった。でも…でもよ……」
「はんっ!もういいだろ!」
  そこにいたのはさっきまでの弱々しいカヤねぇじゃなくて、いつもの強気なカヤねぇだった。
  ただ、その手は固く握られて、震えていた。
  間もなくバスが来て、俺たちは何も言わずメリィモアに帰った。

「おっかえりぃ~!」
  騒々しく迎えたのはハーブだった。車椅子でドリフトしながら教会の門の前まで走ってきた。
「ハーブ……お前に機動力はつけない方が良さそうだな」
「なんでさ!早くお迎えしたかったんだもん!」
「滑って転んだらどうすんだ、バカ」
「バカって言った!?神父さぁ~ん!カヤがねぇ!」
「……ったく…な?うるせぇよな」
「そうだな」
  そう言ったカヤねぇはたまらなく嬉しそうな顔をしていた。

「親父。帰ったぞ」
「おかえりなさい。許可はもらえましたか?」
 教会に入ると親父が迎えてくれた。
「あぁ。今日からこの教会はアンシェローの魔法生物保護課ゼレフ支部ということになる」
「で!その支部長が…ナッシュと!」
「ほう…ではナッシュ、あなたがこの教会の長になるということですね」
「は?」
「あなたが神父になるということです」
「ちょ…ちょっと待てよ!それとこれとは話が…」
「そ、そうだよ!そしたら…神父さんはどうするのさ!」
「私は…もう随分とここにいましたから」
「だっ…だって、強く協力するって言ったろ?じゃあ…じゃあ親父だって保護活動に参加するってことだろ!」
「えぇ。しますとも」
「はぁ?」
「魔法生物をここに連れてくることにしましょう」
「え?そんなことができるのか?」
「……私には、とあるツテがあるのです。あなたたちが健やかであることだけが望みでしたから、もうそのツテを利用することはないと思っていました。しかし、今こそそれに頼るべきだと思いまして…」
「神父さん、もうみんなのお父さんじゃなくなるの?」
「……いいえ、いつだって私は、あなたたちの父ですよ」
  話を聞きつけた子どもたちが、悲しそうな顔で神父さんを見つめていた。
「……ナッシュ。君はこの教会を護るのでしょう?だったら、私はもういらないんです。そもそも……私は護っているのではない……そんなことは……言えないのです」
「なんで……なんでそんなこと言うんだよ…あたしたちは…いつだって神父さんのこと頼りにしてる…護ってくれてたじゃねェか…!」
「……いいでしょう。みんな、大切なお話をしましょう」
  そう言うと親父は全員を集めた。
「改めて言いましょう…。今日よりこの教会はアンシェロー魔法生物保護課ゼレフ支部になります。名称はメリィモアのままで良いとは思いますが、肩書きが変わります。それに伴いまして…こちらのナッシュがこのメリィモアの長、神父に就くことになりました。ここまでみなさんよろしいですか?」
  当然の如くざわめきは起こる。何しろ俺は10年ここから離れていたのだ。俺の事を知らない者の方が圧倒的に多い。その見知らぬ男が急に親父に取って代わるのだから混乱して然るべきというものだ。
「さて……では私がなぜ今まであなたたちとともに暮らしていたか、その話をしましょうか…」
  ここからは俺たちも知らない話だった。
「このメリィモアは、昔から子どもたちを育ててきました。あの頃は魔法生物が現れて間もない頃。世界中で軍事力が不足していました。しかしどの国も魔法生物に対抗するために重要な戦力を失うことを恐れていました。そんな中で一部の人間が目を着けたのが戸籍のない子どもでした。戦力を持たない子どもでもある程度の判断力と少しばかりの武器、そしてその身に大量の火薬を詰め込めば脅威とされている魔法生物のコロニーを打ち破れるのではないか…と」
「つ……つまり…メリィモアは……」
「はい…その『犠牲』を提供していた場所でもあったのです。そうしてその取引をしていたのは他でもないこの私…その報酬でこの場所は維持され、アンシェローが魔法生物に有効な軍隊を確立させるまでに多くの犠牲者を出しました…」
「……」
  みな、言葉を失っていた。自分たちの父だと思っていた者が、その子らを犠牲にしていたというのだ。
「でも!親父は悪くない!」
「いいえ!私は罪深い人間です。ですから、私は常に贖罪のためにここにいた…護るためではない…ただ死んでいった子たちが、他の子の幸せを願ったから……」
「…じゃあ、やっぱりそれで良かったんだよ。なァ?だって、あたしらみんな、幸せだろ?」
  そう言うカヤねぇに賛同するように、ここにいる誰も親父を責める者はいなかった。
「みなさん……」
「神父さんは!いつだって私たちを愛してたでしょ!」
「そうだ!その想いに嘘は感じなかった!」
「…ありがとう。その言葉が私を救ってくれます」
  そう言って神父は涙を流した。

  メリィモアは以前に増して騒がしい場所になった。親父が収めていた子どもたちの喧嘩や規則正しい生活を俺が管理するだけでも大変なのに、家畜型の魔法生物を親父が仲介して送ってきた。でも、みんなで世話してると全く苦しくはない。むしろより賑やかになったこの場所はこの世のどこよりも居心地が良く感じられた。
  まだあのメルトペンギンは見つけて管理するまでには至っていないが、きっと時間の問題だろう。俺たちなら、魔法生物とだって家族になれる。親父の愛を受け継いだ俺たちなら。
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