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26杯目.初恋は甘くほろ苦いコーヒーの味
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僕は、最後のページに挟まっていた手紙を読む。
彼女が最後に宛てた、僕へのメッセージ。
〔真田さん、この絵日記を受け取ってくれてありがとう、必ずあの喫茶店に行くと思ってたよ。
真田さんと出逢ってからは、色々苦しい事もあったけど、それ以上に心が幸せで満たされていく、そんな日々の方が多かったんだよ。
会えない日は、会えない日で想っていたし。
会えた日にはうるさいぐらいに、心臓が鳴るし。
この手紙はね、最後に電話をした日に書いたんだ。
ちょっと未練がましいのかな?これって。
それでもね伝えたい事があったんだ。
真田さん、あなたの事が好きでした。
大好きでした、この胸が苦しくなるほどに。
慌てているあなたも、見栄を張っているあなたも。
コーヒーが苦手で、子供っぽいあなたも。
全部、全部、大好きでした。
私の初めての恋、これで終わりになる恋。
ありがとう好きにならせてくれて。
初めて、恋をする事がこんなにも景色が変わるのかと、毎日の見慣れた道さえ輝やいて見えていた。
毎日の道でね、真田さんいないかなって探したよ。
土日に用事もないのに、外に出かけたり。
大概会えないんだけどね。
用事がある時に会えたから、嬉しかったよ。
一方通行で、酷いって思われるかもしれない。
それでもこの想いは伝えたかった。
知って欲しかったんだよ。
出逢えて幸せでした。
短い時間かもしれないけど、私にとって大切で、愛おしいあの時間が一生忘れたくないって思うほどに。
あまり長くなるとあれだから、最後にするね。
本当に大好きでした、ありがとう。
そして、さよなら初恋の人。〕
また、涙が溢れていた。
昨日流し尽くしたはずなのに。
止められない涙が、ずっと。
彼女のことを想いながら、流す涙は切ない。
「ずるいよ…こんなの、一方的じゃん」
それでも、苦しめていただけじゃない。
そう思えることで、僕の胸も暖かくなる。
心の奥が熱くなる感じがする。
「僕も大好きでした、ありがとう、初恋の人」
そうして手紙を絵日記に戻す。
その絵日記は、絵と共にしまう。
いつの日か、この気持ちに区切りをつける日が来たのであれば…そう想いながら。
部屋の中で一人。
今は一人が嫌いじゃない、自分の想いに浸れるから。
壊れていた歯車は、噛み合うことなく終わる。
いつの日か、昔の失恋話として思うようになる。
そんな気はしないが、それでもその日は来るだろう。
僕にとって初恋の味は、苦いコーヒーのようで、甘さを注いであげると美味しく飲める。
そんな思い出になる。
苦手だったコーヒーが好きになれていたのは、甘い彼女との思い出が残されていたからだろう。
時計の時間を確認する。
「おっと、もうこんな時間か」
私は会計を済まし、店を出る。
今日見つけた喫茶店も中々良かった。
それでも、私にとってはあの喫茶店が一番だ。
今となってはもう、無くなってしまったが。
今日は、廣瀬と和田垣先輩の結婚式。
よく三人で呑みに行っていたが、付き合い始めた時から色々話は聞いていた。
それが結婚までいくのだ、おめでたい事だと思う。
刈谷さんはもう仕事を辞めているので、結婚式にも呼ばれる事もなかった。
まぁ、呼ばれても来づらかっただろうが。
あの日から私は、仕事だけに打ち込んでいた。
抱えてしまった想いを、忘れようとしていた。
未だにこうして、鮮明に思い出すのだ。
未練がましく、忘れてない証拠なのだが。
あれからは、誰かを好きになる事もなかった。
理由は分かっているが、あえて考えないようにする。
今日は友人の結婚式だ。
精一杯祝ってやろう。
次の日、私は会社に辞表を出していた。
幸いな事に、今の上司とはそこまで仲が良くない。
二人には散々止められたが、やりたい事がある。
そう伝えると、応援してくれた。
辞表も難なく受け取ってもらい、一ヶ月に退職。
それからは、引き継ぎもやりきる。
後輩からは最後まで引き留められていた。
流石に、辞める理由までは伝えなかった。
本心を伝えるのは一部の人だけでいい。
退職に合わせて、やりたい事の準備をしていく。
そう、喫茶店を開店したかった。
僕にとって人生の全てと言ってもいいだろう。
色々な思いが詰まった喫茶店を、自分の手で。
勿論、レトロな雰囲気に仕上げる。
雰囲気は昔ながらの喫茶店だ。
メニューに関しては、これから増やしていく。
あの日食べた、ハンバーガーもいいなと考える。
ナポリタンだけは、絶対に外せない。
コーヒーだって。
その為に喫茶店巡りをし、勉強をしていた。
この日のために、ずっと。
