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8杯目.携帯の振動は時に人を狂わせる
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一夏のイベント、夏祭りが終わり、いつも通りの憂鬱な日常が戻ってくる。
楽しかった分、反動が大きい。
幸いな事に、今日は会社が休みだった。
仕事のある時間と同じ、早い時間に目が覚めてしまった僕は、仕方なく身体を起こし、ベットから降りる。
昨晩、色々あって食べ物が喉を通らなかった。
そのせいか、今朝は空腹に襲われている。
冷蔵庫を開けるが、中には何も入っていない。
これが一人暮らしの現実だ、空っぽになった冷蔵庫は僕の心を映しているかのようだ。
朝が早いのと、このまま昼まで持ちそうにないので、外で食事を済ませる事にする。
いつもは、ハンバーガー店か、コンビニで済ませるのだが、初めてのモーニングに挑戦してみる。
そう、あの喫茶店でのモーニングだ。
メニューは見た事があったので、気になっていた。
いつもの喫茶店に入った僕は、店主に挨拶をする。
「いらっしゃい、朝から来られるとは珍しいですね」
「はい、モーニングを食べてみたくて、朝も早くに目が覚めてしまったので…」
「かしこまりました、ご用意します…飲み物は…」
「いつもので」
この、いつものでが通じるまで通っているのだ。
ほんの少し、誇らしげに注文が来るのを待つ。
何かを待ち遠しいと感じるのは、気分がいいからだろうか、空っぽの心に楽しい感情が詰め込まれる。
目の前には出来立てのモーニングが並ぶ。
程よく焼き目のついた食パン、艶やかなゆで卵。
瑞々しく空気を含んだサラダ。
どれをとっても美味しそうだ。
「今日は機嫌がいいようですね?」
店主が訪ねてくる。
「はい、楽しい事がありまして」
「それは良かったですね、1日の始まりが楽しい気持ちだと気分がいいでしょう」
「店主のおかげでもあります、このモーニングが本当に美味しい」
「ははっ、ありがとうございます」
店主との会話はそれだけだった。
それからは、コーヒーとモーニングの匂いに誘われたお客が入ってくる。
店内は満席だった。
長居するのも気が引けるので、急ぎ目にコーヒーを飲みきり、会計を済ます。
「また、いらしてください」
店主のその言葉はとても嬉しかった。
この喫茶店が人気なのも、あの店主あってだろう。
また、いつものベルの音と共にお店を出る。
今日は特に予定がなかったので、持て余している。
昼ごはんをなどを買いに行こうかと考えるが、手元には財布と家の鍵しかなかった。
無くても困らないが、スマホを取りに家に戻る。
家に戻り、スマホに目をやると通知が来ていた。
本城さんから、昨日のお礼のメッセージだ。
メッセージを読んでいると、顔が緩む。
返信しようと、文字を打っていく。
が、文字を打つ指を止める。
昨日の事を思い出して、スマホを耳に当てる。
着信音が鳴り続ける,音に合わせて鼓動も打つ。
リズム良く、電話の向こうを待ち続けながら。
だが、声が聞こえる事は無かった。
今は忙しいのだろう、スマホをポケットにしまい、買い出しへと向かう。
「えぇーっと…スーパーへ向かうか」
時刻は昼前になっていたので、最寄りのディスカウントスーパーへと向かうことにする。
この夏の暑さに焼かれながら、歩いていた。
道中、何度かポケットが震えた気がしスマホを出す。
画面を開くと、通知すら来ていなかった。
おかしい、確かに振動していたはずなのに。
少しだけ、寂しい思いが募る。
意味もなく時間を何度も確認したり、普段は見ないニュース記事を流したり、電波のON/OFFを切り替えてみたり。
無駄にスマホを触ってしまう。
何もないまま、買い物を終えて家に帰宅する。
買った物を冷蔵庫にしまい、扉を閉める。
その場に座り込み、スマホの画面を覗くが、通知や着信は何もきていない。
寂しさから、不安に変わり…僕の中に募っていく。
そうして、行き場のない思いだけが膨らんでいく。
気がつくと外は真っ暗になっていた。
昼ごはんすら食べずにいたようだ。
スマホの残量が、赤く3%と表示されている。
朝のモーニング以来何も食べていない。
お米も炊いていないので、レトルトご飯を温める。
惣菜の唐揚げを見ると、昨日の夏祭りを思い出す。
「ははっ、昨日は楽しかったな…」
込み上げる感情の名前が分からない。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
お腹は空いていないが、ご飯を食べる。
箸は進まず、味気のない食事になる。
食べ終わるとまたベッドに寝転ぶ。
普段なら残業している時間だなと思う。
そうして、そのまま眠りにつく。
次に目が覚めると日付が変わっていた。
身体を起こして再度スマホの画面を開く。
すると、着信が2件残っていた。
どちらも、本城さんからの着信だった。
一瞬で目が覚める。
寝てる間に電話をかけてくれていたようだ。
気が付かなかった自分が悔やまれる。
数時間前の自分を恨みたくなった。
かけたい気持ちと、かけれない気持ちが交錯する。
もどかしい、今すぐにかけたいのに。
夜中に電話をするのは、流石に迷惑だろう。
とりあえず、メッセージだけ送ることにする。
これなら迷惑でもないし、明日の朝見てもらえると。
〔明日に改めて電話します〕と入力し、送信。
これで少しは安心する、明日が待ち遠しくなる。
そう考えているとスマホが震える。
本城さんからの着信だ。
慌てて電話に出る。
「も、もしもし?」
「あ、真田さんこんばんは」
「こんばんは、起きてたんですか?」
「うん、ちょっと眠れなくて、ごめんなさい急にこんな夜中に電話なんかして」
「いえ、こちらこそメッセージ送りましたから」
本城さんの声がこんなにも嬉しいとは思わなかった。
離れているはずなのに、同じ時間を共有していると思うと、それだけで幸せな気持ちで溢れる。
「今日はごめんなさい、電話に出れなくて…ちょっと色々あっちゃって」
「大丈夫?それで寝れなかったんですか?」
「うん、ちょっとね…」
本城さんの声に元気がなかった。
いつもの様子と違うように感じる。
「でもね、真田さん声を聞くと落ち着いたの」
「それは良かった、元気な声が聞きたいですから」
「今日は突然電話をくれたけど、どうして?」
「メッセージのお礼と、夏祭りのお礼を兼ねてで」
「いきなり着信があったから驚いちゃった」
徐々にだが、本城さんの声に明るさが戻る。
夜中なのであまり長電話は良くないと思う。
思うが、切りたくないとも思う。
それからは、今日何してた?とか、昨日花火綺麗だったねとか、いろんな話をした。
溜まった思いが溢れるように、言葉が止まらない。
「真田さん…あのね、私絵を描くのが好きなんだ」
「そうなんですか、知りませんでした」
「これ見て?写真送ったから…どう?」
送られた写真には、綺麗な氷の華が描かれていた。
タイトルは“自分自身”となっている。
僕は、気になったタイトルの理由を尋ねる。
「周りからね、クールだねって言われる事が多いのと、華が好きだから」
「クールなんですか?」
「あ、笑ったでしょ今!酷いなーっ…」
また本城さんの声が、少しだけ暗くなる。
「冷たいって言われた事もあるんだよ…酷いよね、まるで氷の華みたいだって」
「そんな事ないですよ!暖かい花のような人です!」
「ふふっ、ありがとう。そう言ってくれるのは真田さんだけだろうな。前に話したよね?周りと会わないって、大人になりたいって」
「はい」
「大人びてるとか、大人っぽいとか、考え方が大人だねって言われるけど、それって子供のくせに背伸びしてるじゃんって、言われてるなーって」
「…」
「それならいっそね、大人になりたいって思うんだ」
「そんな事を、考えていたんですね」
「でもね、周りの大人がそれを許さないの。学生だから勉強をしろ、子供だから親の手が届く範囲にいろ、まだ子供なんだからそんな事はするなって」
本城さんも周りとの差に苦しんでいるのか。
僕も今も似たような状況だと思う。
大人になったんだからこうしろ、大人んだからもっとしっかりしろなど。
僕は…なりたくてなったわけじゃない、大人になる意味も分からず、大人にさせられたのだと。
「今日もそんな話しを親としてたんだ、良い大学に行け、その為の勉強をやれって」
「それは…」
「私、絵を描くのが好きなの、将来は絵を描く仕事をしたいって思うの。自分の人生なのに、子供ってだけで自由に選べない…それが嫌になる」
「でも、喫茶店で勉強頑張っていましたよね?」
「あれはね、最初だけ。ずっと絵を描いてたの」