私が叶えたい夢を抱き、その為に頑張るとは。
あの頃の僕には想像も出来ないだろうな、
やる気が無く、自堕落に生きていたあの頃の僕に。
店の景観は問題ない。
後は、お客様が来てくれるかどうか。
このまま、売り上げも上がらず潰れる。
そんな可能性だってあるのだから。
新しいことを始める時は不安で潰されそうになる。
それでも、自分で選んだ道なのだから。
自由に楽しく生きてみようじゃないか。
私は、もう大人なのだから。
そうして、開店時刻になり店を開ける。
緊張しながら、扉を開けるが、外には人はいない。
仕方ないと思いながら、少し落ち込む。
まだまだ、何も始まってすらない。
そう考える。
夕方頃には、友人たちが来てくれる予定だ。
それまでは気長に待つ事にしよう。
そうして、自分で読むようにコーヒーを淹れる。
一口飲もうとした時に、ベルの音が鳴る。
私の好きな、扉についたベルだ。
一人の女性が、扉から入ってくる。
「あ、あの…入っても大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です、今開店したとこです」
初めてのお客様様が入ってきてくれた。
それだけで胸が熱くなる。
入って来てくれて良かったと。
「どこでもお好きな席へどうぞ」
私はそう伝えながら、水とおしぼりを用意する。
が、入って来た女性は動く気配がない。
どこに座ればいいのか分からないのか?
「あ、あの?」
「あ!いえ、ごめんなさい!用事ができて!」
そう言いながら、女性は走り去っていく。
用事ができて?思い出してではなく?
人がいないから嫌になったのだろうか。
思っていた雰囲気と違ったのだろうか。
この感情の浮き沈みは、どうしたらいい。
少し酔いそうだ。
そうしていると、何人か入店される。
忙しいとはいかないが、初日としてはいいだろう。
動きとしても、問題ないと確認できた。
夕方に来てくれた友人も楽しんでくれた。
その中には、刈谷さんや、権田社長もいた。
あの頃の私の話で盛り上がっている。
お二人とはあれからも、付き合いが続いてる。
こうして、仕事を辞めても会うほどに。
そうしてると、一日が終わろうとする。
閉店の時間間際になり、人がいなくなる。
それなりに来店もあった。
あとは、何度も来てくれたらいいのにな。
緊張の糸が切れたのか、カウンターに腰掛ける。
「ふーっ、疲れたーっ…でも良かったな」
今日の事を思い返す。
初来店の女性の事はあれだが。
何故か、頭から離れなかった。
また来店しそうな、そんな気が。
それでも、始まりとしては良かった。
これからも頑張れると思う。
不安はまだまだ残っているが。
店を閉めようと立ち上がると、ベルが鳴る。
こんな時間にお客様かな?
振り返ると、朝の女性が立っていた。
「す、すみません、もう閉店でしょうか?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
また来てくれたのだ。
閉店時間間際といえ、迎え入れたい。
女性はカウンターの席に座る。
私は水とおしぼりを用意し差し出す。
「またのご来店、ありがとうございます」
「あ、いえ!こちらこそ、変な事してすみません」
女性はスーツ姿だった。
私も少し前まで同じ姿だったのに、懐かしく感じる。
仕事終わりに寄ってくれたのだろうか。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「ブレンドコーヒーを一つ、お願いします」
「かしこまりました」
私はコーヒーを準備する。
あの喫茶店と同じ、サイフォン式で淹れていく。
最後のコーヒーの香りが立っている。
「お待たせしました、ブレンドコーヒーです」
「ありがとうございます」
女性はコーヒーを飲んでいく。
香りを楽しみながら、少しずつ。
「美味しいですね」
「ありがとうございます、コーヒーがお好きで?」
「はい、好きです、懐かしい味なので」
「懐かしい…そうなんですか」
そうして女性は、少しずつ味わうように飲んでいる。
本当にコーヒーが好きなんだろう。
もう一杯、申し訳なさそうに注文する。
私は、快くコーヒーを準備する。
「あの、あそこの絵はなんですか?」
指差す方向には“氷の華”の絵が飾られている。
私にとって未練の一つだが、飾りたかったのだ。
「あれは、昔に頂いた大切な絵です」
「頂いた?どなたからですか?」
絵の事を聞かれることはあったが、話を避けていた。
それでも、この女性には正直に話してしまう。
「はい、私にとって、とても大切な人からです」
「恋人とかですか?」
「いえ、違います、片想いではありました」
何故、こんな話しをしてしまったのだろうか。
先ほどから、昔の思いが湧き上がってくる。
この女性と雰囲気が似ているからだろうか?