「それは気づきませんでした」
「側から見たら、勉強を頑張る女子高校生だからね」
「親に、本気で伝えれば伝わるのでは?」
「ううん、ダメだった。不安しかない将来に進むぐらいなら、確実な大学を出て、真っ当に就職しなさいって言われた……」
言葉が出てこなかった。
どちらの言い分も、理解できる気がする。
僕にはその間に入る資格はない。
だって、道を決めずに逃げてきたのだから。
周りのせいにして、自分では決断せずに。
「この前の話し覚えてる?」
「話しとは?」
「連れ出して欲しいって」
「あ、あれは冗談だと…」
「半分はね…半分は本気だったよ」
僕は言葉を出し渋る。
連れ出すことなんて到底出来ないのだから。
「連れ出す事は出来ませんが,気軽な旅行なら連れて行ってあげますよ、半分の…折衷案ですね」
「えっ!?本当に!?」
「はい、気分転換になるのであれば」
「やっ!……ご、ごほん、声を上げたら怒られる」
「確かに、こんな時間ですからね」
「なら、場所は私が考えていい!?」
「勿論です、本城さんの旅行ですから」
「なら考えとく、車の用意よろしくね!」
「えっ、あ…はい、お任せください」
彼女の声は元の元気な声に戻っていた。
こちらまで元気にしてくれる、そんな声だ。
「ふぁ~あっ……今日はもう遅いし寝るね?ありがとう、電話に付き合ってくれて…おかげで眠れそう」
「こちらこそ、また楽しみが増えたので」
「うん、私も」
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみ…また、ね」
「はい、また」
ただのおやすみじゃない、“またね”が響く。
次の予定を約束するかのような言葉に、心が動く。
電話が切れた後も、鼓動は激しく動き続ける。
今度は、僕が眠れなくなるほどに。
僕たちは次なの約束を交わし、その日を遠足前の少年のような気持ちで待ち続ける事になる。
眠れない日々がどれほど続くのだろう。
彼女からの着信、電話口の声。
それを聞いた僕は確信する。
本城さんの事が好きだと。
“好き”の気持ちが、認識した瞬間膨れ上がった。
膨れ上がったこの気持ちは空へと昇っていく。
誰にもとめられる事もなく、上昇し続ける。
いつか、手に届かなくなり弾けるとも知らずに。
楽しかった分、反動が大きい。
幸いな事に、今日は会社が休みだった。
仕事のある時間と同じ、早い時間に目が覚めてしまった僕は、仕方なく身体を起こし、ベットから降りる。
昨晩、色々あって食べ物が喉を通らなかった。
そのせいか、今朝は空腹に襲われている。
冷蔵庫を開けるが、中には何も入っていない。
これが一人暮らしの現実だ、空っぽになった冷蔵庫は僕の心を映しているかのようだ。
朝が早いのと、このまま昼まで持ちそうにないので、外で食事を済ませる事にする。
いつもは、ハンバーガー店か、コンビニで済ませるのだが、初めてのモーニングに挑戦してみる。
そう、あの喫茶店でのモーニングだ。
メニューは見た事があったので、気になっていた。
いつもの喫茶店に入った僕は、店主に挨拶をする。
「いらっしゃい、朝から来られるとは珍しいですね」
「はい、モーニングを食べてみたくて、朝も早くに目が覚めてしまったので…」
「かしこまりました、ご用意します…飲み物は…」
「いつもので」
この、いつものでが通じるまで通っているのだ。
ほんの少し、誇らしげに注文が来るのを待つ。
何かを待ち遠しいと感じるのは、気分がいいからだろうか、空っぽの心に楽しい感情が詰め込まれる。
目の前には出来立てのモーニングが並ぶ。
程よく焼き目のついた食パン、艶やかなゆで卵。
瑞々しく空気を含んだサラダ。
どれをとっても美味しそうだ。
「今日は機嫌がいいようですね?」
店主が訪ねてくる。
「はい、楽しい事がありまして」
「それは良かったですね、1日の始まりが楽しい気持ちだと気分がいいでしょう」
「店主のおかげでもあります、このモーニングが本当に美味しい」
「ははっ、ありがとうございます」
店主との会話はそれだけだった。
それからは、コーヒーとモーニングの匂いに誘われたお客が入ってくる。
店内は満席だった。
長居するのも気が引けるので、急ぎ目にコーヒーを飲みきり、会計を済ます。
「また、いらしてください」
店主のその言葉はとても嬉しかった。