「それって、コーヒーの苦手な子供ですか?」
「えっ?」
「コーヒーが飲めたら大人だって思っていた」
「うそ…」
「そんな事ないのにね、それだけで大人って…」
「え、いや…え…」
確信してしまった。
大人になって、姿が変わり分からなかったのだ。
女性の変化は凄いと言うが、まさにそれだった。
あまりの変わりように、気づかなかったのだ。
「お久しぶりです、真田さん」
「なぜ、え、どうして…」
「ここに入ったのは本当に偶然ですよ、だから朝は驚いちゃって飛び出しちゃった」
そう笑った彼女の笑顔は、あの日を思い出させる。
花のように咲き誇る、綺麗な笑顔を。
「それにしても、ひどいですね、気づかないってね」
「いや、それは…その…」
「すっかり忘れられたのかと」
「違います!あまりにも綺麗になりすぎて」
「ふふっ、ありがとうございます」
彼女を前にすると、あの日の僕が戻る。
緊張して、上手く喋れなくなるあの日の。
「あの絵を見て嬉しくなったよ、まだ持ってたんだ」
「はい、捨てれるわけ無いじゃないですか」
「それでも飾るのは少し恥ずかしいかな」
「すみません、どうしても」
色々聞きたいことはある。
あれからどうしていたとか、今は何してるとか。
スーツを着てるって事は絵の仕事はとか。
ただ、それよりも気になったのは。
左手の薬指に嵌められた、輝く指輪だ。
「ご結婚なされたんですね、おめでとうございます」
少し恥ずかしくなる。
彼女はしっかりと前に歩いて大人になっていたのに、私はまだあの日の思い出に浸る子供のままだから。
「ふふっふふふふふふっ……」
「どうかされましたか?」
「がっかりした?」
本心を覗かれたようで、驚く。
「い、いえ…?おめでとうって思いましたよ」
必死に取り繕う、バレないようにと願いながら。
「残念、これはただの指輪です、さっき雑貨屋さんで大急ぎで買ってきたのでした」
「へっ?」
先ほどから間抜けな顔と、声が続いてると思う。
「また取り繕ったでしょ?分かるんだよ」
「そ、そんな事ないですよ」
「昔から変わらないんだね、真田さんも私も」
「私も?」
「この指輪はね、罰です!私のことに気づかなかった真田さんへの…私はすぐに気づいたのになー」
「そ、それはさっきも言いましたが……」
「私もあれから変わらない、変われないんだよ」
「それって…」
「ここで会えたのも運命だと思っ……」
「ずっと、好きでした本城さん、今でも」
今度は先に言った。
前は一方的に言われただけなのだから。
今度こそは、こちらから想いを伝える。
すると彼女は涙を流しながら答える。
「どこかへ連れ出してくれる?」
「勿論、どこへだって連れて行きますよ」
そうして私たちは、この8年間を埋めるように、あの日に戻った気分で話しをする。
何をしていたのか、何を思っていたのか。
受け取った絵日記について。
2人の想いも交えて。
この時間だけは二人だけの時間だ。
初めて出逢った、あの喫茶店。
また再会できた、私の喫茶店。
この世界に、二人だけの時間が流れる。
日付が変わろうが、ずっと……。
彼女が最後に宛てた、僕へのメッセージ。
〔真田さん、この絵日記を受け取ってくれてありがとう、必ずあの喫茶店に行くと思ってたよ。
真田さんと出逢ってからは、色々苦しい事もあったけど、それ以上に心が幸せで満たされていく、そんな日々の方が多かったんだよ。
会えない日は、会えない日で想っていたし。
会えた日にはうるさいぐらいに、心臓が鳴るし。
この手紙はね、最後に電話をした日に書いたんだ。
ちょっと未練がましいのかな?これって。
それでもね伝えたい事があったんだ。
真田さん、あなたの事が好きでした。
大好きでした、この胸が苦しくなるほどに。
慌てているあなたも、見栄を張っているあなたも。
コーヒーが苦手で、子供っぽいあなたも。
全部、全部、大好きでした。
私の初めての恋、これで終わりになる恋。
ありがとう好きにならせてくれて。
初めて、恋をする事がこんなにも景色が変わるのかと、毎日の見慣れた道さえ輝やいて見えていた。
毎日の道でね、真田さんいないかなって探したよ。
土日に用事もないのに、外に出かけたり。
大概会えないんだけどね。
用事がある時に会えたから、嬉しかったよ。
一方通行で、酷いって思われるかもしれない。
それでもこの想いは伝えたかった。
知って欲しかったんだよ。
出逢えて幸せでした。
短い時間かもしれないけど、私にとって大切で、愛おしいあの時間が一生忘れたくないって思うほどに。
あまり長くなるとあれだから、最後にするね。
本当に大好きでした、ありがとう。
そして、さよなら初恋の人。〕
また、涙が溢れていた。
昨日流し尽くしたはずなのに。
止められない涙が、ずっと。
彼女のことを想いながら、流す涙は切ない。
「ずるいよ…こんなの、一方的じゃん」
それでも、苦しめていただけじゃない。
そう思えることで、僕の胸も暖かくなる。
心の奥が熱くなる感じがする。
「僕も大好きでした、ありがとう、初恋の人」
そうして手紙を絵日記に戻す。
その絵日記は、絵と共にしまう。
いつの日か、この気持ちに区切りをつける日が来たのであれば…そう想いながら。
部屋の中で一人。
今は一人が嫌いじゃない、自分の想いに浸れるから。
壊れていた歯車は、噛み合うことなく終わる。
いつの日か、昔の失恋話として思うようになる。
そんな気はしないが、それでもその日は来るだろう。
僕にとって初恋の味は、苦いコーヒーのようで、甘さを注いであげると美味しく飲める。
そんな思い出になる。
苦手だったコーヒーが好きになれていたのは、甘い彼女との思い出が残されていたからだろう。
時計の時間を確認する。
「おっと、もうこんな時間か」
私は会計を済まし、店を出る。
今日見つけた喫茶店も中々良かった。
それでも、私にとってはあの喫茶店が一番だ。
今となってはもう、無くなってしまったが。
今日は、廣瀬と和田垣先輩の結婚式。
よく三人で呑みに行っていたが、付き合い始めた時から色々話は聞いていた。
それが結婚までいくのだ、おめでたい事だと思う。
刈谷さんはもう仕事を辞めているので、結婚式にも呼ばれる事もなかった。
まぁ、呼ばれても来づらかっただろうが。
あの日から私は、仕事だけに打ち込んでいた。
抱えてしまった想いを、忘れようとしていた。
未だにこうして、鮮明に思い出すのだ。
未練がましく、忘れてない証拠なのだが。
あれからは、誰かを好きになる事もなかった。
理由は分かっているが、あえて考えないようにする。
今日は友人の結婚式だ。
精一杯祝ってやろう。
次の日、私は会社に辞表を出していた。
幸いな事に、今の上司とはそこまで仲が良くない。
二人には散々止められたが、やりたい事がある。
そう伝えると、応援してくれた。
辞表も難なく受け取ってもらい、一ヶ月に退職。
それからは、引き継ぎもやりきる。
後輩からは最後まで引き留められていた。
流石に、辞める理由までは伝えなかった。
本心を伝えるのは一部の人だけでいい。
退職に合わせて、やりたい事の準備をしていく。
そう、喫茶店を開店したかった。
僕にとって人生の全てと言ってもいいだろう。
色々な思いが詰まった喫茶店を、自分の手で。
勿論、レトロな雰囲気に仕上げる。
雰囲気は昔ながらの喫茶店だ。
メニューに関しては、これから増やしていく。
あの日食べた、ハンバーガーもいいなと考える。
ナポリタンだけは、絶対に外せない。
コーヒーだって。
その為に喫茶店巡りをし、勉強をしていた。
この日のために、ずっと。
私が叶えたい夢を抱き、その為に頑張るとは。
あの頃の僕には想像も出来ないだろうな、
やる気が無く、自堕落に生きていたあの頃の僕に。
店の景観は問題ない。
後は、お客様が来てくれるかどうか。
このまま、売り上げも上がらず潰れる。
そんな可能性だってあるのだから。
新しいことを始める時は不安で潰されそうになる。
それでも、自分で選んだ道なのだから。
自由に楽しく生きてみようじゃないか。
私は、もう大人なのだから。
そうして、開店時刻になり店を開ける。
緊張しながら、扉を開けるが、外には人はいない。
仕方ないと思いながら、少し落ち込む。
まだまだ、何も始まってすらない。
そう考える。