この喫茶店が人気なのも、あの店主あってだろう。
また、いつものベルの音と共にお店を出る。
今日は特に予定がなかったので、持て余している。
昼ごはんをなどを買いに行こうかと考えるが、手元には財布と家の鍵しかなかった。
無くても困らないが、スマホを取りに家に戻る。
家に戻り、スマホに目をやると通知が来ていた。
本城さんから、昨日のお礼のメッセージだ。
メッセージを読んでいると、顔が緩む。
返信しようと、文字を打っていく。
が、文字を打つ指を止める。
昨日の事を思い出して、スマホを耳に当てる。
着信音が鳴り続ける,音に合わせて鼓動も打つ。
リズム良く、電話の向こうを待ち続けながら。
だが、声が聞こえる事は無かった。
今は忙しいのだろう、スマホをポケットにしまい、買い出しへと向かう。
「えぇーっと…スーパーへ向かうか」
時刻は昼前になっていたので、最寄りのディスカウントスーパーへと向かうことにする。
この夏の暑さに焼かれながら、歩いていた。
道中、何度かポケットが震えた気がしスマホを出す。
画面を開くと、通知すら来ていなかった。
おかしい、確かに振動していたはずなのに。
少しだけ、寂しい思いが募る。
意味もなく時間を何度も確認したり、普段は見ないニュース記事を流したり、電波のON/OFFを切り替えてみたり。
無駄にスマホを触ってしまう。
何もないまま、買い物を終えて家に帰宅する。
買った物を冷蔵庫にしまい、扉を閉める。
その場に座り込み、スマホの画面を覗くが、通知や着信は何もきていない。
寂しさから、不安に変わり…僕の中に募っていく。
そうして、行き場のない思いだけが膨らんでいく。
気がつくと外は真っ暗になっていた。
昼ごはんすら食べずにいたようだ。
スマホの残量が、赤く3%と表示されている。
朝のモーニング以来何も食べていない。
お米も炊いていないので、レトルトご飯を温める。
惣菜の唐揚げを見ると、昨日の夏祭りを思い出す。
「ははっ、昨日は楽しかったな…」
込み上げる感情の名前が分からない。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
お腹は空いていないが、ご飯を食べる。
箸は進まず、味気のない食事になる。
食べ終わるとまたベッドに寝転ぶ。
普段なら残業している時間だなと思う。
そうして、そのまま眠りにつく。
次に目が覚めると日付が変わっていた。
身体を起こして再度スマホの画面を開く。
すると、着信が2件残っていた。
どちらも、本城さんからの着信だった。
一瞬で目が覚める。
寝てる間に電話をかけてくれていたようだ。
気が付かなかった自分が悔やまれる。
数時間前の自分を恨みたくなった。
かけたい気持ちと、かけれない気持ちが交錯する。
もどかしい、今すぐにかけたいのに。
夜中に電話をするのは、流石に迷惑だろう。
とりあえず、メッセージだけ送ることにする。
これなら迷惑でもないし、明日の朝見てもらえると。
〔明日に改めて電話します〕と入力し、送信。
これで少しは安心する、明日が待ち遠しくなる。
そう考えているとスマホが震える。
本城さんからの着信だ。
慌てて電話に出る。
「も、もしもし?」
「あ、真田さんこんばんは」
「こんばんは、起きてたんですか?」
「うん、ちょっと眠れなくて、ごめんなさい急にこんな夜中に電話なんかして」
「いえ、こちらこそメッセージ送りましたから」
本城さんの声がこんなにも嬉しいとは思わなかった。
離れているはずなのに、同じ時間を共有していると思うと、それだけで幸せな気持ちで溢れる。
「今日はごめんなさい、電話に出れなくて…ちょっと色々あっちゃって」
「大丈夫?それで寝れなかったんですか?」
「うん、ちょっとね…」
本城さんの声に元気がなかった。
いつもの様子と違うように感じる。
「でもね、真田さん声を聞くと落ち着いたの」
「それは良かった、元気な声が聞きたいですから」
「今日は突然電話をくれたけど、どうして?」
「メッセージのお礼と、夏祭りのお礼を兼ねてで」
「いきなり着信があったから驚いちゃった」
徐々にだが、本城さんの声に明るさが戻る。
夜中なのであまり長電話は良くないと思う。
思うが、切りたくないとも思う。
それからは、今日何してた?とか、昨日花火綺麗だったねとか、いろんな話をした。