夕方頃には、友人たちが来てくれる予定だ。
それまでは気長に待つ事にしよう。
そうして、自分で読むようにコーヒーを淹れる。
一口飲もうとした時に、ベルの音が鳴る。
私の好きな、扉についたベルだ。
一人の女性が、扉から入ってくる。
「あ、あの…入っても大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です、今開店したとこです」
初めてのお客様様が入ってきてくれた。
それだけで胸が熱くなる。
入って来てくれて良かったと。
「どこでもお好きな席へどうぞ」
私はそう伝えながら、水とおしぼりを用意する。
が、入って来た女性は動く気配がない。
どこに座ればいいのか分からないのか?
「あ、あの?」
「あ!いえ、ごめんなさい!用事ができて!」
そう言いながら、女性は走り去っていく。
用事ができて?思い出してではなく?
人がいないから嫌になったのだろうか。
思っていた雰囲気と違ったのだろうか。
この感情の浮き沈みは、どうしたらいい。
少し酔いそうだ。
そうしていると、何人か入店される。
忙しいとはいかないが、初日としてはいいだろう。
動きとしても、問題ないと確認できた。
夕方に来てくれた友人も楽しんでくれた。
その中には、刈谷さんや、権田社長もいた。
あの頃の私の話で盛り上がっている。
お二人とはあれからも、付き合いが続いてる。
こうして、仕事を辞めても会うほどに。
そうしてると、一日が終わろうとする。
閉店の時間間際になり、人がいなくなる。
それなりに来店もあった。
あとは、何度も来てくれたらいいのにな。
緊張の糸が切れたのか、カウンターに腰掛ける。
「ふーっ、疲れたーっ…でも良かったな」
今日の事を思い返す。
初来店の女性の事はあれだが。
何故か、頭から離れなかった。
また来店しそうな、そんな気が。
それでも、始まりとしては良かった。
これからも頑張れると思う。
不安はまだまだ残っているが。
店を閉めようと立ち上がると、ベルが鳴る。
こんな時間にお客様かな?
振り返ると、朝の女性が立っていた。
「す、すみません、もう閉店でしょうか?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
また来てくれたのだ。
閉店時間間際といえ、迎え入れたい。
女性はカウンターの席に座る。
私は水とおしぼりを用意し差し出す。
「またのご来店、ありがとうございます」
「あ、いえ!こちらこそ、変な事してすみません」
女性はスーツ姿だった。
私も少し前まで同じ姿だったのに、懐かしく感じる。
仕事終わりに寄ってくれたのだろうか。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「ブレンドコーヒーを一つ、お願いします」
「かしこまりました」
私はコーヒーを準備する。
あの喫茶店と同じ、サイフォン式で淹れていく。
最後のコーヒーの香りが立っている。
「お待たせしました、ブレンドコーヒーです」
「ありがとうございます」
女性はコーヒーを飲んでいく。
香りを楽しみながら、少しずつ。
「美味しいですね」
「ありがとうございます、コーヒーがお好きで?」
「はい、好きです、懐かしい味なので」
「懐かしい…そうなんですか」
そうして女性は、少しずつ味わうように飲んでいる。
本当にコーヒーが好きなんだろう。
もう一杯、申し訳なさそうに注文する。
私は、快くコーヒーを準備する。
「あの、あそこの絵はなんですか?」
指差す方向には“氷の華”の絵が飾られている。
私にとって未練の一つだが、飾りたかったのだ。
「あれは、昔に頂いた大切な絵です」
「頂いた?どなたからですか?」
絵の事を聞かれることはあったが、話を避けていた。
それでも、この女性には正直に話してしまう。
「はい、私にとって、とても大切な人からです」
「恋人とかですか?」
「いえ、違います、片想いではありました」
何故、こんな話しをしてしまったのだろうか。
先ほどから、昔の思いが湧き上がってくる。
この女性と雰囲気が似ているからだろうか?
「それって、コーヒーの苦手な子供ですか?」
「えっ?」
「コーヒーが飲めたら大人だって思っていた」
「うそ…」
「そんな事ないのにね、それだけで大人って…」
「え、いや…え…」
確信してしまった。
大人になって、姿が変わり分からなかったのだ。
女性の変化は凄いと言うが、まさにそれだった。
あまりの変わりように、気づかなかったのだ。
「お久しぶりです、真田さん」
「なぜ、え、どうして…」
「ここに入ったのは本当に偶然ですよ、だから朝は驚いちゃって飛び出しちゃった」
そう笑った彼女の笑顔は、あの日を思い出させる。
花のように咲き誇る、綺麗な笑顔を。
「それにしても、ひどいですね、気づかないってね」
「いや、それは…その…」
「すっかり忘れられたのかと」
「違います!あまりにも綺麗になりすぎて」
「ふふっ、ありがとうございます」
彼女を前にすると、あの日の僕が戻る。
緊張して、上手く喋れなくなるあの日の。
「あの絵を見て嬉しくなったよ、まだ持ってたんだ」
「はい、捨てれるわけ無いじゃないですか」
「それでも飾るのは少し恥ずかしいかな」
「すみません、どうしても」
色々聞きたいことはある。
あれからどうしていたとか、今は何してるとか。
スーツを着てるって事は絵の仕事はとか。
ただ、それよりも気になったのは。
左手の薬指に嵌められた、輝く指輪だ。
「ご結婚なされたんですね、おめでとうございます」
少し恥ずかしくなる。
彼女はしっかりと前に歩いて大人になっていたのに、私はまだあの日の思い出に浸る子供のままだから。
「ふふっふふふふふふっ……」
「どうかされましたか?」
「がっかりした?」
本心を覗かれたようで、驚く。
「い、いえ…?おめでとうって思いましたよ」
必死に取り繕う、バレないようにと願いながら。
「残念、これはただの指輪です、さっき雑貨屋さんで大急ぎで買ってきたのでした」
「へっ?」
先ほどから間抜けな顔と、声が続いてると思う。
「また取り繕ったでしょ?分かるんだよ」
「そ、そんな事ないですよ」
「昔から変わらないんだね、真田さんも私も」
「私も?」
「この指輪はね、罰です!私のことに気づかなかった真田さんへの…私はすぐに気づいたのになー」
「そ、それはさっきも言いましたが……」
「私もあれから変わらない、変われないんだよ」
「それって…」
「ここで会えたのも運命だと思っ……」
「ずっと、好きでした本城さん、今でも」
今度は先に言った。
前は一方的に言われただけなのだから。
今度こそは、こちらから想いを伝える。
すると彼女は涙を流しながら答える。
「どこかへ連れ出してくれる?」
「勿論、どこへだって連れて行きますよ」
そうして私たちは、この8年間を埋めるように、あの日に戻った気分で話しをする。
何をしていたのか、何を思っていたのか。
受け取った絵日記について。
2人の想いも交えて。
この時間だけは二人だけの時間だ。
初めて出逢った、あの喫茶店。
また再会できた、私の喫茶店。
この世界に、二人だけの時間が流れる。
日付が変わろうが、ずっと……。
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(ペンネーム)岩田シンと申します。ほんとに素晴らしい作品でした。何となく見つけて読んでみたんですが、読み
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岩田シンさん、ご丁寧な感想本当にありがとうございます!!初めて完結まで描ききった作品ですので、そこまで思っていただけて嬉しいの感情が溢れるばかりです。
お互いに、創作活動を頑張りましょう!埋もれないためにも٩( 'ω' )و