溜まった思いが溢れるように、言葉が止まらない。
「真田さん…あのね、私絵を描くのが好きなんだ」
「そうなんですか、知りませんでした」
「これ見て?写真送ったから…どう?」
送られた写真には、綺麗な氷の華が描かれていた。
タイトルは“自分自身”となっている。
僕は、気になったタイトルの理由を尋ねる。
「周りからね、クールだねって言われる事が多いのと、華が好きだから」
「クールなんですか?」
「あ、笑ったでしょ今!酷いなーっ…」
また本城さんの声が、少しだけ暗くなる。
「冷たいって言われた事もあるんだよ…酷いよね、まるで氷の華みたいだって」
「そんな事ないですよ!暖かい花のような人です!」
「ふふっ、ありがとう。そう言ってくれるのは真田さんだけだろうな。前に話したよね?周りと会わないって、大人になりたいって」
「はい」
「大人びてるとか、大人っぽいとか、考え方が大人だねって言われるけど、それって子供のくせに背伸びしてるじゃんって、言われてるなーって」
「…」
「それならいっそね、大人になりたいって思うんだ」
「そんな事を、考えていたんですね」
「でもね、周りの大人がそれを許さないの。学生だから勉強をしろ、子供だから親の手が届く範囲にいろ、まだ子供なんだからそんな事はするなって」
本城さんも周りとの差に苦しんでいるのか。
僕も今も似たような状況だと思う。
大人になったんだからこうしろ、大人んだからもっとしっかりしろなど。
僕は…なりたくてなったわけじゃない、大人になる意味も分からず、大人にさせられたのだと。
「今日もそんな話しを親としてたんだ、良い大学に行け、その為の勉強をやれって」
「それは…」
「私、絵を描くのが好きなの、将来は絵を描く仕事をしたいって思うの。自分の人生なのに、子供ってだけで自由に選べない…それが嫌になる」
「でも、喫茶店で勉強頑張っていましたよね?」
「あれはね、最初だけ。ずっと絵を描いてたの」
「それは気づきませんでした」
「側から見たら、勉強を頑張る女子高校生だからね」
「親に、本気で伝えれば伝わるのでは?」
「ううん、ダメだった。不安しかない将来に進むぐらいなら、確実な大学を出て、真っ当に就職しなさいって言われた……」
言葉が出てこなかった。
どちらの言い分も、理解できる気がする。
僕にはその間に入る資格はない。
だって、道を決めずに逃げてきたのだから。
周りのせいにして、自分では決断せずに。
「この前の話し覚えてる?」
「話しとは?」
「連れ出して欲しいって」
「あ、あれは冗談だと…」
「半分はね…半分は本気だったよ」
僕は言葉を出し渋る。
連れ出すことなんて到底出来ないのだから。
「連れ出す事は出来ませんが,気軽な旅行なら連れて行ってあげますよ、半分の…折衷案ですね」
「えっ!?本当に!?」
「はい、気分転換になるのであれば」
「やっ!……ご、ごほん、声を上げたら怒られる」
「確かに、こんな時間ですからね」
「なら、場所は私が考えていい!?」
「勿論です、本城さんの旅行ですから」
「なら考えとく、車の用意よろしくね!」
「えっ、あ…はい、お任せください」
彼女の声は元の元気な声に戻っていた。
こちらまで元気にしてくれる、そんな声だ。
「ふぁ~あっ……今日はもう遅いし寝るね?ありがとう、電話に付き合ってくれて…おかげで眠れそう」
「こちらこそ、また楽しみが増えたので」
「うん、私も」
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみ…また、ね」
「はい、また」
ただのおやすみじゃない、“またね”が響く。
次の予定を約束するかのような言葉に、心が動く。
電話が切れた後も、鼓動は激しく動き続ける。
今度は、僕が眠れなくなるほどに。
僕たちは次なの約束を交わし、その日を遠足前の少年のような気持ちで待ち続ける事になる。
眠れない日々がどれほど続くのだろう。
彼女からの着信、電話口の声。
それを聞いた僕は確信する。
本城さんの事が好きだと。
“好き”の気持ちが、認識した瞬間膨れ上がった。
膨れ上がったこの気持ちは空へと昇っていく。
誰にもとめられる事もなく、上昇し続ける。
いつか、手に届かなくなり弾けるとも知らずに。
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